やはり機体を動かしている時が一番落ち着く。この機体の今日のコンディションはどうだ、とか操縦桿の反応が少し鈍いな、とかそろそろ機体のモーションパターンを更新しなきゃなとか。
色々な考え事が精神を統一させてくれるのだ。己は機体の一部、とまでは言わないが機体はパイロットが動かしてなんぼだ。
その極致こそが『人機一体』と、カイ少佐は言っていた。本人はただの受け売りだと笑っていたが、その考えはとても素晴らしいモノで。
そんなことを考えながら、自分は今まさに接近してくる機体をロックオンし、BMパターンをインファイトへ。ホバー移動で地表を滑り、右手のG・リボルヴァーで牽制してから、一気に機体を加速させた。
両腕部のバックラーを起動させる。機体の動きの流れで言うならば、このまま牽制しながら接近しての左腕部。
(……見え透いてるでしょうが……)
そのまま敵機へ左腕部を振り上げ、殴りつける――が、その拳はあっさり空を切った。それが分かっている上で、機体の右脚部そして肩部のスラスターの噴出量を最大値まで上げ、半ばタックルするかのように機体を強引に動かした。
それでぶつけ、右手を叩き込む。
「俺を出し抜くことに気を取られ過ぎたな!」
だが敵機は機体を半身に動かし、こちらの肩部に手を添え、前に出ている方の脚部を引っ掛けてきた。
「う……!」
高速で動いている機体のバランスが少しでも崩れたらどうなるか。よほどの達人でもない限り、バランスを取り戻すのは不可能に近い。
その結果が前後左右上下に動く視界と、それに揺さぶられる脳だった。実戦でもないのに、このシミュレーターはそれを律儀に再現してくれた。
「駄目……でしたか」
「途中までは良かったが、最後は直線的過ぎたな」
「横への動きも交えた方が良かったです、ね」
「出来るなら縦軸への動きもな。人間、横運動より縦運動への反応が僅かだが遅いものだ」
少し揺れる頭を押さえながらライカはシミュレーターから下り、カイの話を一単語でも多く脳に叩き込む。ライカはカイの時間が空いていればこうして一本、相手をしてもらっていた。
彼の操縦技術を眼の前で見せてもらえるうえ、こうして細かな指導を付けてもらえるのだ。これを贅沢と言わずして一体何を贅沢と言うのだろうか。
カイから許可を貰って、録音させてもらっている上で、アナログ的な方法だがメモ帳にもペンを走らせる。耳で、手で、身体でカイの技術を必死に叩き込んでいた。
「本日もお付き合い頂き、ありがとうございました」
「気にするな。後進の育成も大事な仕事だ。……それにしても」
「……はい?」
「ライカ。お前はどうもキョウスケやアラドのような直線的な突撃を好むようだな。良くやっているだろう? 白兵戦でタックルを」
そう言えば、とライカは今までを振り返る。堅牢な装甲を持つゲシュペンスト自体も活用できれば、と試験的に行っていたことが今となっては当たり前のように選択肢の一つとしてなっていた。
AMでやると装甲がひしゃげてしまうのが難点だ。以前、リオンで体当たりを敢行したら死に掛けたのは誰にも言えない。
「はい、そうかも……しれませんね」
「キョウスケに会ったことは?」
「いえ……。ゲシュペンストのカスタムタイプに乗っているので、一度は話してみたいというのが本音です」
現存するMk‐Ⅰは二機。
一つはギリアム・イェーガー少佐が駆るゲシュペンスト・タイプRV。そして『ATXチーム』隊長キョウスケ・ナンブのアルトアイゼン・リーゼ――ゲシュペンスト・タイプTだ。どちらもカスタムされており、独特のラインはそのままで大きく外見が変わっている。
特にアルトアイゼンに至ってはゲシュペンスト特有の頭部が無かったら、何の機体が基になったのか分からないレベルだ。
カイが懐から一枚のディスクを取り出した。
