伊豆基地演習場。
比較的広く、また障害物もないので試作機や演習に良く使われている。
そこに向かい合うは二機の機体。一方はATXチーム隊長機《アルトアイゼン・リーゼ》。『絶対的な火力をもって正面突破を可能とする機体』というコンセプトに恥じず、両肩のクレイモアを始め、背中の過剰なブースター数や耐ビームコーティングすら施されている分厚い装甲、おまけに右腕の大型打突兵器リボルビング・バンカーの威圧感が凄まじい。
もう一方はライカの愛機であるシュルフツェン。量産型ゲシュペンストMk-Ⅱの運動・機動性が大幅に強化された機体である。『CeAFoS』は使用不能になったものの、その小回りはアルトアイゼンに対する唯一のアドバンテージとなっている。
《全システム
「……今回はのんびりお喋りしている時間はないわ。やるからには全力で倒す」
《あの赤カブトムシですね》
「ライカ、所定の位置へ着いたか?」
「はい。完了しています。……今回はエクセレン少尉とも演習と聞いていたのですが……?」
どこを見ても、前方には《アルトアイゼン・リーゼ》しか確認できない。すると、キョウスケがどこかバツが悪そうにし始めた。
「……それは」
「――私の指示ですわ。ライカ中尉」
通信に割り込んできたのはマリオン博士だった。
「……ラドム博士?」
「今回はアルトと徹底的にやって頂きます。パイロットや機体特性的にもそっちの方がより貴重なデータを取れるので」
直前までエクセレンともやると聞かされていたことから察するに、どうやらこのシュルフツェンの改良プランを模索するためのデータ集めをしたいようだ。
一体マリオン博士とメイシールはシュルフツェンをどんなふうに弄ろうというのか。色々言いたいことがあったが、仮にも上司。
小さなため息と共に了承した。
「分かりました。私の技術がどこまで通用するか、それを確かめる良い機会になりそうです」
「良い心がけですわ。エクセレン少尉は私のサポートをしなさい」
「はいはーい。ライカちゃ~ん、頑張ってね~」
「は、はい。頑張ります」
メインモニターにカウントが表示された。これが演習の開始の合図である。
操縦桿を握り直し、フットペダルにそっと足を乗せ、視線は前傾姿勢で構えているアルトアイゼンへ。
(第一段階はまず、この初手……)
こちらの機体性能を考えると、下手に横や後ろへ逃げるとあっという間に串刺しだ。相対距離、向こうとこちらの加速性能、操縦者の技量。
これらを総合させた結果、ライカが取るべき初手は一択だった。
「行くぞ!」
「……上等」
互いの機体が爆発したかのように轟音を上げ、一直線に加速する。一気に来るG。カメラのズームのように一瞬でメインモニターを埋め尽くす程接近してきた赤い鉄塊。
《敵機高速接近。距離五百、百。間もなく
根源的な恐怖を抑え込みつつ、ライカは操縦桿を横に倒した。操縦者の意志を反映するように、シュルフツェンの左半分全てのスラスター類が起動し、推進ベクトルを真横に変更する。
先ほどまで機体があった場所を通過していくアルトアイゼンの鉄杭。
「損ねたか!」
すれ違った際に見えたツインアイが何かとても恐ろしいモノに感じられた。グランド・クリスマスの際は後方から追われていただけだったので、そこまで恐怖を感じなかったが、いざ真正面から相手にすると全く話が違ってくる。
息を呑んだ。たった一度の踏込で、ライカの集中力がごっそり持って行かれたような気がする。
「……損傷は?」
《左腕部装甲板の僅かな凹みを確認。すれ違った際に掠ったようですね。ご希望なら正面衝突をしていた場合の損傷をシミュレートをしますが?》
「要らないわ。必要なこと以外は喋らないで」
携行していたM90アサルトマシンガンをアルトアイゼンへ向け、照準を合わせる。既にこちらへ向きを変えていた相手が再びこちらへ突撃してきた。
一切動じることのないライカは冷静にターゲットをレティクルに収め、引き金を引いた。しかし弾丸なんてものは発射されず、代わりに銃口の先端に付けられた赤外線レーザー発振器が何度も点滅した。
《全弾損傷軽微判定。装甲に阻まれましたね》
「切り替えなさい、次」
