スーパーロボット大戦OG~泣き虫の亡霊~   作:鍵のすけ

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第四話 夏影~前編~

 ――暗い。私の世界が、暗い。

 

 手を伸ばしてみたら、まるで布へ手を突っ込むように何の手ごたえも感じない。もはや死んでいるというにも関わらず、こんなことを考えていられるのはどうなのだろうか。

 身体を包む灼熱に光、それが自分の戦いの終結を意味していた。もしかしたら、死を迎えたことで執着が消えたということなのだろうか。

 

(それは……嫌ですね)

 

 ……徐々に目を閉じているのが億劫となってきた。死後の世界はどうなっているのか、そう思いながら目を開ける――。

 

「……ここ、は?」

 

 辺り一面が白、鼻につく薬品の香り、そして今身体を預けている清潔なベッド。眼を擦ってみても、その景色が変わることはなく。

 ……身体は五体満足。多少、包帯が巻かれているが、どこか欠損していると言った風ではない。

 手を動かしてみても、何の痛みもない。

 

「……どうして」

 

 どう控えめに見ても、ここは病院だった。問題は、あの戦闘からどうやってここまで来たのか。まるで図っていたかのように、紫髪の男が扉を開けて入ってきた。

 

「……どなたですか?」

 

 黒いコートを揺らしながら、男は近づいてくる。そして立ち止まった男はこちらを射抜かんとばかりに目を合わせてきた。

 

「俺はギリアム・イェーガー。この名前に心当たりはあるか?」

「……ありません」

 

 そうか、と男は椅子に座る。ついでに男は手に持っていたフルーツの盛り合わせを机の上に置いた。梨が入っているのは地味に嬉しい。

 

「ならば、『ヘリオス・オリンパス』と言えば通じるかな?」

「っ!?」

 

 電撃が走った。それは()()が追っていた人物の名前であった。

 顔が分からなかったので、実在するかも分からない人間だったが、こうして自分の目の前に現れるとは。

 

「どうして……貴方がここに。まさか、私がここに居るのは貴方が……?」

「ああ、『グランド・クリスマス』の近くで戦闘が起こっているという情報が入ってね。行ってみたら既に戦闘が終わり、浜辺に損傷が酷いコクピットブロックが打ち上げられていたから中身を確認したのだ。そうしたら……」

「……なるほど。それで、私をどうするつもりですか? 殺しますか?」

「君は今でも“彼女”を狙うつもりか?」

 

 何故それを、と喉元まで出かかったが、この男にそれを聞くのもなんだか馬鹿らしくて疑問の返答を考える事にした。

 

「……さあ、分かりません。もう何をすればいいか、分かりません」

「そうか、ならばしばらく俺と行動を共にするつもりはないか?」

「……は?」

「“こちら側”に来訪した者たちはみな、それぞれの答えを出している。……君にもその資格がある」

「私が……ですか? 私はこの世界で……」

「それを判断するのはこれからの行い次第だ。なぁに、気に入らなければすぐに俺の前から消えると良いさ」

 

 この男は駆け引きをするつもりはないようだ。第一、メリットが無い。

 追う側が、追われる側の手を借りるとは本来あってはならないのだろうが、生憎ともう“あの部隊”とは関係が無い。……ならば。

 

「……精々寝首を掻かれないように、気を付けてください」

「ああ、気を付けさせてもらおう。……因果がそれを許すかはさておいて、な」

「……よろしく、お願いします」

「ああ、よろしく頼む。――ライカ・ミヤシロ中尉」

 

 

 ――アルシェン、まだそちらへ行けそうにはないみたいです。

 

 

 自分はきっと、碌な死に方をしないのだろうな、そう自嘲したように笑う。

 

「ええ。腐っても元シャドウミラーです。貴方の足手まといにならない程度には善処しましょう」

「頼もしい限りだ」

 

 元シャドウミラー隊員『ライカ・ミヤシロ』の“変わった”表情を見て、ギリアムは不敵な笑みを浮かべる。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 《アルトアイゼン・リーゼ》との戦いから三日程経った。データはその日に纏め終わり、メイシールがそのデータをどう活用するか聞けないまま、今日彼女に呼び出されていた。不安しかない。

 また奇天烈な武装のテストをさせられるのかと思うと、寒気しかしない。すっかり馴染みの格納庫に隅っこに、メイシールはいた。

 

「お、来たわねライカ」

《おはようございます中尉》

 

 一人と一基への挨拶もそこそこに、ライカの視線を捉えて離さないものがシュルフツェンの隣にあった。早速気づいたわね、とばかりにメイシールがニヤニヤと笑いだす。

 

「これは何ですか? ゲシュペンスト……ですか?」

 

 黒いカラーリングが施されたゲシュペンストのような機体が佇んでいた。だがライカの中ではまだ完全に決めつけられずにいた。

 微妙に細いし、細部がまるで違うのだ。そう、この機体を一言で例えるならば。

 