「これはアルトの戦闘データだ。アラドの育成のために、キョウスケに送ってもらった」
そう言って、ディスクがライカに渡された。
「……もしかして……頂いても?」
「ああ。コピーは既に取っている。お前の参考になれば、と思ってな」
ディスクを持つ手がすごく震えているのを感じた。自分のように近~中距離を好む人間にとっては国宝級のお宝で。接点もないので映像記録や話を聞くだけでしかアルトアイゼンのことを知ることが出来なかったので、半ば諦めていた。
「あ、ありがとうございます……! 大事に使わせて頂きます……」
「ああ。この後の予定は?」
その言葉で思い出してしまった。携帯端末に指を滑らせ、スケジュールを確認したライカは現実の非情さを思い知る。
「……メイシール少佐が考案した武装のテストでした」
「そうか。大事な任務だ、しっかり励め」
「了解」
楽しみは後で取っておく人間、というのが自己評価なのだがこう露骨に“待った”を掛けられてしまうと心に来るものがある。一秒でも早く終わらせよう、早速ライカはメイシールの元まで走ろうとする。
「ライカ。見つけたわ」
「少佐。どうされたのですか? いつもは私室に引きこもっていらっしゃるのに」
「……貴方が普段私のことをどう思っているのかよく分かったわ」
まあ良いわ、とメイシールがタブレットを操作しながら用件を告げる。
「今日のテストの場所、変更ね」
「……水鳥島ではないのですか?」
「ええ。そこじゃなくて、今日は連邦が買い取っている無人島でやってもらうことになったわ」
「了解しました。ところで、新武装の詳細を全く把握していないのですが……」
「感じなさい。貴方のセンスなら余裕よ」
前はワイヤーアンカー、その次は携行型の鋏。次は何を使わされるのだろうか。ライカの胸は不安で一杯だった。
◆ ◆ ◆
伊豆基地から約二時間半ほど輸送機で揺られた先に人の気配を全く感じない無人島があった。センサーを走らせて見ると動物の反応も見られないので、思い切りやるには良い所だとライカは思った。
遊んでもいられないとライカは地上に待機させていたシュルフツェンのコンディションと新武装の確認を始める。機体は全く問題ないのだが、新武装の方はある意味問題だらけだった。
見た目は良く知る物だったのだが――。
「少佐、これは何ですか? 見たところバズーカのように見えますが……」
――バズーカの下部にアンカーウインチが付いていたのだ。
また頭が痛くなった。無誘導ロケット弾を撃ち出すだけじゃ足りないのか……。どうして完結している武器に無理やり伸び白を付けようとするのか。
「あえて名前を付けるなら複合型バズーカね」
「……コンセプトを教えてください」
「今回のバズーカはパイロットではなく、機体への“攻撃”を重視しているの。これが量産されれば機動兵器もパイロットもほぼ無傷で捕えられるようになる! ……て寸法よ」
ここでようやく武装の情報が開示された。レクチャーを受けること数分。とりあえず、色々出来そうな武装だという感想が持てた。
(要は特殊弾頭と電撃を発生させるアンカーウインチで敵機を無力化しろ、通常弾なんて野蛮なモノは投げ捨てろ、ということなのですね)
シュルフツェンの腰部に備えられたカートリッジを付け替えることで機体への“攻撃”の種類を変えられる。攻め方としては特殊弾頭で敵機を追い詰め、最後は電撃による電子兵装の破壊……という感じなのだろう。
「とりあえず目の前に待機させているリオンをオートで動かすから、色々やってみなさい。払い下げのおんぼろだから電子系統グチャグチャにしても全く問題ないわ」
「それはそれで勿体ないですが……分かりました」
