今までの動きの無さがまるで嘘のように、正体不明機は動き出した。予備動作の無い発砲を避け、一旦ライカは距離を取った。
「中尉! 無事か!?」
「はい。どうやら向こうは最初から私が狙いのようですね……」
「そうはさせるかよ!」
ローガンの指示で、即座に部隊は正体不明機を囲むような位置取りとなった。練度の高さに感心しつつ、ライカは正体不明機から目を離さない。
対する正体不明機は何をするでもなく、代わりに頭部の鶏冠のユニットが上下に展開された。
《アラート。指向性の
シュルフの警告に身構えるも、機体にどこも電子的なダメージは確認できなかった。すると、隣にローガン機の高度がどんどん下がっていくのが見えた。
ローガン機だけではない、ライカを除く、正体不明機を囲っている部隊員全機の高度が下がり始めている。
「ローガン隊長!」
「クソったれ! あのガーリオンもどき、俺らが邪魔だってことか!? 火器管制類に足回り、その他全てズタズタだ!! おい中尉、お前は逃げ――」
通信類にも攻撃が回ったのか、ローガンの言葉は全て聞くことなくノイズの嵐に消えて行った。ライカは息を呑んだ。
これほど高精度かつ制圧力の高い電子攻撃を行える機体はあまりいない。特務部隊クラスの電子装備でもここまで瞬時に効果は発揮されないだろう。
今この空域で動けるのはライカと正体不明機のみ。未だ血のように赤いゴーグルアイがゆらりと蠢いた。
「仕掛けて来る……!」
右の機関銃から弾丸が吐き出された。一見適当に撃っているように見えるが、ライカの避ける先を的確に潰されてしまっている。
シュルフツェンの運動性能を最大限に引き出し、大きな円を描くように機体を動かしての回避行動。
――まずは僚機を巻き込まない場所まで誘い込む。
間違っても流れ弾に晒させないと、ライカは操縦桿を後ろに引いた。機体を後退させながら、M90アサルトマシンガンで鋭い牽制射撃を加える。
当たれば御の字、当たらなくてもこちらに注意を向けられる。
「来た……!」
ライカの思惑通り、正体不明機は右の機関銃を放ちながら、左の折り畳まれていたブレードを展開させ接近してきた。刀身にはアサルトブレードのようなチェーン刃は見られない。
だとするならゾル・オリハルコニウム製という可能性が高い。耐久性、斬れ味共に高水準なその武器とまともにやり合うつもりはなかった。
《正体不明機接近中。急上昇してからの射撃が有効と判断されます》
シュルフの助言を最低限耳に留めておきつつ、ライカは操縦桿を一気に引き上げた。背部のスラスター炎が一際大きくなった次の瞬間には、ライカの目下に正体不明機の姿があった。
脊髄反射でトリガーを引き絞る。
アサルトマシンガンの残弾を空にする勢いで放たれた一撃は逸れることなく全て正体不明機へ降り注ぐ。
――瞬間、正体不明機の関節全てから赤い光が噴き出した。
「外した……!?」
これ以上ない最高のタイミングで攻撃したにも関わらず、いつの間にか射線上のすぐ横に並ぶように、正体不明機は真っ直ぐライカへと向かってきていた。どんな手品を使ったのか。……呆けている時間はない。
すぐに後退を選択したライカは再び距離を空けようとする。しかし、敵の方が速い。
推進力なら向こうの方が上、しかも考えうる限りの最短ルートを突き進んでこられては追いつかれるのも時間の問題だ。それに、とライカは唐突に操縦桿を左に倒す。
先ほどまでシュルフツェンの滞空していた空間を太い一条の光が通過していった。
両肩のビーム兵器とすぐにアタリを付けたライカは、正体不明機を中心に旋回を始める。
「シュルフ、あのビーム兵器の威力は?」
《ビームコーティングを施されているこの機体でも直撃は避けたいところです。幸いなことにチャージに時間が掛かると予測されます。ラッキーですね中尉》
「少しも……!」
あんなもの連発されて堪るかと思っていたので、それは朗報だった。問題はまだある。
正体不明機を中心に、旋回しながらの射撃を加えながらライカはその中間結果を見て舌打ちをする。見た目に反して装甲が厚いようだ。
アサルトマシンガンで落とせないことはないが、その前にこちらの弾薬が尽きてしまう。ライカは自身の戦力の再確認を行った。
アサルトマシンガンに携行式大鋏、そして両腕部のプラズマバックラーにまだ外してもらっていない左手首下のワイヤーアンカー。
接近戦における手数は豊富だが、飛び込むための牽制手段に乏しい。弾数は今の分を除けば、残りカートリッジ一個分。などと考えていると、正体不明機が左のブレードを折り畳み、両方の機関銃を放ってきた。
先ほどまでは横や後ろに回避していたが、ライカはあえて操縦桿を前に倒す。
《その回避行動は些か非合理的では?》
「……私のスタイルですよ」
