スーパーロボット大戦OG~泣き虫の亡霊~   作:鍵のすけ

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第十五話 対立の果てに

 ――夜。とある場所でメイシールは人と待ち合わせていた。

 そこは波が防波堤に遮られているのが良く見える場所。ただ波の音だけがその場を支配していた。メイシールは腕時計で時間を確認すると、そのまま懐に手を差し入れ、“護身用に持ってきたモノ”の感触を確かめる。

 警戒していないと言ったら嘘になる、これは安心するためだ。

 

「……時間ね」

「時間通りですね。流石です」

 

 来たか――と、メイシールは背後からの声を受け、振り返る。目の前にはヘルメットで顔を隠した人間が立っていた。

 黒を基調とし、所々に銀のラインが入っている軍服が目に入ったメイシールは該当する所属を思い出してみたが該当するものは全く無し。女性、というのは声で分かった。……少しだけ声色を変えているようで、変な違和感が残る。

 

(……違和感? 何で初対面で違和感を?)

「初めまして。私は先日あなたにメールを送らせて頂いた者で、“ハウンド”と申します」

「あら、ご丁寧に。私は――」

「メイシール・クリスタス少佐ですよね。存じ上げております。……いえ、それには多少語弊がありましたね。貴女の事は誰よりも知っていると思っています」

 

 下調べは済んでいるようで安心したとばかりにメイシールは口角を釣り上げた。……最後の言葉だけは少し引っかかるが。

 

「先日はサンプルの提供ありがとうございました。おかげで我々の実験も滞りなく行うことが出来ました」

「お礼を言うのは私の方よ。こちらも欲しいデータが手に入ったわ」

「そうですか。それは良かったです」

「それじゃあ教えてもらおうかしら? 何故貴方達は――『CeAFoS』と『命無き兵士達(ミッシング・イェーガーズ)』を知っていたの?」

「……答えなくてはなりませんか?」

「答えなさい」

 

 懐から取り出した銃を構え、メイシールは促す。出来れば穏便に問い詰めたかった。

 メイシールの目的は二つ。一つ、この二つをどういう経緯で知りえたか問い詰める。二つ、可能ならば――口を封じる。

 

「物騒な物を向けますね。……ええ、そうでしょうね。貴方は必要ならばそれすらもやりかねない」

 

 銃口を向けられてもなお、“ハウンド”は何もしない。両手を挙げることも、メイシールが目的とする情報の開示もない。その余裕の根拠が、今分かった。

 

「はいはい。銃を捨ててくださいねー」

 

 物陰から男が銃を構えながら出てきた。ニコニコしているが、その眼は全く笑っていない。

 黒髪を掻き上げ、男はどんどんメイシールに近づいていく。

 

「ったく、銃を持ってきていたことぐらい予想付けろよなー。というか俺がお前に対して、この手使えるんじゃないか?」

 

 男が空いている手で“ハウンド”へ指鉄砲を作り、放つ動作をした。それを受けた“ハウンド”は淡泊に返す。

 

「上等です。そのまま反撃を喰らって死ぬのがオチだと思いますがね」

「貴方は……もしかしてあの黒いガーリオンの方かしら?」

「ええ。そうです。彼はアルシェン・フラッドリー。私の部下です」

「……いつかは寝首掻き切って俺が上官になるんだけどな」

 

 上司と部下との会話に思えなかったが、これもこちらを油断させるための作戦なのだろうか。

 そんなことを思っていたメイシールへアルシェンは詰め寄った。

 

「なあ。人を撃ったこともなさそうな奴が銃を握るのは止めとこうぜ? んなことしても空しくなるだけだって」

「な……!」

 

 要は撃てっこない、と彼は言っているのだ。見透かされ、嗤われている。アルシェンは笑いながら、メイシールの銃口を掴み、そして自身の心臓に導いた。

 

「ほら、ここだここ。おっと、俺を撃ったらしっかり“ハウンド”も殺っておけよ? 俺が死んで、あいつが死なないのは悔しすぎる」

「ふざ……!」

 

 言おうとしても、言えなかった。強がりが強がりとしてなっていない。

 自身の手を見ると……引き金に掛けた指がカタカタと震えていた。呼吸が荒くなってしまう、こんな姿を見せたらそれこそ――。

 

「煽らないでくださいアルシェン。今日はそういう話をしに来た訳ではありません」

「……分かっているよ。ちょっとからかっただけだ」

 

 もう何かをしようと言う気はアルシェンには無いらしく、大人しく下がり、その辺の地面に座り込んだ。それを見届けた“ハウンド”がメイシールへ頭を下げた。

 

