スーパーロボット大戦OG~泣き虫の亡霊~   作:鍵のすけ

17 / 80
第十六話 不屈の心

「思ったより早く来ましたね」

「分かっていたくせに」

「……ええ、否定はしません」

 

 そう言って“ハウンド”の口元が緩んだ。彼女の後ろを付いて、メイシールは個室に通された。そこはベッドやパソコンなど、およそ彼女に必要な要素だけを切り取った部屋だった。

 日当たりも良いし、ここでならずっと過ごせそうだ――そう、メイシールは素直に思った。

 

「随分私好みの部屋ね」

「そうだと思います。貴方はきっと気に入ると確信していました」

「……ねえ」

「どうされましたか?」

「貴方はどうしてそう、私の事を分かった気でいるのよ? 正直、不愉快だわ」

 

 メイシールの批難を“ハウンド”はただ受け止め、そして流し、ありのままを伝える。……その口元は緩んだままで。

 

「……そうでしょうね。沸点の低さは変わらないようで安心しました。……上等です」

 

 “ハウンド”がメイシールに背を向け、歩き出した。彼女は思わず呼び止めてしまう。何故だか分からなかった。

 こんないけ好かない奴、無視して自分の研究に専念しなければならないはずなのに。

 

「貴方は誰なの? まさか、私の知り合い?」

「さすが、良いセンですね」

 

 そこで“ハウンド”は一度言葉を区切った。

 

「一つ、昔話を良いでしょうか?」

「……時間の無駄と思ったら即研究にとりかからせてもらうわ」

「ありがとうございます」

 

 メイシールは太々(ふてぶて)しく椅子に腰かけ、“ハウンド”の言葉を待つ。無視しても良かったのだが、どうにもそれをさせない。訂正、少しばかり言葉が悪かった。

 ――気になってしまったのだ。

 言い方は悪いが、とても他人の気がしないのだ。どこか覚えのあるこの感じ。初めて会うはずなのに、そう思わせない“何か”があったのだ。

 

「あくまで私の戦友の話なのですが、その方には昔PTやMMI開発を専門とする親友がいました。最初こそ顔を合わせるだけですぐに口論へと発展するくらい険悪な仲だったんですがね」

「へぇ大した親友が居たものね。さっさと縁を切れば良いでしょうに」

 

 少しだけ“ハウンド”の口元が寂しげに引き締められた。

 

「ええ、私も何度もアドバイスしました。……でも、結局そのアドバイスはしなくて良かったと思っています」

「どういうことよ?」

「幾度も口論を繰り広げていっていたはずの二人は時間が経つにつれ、心を開いていったんですよ」

「……何度もぶつかってやがては友情が芽生える、って奴ね。良い話ね少年漫画の一つでも描けるわきっと」

「まさにそんなものでしたよ。それからはその人とは無二の親友となったそうです」

 

 そこまで言い、“ハウンド”は一度喋るのを止める。

 

「しかしもうその親友はいない」

「……ふーん。で、その残された貴方の戦友はどうなったの?」

「その親友と交わした“約束”を守るために生きているみたいですね。……どんな手を使おうが、それこそ今までの自分をかなぐり捨ててでもその目的を果たすために」

「貴方……」

「……どうやら話し過ぎたみたいですね。この話を聞いて、貴方はどう感じたかは分かりませんが、それでも私はあえてこう言います」

 

 そう前置き、“ハウンド”は言う。言葉は明瞭、感情はヘルメットに隠され不明瞭。

 

「――全てに納得が出来るようにしてください」

 

 メイシールはそのちぐはぐさが本気で理解出来なくて。()()()()()()()――そんな疑問が彼女を支配する。

 だがその答えは返されず、それで完全に言いたいことを言い終えたのか、“ハウンド”は扉の向こうに消えて行った。

 一人取り残されたメイシールは先ほどの言葉の意味について考えるも、すぐに取りやめた。自分は“ハウンド”の心境を推察するためにここへ来たのではないのだから。

 メイシールは早速パソコンを立ち上げ、中身を確認する。

 

「すごい……。この蓄積されたデータだけあればすぐにでも『CeAFoS』の完成度を上げることが……!!」

 

