「……何から話しましょうか。何せ、“向こう側”と“こちら側”の同一人物が話す最初で最後の機会です」
外装パーツが全て外れ、中から現れた灰色の《量産型ゲシュペンストMk‐Ⅱ》は自分の良く知る外見だった。武装はプラズマステーク、そして折り畳み式のマシンガンという、こちらと似たような組み合わせ。
腕部を軽く動かしながら、『ライカ』は話し続ける。
「そんな暇……!」
その隙を突くよう、ライカはトリガーを引き絞る。だが“向こう側”で日々進化しているゲシュペンストには中々当たらない。機動性がまるで違う、と相対して見て初めてライカは“向こう側”の技術の進歩を思い知らされていた。
「何故、『シャドウミラー』の生き残りが……? 壊滅したはずでは……」
彼女が『シャドウミラー』ならば、アルシェンもまた然りのはず。あの操縦技術も“向こう側”で培われたものならば納得だ。
「抜けたんですよ、私とアルシェンは」
急停止し、後退しながら『ライカ』はアサルトマシンガンを三点バーストで放つ出鱈目なように見えて、その実恐ろしく合理的な狙いだ。
「抜けた……?」
避けるのに必死で、言葉が途切れ途切れになる。
「そうです。全ては『CeAFoS』、そして
「……“あった”?」
少なくとも、自分とメイシールの間にそのような信頼関係はなかったはずだ。やはり“向こう側”の自分と“こちら側”はかなり事情が違うらしい
そうなると――ライカのこめかみに一筋の汗が伝う。今の彼女の言葉……
「向こうの彼女が『CeAFoS』を手掛けたのは『L5戦役』よりも前です。こちら側の事情とすり合わせるならば、彼女の兄であるシーン・クリスタスがまだ存命していた時からですね」
危うく当たるところだった。アサルトマシンガンで気を逸らしつつ、スプリットミサイルを目の前に“置く”ように射出されては逃げの一手しか打てない。
そんな攻防の中、ライカは彼女の言葉に引っかかる。
「……は?」
全貌はまだ彼女の口から明かされてはいないが、口ぶりから察するに、シーンが死んだからその復讐の為にそのシステムは開発されたはずだというのに。こちらの言葉を読んだかのように、一旦戦闘行動を停止した『ライカ』はきっぱりと言った。
「はっきり言って、こちらと向こうの『CeAFoS』の仕様は微妙に異なります。そして、最大の違いとは……」
「……まさか」
「『L5戦役』でシーン・クリスタスが死んだ直後、彼女も後を追うように
息を呑んだ。それはこちら側でも“もしかしたら”と思わせられた事実で。恐らく彼女は兄が大好きだったはずだ。
そんな兄が凄惨な死に方をしたのだ、いつ手首を切っても全くおかしくはない。
「……彼女と親交があった私は、彼女と約束をしていました」
「それが……『CeAFoS』と
「ええ。私は“こちら側”でそれらを完成させたいのです。メイシール少佐の為に」
「その果てに何を為すのですか……?」
「外敵の徹底排除。これだけです」
それだけを聞けば、決して価値のない物ではないことは確かだった。生命のリスクを負わずに行動が出来る。
それは危険地帯での行動を前提とされて製造された作業用ロボットが、今度は戦闘に特化されて製造されているようなもので。
だからこそ、大事なことをはっきりさせなければならない。
「……貴方のいう“外敵”とは何ですか? 異星人? それとも……邪魔な人間?」
「システムの正しい運用を妨げる者全てです」
「……これではっきりしました。貴方にこちら側の、私の『CeAFoS』は渡せません」
「……理由をお聞かせ願いましょうか?」
「戦力を向ける相手と向けなくても良い相手の線引きをわざと曖昧にしているような相手に、無機質な暴力を与えるのは危険極まりないということが理解できていない訳ではないでしょう?」
彼女は運用を妨げる者と言った。異星人でも、人間でもなく、ただ自分にとって邪魔な者と彼女は言った。
それはとても危険な考え方で。彼女の気まぐれで大量虐殺が起こる可能性だってあるのだ。
「私の悲願を否定するのですね」
「悲願? いいえ、それは呪いですよ」
突然のアラート。孤島から熱源反応が向かってきている。数は、六。
このタイミングでこの数……間違いない。すぐに『ライカ』を取り囲むよう、無人機が到着した。
「呪い……そうなのかもしれませんね」
外見はガーリオンだったが、細部はまるで違った。
ガーリオンの両腕部がランドリオンの大型レールガンに換装されており、脚部の側面にはミサイルポッド、背後はコスモリオンで採用されている大型ブースターユニットだ。
まさに寄せ集め。
「量産型『CeAFoS』搭載自立稼働型AM――《ミクシリオン》。これが『CeAFoS』の更に上のステップ、