「――いや、まさかヒュッケバインですか? それも、量産型のMk-Ⅱ……」

《お見事です中尉。中尉の目は曇ってはいないようですね》

 

 シュルフが機体のゴーグルアイを明滅させ、ライカを褒めた。しかし、あまりAIに褒められても嬉しくないというのが本音だった。

 いつの間にかライカの隣に立っていたメイシールが資料を持ちながら、目の前の黒い巨人の概要を説明を始める。

 

「ライカの見込み通りよ。これは量産型ヒュッケバインMk-Ⅱに量産型ゲシュペンストMk-Ⅱのパーツをいくつかくっつけてバランス調整を施した機体なのよ。ヒュッケバインのようなゲシュペンスト、ゲシュペンストのようなヒュッケバイン……まあ、解釈はお任せするわ」

「……まあ、確かにGⅡ系フレームを使っているし、出来ない改修では無いとは思いますが……。どうしてこの機体を作ったのですか?」

「……ほら、今シュルフツェンはバージョンアップ予定じゃない?」

「確かにそうらしいですね。別に止めてくれても構いませんが」

「とにかく! それで元々このシュルフツェンは『CeAFoS』使用前提で造られているから性能が尖り過ぎているのよね」

 

 今更だと思うけど、とメイシールが付け加えた。確かにそうだ。

 シュルフツェンは本来、『CeAFoS』の提示する動きに合わせられるよう運動性能と反応速度、それに機体剛性を向上させたものだ。その引き換えとなったものはモンスターと呼べるレベルの加速性能と、ロデオ並の劣悪な操縦性能。

 ライカが無言で頷くと、メイシールが少し照れくさそうに言った。

 

「それで気づいたんだけど、今までシュルフツェンに使わせていた試作武装って、その性能じゃなきゃとてもじゃないけど使いこなせないものだったのよねー……」

「……は?」

「それでちょっと今採用されているリオンシリーズとヒュッケバインで簡単なシミュレートしてみたんだけど、あの携行式大鋏を実戦レベルで運用させたらどっちも腰骨にあたるフレームがイカれたのよ。あの先端のスラスターが決め手ね」

「……突撃するならまだしも、あれを振り回すとなったら確かに話は別ですね」

 

 何で今まで気づかなかったのだろうとライカは叫びたくなったし、メイシールを責めたくなったが、ゲシュペンストのことを熟知している自分がそのこと指摘できなかった時点で彼女を責める権利はなくなった。

 複合型バズーカもただ特殊弾頭を放つだけなら問題ないが、下部アンカーウインチを使用するとなったら、また話が変わってくる。

 あんなもので強引に戦闘機動を補正しようものなら、推進力不足で機体の方が振り回されてしまうだろう。

 

「ということで武装テスト用に寄せ集めのパーツを掻き集めて来て組み上げたって訳」

「はぁ……なるほど、そういうことでしたか」

「ええ。ついでに言うとこの機体、ただの寄せ集めじゃないのよ? 見てみなさい、何か大きく変わった点は無い?」

《中尉によるPT鑑定団が始まりますね》

「うるさい。……というかシュルフ、一体どこからそう言った語彙を増やしてくるのですか?」

 

 アルトアイゼン戦以降、シュルフに対するライカの口調が戻っていた。

 今まではシュルフの事を気に入らなかったし、神経を逆撫でしてくるしのコンボ故に()()()調()に戻っていたが、前者が問題なくなれば後者はメイシールでとっくに慣れているのでこうして戻ったのだ。

 あの口調は極力出さないようにしなければと思いつつ、ライカはゲシュペンストもどきへ意識を集中させる。

 見たところほとんど弄繰(いじく)り回されているようだ。

 ……ヒュッケバインにプラズマバックラーが付く日が来ようとは夢にも思っていなかった。例によって取り外し可能なようで、三連マシンキャノンがオプション装備として着くこともあるのだろう。……と、ここで何となく気づいてしまった。

 

「……見たところ、ハードポイントが増えてますね。量産型Mk-Ⅱ・改と同じ、いやそれ以上という所ですか?」

 

 如何にも“何か付けますよ”という匂いがプンプンするハードポイントがあちらこちらにあった。するとメイシールの口角が吊り上がった。

 

「そう正解! どうせなら本格的に試作兵装試験が出来る機体を作ろうと思ってね」

「……なるほど」

「まだ試してみたい兵装は作っていないけど、そのうち大量に造るから覚悟してなさい」

「……ところでそうなった場合、その機体には誰が乗るのですか? 私は二人になれませんよ?」

「そこなのよね……。そっちばかりに気を取られてもシュルフツェンのテストが出来ないし……まあ、適当なパイロットを攫ってきても良いんだけど、乗りこなせるか不安だし……、まあ検討中ね」

 

 随分行き当たりばったりなことだ。

 すると、会話の途切れ目を見計らったかのように、機材入れの上に置いてあったメイシールの携帯端末が鳴動した。こなれた様子で端末を取り、数度言葉を交わしたあと、また彼女は端末を置いた。