《猪突猛進、まさに中尉のことですね。――弾道予測、並びに回避行動補正開始。思い切りやってください》
「上等」
ライカは左右のスラスターを要所要所で最大出力に上げ、雷のようなメリハリある機動で突撃を開始した。……目も眩むような弾幕。
シュルフによる補正があるが故の無茶な前進。一発一発が装甲を掠めていくの見るのは冷や汗ものだが、ここで中途半端に横へ大きく回避をしてしまったらあっという間に
段々距離を縮めていくと、静止したまま射撃を続けていた正体不明機がライカへ接近してきた。
段々射撃の勢いが弱くなり、ついには完全停止。代わりに両方のブレードを展開して、白兵戦の用意を始め出した。携行式大鋏に持ち替えたライカは短く深呼吸をし、精神を統一させる。
《白兵戦距離。中尉、得意分野ですね》
「話し掛けないで……!」
大振りの斬撃を避け、手槍状になっている大鋏を突き出す。それで当たってくれる訳もなく、機体を回転させた正体不明機が横薙ぎに振るうブレードで刺突を阻まれた。
ならば、とフットペダルを踏み込み、機体を瞬間的に前進させての体当たりを敢行。
しかし、まるで読んでいたかのように敵は機体を後退させた。その隙を狙っていたかのように、両腕のブレードが左右から襲い掛かってくる。左のブレードは持っていた大鋏で遮り、右のブレードは咄嗟に左手で抑え込むことで事なきを得る。
だがそれも一瞬の事で、すぐに振り解かれてしまった。その隙に大鋏を展開し、肩部を挟み潰そうとしたが、今度は向こうに距離を取られてしまう。
「はっ……はっ……!」
強い。掛け値なしの強敵だ。
ライカの呼吸が荒くなる。一手でも食い違えば、一気に押し切られる。
《――敵機の出力上昇を確認》
「っ……!?」
正体不明機のゴーグルアイと関節から迸る赤光がまた一段と激しさを増した。これからが本番だ、そう言いたげに正体不明機は文字通り、目で捉えることが難しい速さで接近してきた。
「う……」
すれ違い様に左腕部を斬られたようだ、切断までには至らないが、それでも装甲に刻まれた傷跡が痛々しい。振り返るのと同時に、大鋏を振るうも、それが当たることはなく代わりに今度は右腰部装甲を斬りつけられた。
「……おかしい、動きが的確過ぎる……」
こちらが動く先に刃が置かれているような感覚だ。回避行動がまるで意味を為さない。
それどころか防御したい箇所を責められてしまう。抜け出せない。
巨大な刃のドームに囚われてしまった錯覚を、ライカは覚えた。
《損傷拡大。これはピンチです》
「分かっています……!」
マズイと、ライカの背を冷たい汗が伝う。
――どうやら正真正銘、本当に厄介な敵に目を付けられてしまったようだ。
◆ ◆ ◆
「何で!?」
シュルフツェンのカメラから送られてくる映像を格納庫で見ていたメイシールは正体不明機から放たれた言葉を聞いて、顔面蒼白となっていた。それもそのはずで、彼女にとって、“有り得ない”単語が出て来たからだ。
「『CeAFoS』の存在を知っている……!? そんな奴、もう居るはずないのに……!」
メイシールはひたすらシュルフツェンを通して送られてくるリアルタイムな情報を解析し続けていた。当然と言えば当然だが、そこから得られる情報は機体の性能ぐらいだ。
その“先”に繋げられない。……いや、一つだけ。
「……あのガーリオンもどきの行動パターン、何か見覚えがあるわね」
思いつく限りの該当するパターンを自分のパソコンで照合してみたが、ヒントとなるものが出てこない。やはり思い過ごしか、と一瞬諦めるも、ふいにメイシールの脳裏に電撃が走った。
「……まさか」
検索し、照合してみると……ヒットした。その結果にどこか納得するものを感じてしまったことの何たる皮肉なことか。
「やっぱり――」
瞬間、パソコンの端末に大きなノイズが入った。次に映し出された映像を見ると、そこには全身を斬撃痕でいっぱいにされたシュルフツェンがあった。
「ライカ!!」
かなり速度を乗せた斬撃を連続して受けているようだ。衝撃も相当なものだろう。
ライカへ通信を送るも、返ってくることはなかった。
「私じゃ……何も……!」
全身の温度が一気に下がったような感覚に陥った。あのライカが、適確な判断でいつも死線を潜り抜けてきたライカが――ただ良いようにやられていた。その事実が、メイシールの心に衝撃を与えた。
怖い、怖い、怖い……。ここからじゃ何もすることが出来ない。
無力感がメイシールを押し潰そうとしている。
このままではまた昔の繰り返しだ。意識しているわけでは無いのに、兄が死んだときのことが思い出される。
――そんなのは嫌だ、そんな事嫌だ。
気づけば足が震えていた。ライカの死の予感に、呼吸も荒くなる。
――助けて……誰でも良いから、助けて……!