「無人機……そういうことですか、やはり」
「貴方は辿りつけていましたか?」
「……ええ。メイシール少佐は、『CeAFoS』で蓄積した戦闘データや思考パターンをそのまま無人機のAIに置き換えることで、“実体のない兵士”を生み出そうとしていたのですね……」
彼女の最終目的とは人間特有の“思考”だけを切り取り、あとは全て機械の身体にするという、魂が……命が無い兵士を量産することにあった。
氷のように冷たく、そして炎のように苛烈な“兵士”を。
「これが採用されればもう兵士達は戦う必要はありません。何故なら積み重ねられた経験が彼らに最適な行動を取らせます。そしてその戦いで得たデータは次に繋げることが出来ます。……このように」
《ミクシリオン》が一斉に動き出した。三機はこちらへ、もう三機は後方に下がり支援射撃を開始する。
発砲するが中々当たらず、逆にこちらへどんどん当ててくる。サブモニターで彼らの最適な動作の情報が更新され続けているが、そのどれもがこちらの回避しようと思っていた場所への砲撃だった。
「っ!」
引けばどんどん追い込まれ、攻めればあっという間に袋叩き。恐ろしいのは、一見パターンに従って攻撃しているだけと思っていたら、非合理的な攻撃も混ぜてくるその柔軟性。
ミサイルの雨を大きく旋回することで避けながら、マシンガンの弾薬を惜しむように消極的な応射をしつつの防戦。
「どうですか? この動きを構築するのに、貴方も一役買っているのですよ?」
「こんなもの……!」
「……喜んでください。貴方は自分の育てたシステムに殺されるのです」
《ミクシリオン》の砲撃を避けたその先に、二機の《ミクシリオン》がこちらにピタリと銃口を向けていた。
――コクピット直撃コース。
(こんな……ところで……!!)
どの反撃も既に予測されていた。つまり、どう動いてもこの攻撃を避けることは出来なくて。
時間が止まったようだった。これから自分は質量弾によって、ミンチにされるのか。
そう考えると、震えが来た。
怖かった。
殺し続けていた自分の寿命が、ついに食い尽くされる時が来たのかと心の底から恐怖した。
受け入れていたはずなのに、割り切っていたはずなのに。
(アラド、ゼオラ、ラトゥーニ……ラミア少尉、ヒューゴ少尉、アクア…………カイ少佐)
短い付き合いだったが、その時間は生涯大事にしたいもので。願わくばずっと……。
(ずっと……一緒に居たかった、です)
ライカは目を閉じ、ミクシリオンの攻撃を受け入れる――――。
(…………)
攻撃は来なかった。それとも、もう攻撃を喰らって死んでいるのか。
瞑っていた眼を開けてみると、そこには破壊されている二機の《ミクシリオン》がいた。
「……え?」
「ライカ、無事!?」
背後を向くと、遠くから良く知る機体が六機接近していた。遠距離砲撃をしたからか、砲口からは煙が漂っている。
「アクア、ゼオラ……」
あの遠距離砲撃を可能とするのは自分が知る限り、二機しかいない。先行していた二機の内の一機、《サーベラス・イグナイト》から通信が入った。
「水臭いじゃないライカ!」
「そうですよ中尉。一人で抱え込むなんて、間違っている」
「アクア……それにヒューゴ少尉。……それは」
それに続くように、《ビルトファルケン》からも。
「ライカ中尉! どうして何も言ってくれなかったのですか!?」
「ゼオラ……」
彼女たちの後に続く機体反応を見て、ライカは絶句した。それは――紛れもなく教導隊のメンバー達で。
「ライカ中尉! 俺達もいるッス!」
「アラド……」
「……ライカ中尉、無事ですか?」
「ラトゥーニ……」
「……まさか『シャドウミラー』の生き残りがまだいたとはな」
「ラミア少尉……」
「ライカ」
「カイ少佐……」
これは一体どういうことか、言外に問い詰めるとカイはあっさりと白状する。
「……すまん。アラド達に問い詰められてな。事情を話したらこうなってしまった」
それぞれが一機を担当する形で《ミクシリオン》と交戦していた。何の迷いも、疑いもなく。ただ自分の為にこうして追ってきてくれたその事実だけが……酷くライカの心を揺さぶる。
「そんな……どうして……私なんかの為に?」
すると、アクアが怒ったように返した。ライカと、教導隊の心の距離を完全にゼロにするように。
「仲間だからに決まってるでしょ! 貴方がピンチなら、必ず助けに行くに決まっているじゃない!!」
「……馬鹿、です。大馬鹿……ですよ……! 皆……!」
視界が滲む。それは不快なものではなく、むしろ心地よいもので。
人の心の温かさとは、これほどの物だったのだろうか。これが……メイシールが否定しようとしているものなのか。
ならば、もう何の疑問も挟む余地はない。自分の全身全霊を懸けて……!
