スーパーロボット大戦OG~泣き虫の亡霊~   作:鍵のすけ

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第九話 並び立つ二人

 ――翌日。

 良く使っている会議室にライカとメイシール、机を挟んでギリアムとフウカが向かい合っていた。

 

「さて、今日はライカ。君とフウカの立場をしっかり説明しておこうと思う」

「はい。私もその辺はとても気になっていたのでよろしくお願いします」

「……と言っても、一言で済んでしまうとても簡単な関係なのだが」

 

 どことなく不吉な前置きに感じてしまった。フウカがどことなくニヤニヤした笑みを浮かべたのを見逃さないライカではない。

 とても嫌な予感しかしないが、そのあたりの判断はギリアムの話を聞いた後にしよう、とあえて気にしないようにした。

 

「私と彼女はどういう関係になったのですか?」

「フウカ・ミヤシロはライカ・ミヤシロの妹となった」

 

 ――時が止まった。

 

「……は?」

 

 それが聞き返しているのだと判断したのか、ギリアムが一言一句同じ言葉を発した。

 

「フウカ・ミヤシロはは君の“妹”となった」

「ということなんですよね。よろしくお願いします“お・ね・え・ちゃん”」

 

 目の前が真っ暗になりそうだった。きっと神はいないのだろう。そんな事を思っていると、今まで黙っていたメイシールが発言する。

 

「……まあ、ライカの心中はともかく、それが一番自然よね」

「話が早くて助かるよメイシール少佐」

「でしょ? 話せる人間なのよ、私は」

  

 階級が同じということもあるのか、二人のやりとりに親しみを感じる。メイシール曰く、嫌いな人間じゃないらしい。

 何を考えているのか分からない、という意味では相性がいいのだろう。

 

「ふ……そうだな。ライカ、君も言いたい事は沢山あるだろう。だが、フウカの立場も汲んでやって欲しい」

「……フウカ。貴方はそれでいいのですか?」

 

 名前を変えることについて、立場を変えることについて、そんな様々な気持ちを感じているのだろう。

 フウカは数瞬ばかり黙考するが、答えは実にあっさりしたものであった。

 

「ええ。この世界での“ライカ”は貴方です。それに、本来ならば私はもう死んでいる身ですしね」

 

 首をすくめておどけてみせるフウカの眼をジッと見た。……嘘は言っていない。

 既に彼女は色んな意味で()()()()()後なのだろう。

 

「……はぁ。くれぐれも私の評判を落とすような振る舞いは止めてくださいね?」

「善処してあげますよ。……さて」

 

 途端、フウカの眼の色が変わった。

 

「博識なギリアムが居るうちに、この間の正体不明機の事でも話しましょうか」

 

 壁際に寄り掛かったギリアムは首を横に振る。

 

「そう持ち上げるな。残念ながら、俺達でもあれが何なのか、未だ分からずじまいなんだ」

「メイシールなら、何となく予想は付いているんじゃないですか?」

「……そう、それが私への、フウカの呼び方なのね?」

「……ええ、まあ」

 

 少しばかり表情が暗くなったメイシール。

 フウカの事情を知っている分、その呼称に込められた気持ちをどう受け取っていいか分からないのかもしれない。

 

「オーケー。中々新鮮だったから少し戸惑ってしまったわ。……フウカの言うとおりよ。ちょっとこれを見てもらおうかしら」

 

 そう言って、大型モニターに映し出されたのはこの間の戦闘だった。

 シュルフツェンが徹底的に追い詰められているシーン。正直、見ていてあまりいい気持ちはしない。

 

「結論から言うわね。正体不明機の戦闘パターンの根底には『CeAFoS』の戦闘データがあるわ」

「『CeAFoS』……!? あれはもう存在しないはずでは……!」

 

 そう言いながらも、ライカの心の中ではどこかパズルのピースがハマったような感覚があった。正体不明機は間違いなく『CeAFoS』の事を知っていた。

 そしてこちらの動きをほぼ完全に先読みしていた、いや“知っていた”とでも言うべきか。

 ライカの焦りを見抜いたフウカが口を開く。

 