「……何のつもりよ」

「謝罪です。貴方を不快にさせました」

「そんなもの、要らないわ」

「……近い内、彼女……ライカ・ミヤシロは貴方の元へ行くでしょう」

「まるで知っているかのような口ぶりね」

 

 そんなことは分かり切っていた。今までのボンクラならまだしも、彼女は別次元だ。

 あからさまなタイミングであんな襲撃の仕方、確実に疑われているに違いない。それに……彼女には伏せていた『CeAFoS』のもう一つの機能の事も気づかれてしまった。

 自分だからそのことは予想出来ていた。だけど、どうして“ハウンド”がやけに断定的なのだろうか。

 

「ええ、まあ。……彼女の事はとても良く知っていますからね。そこに座っているアルシェンも含めて」

「貴方達とライカはどういう関係なの……?」

「そうですね……。アルシェン、何か巧い例えはありますか?」

「ん~。ある意味戦友じゃないのか?」

「だそうです。ある意味戦友です」

 

 ある意味戦友――その意味は何なのだろうか? 深読みをするモノなのだろうか、それともただのブラフ。

 全く彼女たちが読めなかった。

 

「さて、長話が過ぎましたね。今回お越しいただいた目的とは単純です。一言だけ告げたくて」

「随分長いプロローグだったわね。良い作家になれるんじゃない、貴方?」

「光栄です。では一言だけ。……私達の所には貴方の研究を手伝える設備、そしてデータもあります」

「なっ……!?」

 

 “ハウンド”の口から飛び出した言葉はメイシールの心を掴んで離さなかった。それを見透かしたかのように、彼女は続ける。

 

「貴方の研究成果と、私達の手持ちを合わせればそれだけ完成が早まるかと思われますが……如何ですか?」

「それ……は……」

 

 メイシールの頭の中で損得の計算が始まっていた。彼女の目的は最初から一つ。『CeAFoS』の完成、これだけ。

 そのためならどこに行こうが関係なかった。……はずだった。

 

「即答は出来ません、か。分かりました。ではこれを」

 

 始めから分かっていたかのように、“ハウンド”が胸ポケットから一枚のメモ用紙を取り出し、メイシールへ手渡した。

 

「そのメモ用紙に書かれている場所に私達はいます。決心が付いたらその下に書いてある連絡先に連絡をしてください。迎えを寄越しますから。……来てくれることを祈っています」

 

 用件は済んだ、とばかりに“ハウンド”といつの間にか立ち上がっていたアルシェンは夜の闇に溶けて行った。そこに一人残されたメイシールはメモ用紙を握りしめていた。

 使い方によっては彼女らを一網打尽に出来るだろう。

 連絡先に潜伏先という情報が手に入ったのだ……勝ったも同然。だが……彼女はメモ用紙をポケットに入れた。

 ここで捨てれば、この話は無かったことにも出来たはずだったのに、彼女は自身の行動に迷いは無かった。

 

「……私は。私の目的は……!」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「……こっちは纏め終わりました」

「ありがとうございますラトゥーニ。やはり声を掛けて良かったです」

 

 疑問が爆発したあれからすぐにライカは行動を開始した。

 シュルフツェンの戦闘データや稼働データを全てコピーし、自室へ持ち込み、徹底的に『CeAFoS』の解析をすることにしたのだ。

 それにあたり、今回は助っ人を呼ぶことにした。

 一人では限界があり、また視点が固定化してしまうことによっての“思い込み”だけは避けたかったのだ。

 求める条件は自分でも思うが、かなり我が儘である。

 『システム解析やその類の処理を得意とする人物』、『自分がやっていることを口外しない信頼できる人物』。直ぐに浮かんだのはたった一人。

 データ処理が得意かつ信頼を置けるラトゥーニ・スゥボータだった。

 ラトゥーニもこのシステムの事は気になっていたようで、二つ返事で了承。すぐに彼女を自室へ招き、システムの解析を開始した。

 自分の人選に間違いは無かったようで、彼女はすぐに色々な情報を分かりやすく纏め、プリントアウトしてくれている。

 その書類に目を通すと、やはりこの『CeAFoS』はそう単純なシステムではなかったらしい。

 

「……やはりこのシステムは人間が扱う前提ではなかったみたいですね」

「ライカ中尉は良く気が狂わなかったと思います……」

「ええ。自分でもそう思いますよ。やはり任意での起動にしたのは正解でした」

 

 書類の束を抱え、ライカは椅子から立ち上がった。

 