『テスラ・ドライブ』を起動させ、シュルフツェンを上空に上げるライカ。――その瞬間、シュルフツェンの足元を“何か”が通過し、リオンが爆散した。
「……は?」
後方からのロックオンアラート。ヒヤリとした、まるで背中に冷えた手を直に入れられたようなそんな感覚。その感覚に導かれるように、操縦桿を横に倒した。
「ライカ! この空域に所属不明機が一直線に突っ込んできているわ!」
「数は……!」
「一機よ!」
“ハウンド”とアルシェンが脳裏を過る。それにレーダーに映らないような超長距離からの狙撃だ。こんなの、よほど腕利きじゃないと不可能な芸当だ。
だが、レーダー補足圏内に入ってきたのは“ハウンド”でも、アルシェンでもなかった。
「これは……バレリオン……!?」
――RAM‐005《バレリオン》。
砲撃戦能力に特化した長距離火力支援用AMだ。求められたのは堅牢な装甲、そして一撃で敵機を落とす大火力。その代償として近接戦闘能力と運動性能が他のAMに劣っている……はずだった。
「この速さは何ですか……!?」
画像を拡大すると、その速さの正体が分かった。バレリオンの全身に括り付けられたブースターで鈍重な機体を“真横に打ち上げていた”のだ。
またアラート。機体を斜め上に上昇させ、とにかく高度を合わせないように努めた。こちらの武装はまだ届かない。
そんな距離で頭部にある『ビッグヘッドレールガン』を一方的に、そして正確な狙いで放ち続けてくる《バレリオン》。一発撃ったらすぐ鋭角に旋回し、決してパターンを読ませない動きで徐々に接近してくる。
(凄腕……? いやそんな訳がない。あんな動き……まさか……)
普通なら賞賛に値する動きだ。……その有り得ないぐらいに速い速度でなければ。ただでさえ人体に危険がありそうな速度に加え、速度を落とさずの急ターンなんてやろうものなら、挽肉コース待ったなしだ。
更に加速した《バレリオン》がこちらの射撃レンジに飛び込んできて、腕部にあたる部分からミサイルを発射してきた。
「接近戦がお望みの割には……!」
既に後退していたライカは小さく深呼吸をし、早速新武装を使うことにした。バズーカのカートリッジを取り換え、ミサイルが来る予測地点へ向け、引き金を引いた。
放たれた弾頭は僅かに飛んだ直後に爆ぜ、中から金属粉や火の粉が出てきた。……この『チャフ弾』はとりあえず役に立ったとだけ言っておこう――ジャマーを積んだ方が良いような気もするが。
花に群がるミツバチのように、ミサイル群が弾頭が爆ぜたポイントへ向きを変え、飛んでいく。ミサイル同士がぶつかり、ひときわ大きな爆発が生まれたのには目もくれず、ライカは《バレリオン》へ向けて機体を加速させる。カートリッジを換装済みだったライカは《バレリオン》が来るであろうポイントへ向け、バズーカを放つ。
場所は良かったのだが、放った瞬間《バレリオン》が急停止をし、一気に降下をしたのには目を疑った。常人ならば今ので恐らく内臓がシェイクされた。
以前、速度を落とさずに攻撃を続ける《バレリオン》。このシュルフツェンの瞬発力が無ければどれもコクピット直撃コースなのが恐ろしい。
「――嘘」
モニターが明滅する。文字が現れては消えの繰りかえし。操縦桿が酷く重くなったような感じがした。
妙に思考が多くなってきたなと思った。バレリオンのカメラアイも明滅している。
そして更に人間離れした動きを繰り出した上で、一段と精度の上がった砲撃。だが、
「『CeAFoS』の強制起動……!?」
モニターの画面が完全に変わり、『CeAFoS強制起動』の文字だけが表示されていた。それに伴い、機体全身のハッチが開き、スラスターが露出される。
今までにない事態。メイシールとの“妥協”で『CeAFoS』に保険を掛けていたにも関わらず、だ。
ライカは波長計に目をやる。
(何故ですか……?)
