スーパーロボット大戦OG~泣き虫の亡霊~   作:鍵のすけ

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第六話 夏影~後編~

「合わせろって、いきなりそんな事……!」

「それが出来なければ死ぬだけです」

 

 そう言い切り、『ライカ』のゲシュペンストもどきが僅かに下がり、正体不明機へ向け、発砲を開始した。

 

「……シュルフ、この機体はまだ動けますね?」

《お上品なH系フレームなら無理ですが、この機体のフレーム剛性を考慮するなら、まだ全然余裕です。幸い、まだ駆動系に手酷い損傷もありません》

「上等……!」

 

 小さく呟き、ライカはスロットルを最大に引き上げ、フットペダルをベタ踏みした。『ライカ』の牽制によって僅かに大きな挙動で回避行動を取った正体不明機のコクピットを狙うように、シュルフツェンは展開させないまま大鋏を振るった。

 ライカの意思を百パーセント反映させた斬撃は敵機の装甲に浅い傷を付ける程度であったが、何はともあれようやくまともなダメージを与えることに成功した。

 その行動の隙を埋めるように、『ライカ』が後ろから発砲してきながら接近して来る。

 

 ――接近戦。

 

 すぐその意図に気づいたライカは空いている手にM90アサルトマシンガンを持たせ、正体不明機を逃がさないよう、そして『ライカ』 に当たらないような絶妙な弾幕を形成する。逃げられないと悟った正体不明機が『ライカ』へ両腕のブレードを振るった。

 それに合わせるよう、ゲシュペンストもどきの右手甲部から鈍い銀色の刀身が伸びた。

 

「……ヤクトフーンドのクローアームと使い勝手を似せれば……!」

 

 『ライカ』の接近戦の操縦技術は相当なものであった。右から迫る正体不明機のブレードを手刀の要領で叩いて捌いたかと思えば、振り下ろした状態から今度は左から振り上げられる斬撃を防いでみせる。

 瞬間、正体不明機の肩部から高エネルギー反応が確認された。先程の高火力なビームが来る。そう判断したライカは左手首下のアンカーウインチを正体不明機の胴体へ射出した。

 当たったかどうかも確認しないまま、ライカはそのまま正体不明機の斜め下を取るように高度を下げつつ、機体を加速させる。突発的に加わった加速とこの機体自身の重量により、正体不明機の射線上から『ライカ』を無理矢理外した。

 ……非常時ながら、始めて自分の機体の急制動以外でワイヤーを使ったなと、ライカは少々感動してしまった。正体不明機から放たれる光と熱の暴力はその本来の役目を果たすこと無く、誰もいない海上へ突き刺さっていった。

 まるで対処してくれるのが分かっていたかのように、『ライカ』のゲシュペンストもどきが正体不明機へタックルをし、距離を調節する。

 

「今……!」

「当然……!」

 

 言われずとも、次にこちらが為すべき事は理解していた。後衛に回っていたライカは既に正体不明機の元まで、接近を終えている。

 左腕部のプラズマバックラーへのエネルギー充電は済んでいた。

 さっきから機体自体を揺さぶるような行動しかしていなかったので、正体不明機の回避行動が一瞬遅れたのを見逃さない。

 そのまま操縦桿を少し引いたあと、一気に前へ押し倒した。必殺の意思が機体にも乗り移ったように、シュルフツェンは思いきり正体不明機を殴り付ける。

 まずはライカの思い描いた通りのタイミングで一発目のプラズマステークが爆ぜた。

 仰け反る正体不明機に離されないよう、機体を加速させ、二発目起動。そして――三発目起動と同時に、突き抜ける。結果として、正体不明機を完全破壊することは叶わず、左腕部を根こそぎ持っていくことしか出来なかった。

 しかし、それでも戦力を半減させることはできた。『ライカ』が止めを刺すべく接近する。

 対する正体不明機は迎撃をするということもなく、ただ再び鶏冠のユニットを上下に展開させた。

 

《アラート。EA感知。抵抗不可。FCS動作停止、センサー類動作停止》

 

 メインカメラもやられたので、サブカメラに切り替えると、そこには既に背を向けて撤退していく正体不明機の姿が映し出されていた。悔しいことに追撃を掛ける余裕なんてどこにもなかった。