「だから……私は……皆と居たい! 自分の意志で、皆と居たい! それが、“あの日”の賭けに勝った私の願いです!!」
その光景を見ていた『ライカ』が哀しそうに言う。
「……そうですか、“こちら側”の私。それが……貴方の切り開いた道ですか」
“こちら側”と“向こう側”の自分との決定的な違い。それはきっと、自分を壊してくれたかけがえのない仲間たちがいたかどうか。
たった、それだけの違いだったのかもしれない。
「ええ。そして、貴方との決着を着けます。ミクシリオンはカイ少佐たちが対応しています。直に全機撃墜されることでしょう」
「ならば……共にしてください。メイシール少佐の怨念とその命を共に」
「怨念なんかじゃ……ない!」
『ライカ』の急旋回をしながらの鋭い射撃を受けて、既に携行武装は弾数が尽きかけているアサルトマシンガンのみ。シュルフツェンの全身のスラスターを最大稼働させて、横へのふり幅を大きくさせて牽制をしつつ、接近。
回避先を読み、APTGMを射出。
「動きが……!」
ゲシュペンストには当たらなかったが、『ライカ』機の持つマシンガンを破壊することには成功した。
……破壊間際の反撃でこちらのマシンガンも破壊されてしまったが。
互いに残された手札は
「『CeAFoS』に囚われるのはもう終わりです。メイシール少佐にもそれを……!」
ゲシュペンストのプラズマステークが起動されたのを見て、こちらもプラズマバックラーを起動させる。最大速度で距離が縮まっていく。
その速度を維持しつつ、互いのステークが振るわれる――。
「威力はほぼ同等……ですか」
「っ……!」
ゲシュペンストの右腕部が、こちらは左腕部が使い物にならなくなってしまった。ライカはコンソールを叩き、左腕部への電力供給をカットし、右腕部へ全てをつぎ込んだ。
これを逃がしたら、もう打つ手がなくなる。
「互いの『CeAFoS』が殺せ、と囁いているこの状況。まるで私達のようですね」
「そんなことは……! それだけが、全てじゃないでしょうに!」
互いが互いの胴体をがっちりとホールドし、組み合っている状況だ。プラズマステークを叩き込もうにも、距離が近すぎ、そもそも腕を振り上げられない。動こうにも動けない。
このまま機体の握力で潰してやろうかとも思っていたら、メインモニターが切り替わった。
「『CeAFoS』……シュルフツェン?」
そこには一行の文章が表示されていた。その文章を翻訳すると……。
――『今まで使って頂き、ありがとうございました。ご主人様』
次の瞬間から、シュルフツェンはこちらの制御下から完全に離れ、自身で稼働し始めた。機体の全身から煙が吹いているのにもお構いなく、シュルフツェンは右腕部を動かし続ける。
「何故……。何故、『CeAFoS』がそんな非合理的な行動選択を……!?」
サブモニターにカウントタイマーが表示された、それは機密保持用の自爆装置が作動されたことを意味していて。ゲシュペンストが離脱しようとしていても、機体の限界を超えて作動しているシュルフツェンから逃れるには今一つパワーが足りていないようだった。
「そうか……『CeAFoS』が戦闘データや人の思考パターンを読み取り、蓄積しているということは……!」
その瞬間、シュルフツェンが胴体を外側に向けた。何をするのか、その答えが他でもなく『CeAFoS』とシュルフツェンから返された。
それは皮肉にも、ライカが『グランド・クリスマス』の決戦の時に、あえて下さなかった決断で。
「
――泣き虫は主人から勇気をもらった。
「させません……!」
ゲシュペンストが胴体をぶつけて、コクピットハッチを開けさせないようにしていたが、シュルフツェンの右肘のブースターの出力が更に上がり、それを強引に抑え込む。既にシュルフツェンの全身から小さな爆発が起き、いつ大爆発を起こしてもおかしくはなかった。
――勇気をもらった泣き虫に、出来ないことはなかった。
「駄目、シュルフツェン!!! 止めなさい!!」
ハッチが開かれ、コクピットから強制排出される瞬間、切り替わった文字を見て、ライカは思わず手を伸ばした。
――『貴方の行く道に幸あれ』
「シュルフツェェェェェェン!!!」
「そんな馬鹿な……! これが、これだけが……貴方と私の違い……!?」
ゲシュペンストに組みついたまま、いよいよ自爆装置が起動しようとしていた。『ライカ』の絶望を連れて行くように、意思を確立した『CeAFoS』とシュルフツェンがその身を灼熱に包まれていく。
「なら私は一体……!!!」
――自分の弱さと共に、泣き虫の亡霊は光と熱の向こうに消えて行った。
一際大きな爆発を起こし、シュルフツェンはゲシュペンストと『ライカ』諸共、紅蓮と閃光に包まれた。煙の向こうには損壊したシュルフツェンとゲシュペンスト。浮揚機関を損傷した両機は孤島に落ちて行った。
その光景を最後の最後まで見ていたライカはカイのゲシュペンストに救助されたのにも気づかないまま、ただ見ていることしかできなかった。
頬を伝う涙にも気づかないまま、ライカはシュルフツェンの名を呼び続けていた。
……ずっと、声が出なくなるまで。
次回はエピローグとなります。7/14の12:00更新としますのでよろしくお願いします。