スーパーロボット大戦OG~泣き虫の亡霊~   作:鍵のすけ

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第二話 銃と刀と亡霊と~前編~

 翌日、機体格納庫。

 今日も今日とて忙しく動き回っている整備兵を尻目に、ライカはこれから始まろうとしている演習へ備え、精神を統一させていた。しかし、これから来るゲストの事を考えれば、落ち着けないというのもまた事実。

 側に置いておいた栄養ドリンクを一気に飲み干す。それだけで身体に活力が漲り、思考が冴え渡る。

 あんぱんも持って来れば良かったが、朝に食べた分でストックが切れた。後で補充しに行かなければならない。

 

「ハローライカ、調子はどう?」

 

 そんな集中状態など知ったことではないとばかりに、メイシールは軽く手を振り、近づいてきた。ライカは一瞬非難の意を込め、見つめるが、それが無駄なことだと既に理解しているのですぐに眼つきを戻した。

 そして最大限に皮肉をぶつけてやる。

 

「最悪です」

「まあまあ。今日は気合い入れてやりなさいよ? 何せ相手は天下の――」

「ATXチーム。……ええ、分かっていますよ、そんなこと」

 

 連邦きってのエース部隊と手合せできるのは非常に良い経験になるのは間違いない。しかもあの部隊はエース用に特化カスタムされた機体を複数運用している。

 汎用性を求められる量産型を相手にするのとはまるで訳が違う。型にハマった戦術で挑むと、あっという間に足を掬われてしまう。……だというのに。

 チラリと、ライカはシュルフツェンを見上げる。

 

《おはようございます中尉。今日の天気予報は晴れのち曇り、降水確率は五パーセント未満です。絶好の演習日和ですね》

 

 ――この戦闘補助用AI(ガラクタ)のせいで不安要素しか浮かばない。

 

「……勝手に喋らないで」

 

 シュルフツェンに火を入れていたとはいえ、勝手に喋りだすのは止めて欲しい。正直、心臓に悪い。

 そんなライカの思考を読んでいるのか、シュルフツェンのゴーグルアイが点滅する。この点滅は所謂(いわゆる)、口を動かして喋っている、という行為と同義らしい。

 

《それは口があるのに呼吸をするな、と言っているようなものですよ中尉。そんな非人道的な台詞は感心しませんが》

「……AIに感心されても嬉しくないから」

「……ライカ、また貴方口調が……」

 

 メイシールが何か言っているような気がするが、無視だ。シュルフは更にこちらに楯突いてくる。

 

《私はただのAIではありません。私は戦闘補助用AIシュルフです》

「変わりないでしょ? AIと言っている割には人道非人道を主張するのね」

 

 シュルフツェンのゴーグルアイが更に点滅する。

 

《普通のAIならば黙っているのでしょうが、生憎と私は本当の意味で“思考”することを可能としています。中尉のパワーハラスメントに抵抗を示すのは極めて自然な思考行為だと主張いたします》

「減らず口を。どこの世界に人間のような思考をするAIがあるのよ? それもメイトのプログラムだって気づかないの……?」

 

 相変わらず気に障ることしか言えないシステムだ。この演習が終わったら即刻、メイトに取り外してもらわなければならない。こんな不良品、早くジャンクにするべきだ。

 

《それより中尉。私と会話している時と、メイシール少佐と会話している時では口調に大きな変化が見られます。出来れば理由をお聞かせください》

 

 しまったとライカは口元に手をやった。メイシールの方を見れば、彼女も同じことを思っていたようで、苦笑していた。

 まるで寝言を聞かれたような感覚だ。……ついこのAIの前では昔の口調が出てしまう。矯正出来ていたと思っていたが、どうやらまだこびりついているようだ。

 ……嫌なことを思い出してしまいそうになる寸前で、それを振り払うかのようにライカは頭を横に振る。

 

「どうでも良いでしょう、そんなこと。……それよりもメイト」

「ええ、どうやら到着したみたいね、本日のゲストが」

 

 遠目からでも分かる赤いジャケット。威風堂々と歩いてくる三人組を見て、自然とライカの表情が引き締まる。

 彼らに合わせるように、メイシールが歩いて出迎える。

 

「ハロー、ご足労感謝するわ。キョウスケ・ナンブ中尉、エクセレン・ブロウニング少尉、そして……お久しぶりですマリオン先輩」

 

「ATXチーム隊長、キョウスケ・ナンブ中尉です。本日はよろしくお願いします」

 

