スーパーロボット大戦OG~泣き虫の亡霊~   作:鍵のすけ

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第七話 フウカ・ミヤシロ

 脇目も振らず、ライカは廊下を走っていた。

 

(しくじった……!)

 

 フウカは食堂に行くと言っていた、それはつまり不特定多数の人物に彼女を見られてしまうということとイコールである。食堂まではもう目と鼻の先だ。

 遠目だが、席に座っているフウカが見えた。一気に取り押さえるべく、食堂へ踏み込もうとした瞬間、気づいてしまう。

 

(……私が二人いるということになってしまう……か)

 

 事情を知っているメイシールはともかく、こんな瓜二つというか同一人物が同じ空間にいることの何と奇妙な事か。

 立ち止まったライカは一度、落ち着くことにした。そして、入り口手前に置いてある自販機の影に身を隠し、様子を伺う。

 

「あれ? ライカ、何してるの?」

 

 振り返るとそこには怪訝な表情でライカを見る、アクアがいた。

 

「……いえ、何でもありません」

「いや、何でもあるからそこにいるんでしょ? 何見てんの?」

 

 ライカが誤魔化すよりも早く、覗き見ていた方を見たアクアの顔がまるで狐に化かされたように変わっていく。

 

「ら、ライカが二人!?」

「静かに……。事情は後で話します。なので、今は静かに」

「何言ってんのよ」

 

 ガシッと、肩を捕まれてしまった。そのままアクアが歩き始めたので、ライカは慌てて制止する。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいアクア……! 私はここで奴を見張らなければ……!」

「貴方案外変なことを言うのね。あれでしょ? 姉妹か何かでしょ? っていうか、何で言ってくれなかったのよ」

「いやそんなのでは……!」

 

 はいはい、と軽く流されそのままずるずると引っ張られてしまうのを止めることが出来なかった。早々に切り替えたライカは、何とかフウカの近くの席へアクアを誘導することに成功した。

 

「え、良いの? 同じ席じゃなくて」

「良いんです。ここで様子を見ることにしました。もし私に不都合な言動をするのであれば全力で対処できますので」

「……たまに私、ライカの言うことが分からなくなるときがあるわ」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「やっぱりレーション漬けでは人間の三大欲求の内の一つを満たすことは出来ませんでしたね」

 

 ひたすらスプーンにカレーライスを乗せ、口に運ぶことに熱中していたフウカは辛くなった口を冷ますための水を飲み、一心地ついていた。人は胃袋で動いているとは一体誰が言ったのであろうか、まさにその通りである。

 傭兵時代はまとまな食事らしい食事は全くとれなかった反動か、今のフウカには、この連邦軍の食堂が天国に見える。

 それに、と気づけば隣にあったカツ丼に箸を伸ばしていた。

 

(元から連邦所属ですしね。居心地の良さを感じても、良いですよね)

「あ、ライカ中尉! こんちわっす!」

 

 声の方を向くと、少年一人と少女二人がトレイを持って立っていた。

 

「ん、どなた――」

 

 そこで一瞬言葉を止めた。フウカは一旦箸を置き、黙考する。

 数秒の後、この子供たちはライカの知り合いであると判断し、それなりの対応を取ることにした。

 子供は嫌いではない、それに“自分”に目を付けられてはたまらない。

 

「こんにちは。ここ空いてるから座って一緒に食べましょう食べましょう」

「へっ!?」

 

 ピシリ、と心なしか三人の表情が固まったように見えた。失言でもあったのだろうか、とフウカは自分の口元に手をやる。

 いつもこのように接していたのだ、きっと“自分”も同じことをしているのだろう。

 ――“向こう側”の考えを持ってきた時点でフウカは失敗していた。

 似ているようで細かな所は似ていないことを、フウカは『グランドクリスマス』の戦いで知っておくべきだったのだ。

 フウカの言葉に従って、三人は席に着いてくれたのだが、ここからが問題であった。

 

「……今日は何だか喋り方が別人のような気がします」

 

 きっぱりとそう言ったのは、メガネを掛けた少女であった。それに少年が続く。

 

「ラトも言ってるってことは俺の気のせいじゃなかったんだな。ゼオラもそう思わないか?」

「え、ええ。ライカ中尉、ですよね?」

 

 ドキリとした。

 どうやらこの三人は割と親密な付き合いをしているようであった。このまま名前を言え、などと言われたら完全に詰む。

 そうなる前にフウカは先手を打った。

 

「もちろん、私は正真正銘ライカ・ミヤシロですよー。やだなぁゼオラ、見て分からないですか? “ラト”も、そんなこと言いっこなしと相場が決まっているでしょうにー」

 

 この胸部がすごい少女は“ゼオラ”、メガネは“ラト”。しっかりと頭に叩き込みつつ、フウカは少年の顔を盗み見る。

 この二人の名前は分かった、あとはこの少年の名前さえ分かれば何とか誤魔化せる。

 そう思っていたフウカに、更なる試練が立ちはだかった。

 

「……“ラト”?」

 