「誰か……ライカを……!」
声にならない声でメイシールは叫ぶ。
――助けて……!
「このゲシュペンストもどきの名称は何ですか?」
後ろから掛けられた声の方へ、メイシールは苛立ちと共に振り返った。こんな時に呑気に声を掛けてくるアホの顔を睨みつけるつもりで。
「……え?」
後ろに立っていた女性を見て、メイシールは己の眼を疑った。下ろされた赤髪、そしてサングラスで目元を隠しているが、声だけは隠せない。
メイシールが声を掛けようとする前に、女性は黒いコートを翻しながら、側で佇んでいたゲシュペンストもどきを見上げる。
「名前ですよ。このゲシュペンストもどきの名前はもう決まっているのですか?」
「いや……まだ決まってないけど、いや、それよりも貴方どうして……!?」
その問いには答えず、女性はメイシールの傍らに置かれていたパソコンの映像を眺め始める。
「……情けない。あの程度のシステマチックな動き……対処できない訳じゃないでしょうに」
すると女性は昇降機の方へ歩き始めたので、慌ててメイシールが呼び止める。
「ちょ、貴方それをどうするつもり!?」
「……私は彼女を見極めなければなりません。そのためにも、彼女はあんなところで、あんな敵に殺させる訳にはいきません」
そう言って、女性はあっという間にゲシュペストもどきのコクピットに腰を下ろした。
「……なるほど量産型ヒュッケバインMk-Ⅱをベースにゲシュペンストのパーツを組み込んでいたのですね。……背部のブースターユニットの推力が高い、これなら間に合うか」
カシュン、と小気味よい音と共に、コクピットハッチが閉鎖された。
「ま、まだ私良いって言ってないわよ!?」
無線で呼び掛けてみたが、あくまで彼女は冷静に答える。
「謝罪は後で。……それにしても益々、お前はこの世界における私の立場と似ていますね。お前を名づけるとするのならば……そう、
――ゲシュペンスト・フェルシュング。
そう名付けられた機体が、全ての起動プロセスを終え、前傾姿勢を取る。もうやけくそとばかりに、メイシールは無線越しに叫んだ。
「貴方! 絶対ライカを助けなさいよ!? もしライカを死なせたら呪ってやる!!」
「……上等です」
脅迫めいた叫びを受け、紛い物の幽霊が飛び立った。
◆ ◆ ◆
《素晴らしいしぶとさですね、中尉。現状の損傷状況を報告しますか?》
「……いらないです」
何とか刃のドームを抜け出せたと思ったら、猟犬のごとき追撃をしてくる正体不明機。ライカの鍛え抜かれた操縦技術と直感による、回避で斬撃の痕こそ目立つが、奇跡的にまだ致命傷には至っていなかった。
しかしそれも時間の問題だ。
こちらが攻撃してももはや操縦技術と言うには疑問を持つレベルで、避けられるのだから打つ手がない。単独任務ならば撤退一択なのだが、そう思いつつライカは周りを見る。
(私が退けば、恐らく隊長たちが狙われる。……絶対に退くことは許されない)
再び接近してきた正体不明機。振るわれるブレードを避け、カウンターのプラズマバックラーを突き出すも、虚しく空を切る。
代わりに脇腹に一撃をもらってしまった。
「つぅ……!」
今ので座席に後頭部を打ち付けてしまった。ヘルメット越しとはいえ、衝撃はかなりのものだった。一瞬視界が暗くなる。
その一瞬の隙が、今の極限状態の戦闘においては致命的なものとなってしまった。回避行動が間に合わない。
ブレードの先端がコクピットへ向かってくる。
「こんな所で……!!」
「――ええ。こんな所で、何て情けない」
その瞬間、ブレードが大きく弾かれ、コクピットの代わりに虚空を貫いた。狙撃とすぐに判断したライカは弾丸が飛んできた方にカメラを向けると、そこに映し出された機体を見て、驚愕する。
「メイトのゲシュペンストもどき? 一体誰が……?」
本来ならば動いているはずのない機体だ。それよりも、とライカは今通信機に入ってきた声に心臓が停止したような錯覚を覚えた。
……それは、いるはずのない声。
……それは、自分が倒したはずの声。
それは――――。
「お久しぶりですね。……戦場で再会するというのも私達らしいとは思いませんか?」
「お前は……!」
通信用モニターに映し出されていた“彼女”の眼はどこまでも真剣なものであった。
「――私に合わせて下さい。……皮肉ですが、私と貴方は考え得る限りで最高のコンビです。倒せない相手は――どこにもいません」
“彼女”――『ライカ・ミヤシロ』はそう言って、皮肉気味に薄い笑みを浮かべた。