 そう言って敬礼をしたのは、今しがた自己紹介をしたATXチーム隊長であるキョウスケ・ナンブ中尉。高い接近戦の技術と、ここ一番の判断力は見習うべき所が沢山ある。

 

「エクセレン・ブロウニング少尉よ。貴方がライカ中尉?」

「ええ。ライカ・ミヤシロ中尉です。……階級は上でも、年齢は少尉よりも下なので、言葉遣いに気にせず接して頂けると嬉しいです」

 

 するとエクセレンは嬉しそうに手を合わせた。

 

「わお! ウチのダーリンにも見習ってもらいたいくらいの社交性ね! それに……」

「それに……?」

 

 するとエクセレンがライカの腰あたりを撫でるような手つきをする。どことなく嫌らしい手つきだが、もちろんエアーだ。

 

「この腰のクビレはアリエイルちゃん顔負けね……」

 

 アリエイル、とは誰であろうか。まあそれは良い、良いのだが、益々手つきが嫌らしくなったような気がする。念のため言うが、エアーだ。

 同性だからまだ何とか許容出来るものの、男性がやったら完全にセクハラだ。……などと言う事は億尾にも出さず、努めて冷静に返した。

 

「そ、そうでしょうか……?」

「ね? そう思わないダーリン?」

「誰がダーリンだ。それよりも、もう少し振る舞いに気を付けろ。目の前にいるのはお前よりも階級が上の者なんだぞ」

 

 キョウスケの諫言を受け、エクセレンはチョロリと舌を出した。

 ……彼女こそ、グランド・クリスマスでライカを蜂の巣にした張本人である、はずだ。

 慣性を無視した速度で飛び回り、正確無比な砲撃を加えてくる腕利きだからどんなサディストかと思っていたが、こんな軽い人物だったとは。

 

(見かけによらない、と言ったところでしょうか)

「ライカ中尉の事は、良くカイ少佐から話を聞いていました。お会いできて光栄です」

「……え? カイ少佐が、ですか?」

 

 まさかの人物に思わず聞き返してしまった。隣で聞いていたエクセレンがキョウスケに寄り掛かりながら、補足説明をしてくれた。

 

「そそそ。まるで娘のことを自慢するパパみたいな感じで」

 

 一度頬を(つね)ってみた、痛い。どういう話をしたのかは分からないが、敬愛する人物が自分のことをそう言う風に思っていてくれていたことが素直に嬉しかった。

 

「そうだったのですか……。ああ、そうだ二人とも。お願いがあるのですが、自分はまだまだ未熟者です。なので階級を付けず呼び捨ててください。言葉遣いも、本当に気にしないでください」

 

 お願い、というよりはもはや懇願のレベルである。実際、自分の中では階級より年齢を重視している。

 しかもこの二人からの敬語など、あまりにも畏れ多い。妙な必死さが伝わったのか、二人とも頷いてくれた。

 

「む……そうか。なら今後はそうしよう」

「じゃあ遠慮なくライカちゃんって呼ぶわね!」

「はい……、そうして頂けると嬉しいです」

 

 何となく打ち解けられたみたいだ。内心胸を撫で下ろしつつ、ライカはメイシールの方を見る。

 正確にはメイシールと話している赤髪の女性。彼女も見たことがある。

 というより、ATXチームを語る上では決して外せない人物だ。

 

「ご無沙汰してます先輩!」

「変わりないようですわねメイト」

「はい! 中々連絡が出来なくてすいませんでした」

「便りが無いのは上手くやれている証拠です。気にする必要はありませんわ」

 

 あんなに低姿勢なメイシールを見たのは初めてかもしれない。それも無理ないかと、無理やり自分を納得させる。彼女こそ、ATXチームの代名詞とも言えるアルトアイゼンとヴァイスリッターの生みの親とも言えるマリオン・ラドム博士なのだから。

 他にも彼女が関わっている機体は数多くある。

 思いつくもので言えば、アラドのビルトビルガーやゼオラのビルトファルケン、それにオクトパス小隊のズィーガーリオンとジガンスクード・ドゥロも彼女のプランが採用されていると聞いた。

 それにメイシールは彼女の後輩らしい。だからいつもより上機嫌だったのだろう。

 

「それでメイト、彼女が貴方の作品のパイロットですか?」

「はい。ライカ・ミヤシロ中尉です。唯一私の作品を乗りこなせた人材です」

「ライカ・ミヤシロ中尉であります。初めまして、ラドム博士」

「ふむ……」

 