 

「ごめんライカ、知り合いの部隊からなんだけど、何だか人手不足みたいなのよね。それで悪いんだけど、ちょっと哨戒任務の応援行ってきてくれない?」

 

 話によると、元々この一角はその部隊の管轄だったのだが、当時機体を置くスペースに困っていたメイシールがその部隊長に直談判した結果、快く提供してくれたらしい。想像以上に恩がある部隊だったので、当然ライカは二つ返事でオーケーをした。

 恩にはしっかり応える、これはライカの中で徹底していることであった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 北太平洋上空。

 シュルフツェンの各種センサーへ飛び込んでくる情報を処理しながら、ライカは眼下の海を眺めていた。 思えば任務に演習、試作兵装テストと心休まる機会がなかった。

 今回は比較的、短いルートだったので多少の息抜きくらい良いだろうと、いうことで最低限の注意は周囲へ向けながら、海の深い青をひたすら楽しむ。

 すると、野太い男性の声が通信モニターより響いてきた。

 

「ランチェルト1よりバレット1へ。すまないな、こんな雑用に付き合わせてしまって」

 

 横を見ると、《量産型ヒュッケバインMk-Ⅱ》が並行して飛んでいてた。

 

「いえ……大事な仕事です。それよりも、メイシール少佐から聞いたのですが、格納庫のスペースを貴隊より提供してもらったとか。その節は本当にありがとうございました」

「なーに気にするな。ウチはスペースが余っている、そっちはスペースがない。なら使ってもらった方が有意義だ。そう思わないか?」

「はい……ありがとうございます」

「ところで中尉、もし今度都合が良かったらウチの奴らに戦い方を教えてくれないか? 奴らには一回、ホンモノを教えてやらなきゃならんと常々思ってたんだ」

「そんな……私なんかより、適任者はもっと沢山いるはずです」

「メイシール少佐から話は聞いている。俺の長年の経験が言っているのさ、中尉はホンモノだってな」

 

 そうストレートに評価されると、中々気恥ずかしいものがある。だが、そう評価されたからには応えなくてはならないだろう。

 

「……分かりました。どこまで出来るかは分かりませんが、全力を尽くしましょう」

「頼もしいな、じゃあ頼むぜ。っと、ん? 何だこりゃあ?」

 

 隊長の言葉に引っ張られるようにレーダーを見ると、前方に未確認の信号が確認された。

 

「シュルフ」

《確認中です。……照合完了。該当するカテゴリー、AM(アーマードモジュール)。詳細不明、類似する機体無し。……要は良く分からないですね》

「……役立たず」

 

 となると、困ったことになった。まだ目視できる距離ではないので正確なことは分からないが、このテのイレギュラーは碌なことが起こった試しがない。

 

「どうしますか?」

「接触してみないと分からんな。幸い逃げる様子もない、こちらはお前さんを入れて、六機。いざとなったら撃墜も視野に入れる。決して油断はするなよ」

「……了解」

 

 手早く他の僚機に指示を終え、ライカ達はその正体不明機の元まで機体を推進させた。

 

「そこの機体、止まれ。我々は地球連邦軍極東伊豆基地第七PT部隊である。俺は第七PT部隊隊長ローガン・ロイロークだ。貴官の所属及び姓名、この空域にいる目的を教えてもらおうか」

 

 その所属不明機は本当に見たことのない形をしていた。ボディラインは間違いなくリオンシリーズのソレで、ガーリオンのような人型なのだが、どう見てもガーリオンのカスタムタイプには見えない。

 頭部には鶏冠(トサカ)のような縦長のセンサーユニット、肩にはビーム兵器らしき装備、両腰には円形のような物体が付き、両腕は折り畳み式のブレードと機関銃が複合された武器腕、脚部は横と縦への動きに強そうなスラスター配置となっている。

 見たことが無いはずなのに、どこかライカはあの機体に見覚えを感じていた。

 

(……ああいう機体、どこかで見たような? ……くそ、情報の有無は生死を分けるというのに……!)

 

 すると、正体不明機は頭部を動かし始めた。一機目を見た、特に動きは見られない。

 二機目、これもただ正体不明機のゴーグルアイを鈍く光らせただけに過ぎない。三機目、四機目……。そして隊長ローガン機。

 ここまで本当に変化が見られなかった。ついに、正体不明機はライカのシュルフツェンを視界に収めた。

 ――瞬間、シュルフ用のサブディスプレイが赤く明滅した。

 

《――ロックオンアラート》

「っ!?」

 

 先ほどまで大人しかった正体不明機のゴーグルアイが突如、血のように赤く染まり、両腕の機関銃の銃口をシュルフツェンへ向けてきた。同時に、正体不明機から通信が。

 言い放たれる言葉は、ライカの耳を疑うものであった。

 

 

《――『CeAFoS』システム確認。殲滅対象確定。殲滅を開始します》

 

 

 それは未だライカの心を捕らえて離さない呪いの言葉であり。


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