心拍、精神状態ともに許容値だった。
メイシールとの“妥協”とはこれが一定値を下回ると、“命の危険がある状態”と見なされ、システムが強制起動するというものだった。その代わりに勝ち取ったモノは任意でのシステム起動のはずだったのに……。
メイシールへ連絡を取ろうしたが繋がることは無かった。敵機にはジャミング装置も積まれていたみたいだ。ふとサブモニターを見ると、そこには目を疑うようなデータが更新され続けていた。
「これは……バレリオンの行動の候補……?」
それはこちらを撃墜をするために最適な行動の候補だった。かなり精度の高いもので、候補のいくつかはやろうとしていたものだった。
そんな選択肢が秒単位で更新され続けていく。
「これも『CeAFoS』の機能? いやそれならどうして今まで……?」
悩んでいる暇は無かった、それに今の状況ではこれ以上にないぐらいのデータだった。短期決戦、ライカはそれだけを考える。
こうしている今も『CeAFoS』から行動の提示がされ続け、蓄積された“この状況と似たようなパターン”が頭に送り込まれ続けている。ヘルメットを脱げばいい話なのだが、そんな動作をしていたらあっという間に蜂の巣だ。
自分が壊れるか相手を壊すかのレースだった。バズーカの弾頭を変えたライカはこれ以上にないだろうという予測地点へ撃ちこんだ。
――吸い寄せられるように弾頭は《バレリオン》の前で炸裂する。
途端、バレリオンが全く合理的ではない方向へ機体を推進させたのを見て、ライカは命中を確信する。
『フラッシュ弾』が《バレリオン》のカメラから視覚情報を奪い取った。ココしかなかった。
『CeAFoS』からの提示に従うまでもなく、ライカはペダルを踏み込んだ。爆発的な加速で旋回先へ飛び込めたシュルフツェンがバズーカの砲口を《バレリオン》へ向ける。
ライカはメイントリガーの一つ下のボタンを押した。連動するようにバズーカ下部からアンカーウインチが放たれた。
三本爪のアンカーが《バレリオン》の胴体にしっかり食い込んだ瞬間、可視出来るほどの電撃がワイヤーを流れ、敵の電子系統を蹂躙し始めた。
流すこと十秒。《バレリオン》の全身から白や黒の煙が立ち上り、機体は完全に機能を停止し、地面へ落下していった。
耳を塞ぎたくなるような重低音が島中に響き渡り、衝撃で生まれた風が樹木を何本か倒していく。
「あの機体が……アラド達が言っていた無人機……?」
話に聞いていた以上に手こずった。これはいよいよどうにかしなければならないだろう。こんなもの……人の命を軽くさせるだけだ。
強制冷却中のシュルフツェンの“泣き声”を聞きながら、ライカはもう一つの疑問について思考を開始した。
(……何故バレリオンが接近したら『CeAFoS』が起動したのでしょうか? 少佐が妥協して追加してくれた命令より上位の性質を持っているとでも言うのですか……?)
「……カ。ライ……カ……!」
ジャミングが晴れたのだろう。メイシールの声が聞こえてきた。
映像に切り替えると、青ざめた表情の彼女が出てきた。
「ライカ! 無事!?」
「……ええ。大丈夫です」
「突然ジャミングを掛けられたから輸送機のカメラで様子を見たら、バレリオンと交戦していてビックリしたわ……」
「少佐、戦闘中に『CeAFos』が発動しました。どういうことか説明をお願いしたいのですが」
投げかけた質問は受け取ってもらえることはなく。
「……さあ、私も驚いているわ。私も疑問に思うわ」
その言葉を、何故自分の眼を見て言えないのか――口にしようとしたが、止めた。
「……ええ。疑問は尽きませんね。…………色々と」
輸送機がこちらを回収してくれるまで休んでいます、と強引に通信を切ったライカはヘルメットを脱ぎ――そのままコクピットの内壁へ叩きつけた。
「――――堪忍袋の緒が切れました」
これ以上何も分からないままおかしなシステムを使わされるのにも嫌気が差した。
今回は色々と不可思議な点が多い。
――ついにメイシールへの疑問が許容出来るラインを超えてしまった。
次回は7/11 20:00に更新予定です!