今回の演習は光学判定と格闘兵装に付けられたプロテクターの接触判定で被弾判定が為される。ペイント弾や機体の消耗が限りなく抑えられ、尚且つ実際の被弾とほぼ同じ速さの被弾判定を可能とするこの方式は色々と重宝されている。
しかし今のライカにとって大事なのは判定方式の意義では無く、大した損傷を与えられなかった、これに尽きる。
機体を直ぐに後退させ、牽制射撃を与えつつ、隙を伺う。
「何て距離を取り辛い……!」
近~中距離特化の機体だから距離を離して、消耗させていけば良いと思っていたライカは見積もりの甘さを感じた。アサルトマシンガンだけでは牽制にすらならない、そう判断し、すぐに武装パネルを開いた。
「……メイト、勝手なことを……!」
アサルトマシンガンにコールドメタルナイフ、それにメイト作の大鋏しか積んでいないはずだったのだが、なにやら項目に一つ追加されている。
機体状態を確認してみると、シュルフツェンの左手首下にいつぞやかのワイヤーアンカーが内蔵されていた。
「……知っていたの?」
《肯定です。新たな有線兵器作成のためのデータ取りが目的です》
「何故言わなかったの?」
《メイシール少佐が既に中尉へ話を通していると聞いていたので》
相変わらずのやり口に思わずため息を吐いてしまった。しかしこういった手口は彼女の十八番。
今更どうこう言ったところで改善はされないだろう。――むしろ、手数が増えただけありがたがるべきだった。
こうしている間にも赤い鉄塊は唸りをあげ、猛スピードでこちらへ接近している。
《アラート。左腕部より攻撃信号が発信されました》
五連チェーンガン。
だが、どちらへ動いてもロックオンアラートが鳴りやむことはない。瞬間、ライカは一手遅れたことに気づかされた。
「縫いとめられている……!」
左右に逃がさないよう、巧みに射線を変更して、真正面になるよう位置をキープされている。チェーンガンからの攻撃判定がどんどん飛び込んできた。
唐突にアルトアイゼンの両脛からスラスター炎が噴出し、機体を上空に持ち上げる。
《効果的な牽制を一瞬加え、その上で真正面から叩く。機体の加速性能を考慮すると……呆れるほどに有効な戦術ですね》
「うるさい……!」
モニターを上の方に向けると、既に頭部のブレードを放電させたアルトアイゼンの姿があった。落下し、重力までを味方に付けた斬撃を寸でのところで避けられたのは奇跡と言って他ならないだろう。
武装パネルをタッチすると、シュルフツェンは腰にマウントしていた大鋏を構え、先端部根元のスラスターを起動させる。手槍と化したこの鋏を突き刺せば、大なり小なり効果は見込めるだろう。
「撃ち抜く……!」
――しかし、ライカは既にアルトアイゼンの間合いから抜け出せない距離に入っていた。
アルトアイゼンの背部のブースターが一際大きな音と噴射炎を確認した次の瞬間には、機体をぶつけられ、そのまま引き摺られてしまっていた。
「くぅ……!」
凄まじい突進力であった。まるで後ろ向きでジェットコースターに乗っているような、そんな勢いと振動だ。
掴まれているわけでは無く、ただ機体ごと引き摺られているだけだというのに、全く逃げられない。
アルトアイゼンの両肩のハッチが開かれる。あそこに積み込まれているベアリング弾が撒き散らされれば、この機体の装甲は軽く引き裂かれ、パイロットはミンチになるであろう。
――そんな状況だというのに、ライカの表情に曇りは見られない。
「……ここ!」
ライカの視線の先には遠くに地面に刺していたアンカーがあった。左の操縦桿のボタンを押し込むと、思惑通りにシュルフツェンの左腕部下のワイヤーが巻き取られていく。
巻き取る力と、押される力が拮抗していき、やがてそのバランスが崩れる。舞い上がる土煙、ワイヤーが更に勢いよく巻き取られる甲高い音、目まぐるしく変わる視界。
三半規管がシェイクされ、少し吐き気が込み上げてきたが何とか耐える。
《基礎フレームがゲシュペンストのものでなかったら、実に解体作業が楽な状態となっていましたね。中尉の判断力には脱帽です》
「……戦闘行動に問題は?」
《問題ありません。しかし中尉、あまり機体スペックを無視した動きは控えるよう進言します》
「……それで敵が倒せるなら考えてあげる」
《了解。そしてもう一つ提案が》
「何?」