「……落ち着いてください。あの機体は『CeAFoS』搭載機であって、『CeAFoS』搭載機ではありません」

「何か知っているのフウカ?」

「……メイシールはどこまで辿りつけましたか?」

 

 試すようなフウカの視線を受け、メイシールはフンと鼻を鳴らす。

 

「この私を試そうなんて百年早いけど……良いわ、今日は見逃してあげる。……何の先入観も持たず、あえて“有り得ない”という要素に注目するのならあれは――そう、対『CeAFoS』用の戦闘AIを積んだ機体ね」

 

 正解、とばかりにフウカは軽く手を叩いた。

 

「ええ。恐らくあれは向こう側のメイシールが作った『CeAFoS』のアンチシステムです」

「そんなモノが何故、この世界に?」

「……それは」

 

 フウカの代わりに答えたのは、先ほどから黙っていたギリアムであった。

 

「そんな芸当が可能な向こう側の人物と言えば、シャドウミラーのレモン・ブロウニングしか思いつかないな」

 

「メイシールと親交があったレモンは恐らく『CeAFoS』の事も知っていたのでしょう。そしてこの世界に来て、アンチシステムを機体含め、完全なものとした」

「……分かりませんね。どうしてレモン・ブロウニングがそんなことを……?」

「さあ? それは本人たちのみが知る話です」

 

 ライカの問いにキッパリと答えるフウカ。ギリアムがそれを引き継ぐように喋り出す。

 

「……彼女はラミア・ラヴレスに可能性を見出していたように、『CeAFoS』にも可能性を、ひいてはそれを作成したメイシールにも何かを見出していたからこそ、協力したのではないかな?」

「そう、なんでしょうかね?」

 

 肯定するようにギリアムは頷いた。

 

「断言は出来ないがな。……そういう点で言うなら、彼女はフロンティア精神に溢れた人間であると同時に、ロマンチストであったのだと俺は思う」

 

 ライカは心の底からギリアムの説を呑み込む訳にはいかなかった。レモンと言う女性の顔を見たこともないし、話したわけでもないが、どうもその女性の手の平の上のような気がしてならないのだ。

 

「……ただの狂人ですよ」

 

 かといって、彼女を上手く例える言葉も見つからず、ようやく絞り出したのがこの言葉であった。

 

「それにしても、どうして今更アンチシステムが動き出しているんですか? フウカ、貴方が仕込んだのですか?」

「いえ。どうして『CeAFoS』を完成させたい私がそんなことをしなくてはならないんですか? ……大方、そう言う風にレモンかメイシールがプログラムしていたのでしょう」

 

 唐突に流れる着信音。

 その元であった携帯を取ったギリアムは数度、電話先とやり取りをした後、静かにソレを切った。

 

「……良いニュースが入った。ライカ、君が先日やり合った場所を哨戒していた部隊の連絡が途絶えた」

 

 ライカの顔に緊張が走った。それが意味する所とはつまり――。

 

「……こんなにも早くリベンジできる機会が来るとは思いませんでした」

「行くのですか?」

「ええ。やられっぱなしは嫌です。ましてや相手が相手です。きっちり叩き落とさなければ気が済みません」

 

 ライカが背を向けるよりも早く、フウカが一歩前に踏み出した。

 

「なら私も行きましょう。事の成り行きを見守る義務が私にはあります」

「……私はまだ貴方を信用していません。来るなら撃たれる覚悟で来てください」

「元よりそのつもりですよ」

「待って!」

 

 そんな二人の前に立ちふさがったのは他でもない、メイシールであった。俯いているせいで表情は読めない。

 

「……本当に、行くの?」

「ええ。行かなければなりません」

「行ったら今度こそ殺されるかもしれないのよ? それでも行くの?」

「……メイト?」

 

 ふいに顔を上げたメイシールの眼は潤んでいた。そして彼女はそのままライカに抱き着く。

 

「お願い、行かないでライカ! 貴方なら大丈夫だって、そう素直に思える私と、もしかしたら――なんて考える私が今いるの……!! だから、私……!」

 