 “ラト”が首を傾げる。光の加減だろうか、何故か眼鏡の奥の瞳が見えなくなった。

 不安を隠すため、あえてフウカはカツ丼を食べる作業に戻ろうとする――。

 

「……はい、ラト……、ですよね?」

「あれライカ中尉? いつもラトの事、“ラトゥーニ”って呼んでませんでしたっけ?」

 

 ――箸を落としてしまった。

 

「ら、ライカ中尉!? 大丈夫ですか!?」

「う、うん。ゼオラ、気にしないで……」

 

 顔色一つ変えないということがどれほど難しいことか、初めて知った気がする。

 表面上は冷静を装っていても、内心穏やかではなかった。

 

(……しくじった)

 

 このまま逃げるか、一瞬そう考えたがどう見ても不自然過ぎる。ここは押すしかない。

 

「……どう、でしょうか? 一回、ラトって呼んでみたかったのですが」

 

 ――無理やり過ぎたか。フウカはゴクリと唾を呑み込んだ。

 永遠にも等しい一瞬の間を置いて、ラトゥーニはコクリと頷いた。

 

「悪く……ないです」

 

 少しはにかんだように笑むラトゥーニを見て、何とか切り抜けられた安心感と同時に罪悪感を感じてしまった。

 そんな気持ちに浸りながら、フウカは自嘲したように内心笑う。

 

(……マズイですね、毒されてしまったのでしょうか)

 

 こんなやり取りも悪くないと少しだけ、本当に少しだけそう思えてしまった。つい最近まで、“世界”ひいては“自身”を相手に反逆していたのが嘘のように感じてしまう。

 

「そっか、それなら良かった」

「あ、そうだライカ中尉! 最近の俺、どうっすか!? 中尉のメニューをちゃんとこなしているから大分マシになったと思うんスけど!」

 

 これは不意打ちであった。まさかライカがこの少年に訓練を付けているとは。

 ということは恐らくこの二人にも付けているのだろう。

 

(ど……どうする……?)

「何言ってるのよアラド、まだイチかバチかで突っ込む癖治ってないでしょ」

「ぜ、ゼオラには聞いてねえだろ!」

 

 ここにきて、ようやく少年の名が“アラド”ということが分かってフウカはひとまず胸を撫で下ろす。さて、ここからが本番であった。

 

「……そうですね、まだまだと言ったところでしょうか」

「そ、そうっスか……とほほ」

「ええ、何ならこれから見てあげるのもやぶさかでは――あっ」

 

 ……つい勢いで言ってしまった。だがもう遅い、言い切ってしまったのだ。

 

「マジっすか!? お願いします!」

 

 アラドはすっかり乗り気だ。頭を抱えたくなってしまったが、今更やっぱり無理だなんて言えない。

 何より、とフウカは彼のキラキラした表情を見て、尚更言えなくなった。

 

(……熱意が感じられる。なるほど、彼女はただ指導していた訳ではないようですね)

 

 ついシャドウミラーに居た時の事を思いだしてしまった。シャドウミラー時代、良く部隊員から指導を請われていた。

 

 ――アクセルやバリソンなど、他にも人材はいただろうに。

 

 しかし、教えることは嫌いでは無かったので、時間を見つけては基礎的な操縦技術を叩き込んだり、対ベーオウルブズ用の戦術を一緒に練ったりしたのは良い思い出であった。

 

(私と一緒に隊員を指導してほしいと頼んでいるのに無視をしてくれやがったアクセルも、対ベーオウルブズとなったらブツブツ文句を言いながらも一言二言助言をしてくれたのには割と驚きましたね……)

 

 シャドウミラー実行部隊隊長アクセル・アルマーとはある意味犬猿の仲であった。軍そして闘争に意義を求めていた彼、兵士そして個人に意義を求めていた自分。

 似ているようで似ていないのだから、互いの事を良く思わなかったのは必然。

 戦争があるから人間の歴史がある。無機物ではない人間が闘争で命を散らすから今の世がある。“向こう側”での最後の戦いまではそう思っていたからこそ、シャドウミラーに居た。

 

 ――だが。

 

 その直前に親友であったメイシール・クリスタスが自殺し、彼女が遺した日記に書かれていた一文。

 

 

 ――『CeAFoS』が完成すれば、もう大事な人を失う悲しみは無くなる。

 

 

 その一文で、自分の兵士としての存在意義(アイデンティティー)が崩壊してしまった。そこから“こちら側”に来て、本隊とはぐれたのを切っ掛けに自分はある意味“壊れた”。

 何故なら、命を持った“人間”が闘争をすることに意義があるというのに、命が無い無機物の“兵士”が闘争を代理するということに対して、己の中で全面的に肯定してしまったのだから。

 親友の死は、己の考えを百八十度変えることとなった。

 模擬戦で叩きのめしたことで自分に信頼を寄せるようになったアルシェンと共に、メイシールの理想を叶えるべく動き出した。

 そこからは――。

 

「ライカ中尉? もうシミュレータールームですけど?」

 

「……いえ。すいません、ちょっと意識が飛んでました」

 