……どこか自信あり気に点滅するサブディスプレイに少しだけ不安を感じてしまった。
◆ ◆ ◆
「へーやるわねライカちゃん」
アルトアイゼンの突撃を捌くシュルフツェンを見て、エクセレンは口笛を吹き、感嘆した様子であった。
「ええ。反応速度も接近戦の技術も、そしてここ一番での発想も問題なし。流石、メイトの選んだパイロットですわ」
「はい、私の目に狂いはありません」
キョウスケと渡り合えているライカの姿を見て、メイシールは満足げにため息を漏らす。シュルフツェンのワイヤーも使えている。
彼女の使用方法はそのまま新たな新兵器へのヒントとなる。自然とモニターを見る目にも力が入ってしまう。
「……それにしてもライカ・ミヤシロ中尉。彼女とこんなところで出会うとは思ってもいませんでした」
「マリオン先輩、ライカの事を知っているのですか?」
敬愛する先輩の口からライカの名前が出てきたことが意外で、つい声を裏返してしまった。マリオンの視線はモニターへ向いたまま、まるで昔話でもするかのように口を開いた。
「『第三機動兵器試験運用部隊』。貴方も噂くらいは聞いたことがなくて?」
――第三機動兵器試験運用部隊。
メイシールだけではなく、エクセレンも顔つきが変わった。その名を意味する所はつまり“棺桶部隊”。今では解体されているが、その部隊の運用目的は人型機動兵器『PT』の戦闘データ取得。
「なーる。ライカちゃんの腕にも納得ね」
「……『DC戦争』前から創設されていた部隊ですよね?」
「ええ。教導隊が
「前にボスから聞いたことがあるわ。テロリストや反連邦組織を相手に、教導隊が作り上げたモーションデータが本当に使えるか検証したり、PTに最適な武装を実験してみたりするのが主な任務……だったかしら?」
それはメイシールも知っていた。
やはりごく一部の“できる”人間たちが“できない”人間たち用にモーションデータを構築していっても、それが本当に使えるのかどうか疑問が出るのは当然のことだ。《ゲシュペンスト》は連邦軍を満足させる性能ではあったが、次に不安を覚えたのは“使う人間”達。いくら性能が良くても、使いやすくなくてはただの高価な鉄のオブジェに過ぎない。
もちろんそのために『PTXチーム』を始めとする特殊部隊が発足もされていたが、どちらかというとそれはPTというモノの基盤を更に固めるため。機動兵器試験運用部隊とは、兵器としての“実用性”や“対人性”などの可能性を検証するための部隊だった。
兵器としての可能性が未知数の分、起こりうるアクシデントも全くの未知数ということで。
――この部隊はそのアクシデントすら平然と望まれるような部隊でもあった。
「前から気になっていたんですが、時期的に運用していた機体って量産型のゲシュペンストですよね? けど、二桁程度しか製造されていないような当時としてはかなり貴重な機体をそんなにホイホイ回してもらえたんでしょうか……?」
これが最大の疑問であった。今なら安定した製造ラインを持つリオンシリーズやヒュッケバインシリーズがあるが、当時は圧力でも掛かったのか、大した製造数では無かったはずだった。
当時の事情的には、そんな消耗前提の部隊に地球圏の切り札とも言えるPTを優先的に回してもらえるはずがない。
(……まさか、ね)
メイシールは一つの“もしかしたら”を思いついてしまった。
ほいほいと回してもらえるわけがない。とするのなら――だが、その疑問はマリオンの口から答えられることはなかった。
「それは彼女から聞いた方が良さそうですね。内部の者にしか分からない事情もあるのでしょう」
「……ライカ」
思えば、ライカは自分の事をあまり喋ったことがなかった。彼女の事をそれとなく知っているのは自分の部下になる前に“下調べ”をしたからである。ほんの少しだけ、距離を感じてしまった。
今度時間を取って話でもしよう、そう思いながらそろそろ終盤に差し掛かる演習へ意識を集中し直した。
◆ ◆ ◆
シミュレート上ではそろそろ機体にガタがくる程度には消耗しているはずだ。ライカは先ほどのシュルフの提案を思い返す。
「……勝算は?」
《奴は小回りが利きません。五分以上には持ち込めるかと》
「……上等」
自身の戦力を再確認。