 それは初めて、本当に初めて聞いたかもしれないメイシールの剥き出しの感情であった。今まで皮肉と素直じゃない性格でオブラートに包んできていた彼女の気持ちが、ストレートに伝わってくる。

 

「私、怖かった……。あの時、本当にライカが死んじゃうかもしれないって思って、またお兄ちゃんが死んだときのような気持ちになるかもしれないって考えたら……」

 

 しばらく見つめ合うライカとメイシール。

 縋るように見つめてくるメイシールの目を見て、ライカも少しばかり覚悟を決め、唇を引き締めた。

 

「少し乱暴な言葉遣いに――昔の言葉遣いになりますが、許してください」

 

 返事を待たずに、ライカは喋り出した。

 

「メイト、私はね。私だって、本当は怖いわ。昔も、今も、死ぬのが怖い」

「だったら!」

「――だけど、誰かが、出来る人がやらなきゃいけない。出来る人がやらなかったらメイト――貴方みたいな悲しい思いをしなくちゃならない人が増える。それだけは……絶対に許せない」

「でも貴方を失うのは!!」

 

 既にメイシールの瞳から涙が溢れていた。恥も外聞もない。

 そんな綺麗な水滴を、ライカは優しく拭った。

 

「笑って――。それだけで、私が戦う理由になるから」

「ライ、カ……」

 

 静かに見守っていたギリアムとフウカが互いを見やり、肩をすくめる。

 

「全く、私達が見えていないんでしょうかね」

「フ、そう言うな。君も俺の胸で泣いてみるか?」

「遠慮しておきます」

 

 そう茶化しながらも、ライカとメイシールをずっと見守る二人であった。

 ――少し時間が経ち、ようやく落ち着いたのか、メイシールの顔にだんだん元気が戻ってきていた。

 

「……もう、泣き言は言わないわ。だけどライカ、これだけは約束しなさい」

「はい」

「生きて帰って来なさい。命令よ」

「……了解」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 メイシールに付いて、格納庫にやってきたライカ達は姿を変えていた二体の巨人へ視線を向けた。

 

「これが……新しいシュルフツェン?」

 

 以前のシュルフツェンと比べて、大分ゴツくなったように見える。

 隣に佇んでいたフウカの《ゲシュペンスト・フェルシュング》も少しばかり外観が変化していた。

 

「ええ。パーツは前もって作っていたし、割と楽な作業だったわ」

「左腕部にプラズマステークの代わりにクローアーム、ですか。バックパックも既存機とはまるで違いますね」

 

 クローアームを見ていたフウカが少しばかり懐かしそうな表情を浮かべた。

 

「ヤクトフーンドのものとほぼ一緒の仕様なんですね」

「ええ。少しばかりアレンジを加えたけど、ほぼ一緒のもので間違いないわ。そして、そっちの機体にも武装を追加したわ」

「気づいていました。中々良い趣味をしていますね」

 

 フウカの言葉に釣られてフェルシュングの方を見ると、こちらも多少外観が変わっていた。

 こちらも既存バックパックが外されており、新たにミサイルポッド付きのスラスターユニットが装備されていた。両腕部には少しばかり太くなっており、三箇所にスリットが刻まれている。

 

「本来のプランにはなかったんだけど、相手が相手だしね。フウカ。貴方の使いやすいように急造で造らせてもらったわ」

「ライカの機体が着脱可能なクローに対して、私の方は内蔵式になりましたか。恐らくあのスリットからクローが出てくるんですよね?」

「ご明察。まあ貴方なら使いこなせると思ってるから」

「上等です」

「メイト、新たなシュルフツェンの名前は何ですか?」

 

 そうね、とメイシールはシュルフツェンを見上げた。

 

「ドイツ語で『進歩』を意味する『フォルトシュリット』。そう、この子の名前は『シュルフツェン・フォルト』よ」

「……進歩した泣き虫の亡霊、ですか。良いですね、良い名前です」

「絶対に、勝ちなさいよ」

「――上等」

 

 新たな力、新たな誓いを胸に、ライカは新生シュルフツェンのコクピットへ向かった。


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