 挨拶には応えず、マリオンはライカをジロジロと見始めた。観察されている、と言った方が正しい表現かもしれない。

 ただ見られているだけなのに緊張してしまうのは何故だろう。蛇に睨まれた蛙の気分だ。

 

「良い眼をしていますわね。なるほど、これは良い人材に巡り合えたようですねメイト」

「はい、最高のパートナーです」

 

 思わず目を逸らしてしまった。どうして彼女はこう、色々とストレートなのだろう。

 普段は回りくどいくせにこういう所は卑怯だと思う。

 

《顔面周りの体温が上昇しています。照れているのですか中尉?》

 

 唐突に機体が喋り出したものだから、ATXチームの面々が一斉にシュルフツェンの方へ視線を移した。エクセレンはともかく、キョウスケの驚いた表情は滅多に見られない分、何だか得をしたような気分になった。

 ……しかし、それはそれ、これはこれ。

 

「さっきまで黙っていたのに、どうしていきなり喋り出すの……? それに、私は照れていない」

《俗に言う、“空気を読んだ”と言う奴ですね。空気も良い感じでほぐれてきたようなので、そろそろ会話に参加しても良いと判断しました》

「判断しなくて良いから、黙っていて」

 

 シュルフに一番に興味を持ったのはやはりエクセレンであった。

 

「もしかして自立型AIって奴かしら!?」

《私はこの機体の戦闘補助用AIシュルフと申します。最近メイシール少佐により生み出されました》

「なーる。リュウセイ君が見たら泣いて喜ぶわね」

 

 それにはキョウスケも同意見らしく、神妙に頷いた。……そんなに良い物なのだろうか、ライカは己の常識がズレているのではないかと多少不安を感じた。

 確かに日本のロボットアニメではそういう類のものを積んでいる機体も登場するが、実際に運用するとなると、非常に鬱陶しい物だ。

 

「……間違いないな。……ラドム博士?」

 

 マリオンはシュルフよりも、どちらかといえば機体の方に集中していたようだ。無言でメイシールに機体の仕様書を要求し、すぐに持ってこられたソレに目を通すなり、マリオン博士の表情が険しくなる。

 

「――メイト」

「は、はい……」

「何ですかこの中途半端なスペックは? やるならば徹底的に、そう教えたはずですが?」

「す、すいません! 高い汎用性を重視した結果でして……」

 

 汎用性、彼女の口から初めて聞く単語であった。こと機体関係でここまで押されるメイシールの姿はきっと、マリオンの前でしか見られないだろう。

 そう思いながらライカはとてつもない不安を覚えながら、成り行きを見守る。

 

「汎用性? 大は小を兼ねます。小さな短所は大きな長所で塗り潰しなさい」

「き、肝に銘じます!」

「よろしい。貴方は私の理念に共感を示した唯一の可愛い後輩です。後日、このシュルフツェンの改良プランを送ります。参考にしなさい」

「っ! ありがとうございます!! ぜひ参考にさせて頂きます!」

 

 話は実に最高に最悪な結果でまとまったようだ。

 

「いやー今日は本当に良い日だわ」

 

 本当は演習よりもマリオンに会いたかっただけなのでは、喉元まで上がってきたその言葉を何とか呑み込む。腕時計を確認し、嘆息した。予定していた時刻を過ぎている。

 シュルフとメイシールが余計な事をしなければもう少し早く出来たものを……。

 

「キョウスケ中尉、そろそろ……」

「ああ、そろそろ始めるか。エクセレン、準備は出来ているな?」

「モチのローンよ。イイ女は常に抜かりないものよん」

「……メイト、良いですね?」

 

 言葉ではこう言ったものの、ライカの眼は“早くやれ”としか言っていない。察したメイシールは咳払いを一つした後、白衣を翻した。

 

「ええ。それじゃあ演習を始めましょうか」

 

 ようやく始まるのかという安堵と、いよいよ始まるのかという緊張が同時にライカへ襲い掛かる。

 

(……無様は出来ませんね)

 

 シュルフツェンを見上げていると、自然と握り拳が作られていた。シュルフのことは仕様が無いので、もう気にしないことにする。

 いざとなれば無理やりコードを引きちぎればいいだけだ。専心すべきはATXチーム(キョウスケ達)との演習のみ。

 

 ――ある意味でこれは、グランド・クリスマスでのリベンジに他ならなかった。




次回は7月17日に更新します!

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