スーパーロボット大戦OG~泣き虫の亡霊~   作:鍵のすけ

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エピローグ

「あれから一週間……ですか」

 

 防波堤に座り、波の音を聞きながら、ライカは一人()つ。孤島での決戦以降、ライカとメイシールは会話をしていない。

 正確に言えば、会わせてすらもらえてなかった。『お互い、冷静に話が出来る状況じゃないだろう。少し時間を置け』というカイ少佐の提案で、ライカは自室謹慎、メイシールは事情聴取を受けていた。

 結論から言うと、今回の件は()()()()()()()()()()()、である。レイカー司令の判断でメイシールは有給休暇中、ライカは教導隊の訓練、ということになっていたからだ。

 聞く人が聞けば異例中の異例とも言える処分である。その代り、と言えば破格だが、ライカは教導隊預かりという処置となった。

 こうすることによって、自分が妙なことをしたらすぐに上官であるカイ少佐……最悪、教導隊にまで迷惑が被るようになったのである。

 ただでさえ突っ込み所が多い集まりだ。少しのキッカケで大ダメージとなることは間違いない。

 ……例えるなら、レイカー司令は水のような人だ。普段は穏やかな清流だが、一度濁流となれば対象を完全に呑み込むまで徹底的に動く。

 ライカは“教導隊に迷惑を掛けることは出来ない”と見抜かれ、カイと教導隊そのものを“首輪”とされたのだ。敵に回したくはないと思った。

 こんな恐ろしい人物を敵に回したケネスには同情を禁じ得ない。ふと腕時計を見て、時間を確認したライカは表情を引き締める。

 

「そろそろ……ですね」

「――何がそろそろですって?」

 

 後ろから掛けられた声につい、眼を細めてしまう。久しぶりに聞いても、このクジの外れを引いたような気分は変わらなかった。

 振り向くと、ちまっこい女性――メイシールが不機嫌そうな表情でこちらを見下ろしていた。

 

「……お久しぶりです、メイシール少佐」

「久しぶりね、ライカ」

 

 隣に腰を下ろしたメイシールは耳に手をやり、静かに揺れる波を見つめる。六日目の夜、メイシールからここで待つよう、連絡があったのだ。

 メールでの淡泊なやり取りだったが、逆に本人の声が浮かんでくるようで、何だか可笑しかった。

 ライカは迷うことなく、指定された場所へ足を運んだ。本当の意味で、全てにケリを付けるために。

 

「……約束を覚えていますか?」

「ええ。何でもどうぞ」

「今回の件……“ハウンド”達の事はどこまで知っていたのですか?」

「……あの決戦で全てを知ったわ。……妙に私の事情を把握していたから不思議だったのよね。そしたら、まさか平行世界の貴方だったとはね。それに、私はもう……」

「少佐……」

 

 落ち込んでいるか、そう思っていたらメイシールが突然、空に拳を突き上げた。

 

「バッカみたいよね。確かにお兄ちゃんが死んだときはそんなことも考えてたけど、死んだら意味ないじゃない。そう思うでしょ?」

「ええ。こちら側の少佐を見習ってもらいたいですよね」

「それにしても、“向こう側”での貴方は何をやっていたのかしらね! 私をみすみす死なせるなんて!」

 

 思い浮かぶは哀しそうに全てを語った『ライカ』の表情だった。恐らく彼女は彼女なりに、メイシールを気に掛け、奔走していたのだろう。

 自分だって、きっと――。

 

「少佐。自画自賛になるかもしれませんが、それは……」

「……分かってるわよ」

「え……」

「貴方は貴方なりに、私の為にお節介を焼いてくれたんでしょうね……。それが分からない私じゃないはずだわ」

「……すみません」

「謝らなくても良いわよ。向こうは向こう、こっちはこっちなんだから」

「……はい」

「それにしてもすごいのね、私達。向こうでも何だかんだで上手くやれていたようじゃない」

「……そのようですね」

 

 一瞬会話が止まり、波の音が大きくなったような気がした。その音に隠すように、メイシールが小さく呟いた。

 

 

「……迷惑を掛けたわね、今まで」

 

 

 恐らく二度と聞くことはないだろう、彼女からの謝罪にライカはフッと微笑んだ。

 

