スーパーロボット大戦OG~泣き虫の亡霊~   作:鍵のすけ

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第十三話 闇から闇へ

「どこ……!? 一体どこから……?」

 

 部屋が暗くなっているのも気づかないまま、メイシールはパソコンに張り付いていた。キーボードの上には彼女の指が忙しなく動き続けている。

 

「どこから漏れたの……!?」

 

 思い浮かぶは自分の部下の口から出た言葉。

  ――命無き兵士達(ミッシング・イェーガーズ)

 まだ知られるわけにはいかなかった。あれは未だ実用段階の手前にすら到達していない。

 だから、誰にも悟られず水面下で進めていく必要があった。

 

「あの“一つ眼”のパイロットが言っていたのよね……」

 

 規格外の機体を駆る、これまた規格外のパイロット、と言うのがメイシールの認識だった。部下――ライカを手こずらせる敵。

 メイシールと言う人間はライカ・ミヤシロと言う人間を割と評価していた。遠い親戚である地球連邦軍北欧方面軍司令ラインハルト・フリーケンから経歴を聞いた瞬間から目を付けていた。

 彼から送られた『グランド・クリスマス』の戦闘データを見た瞬間、運命を感じた。ライカは天才と凡才という分類で分けるとするならば確実に『凡才』と言える。PT適性もそれほど高くなく、操縦技術も平凡中の平凡。

 

 ――『DC戦争』という突然の戦争のせいで、PTパイロットの早期投入が急務。

 

 彼女が戦場に立たされたのはそれだけの理由だった。恐らく彼女もそれは承知していただろう。だからこそ、彼女は“生きる”ために“死ぬ”気で努力を始めた。機体性能を理解し、操縦技術の研磨に努め、やがて“出来る”ことの幅を広げていけたのは当然の結果と言えるだろう。

 それはある意味、兵士としての一つの完成系とも言えた。そこには決して折れることのない鋼鉄の意志が秘められているのも要因の一つ。

 メイシールが欲しかったのはそんな人物だったのだ。

 

「だからこそ……まだ知られる訳には……!」

 

 そんなことを考えていると、頭を悩ませている張本人であるライカがやってきた。

 

「失礼します」

「ライカ……」

 

 脇に書類を挟み、ライカはメイシールの前まで歩いてきた。

 

「これが今日の『CeAFoS』稼働データとシュルフツェンの実戦データです」

「そう……ありがと」

 

 ライカから受け取った書類を脇に寄せ、再びディスプレイと向き合おうとしたメイシール。そんなメイシールの姿に何か思う所があったのか、ライカが逆の手に持っていたコンビニ袋を差し出してきた。

 

「どうやら疲労が溜まっているようですね。栄養ドリンクとあんぱんが入っているので召し上がってください。効率よく脳が回復できますよ」

「……心配してくれているの?」

「ええ。貴方が倒れたら誰がシュルフツェンの整備や新武装の考案をするのですか?」

 

 それはいつかこちらがライカに言った台詞だった。唯一の違いを挙げるとしたら一つだけだろう。

 

(……こんな私を本気で心配してくれているなんてね)

 

 ライカは、本当にこちらを気遣ってくれているということで。

 メイシールは黙って、袋を受け取り、中身を取り出した。なんと栄養ドリンクとあんぱんがギッシリと詰まっていた。

 

「これを私が全部食べると……?」

「はい。いきなり沢山食べると胃に負担が掛かるので、少しだけですが」

 

 ちょくちょくズレた発言をするのは彼女が彼女故だからなのだろうか。ジッと彼女がこちらを見ていた。

 

「……何で見ているのよ?」

「その表情の悪さから、しばらく何も食べていないかと思いまして。ついでに言うならば、寝てもいないのだろうと」

 

 お見通しのようだった。どうやらしっかり食べるまで意地でも動かないつもりなのだろう。現に仁王立ちをして、腕まで組んでいる。……降参だ。

 あんぱんと栄養ドリンクの封を切り、メイシールは久々の食事にありついた。最初こそあり得ない組み合わせと内心おっかなびっくりで口に運んでみると、それが意外と――。

 

「……この食べ合わせも中々イケるわね」

「私が研究の末に発見した組み合わせですから」

 

 何て暇な研究をしているのだろうか。

 

「私は研究成果を発表しました。少佐は……まだ、ですか?」

 

 メイシールはあんぱんを齧る手を止め、ライカの方へ視線をやった。どうして、彼女はいつも人の心にするりと入り込んでくるのだろう。

 違った。彼女は自分の心に正直なのだ、それが結果としてこちらの心に入り込んでいることに繋がって。

 

「ライカ、貴方は……戦争で人が死ぬのはどう思う?」

 

 自分はどうしてこんなことを聞いているのだろうか。ライカは目を閉じ、黙考したあと、実に淡泊に返答する。

 

「人を殺さず死ぬのなら多少は感傷的になってしまいますが、殺したのなら話は別です」

「と、言うと?」

「人を一人殺せばそれだけ寿命が縮まります。殺した後に死んだのなら……それは殺した数が自分の寿命を食い破っただけに過ぎません。自業自得です」

 

 実に彼女らしい、ドライな返しだった。彼女は何人撃墜してきたのだろう。何人のパイロットが脱出出来て、何人のパイロットが死んだのだろう。彼女は……何人の死を見てきたのだろう。

 ライカの無表情の奥のモノを見てみたいと――ほんの少しだけそんなことをメイシールは思ってしまった。

 

「戦争は人の手でやるべきではないと思う? それこそ、機械か何かで戦い合った方が良いと思う?」

 