 だいぶ装甲を切り刻まれてしまい、全力稼働をしようものなら、あっという間に空中分解でゲームオーバー。それに、とライカは前方に浮遊しているゲシュペンストもどきを見つめる。

 

「結果は重畳、と言ったところですね」

「……“ハウンド”、ですよね? 生きていたんですか?」

「……ええ、まあ。色んな偶然が重なりまして」

「どうやってその機体を……? まさか、メイトに何か……?」

 

 気づけば『ライカ』へマシンガンを向けていた。だが、その行動を予測していたようで、『ライカ』の返答には冷静さがあった。

 

「ちゃんと許可をもらっていますよ、だから銃を下ろしてもらえると嬉しいのですが」

「上手いことを言って、彼女を騙している可能性も考えられます」

「……そんな可能性は有り得ませんよ。貴方を含む全ての人を騙すことはあっても――彼女にだけは嘘を吐きたくないので」

「……そう、ですか」

 

 その一言が、彼女の嘘偽りのない本心だということが分かってしまったライカは大人しく銃を収めた。すると、通信が復旧したのか、通信用モニターにローガン隊長の顔が映し出された。

 

「無事か、中尉!?」

「はい、正体不明機は撤退していきました」

「そう、か。良くやってくれた。感謝する」

 

 モニターの向こうで、隊長の安堵の溜め息が聞こえた。隊員はとても幸運だ、こんなに良い隊長の下にいる。だがあえてそれを口にだすことをせず、ライカは隊長へ指示を促した。

 正体不明機の事を上層部に報告するため、哨戒部隊は伊豆基地へ戻ることがすぐに決まった。

 

「ところで、そこのゲシュペンストもどきは? 一機のようだが、援軍か?」

「……あの機体は――」

「肯定です。私はメイシール少佐の開発チームの者です。今回はライカ中尉が危険な状況にありましたので、この《ゲシュペンスト・フェルシュング》の試験運用を兼ねて、応援に駆けつけた次第であります」

 

 口から出任せを、とライカはコクピットの中で頭を抱えた。しかも勝手に機体の名称まで決めている始末。あまりにも堂々とした返答だったので、隊長もそれ以上は追求すること無く、基地への帰還を開始してしまった。

 

《フェルシュング。ドイツ語で偽物、模造品という意味ですね。開発経緯や構成パーツから考えても、これほど直球且つ的を射たネーミングはありませんね、中尉》

 

 AIながらに感心でもしたのか、その無機質な声に妙な力が込められていたように感じる。しかし、ライカはそれどころではなかった。

 

「……話し掛けないで。今、頭がすごく痛いから」

《それはいけません。先程の正体不明機からの攻撃で脳を揺さぶられた可能性が見られます。すぐに精密検査を受けることを提案いたします》

「大丈夫、そういうのじゃない……」

 

 自分達に付いてくる『ライカ』を見て、逃げる気がないことは分かる。――故に。これから降り掛かってくるであろう厄介事に頭を痛ませていた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「ライカ!!」

 

 機体から降り、メイシールに近づいた瞬間にコレであった。全力で走ってきて、抱き付いてくる奴が本当にいるとは全く思わなかった。

 冷静にひっぺがした後、ライカは深々とメイシールへ頭を下げた。

 

「すいません、シュルフツェンをボロボロにしてしまいました」

 

 ライカの視線の先には、黒焦げになり、所々損壊したシュルフツェンがいた。伊豆基地へ辿り着いた瞬間、まるで力尽きたようにシュルフツェンの傷付いた全身から小さな爆発と火災が起きてしまったのである。

 

(また、守られましたね……)

 

 幸い、厚くした外装がコクピット部を守っていたので、ライカとシュルフには傷一つなかった。ただし、外装はほぼ全交換、頑丈な装甲を持つ正体不明機へタックルしたのとワイヤーで無理矢理射線変更をさせたのが不味かったのか、骨格系が歪みに歪んでしまっている。

 

「これは……まあ仕方ないわ。貴方が無事なだけ御の字よ。それに機体ののバージョンアップの時期が早まったものと思えば大したことないわよ。……この際徹底的に改修するわ」

「……すいません」

「形あるものは壊れるわ。だからこの話はもう無し。……良く生きて帰ってきてくれたわ」

「はい、ありがとうございます」

 