「……いいえ。気にしないでください」

「…………そう」

「そういえば、『CeAFoS』はどうなるのですか?」

「凍結よ、計画凍結。データは司令の息のかかった者に押さえられたから、二度と同じ物は作れないわ。もちろん、研究もね」

「そうです、か。やはりショックですか?」

 

 すると意外なことに、メイシールの顔から黒い感情は何も見えなかった。

 

「いいえ。だって、ある意味『CeAFoS』は完成したしね。区切りが良かったのかもしれないわ。……色々と、ね」

「完成? あれはまだ不完全では……?」

 

 すると、メイシールはライカを指さした。何を言っているんだお前、そんなことを言いたげな表情だった。

 

「何言ってるのよ。他でもない、貴方が完成させたんじゃない」

 

 本当にそんなことを言ったメイシールの言葉を受け、ライカは顎に指を添える。

 

「私が……ですか?」

「ええ。『CeAFoS』と命無き兵士達(ミッシング・イェーガーズ)の事はもう完全に把握しているわよね?」

「はい。『CeAFoS』で収集したデータをAIとし、より高度で戦術的な“思考”が出来る無人機を開発して外敵に備えるというのが命無き兵士達(ミッシング・イェーガーズ)の最終目的、です」

「そうね。私もそこが達成できればあとは良かったの。ただ合理的な“思考”が出来ればそれでね。……だけど、あの決戦の時、本来の仕様以上の事が偶然為されてしまったの。思い当たる場面、あるわよね?」

 

 意思を確立したシュルフツェンが、『ライカ』とゲシュペンストを道連れに自爆する場面が思い浮かび、やりきれない気持ちになった。……未だに割り切れていなかったのは己の弱さなのだろう。

 

「はい。『CeAFoS』が私の制御下から離れた後、私を強制排出して自爆を行いました」

 

 メイシールはビシリとライカを指さした。持っていないはずなのに指示棒が見えたのは気のせいではないだろう。

 

「そこよ。本来通りの仕様ならば、恐らくは貴方ごと自爆していたはずよ。だけど、わざわざ貴方を強制排出するという“非合理”甚だしい行動を取ったの」

 

 一拍置き、彼女は続ける。

 

「これはあくまで仮定よ? ……恐らく、戦闘データや思考パターンを読み取り、蓄積していく内に貴方の感情データも蓄積されていったんじゃないかしら?」

「そんなこと……」

 

 驚くべきことに、それは決戦時にライカが辿りついた“もしかしたら”であった。

 戦闘データはともかく、思考パターンと言うのは単純ではない。メリットやデメリットの計算、分かっていてデメリットを選択する理由を『CeAFoS』なりに理解していこうとしている内に、どんどん処理しきれないデータが増えて来ただろう。

 ……そこで、ライカとメイシールが交わした“妥協”だ。基準値以下が強制発動条件である精神状態や脈拍を計測している内に、その“理解できない”データを解析するための因子の一つとして取り込んでいったのだろう。

 決戦時を以てようやくその計算が完了し、そこからは統計に基づいたデータなんかではなく、他でもない“己自身”の物差しで状況を“思考”出来るようになった。

 

「……まあ、データは押さえられ、二個目を作るのは不可能だから。もう再現する手段はないんだけどね。だけど、それが一番辻褄合うのよ」

「私も……そう思います」

「皮肉よね。氷のような“思考”だけを想定して生み出したのに、いつの間にか鋼鉄の身体に魂を……“マシン・ソウル”まで生み出していたなんてね」

「……あの瞬間、あのゲシュペンストは“泣き虫”のあだ名を返上しましたよ」

「シュルフツェンはどうだった?」

 

 思い返せば、初めて乗った日は謎のテロリスト――今思えば『ライカ』達がけしかけたのだろう――に対抗するためだった。

 

 機体の性能に振り回され、『CeAFoS』に振り回され、一時期は完全に信頼を失くした。それから『ライカ』とアルシェンに敗北し、新武装を手にしてリベンジを果たし、最後は呪いに囚われた彼女を連れて行った。時間にしてみれば、そんなに沢山は乗っていなかっただろう。

 ――だけど。

 胸を張って言える。あの機体は……シュルフツェンはライカにとって間違いなく、間違えようもなく。

 