マシンガンの残弾はまだあるし、鋏も壊れていない、ワイヤーアンカーは先ほどの無茶な機動であまり酷使は出来ない。ナイフはまだ使っていない。つまり、十二分。
スラスターの出力を上げ、操縦桿を握りしめ、フットペダルをベタ踏みする。不退転の意志を表現するかのよう、シュルフツェンは赤い鉄塊へ突撃を掛けた。
「来るか……!」
既に照準を完了していたライカは左手のマシンガンを残弾の限り解き放つ。
「アインス……!」
マシンガンを捨てたと同時にアルトの足元へアンカーを打ち込み、機体を上昇させる。卓越した技術ですぐさま姿勢制御を終わらせ、アルトアイゼンの背後を取ったシュルフツェンは右腕の大鋏を構える。
《ツヴァイ》
空いた左手には既にコールドメタルナイフが握られていた。アルトアイゼンがすぐに振り向こうとしたが、左腕部の付け根にワイヤーが絡まっており、ワンテンポ反応が遅れてしまった。ここしかない。
――この瞬間、この一点にしか付け入る隙がなかった。
「……ドライ!」
左のナイフは脇腹辺り、右の手持ち鋏は胸部へ。弾丸のように加速したシュルフツェンの二か所同時攻撃は阻まれること無く届いた。
避けようがない攻撃。だがライカの脳裏に、一つの不安が過る。
数秒後、その不安は現実のものとなる。
「まさか……!」
アルトアイゼンの代名詞、そして必殺のリボルビング・バンカーがシュルフツェンの胴体へぶつけられていた。プロテクターを施しているので貫通することはないが、機体はその被弾判定を高速かつ正確に計算し、“一時的な
衝撃が一、二……三。ライカはすぐさまコンソールを叩き、先ほどの一撃のシミュレート結果を確認した。
その結果を見て、もはや笑うしかなかった。――結論を言えば、装甲を
これが現実だったら、鋏は僅かに食い込んだだけ、ナイフに至っては装甲を凹ませた程度。
《
「まだ……!!」
モニターに映し出されるは、両肩のハッチを展開していた赤い鉄塊の姿。咄嗟に操縦桿を動かすライカ。ほぼ無意識だった。
「これが俺の
キョウスケの気迫と共に、メインモニターを被弾判定が埋め尽くした。
「届かな……かった」
《いえ、そうとも言えません》
「え……?」
モニターを切り替えると、シュルフツェンの右腕のプラズマステークがアルトアイゼンの脇腹あたりへ接触していた。先ほど無意識に動かしていた結果だろう、実感はないが……。
《右肩部ベアリング弾の発射範囲にコクピットが入っていたのでこちらの大破は揺るぎありませんが、左脇腹を攻撃したことにより、アルトアイゼン・リーゼに深刻なダメージが発生、向こうも同程度以下の損傷が予想されます》
「……ということは」
「引き分け、ということだろうな」
淡々とキョウスケは事実を告げる。その声色には悔しさなど微塵も感じられず、どこか清々しささえ感じられた。
「……ふう」
《お疲れ様でした中尉。それと申し訳ございません》
「……どうして?」
それは怒りや皮肉といった類いの問いではなく、純粋な疑問。何に対して謝っているのか、ライカには皆目見当が付かなかった。
《私が提案した戦術により、このような結果となってしまいました》
「……そんなこと? 別に怒ってもいないし、恨んでもいないわ」
《何故でしょうか? 結果として貴方は死亡したことになります。ならば、その戦術を提案した私へ非難をぶつける権利があります》
そんなこと、とライカはサブディスプレイへ視線を向ける。
「選択したのは私。あの時、あの瞬間、私はお前――シュルフの提案が最も最良だと判断した。……それだけよ」
《……これが初めてです》
「何が?」
《中尉が私を“シュルフ”と呼称したことです》
ディスプレイの点滅が、何故かシュルフの“喜”を表しているような気がした。思い返せば、ライカは一度もこのAIをシュルフと呼んだことはなかった。
無意識でこのAIを信用していなかったことの表れなのかもしれない。
「……そう。覚えていないわ」
《私を認めてくださり、ありがとうございます》
「…………ふん」
あえて答えず、ライカは基地の格納庫へ向け、自動操縦へ切り替えた。
《改めて、これからよろしくお願いします中尉》
「…………使えないと判断したらすぐにメイトに引っこ抜いてもらうわよ?」
聞こえるか聞こえないかの声量で、そう確かにライカは呟いた。