 目の前にアラドが居て、隣にはゼオラとラトゥーニ。考え事をしていたら、いつの間にかシミュレータールームまで来ていたらしい。

 アラドがそそくさとシミュレーターに乗り込んだのを見て、フウカも対面の席に着いた。

 

「よろしくお願いしまっす!」

「……ええ」

 

 今はどうだろう、そんなことを自問したところですぐさま自答出来る自信はなかった。現在の自分は酷く不安定な存在だ。

 もう戻る場所も無ければ、この世界にしてみたらイレギュラーも良い所。

 だけど、少し……、もう少しだけは……。

 

「行きますよ、アラド」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「……私はあんなに砕けた喋り方ではありません」

「え、ええ。そうね、ていうかホントに同じね。流石は“向こう側”の貴方と言ったところかしら」

 

 アラドとフウカが訓練を開始した辺りで、シミュレータールーム入り口辺りに隠れていたライカがムスッとした表情を浮かべていた。後ろにいるアクアが何とも言えない顔でライカとフウカを見比べている。

 食堂からここに来るまでの間でフウカの事を説明し終えていたので、もう隠す必要はなかったのだ。

 最初こそ信じていなかったようだが、根気強く説明をしたお蔭でようやく納得してくれたようだ。

 アクアに説明する中で、思えばヤクトフーンドのパイロットの事を誰にも喋っていなかったことに気づいてしまった。アラド達にも説明していなかったので、ああやって戸惑うのも当然であった。

 すぐにでも説明したかったが、中々踏ん切りがつかない。混乱させてしまうのではないかと不安で不安でしょうがない。

 

「いつまでも隠しておけないわよ?」

「……分かっていますよ」

 

 一区切りついたのか、二人がシミュレーターから降りて来た。すると、フウカが唐突にこちらの方に視線を向けてきた。

 蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまった間に、フウカが真っ直ぐこちらへ歩いてきた。

 

「……何やっているんですか?」

「……何故、分かったのですか?」

 

 するとフウカがちょうど自分の後頭部辺りへ指を指してきた。

 

「いや、入口の陰から飛び出ていた髪が猫じゃらしみたいにぷらぷらしていたから自然と目に付いたというか、何というか。猫呼べますね、あっはっは」

 

 結んだ髪を触って、隠れていなかったことに気づいたライカはつい顔を手で覆い隠してしまった。それにしても、無表情で淡々とあっはっはと言われてもリアクションに困るものがあった。

 いや、それよりもまずは後ろで目を丸くしているアラド達に説明をする方が先だろう。

 

「ら、ライカ中尉が二人!?」

「あ、あのアラド、落ち着いて聞いてください。こっちの私は――」

「――私はフウカです。フウカ・ミヤシロ。……ライカではないです」

 

 フウカがアラド達に頭を下げた。

 

「ごめん。貴方達がライカだと思って接していたのは、違う人だったの」

 

 そんなこと――そう言いかけたライカと頭を下げながらこちらを見るフウカの視線がぶつかった。何も言うな、そう言いたいのだろう。

 彼女の意図を汲み取ったライカは黙り、続きを促した。

 

「迷惑掛けましたね、アラド、ゼオラ、ラトゥーニ。もうこんなことしませんから」

 

 背を向け、去ろうとしたフウカの手を掴んだのはアラドであった。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「……何でしょう?」

「まだ訓練終わってないっす!」

「……え?」

 

 ラトゥーニがアラドの後に続いた。

 

「私とゼオラが、まだです」

 

 アラドとラトゥーニのアイコンタクトを受けたゼオラがしっかりと頷く。

 

「早く私とラトに移動しながらの射撃のコツを教えてくださいフウカ中尉!」

「……怒って、無いのですか?」

「いや、まあ……びっくりしたのはホントっすけど、悪い人じゃないし、それになんか他人の気がしないから良いッス!」

「いや、そんな理由で……!」

 

 フウカの両肩が軽く叩かれた。

 

「フウカっていうのね。私はアクア、アクア・ケントルムよ。ということで、私にも訓練付けて欲しいんだけど、駄目?」

 

 そう言って左肩を叩いたのはアクア、そして――。

 

「……今更とやかく言うつもりはありません。それよりも、受けた仕事は最後まできっちりこなしてくださいね」

 

 薄く微笑みながら右肩を叩いたのはライカであった。

 

「…………」

 

 明後日の方向を見ながら、フウカはボソリと呟いた。

 

「……まだ、対高機動戦闘の指導をしていなかったですね」

「……随分素直じゃありませんね」

「だったら貴方もでしょうね、何せ“私”なんですから」

 

 皮肉と皮肉を交わし、フウカはアラド達の方へ戻って行った。ライカも訓練兼監視をするべく、アクアと一緒に歩き出した。

 殺し合った過去はそう簡単に抹消することは出来ないが、それでも多少なりとも歩み寄ることは出来る。

 

「皆ー、ライカを落としたら私が何か奢りますよー」

「む、無理ッス!! けどタダ飯食えるなら……!」

「……やっぱり腹が立ちますね」

 

 多少、本当に多少だけだ。ライカは真っ先にフウカを落とすべく、彼女の機体をロックオンする。


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