「本当にありがとうございました。今度また食事に連れて行かせてください」

「その時はアラド達も……良いですか?」

 

 そっとラトゥーニの頭を撫で、ライカは自室の扉まで歩いていく。

 

「もちろんです」

 

 そう言い残し、ライカは廊下を歩く。横切る連邦兵士たちが皆自分のことを見るが、気にしない。

 カツ……カツ、と静かながらも確かな靴音は自分の感情を表しているかのように。自室から数分、目的地へ着いたライカはノックもそこそこに、扉を開け放つ。

 

「……ライカ」

「失礼します。お話があって来ました。お時間はよろしいですね」

 

 あらかじめ彼女のスケジュールを確認していたライカは逃げ道を塞ぎ、机の上に書類の束を叩きつける。束の上から一枚取り、目を通したメイシールは観念したかのようにため息を吐いた。

 

「……いつかはやると思ったけど」

「まず少佐から聞いていた『CeAFoS』と実際の仕様が違っていたことについて何か言うことはありますか?」

「無いわ。意図的に伏せていた情報だからね」

「そうですか。なら次の質問です。あのバレリオンは少佐がけしかけたのですか?」

「それはノーね。『CeAFoS』の試作品以下の失敗作を彼女らに流したらああいう使い方をしただけよ。ただ、周囲に被害が出ないよう、配慮はさせてもらったけどね」

 

 全く悪びれた様子もないメイシールに苛立ちを覚えながら、ライカは次の質問へ移る。

 

「『CeAFoS』というシステムは人間の操縦を補助する……なんてモノじゃないですよね。あれはどちらかというと……無人機の為のもの」

「……へえ。そこまで辿りつけたのね」

「そしてあの強制起動は『CeAFoS』同士が近くにあったから……ですよね。システムは一つだけあれば良いということですか?」

「なるほどね、良いところまでは行けたわね。でも、違うわ。『CeAFoS』のオンリーワンは望んでいない」

「……少佐は何を見据えているのですか? 私には教えられないことなのですか?」

「……貴方には関係ないわ」

 

 ――プチン、と自分の何かが切れた音がした。

 いよいよ、もう自分がこの後どうなろうが知ったことではない。

 

「……ふざけるな」

「ライカ……? きゃっ……!」

 

 途端、ライカがメイシールの詰め寄り、胸倉を掴んだ。

 

「いい加減にしてください。知っているのに知らないフリ、問い詰められたら惚ける、それがどんなに周囲に迷惑を掛けているのか……分かれ……!!」

「……驚いたわ。貴方、そんな風に怒るのね」

「私は良い。どんなに使い潰されようが納得したことなら良いです。……だけど、既にこの話はカイ少佐を始め、教導隊を巻き込んでしまっているんです。キッカケは誰だ……? 貴方じゃないですか少佐。……復讐は結構です。それは止めはしない、むしろ応援します。ですが……迷惑だけは掛けるな。自分の都合で人を振り回すな……!」

 

 我に返ったライカはすぐにメイシール少佐を解放し、一歩下がった。

 

「……申し訳ございません」

 

 身だしなみを整えていたメイシールはライカから目を背けた。

 

「良いわ。……ねえ、ライカ? 貴方は人の生き死にがない戦争を肯定する気は……無いかしら?」

「ありません。それは死んでいった死者を冒涜する行為です。……私だけはそう思い続けなければなりません」

「…………そう。残念だわ。私はきっと、貴方に――」

 

 言いかけて、言葉を中断したメイシールは背を向けながら、出入り口を指さした。

 

「……行きなさい。これ以上はきっと、話しても無駄よ」

「…………了解」

 

 自動で閉じていく扉の向こうで、メイシールが哀しそうに笑っていた気がした。見間違えなのかもしれない。

 もしかしたら自分がそうあって欲しかっただけなのかもしれない。扉が閉じられた今、それを確認する術はもう無かった。

 僅かな空しさを感じながら、ライカは自室へ歩を進める。

 自分はまた、どうしたらいいのか分からなくなってしまったのかもしれなかった。

 『グランド・クリスマス』のあの日から、自分は何も成長していないのだろう、自嘲するようにライカは乾いた笑いを漏らした。これからメイシールとどう付き合っていけばいいのだろう。

 そんなことを考えながらライカはその日、ほとんど倒れ込むように眠りについた。

 そういう状況だったからか、ライカが“ある事”を知ったのはその翌日だった。

 

 ――その日、伊豆基地からメイシール・クリスタスの姿が消えていたのだ。




次回は7/12 12:00に更新予定です!

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