 彼女たちはどれだけ手際よくデータを集めてこられたのだろう。量も、質も、どちらも等しく高い。自分で自分のキーボードを操作する指が止められなかった。

 痒い所に手が届くこのデータ群を前に、既に彼女らのことを考察する余裕などなかった。

 

「見てて……お兄ちゃん。メイトが必ず……!!」

 

 仄暗い“覚悟”を眼に宿したメイシールの背には、幽鬼が宿っていた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「さて、ミヤシロ中尉。君は何か知っているのかね?」

 

 メイシールが姿を消したことを知ったのは、翌日のことであった。

 

 ――私は自分の目的を達成させるために行くわ。さよなら。

 

 そう、自分のパソコンにメールが入っていた。当然知らぬ存ぜぬを通せるわけもなく、今、ライカはレイカー司令に呼び出されていた。

 

「……いえ。私も、今朝知ったばかりです」

「そうか。『CeAFoS』の件もある。このまま戻らないようであれば、こちらとしても断固たる態度を取る必要があると――」

「――お言葉ですが。それは……まだ……」

 

 部屋の温度が何度も下がったような錯覚を覚えた。

 レイカー司令がこちらを真っ直ぐと見つめて……いや、もはや睨んでいるという表現が正しい。

 

()()……何かね? むしろ君の方が『CeAFoS』の危険性を知っているだろう。そんなシステムを手掛けている彼女が、連邦以外の武装組織へその情報を提供しようとしている。……拘束し、処分を受けて然るべきだと思うが?」

 

 全くその通りだった。あのシステムの危険性は恐らく自分以上に知る者はいないだろう。

 ……彼女は恐らく“ハウンド”たちの所へ行ったはずだ。

 思えば、“ハウンド”が残していった単語を聞いた時から、彼女の様子はどこかおかしかった。

 

「ですが……私には、少佐が何らかの考えがあって、向こうに行ったと……そう思えてなりません」

「だから? どうすると言うのだね?」

 

 思えば、彼女は終始自分を振り回してばかりだった。出会いは彼女が引き寄せ、そして別れも彼女自身が演出した。

 ライカ・ミヤシロと言う人間はメイシール・クリスタスと言う人間をある意味高く評価していた。考えこそ交わることは無いのだろうが、そのブレなさだけは諸手を上げて尊敬したいレベルだった。

 自分の考えを貫き通すことの何と難しいことだろうか。

 それが出来なかったからこそ、自分は『ガイアセイバーズ』で一度目の死を迎えたというのに。

 彼女には力がある、意思がある。その二つが伴っていれば、ヒトは何でもできる。彼女は本当にすごい人間で。――だから。

 

「私が連れ戻します。彼女を気絶させてでも、連れ戻します。彼女はこんな所で道を外れて良い人間ではありません……ので」

「それは組織としての判断ではない。君個人の判断だ」

「……ええ。処分は何でも受けます。受けます……から、私に少佐を連れ戻させてください」

 

 ライカは腰を折り、(こうべ)をレイカーへ向けた。

 

「お願いします……!」

 

 両手に入る力は一段と強まり、噛み締めた奥歯は少し痛み、穴が開くほど地面を見つめ続けるライカ。どれほどの時間そうしていたのだろうか。

 一分経ったのか、それとも一時間経ったのか。そんな曖昧な時間が過ぎていき、やがてレイカーが一言だけ呟いた。

 

「二週間だ」

「……え?」

「クリスタス少佐はずっと有給を消化していなかったようだからな。二週間、彼女は有給を取ってどこかにバカンスへ行っている、ということにする」

「……司令」

「ただし、二週間を超えても戻ってこなかった場合、私は彼女に対して処分を下す。これが妥協だ。これ以上も、これ以下もない。……やれるか?」

「やります。やらせてください」

 

 即答したライカに対し、レイカーはゆっくりと頷いた。

 

「期待していよう」

 

 敬礼し、司令室を出たライカは徐々に歩くスピードを上げる。司令がくれたこの二週間。

 何としてでもメイシールを連れ戻さなければならなかった。レイカー司令の人となりはイマイチ把握し切れていないが、それでも話したら分かる。

 ――期限を守れなかったら彼は必ずメイシールに対し、制裁を加えると。

 まずライカはメイシールの部屋へ行った。彼女の部屋はまた、物置のような凄惨な光景となっていたが、今は無視。

 

「まあ無理でしょうが……」

 