 

「最高の、相棒でした」

 

 

 それを聞いたメイシールはどこか満足そうに頷く。

 

「……それは良かったわ」

「少佐はこれからどうされるのですか?」

「あれ? 言ってなかったかしら? 私は新たに機体性能向上計画を立ち上げたのよ。あれよ。『ATX計画』や『ハロウィン・プラン』のようなものよ」

「……なるほど、確かにシュルフツェンの性能は満足のいくものでした。少佐ならばきっと、素晴らしい傑作機が生み出せることでしょう」

 

 すると、彼女は首を傾げ、ライカの顔をまじまじと見つめる。

 

「何で他人事なのよ? 貴方は専属のテストパイロットなんだから、そんなこと言っている余裕なんてないわよ?」

「…………は?」

「…………え?」

「……質問が」

「言ってみなさい?」

「私は既に教導隊預かりとなっているのですが……」

「兼務よ。カイ少佐には既に話を付けてあるわ」

 

 ……今すぐ海に飛び込めばチャラにならないだろうか、そんなことを本気で考えていたライカの肩を、いつの間にか立ち上がっていたメイシールが軽く叩く。

 

「これからも、よろしくね。ライカ」

「……少佐は、復讐はもう良いのですか? 『CeAFoS』も命無き兵士達(ミッシング・イェーガーズ)も、もう無いのですよ? それじゃあ少佐が――」

「止める気なんてないわ。今でも異星人が憎いしね」

「ならば……」

「だけどね。『CeAFoS』に意思が芽生えた時、思ったの。……ヒトの力も、まだまだ捨てたものじゃあないってね。だから……少しだけゆっくり歩くことにしたわ」

 

 眼を見れば、分かる。もう彼女は復讐に取り憑かれることはないだろう、と。そして、“向こう側”と同じ結末になることも。

 

「そう……ですか」

 

 ゆっくりと頷き、意を決したライカはメイシールへ右手を差し出した。

 

「ならもう、私が拒む理由はありません。これからも……よろしくお願いします少佐」

「……メイト」

「……は?」

「メイト、で良いわ。親しい人は皆そう呼ぶの」

 

 プイ、と顔を逸らすメイシールの頬は仄かに朱に染まっていて。それが何だか可笑しくて、ライカが小さく笑うと、彼女は少しだけ子供のように頬を膨らませる。

 

「な、何よ……! 何か、文句ある……!?」

「……いいえ、何もありません。それでは、これからもよろしくお願いしますね、“メイト”」

「よろしくお願いされるわ。ライカ」

 

 ――握り締めた右手の温かさは彼女の心の光のような、そんな気がした。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「どうしたんですか、メイト? 格納庫なんて連れてきて……」

「ふふ。悪い話じゃあないわよ?」

 

 慌ただしく走り回る整備兵たちを避けながらどんどん奥へ進むメイシールに続く形で歩くライカは、先ほどから同じ質問をしているのだが、彼女は全てはぐらかして意地の悪い笑みを浮かべていた。

 徐々に彼女の歩くスピードが遅くなったので、ライカも速度を落とすと、“ソレ”の姿が見えてきた。

 

「……え……?」

「ふふ。どう? 驚いたかしら?」

「メイト、これはあの時……破壊されたはずじゃ……!?」

「私を甘く見ないで欲しいわね。余裕よ、余裕。ただ……もうシステムを発動しての超機動は不可能だけどね」

「そんなものは技術でどうにかしますよ……。そんなことよりも……!」

 

 折角の再会だというのに、視界が滲んできた。いけない。これじゃあ自分も目の前に(そび)え立つ“コレ”の仲間入りじゃないか。

 

「また……会えるとは思わなかった……」

「とりあえず“コレ”は私の計画の記念すべき第一号機として登録しているわ。しばらくは“コレ”でデータ収集をしてもらうわよ?」

 

 コクリと頷いたライカは、涙を拭い、(ひざまず)いていたその機体のバイザー部を見上げる。

 

 

「また――よろしくお願いしますね」

 

 

 “泣き虫”の名を冠した灰色の亡霊は、黙して主人に頷いたように見えた。




次回からは『泣き虫の亡霊 夏影編』になります。
更新は21時からになります

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