 栄養ドリンクを持つ手が少し震えていたのは恐らく気のせいではないだろう。この質問をする気は無かった。口に出した瞬間、己の失言を悔やんだ。

 だが、それも良いとも思えた。今ハッキリさせてしまった方が良かったのだろう。無意識にそう思ったからこそ、発言したはずだ。彼女の答えを聞いて自分は一体どんなことを思えるのだろうか、そこにほんの少しばかりの興味が湧いてしまったのだ。

 目の前のライカはそうですね、と顎に指を添える。

 

「そもそも機械同士で戦争をしたらそれは最早戦争ではなく、ただの技術の見せびらかし合いです。人が生んだ業を人の手で清算できるから戦争なのだと思います。正義悪を議論するつもりはありません。良し悪しはともかく、戦争には必ず人の心が入っていなければなりません。そうでなければ……これ以上の命の冒涜は無いのですから」

 

 人々に平和をもたらした“戦争”もある、人々を不幸にした“戦争”もある。それは全て人の心が入っていたからこそと、ライカは締めた。

 黙って聞いていたメイシールは一つの確信を覚える。

 

「ライカ」

「……はい」

「どうやら私と貴方は……根本的に合わないのでしょうね」

「そうだと思います。少なくとも、『CeAFoS』なんていうモノを考えた時点で」

 

 ――それは価値観の相違と言う奴で。

 単純ながらにして、決定的な要素だった。

 

「私にはね、兄がいたの。戦闘機乗りだったわ」

「……名前は?」

「シーン・クリスタス。『L5戦役』で死んだんだけどね」

「異星人によって……ですか」

「そうよ。AGX‐12《ナイト》によって、コクピットごと消滅させられたって聞いたわ」

「……確かに、奴のエネルギー砲が直撃したらそれぐらいにはなりますね」

「……泣いたわ。泣いて泣いて、涙が枯れ果てるまで泣いたわ。そのあとよ、兄の墓標の前で誓ったわ」

 

 本当に疲れているのだろうか。メイシールは既に自分が何を言っているのかも分かっていなかった。

 

「もう二度と、兄のような犠牲者を出さない。そして……兄を消滅させた異星人を駆逐するってね」

「……『CeAFoS』はそのための手段……ですか」

「ええ。そしてその完成形が……」

 

 栄養ドリンクを一気に飲み干し、空き瓶をゴミ箱に捨てたメイシールは無言で部屋の出入り口の扉を開けた。

 

「話し過ぎたわ……本当に。悪かったわね、長時間立たせてしまって」

 

 会話の打ち切りを察したようで、ライカが一礼をして、踵を返した。

 

「メイシール少佐」

 

 メイシールに背を向けたまま、ライカは呟いた。

 

「貴方にとってはそうではないのでしょうが……私は一応、貴方の事を敬愛すべき上司と認識しています。……もし上司が困っていたら、部下が話を聞きに行きます。……それを覚えておいてください」

 

 それだけです、と今度こそライカは出て行った。扉が閉まるその瞬間まで後ろ姿を見ていたメイシールは、顔を伏せ、残っていたあんぱんを食べきる。

 

「……やっぱり、貴方は私とは違うのね」

 

 パソコンをスリープ状態から復帰させると、一通のメールが入っていたことに気づく。メールを開き、内容を確認したメイシールは目を見開いた。

 

「……こんなこと、あるのね」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 とある場所で彼女と彼はいた。巧妙に隠された隠れ家、と言っても良い。または自然が生んだ要塞とも言える。

 

「ただ今帰ったぜ“ハウンド”」

「アルシェンですか。お疲れ様です」

 

 信頼できるスタッフ達が機体の整備を始めたのを見ながら、アルシェンは資材に座りながらノートパソコンを開いている“ハウンド”の元まで歩いていく。

 相変わらずヘルメットで表情が読めない。

 

「何やってんだ?」

「ヤクトフーンドの最終調整です。物資が届いたので、ようやくヤクトフーンドの真価を発揮できます」

「へえ~。俺の機体はそんなメンドクサイことしなくても常に最高のパフォーマンスを発揮できるぜ」

「そういう改造をしているのですから当然です。私の機体は微細なバランスの上で成り立っていますので」

 

 機体調整が終わったのか、“ハウンド”は傍に置いておいた野菜ジュースに口を付ける。

 

「……あの灰色のゲシュペンストのパイロット。『ライカ・ミヤシロ』だそうです」

 

 一瞬表情が固まるアルシェンだったが、すぐに軽薄な笑みに変わった。

 

「……納得したわ。お前はともかく、この俺が良いようにあしらわれたのも当然だな。くそ、分かっていればもう少しやりようがあったというのに」

「あの機体には例のシステムも積んでいるようですし、完全に使いこなされたら恐らく勝ち目はないでしょう」

「お前はともかく、俺はまあ……無いわな。為す術もなく撃墜される未来しか見えないぞ」

「でも都合が良かったです。微細な違いはあるようですが、見たところ、アレは()()()と見受けられました」

 

 キーボードを叩いていた“ハウンド”の指が止まった。どうやら文章を作成し終えたようで、内容を確かめるように画面を見つめた後、エンターキーを押した。

 

「メールか? どこにだ?」

「この世で最もあのシステムに近しい者ですよ。まあ、一言でいうのならば――」

 

 “ハウンド”の口元が僅かに緩んだ。

 告げられた名前を聞いて、アルシェンも口角が吊り上った。それはメールが返されるのを確信した笑みであることは、アルシェンしか知らない。送信者先にはこう表示されていた。

 

「システムの産みの親宛て……ですね」

 

 ――『メイシール・クリスタス』、と。




次回は7/11 12:00に更新予定です!

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