 それはそうと、ばかりにメイシールはゲシュペンストもどき改めゲシュペンスト・フェルシュングの方へ視線をやった。正確には今しがたコクピットから降りてきた人物へ、である。

 

「……ありがとうございましたメイシール。運動性能、操縦レスポンス、どれを取っても高水準な良い機体でした」

「ありがと。それで、どうして貴方がここに居るか、もちろん説明してくれるんでしょうね?」

「ええ、もちろん。そこの“私”も気になっているでしょうし」

 

 髪こそ下ろしてサングラスも掛けているが、ライカの前に立っているのは間違いなくあの孤島で死闘を繰り広げた“向こう側”のライカ・ミヤシロであった。

 

「貴方は私が確かに倒したはずですが……?」

 

 倒しきれていないからここにいるのは分かっている。頭の悪い質問をしていることは重々承知だ、それでも聞かないわけにはいかなかった。

 それは向こうも理解しているようで、特に嘲笑することもなく、淡々と話し始めた。

 

「確かに私もあの時、死を受け入れていました。ですが、一言で言うのなら……そう、助けられたんですよ」 

「誰に?」

 

 すると、『ライカ』は二人から背を向け、歩きだした。

 

「どこに行くのですか……!?」

 

 いつの間にかサングラスを外していた『ライカ』は本当に不思議そうな表情を浮かべ、首を傾げた。腹立たしいことに、彼女の瞳は良く鏡で見る自分のモノにそっくりだった。

 

「どこって、食堂ですよ。お腹が空きました、死にそうです」

「……は?」

「食、堂?」

 

 ライカとメイシールは二人揃って、間抜けな声を出してしまっていた。さっきまであれほど緊迫した空気が流れていたのに、いきなり空腹を訴えられるとは思ってもいなかった。

 しかし、彼女にしてみればそれは極めて当然のことのようであった。

 

「……おかしな事を言いますね。食べられる時に然るべき量を食べる。これは常に戦場に身を置く者として、当然の考えだと思っていたのですが……」

「いやいやいや! 貴方、私達の質問にも答えず、どこに行くのよ!?」

「明日、“彼”が来ることになっているので詳しい説明はその時にしますよ。あー倒れそうです」

「貴方、本物の“ハウンド”、なんですよね……?」

 

 出来れば違っていて欲しいと、脂汗を流しながらライカは本気でそう思っていた。初めて会ったときの彼女は冷徹な殺人機械と言っても過言ではない精神構造と、操縦技術を持っていた。

 冷血にして大胆、それが向こう側での彼女の印象であった。

 しかし今はどうだ。失礼ながら全くその影も見えない。すると、それに答える代わりに、『ライカ』はピッと人差し指を立てた。

 

「そうそう、お二人に言っておきますが、私は既に“ハウンド”も『ライカ』という名前も捨てています」

「じゃ、じゃあ何て呼べば良いのかしら……?」

「『フウカ』。これからは私の事を『フウカ・ミヤシロ』とお呼びください。これがこの世界での……新しい私です」

 

 事前に決めていたのか、悩む素振りもなく、即答した。

 

「フウカ……。名字は変えないのですね」

「ええ。そうしなければ……、おっとこれも明日で良いですね。それでは食堂へ行ってきます」

「……冗談では無かったのですね」

「当たり前じゃないですか。今までずっと不味いレーションでお腹を満たしていたのです。少しぐらい、美味しいものでお腹を満腹にしたいですよ」

 

 唇を尖らせながらそう言う『ライカ』――改め、フウカは本当に歩いていってしまった。

 

「……ねえライカ?」

「……何でしょうか?」

「貴方も吹っ切れればああいう感じになるの?」

「なりません」

 

 即答させてもらった。あんなに自分に正直でもなければ、あんなにマイペースでもない。

 

「ふーん」

 

 失礼なことに、メイシールがこちらに疑問の視線を向けていた。

 

「……何ですか?」

「何でも良いけど、良いの? このまま彼女をフリーで行動させて」

 

 自然と睨んでいたことには触れずに、メイシールは通路を指差した。

 

「しまった……!」

 

 メイシールの言葉ですぐに気を取り直したライカは急いでフウカの後を追うべく走り出した。

 やはり面倒事になったじゃないか、自分の良く当たる嫌な予感を呪いながら、ライカは次の厄介事への心の準備を始めた。


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