 半ば諦めた様子でライカはパソコンを立ち上げた。あの彼女がパスワードを掛けていないということは無いだろう。そう思っていたら、起動は滞りなく完了し、デスクトップ画面が現れる。

 中には整理されていないデータが沢山あった。

 計画段階の武装がいくつかあったので、開いてみるとそこに記されていた内容につい手で顔を覆ってしまった。

 

「打突目的のシールドにワイヤードリルに、プラズマステークの誘導兵器……ですか」

 

 一体どういう状況を想定しての装備なのだろうか。

 特に最後、自動制御でプラズマステークが標的へ飛んでいくなんて非効率も良い所だ。

 それよりも射撃を出来るようにした方が良いだろうに。まあ、それは置いておいて。

 ライカは僅かな期待を込め、メールボックスをチェックしてみた。

 

「……まあ、そうですよね」

 

 全くの空。というより、意地の悪い彼女の事だ。

 これを見越してのパスワード無しだったのかもしれない。期待した自分が馬鹿だったと、今度はシュルフツェンの待つ格納庫へ向かう。

 灰色の幽霊は待っていたと言わんばかりに佇んでいた。

 早速、昇降機で上がり、コクピットへ乗り込んだライカはコンソールを開く。シュルフツェンに何かヒントが残されていないのか、その一心でライカは指を踊らせた。

 

(……少佐。貴方は馬鹿です)

 

 大切な人が殺された恨みは分かる。

 

 自分が『DC戦争』、『L5戦役』、『アインスト事件』、『バルトール事件』に『修羅の乱』、そして『封印戦争』で敵に殺された部下や同僚の数は数知れない。

 

 ――全員殺してやりたかった。

 

 大切な部下を殺した奴らを全員、コクピットごと潰して高笑いの一つでもしてやりたかった。だけど、自分一人で出来る事なんてたかが知れていて。

 そして仇を取るたびに、虚しくなる。何かに熱中していて段々盛り上がりを見せたとき、ふっとそれが急に面白くなくなってしまうような感覚に似ていた。

 ()()()()()()()()。ココロが擦り減る。

 

(そんなことをしていても、達成感なんて一時的なものでしかないのに。その後の苦しみは……復讐に飢えていた時の倍なんですよ……)

 

 面と向かって言っても傾かないのは分かっている。そんな人じゃない。

 そんな言葉で揺らぐ程度なら初めから『CeAFoS』なんて作っていない。ポーン、と三叉を叩いた時のような音がコクピット内に響き渡った。途端、さっきまで格納庫内を映していたメインモニターが切り替わる。

 

『ハローライカ』

「少佐……!」

 

 呼び掛けても反応が無かった。良く見ると、録画したもののようだ。

 

『これを見ているということは恐らく私は貴方の前から消えているのでしょうね』

 

 メイシールは笑っていた。嘲笑か、あるいは……。

 

「そうですね。見事な手際でした」

『怒っているかしら? それとも失望? まあ、どちらでも良いわ。私はシステムを完成させるために、より良い環境へ行くことにしたの。それは私の悲願を達成する近道だと思うからね』

 

 ふざけるなと、ライカは呟いた。

 

「……復讐に近道なんてありませんよ」

『このメッセージを開いた二日後、貴方の思い出の場所に私は居るわ。そして、貴方のシステムより更に完成度を高めたシステムもね』

「やはり『CeAFoS』は複数あったのですね……」

『私に文句を言いたかったらそこに来なさい。貴方が死んでいなかったら、何もかも教えてあげるわ。今度こそ、包み隠さずね。……じゃあね』

 

 彼女の姿が消えたのと同時に、地図が開かれた。そこに映し出されている場所を見た瞬間、ライカに電撃が走る。

 

「……なるほど。ある意味、因縁の舞台ですね。そしてそこには恐らく奴が……“ハウンド”が居る……」

 

 最大にして最強の壁となるであろう“ハウンド”。恐らくそこで決着が着くだろう。

 落とすか、落とされるか。

 

「……上等」

 

 立ちふさがる者は全て倒す。そして、メイシールを一発殴ってやらないと気が済まない。自分勝手な奴を怒るため、自分も自分勝手を貫き通させてもらおう。

 ――ライカの眼には、既に二日後しか見えていなかった。




次回は7/12 20:00に更新予定です!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。