スーパーロボット大戦OG~泣き虫の亡霊~   作:鍵のすけ

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第十二話 アクアとの一日

 あのミーティングから二日経った。流石にそう何回も事件が起こる訳は無く、淡々と通常業務をこなす日々だった。

 ただ一つのイベントを除いては。

 

「……惜しいですね」

「くっそお! またダメッスか!?」

 

 シミュレーターから出てきたアラドの顔は滝のような汗が流れていた。 対して、向かい側のシミュレーターから出てきたライカは涼しげで。

 ライカはおもむろに胸ポケットから縁なし眼鏡を取り出し、装着した。そのままアラドの元まで歩いていき、先ほどの模擬戦映像を一から流してから、ライカの“指導”が始まる。

 

「ええ。突撃のタイミングが完全に狂っていました。あれではただ弾を喰らいに行っただけです」

「さっきよりは早めに行ったつもりだったんスけど……」

「前ラウンドは上手く中距離からの牽制が噛み合ったからこそ早く突撃しなければならなかったのです。……このラウンドは私からの射撃を避けながらの牽制だったので、攻撃の合間を見て、被弾覚悟で突撃しなければなりませんでした」

 

 一部始終を見ていたゼオラがアラドを見て、ため息を吐いた。

 

「いつも雑な牽制しかしていないから、接近戦で良いようにやられるのよ。だからあれほど射撃の練習をしておけって――」

「ゼオラの言うことも一理ありますが、アラドにそういう丁寧な戦い方は恐らく合わないです」

「へ?」

 

 ゼオラの言葉をやんわりと抑えたライカが呆気に取られているアラドの方へ向き直る。

 

「良いですかアラド。やるなら大破覚悟で敵を無力化してください。……中途半端にやるとそこに迷いが生じ、そのまま死に直結します。それが突撃というものです。アラドは私と比べて、とても思い切りが良いです。その長所を自分で殺してはいけませんよ?」

「は、はい!!」

 

 アラドの気持ちいい返事に頷くライカは、今度はシミュレーターにゼオラとの戦闘記録を映した。

 

「ゼオラは先ほど言った通りです。覚えていますか?」

「はい! 同じ高度、同じ射線軸で撃つのは相手にパターンを読ませるのと同義、常に動き回り、止まったら死ぬものと思え……ですよね?」

「その通りです。ファルケンの装甲は決して薄いものではありませんが、構造フレーム上、やはり被弾は可能な限り避けるべきです。……高機動戦での僅かなマシントラブルはそのままバランスを崩して墜落してしまうという事態に繋がりかねませんからね」

 

 一拍置き、ライカはファルケンが射撃をしている最中のシーンで一時停止をする。

 

「オクスタン・ライフルの強みは実弾とビームを撃ち分けられる……なんて単純なものではありません。……実弾とビームの発射速度を利用した時間差射撃(ディレイ)にこそあるのです」

 

 《ビルトファルケン》の携行武装は前々からライカが気になっていたモノだ。実弾はしっかり予備動作を見ていたら避けやすいが直撃した時の衝撃と破壊力は凄まじい。

 ビームは速い上に耐ビームコーティングを施さなければ電子類、物理的にと根こそぎ持って行かれる恐れのある兵器だ。故に、ライカがゼオラに求めているものは『どちらを当てたいか、どちらで引っ掛けるか』……そういう判断だった。

 

「ゼオラはアラドのフォローもしなければならないので負担が大きいとは思いますが……その分更に強固なコンビネーションになると思います」

「はい!」

「ありがとうございました! ライカ中尉!」

「はい、お疲れ様でした。身体はしっかり休めておくのですよ?」

 

 眼鏡を外したライカの眼は既に“コーチ”ではなく“ただのオフの女性士官”に戻っていた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「……二人とも、中々でした」

 

 食堂で栄養ドリンクを啜りながらライカは数時間前を振り返る。

 最近、いやそれこそ二日前くらいからだろうか。アラドとゼオラから指導を頼まれる頻度が増したのは。

 その前からも時折合間を見て、自分の戦い方を教えていたが、あのミーティング以降より本格的に教えてくれと頼まれるようになった。

 何故か『ガイアセイバーズ』時代は良く、他のセイバーから請われて指導をしていた経験があったので、教えることは嫌いではなかった。その経験から言うと、二人はかなりの原石だ。

 磨けば磨くほど上達していく様はダイヤの原石以外に何と例えればいいだろうか。半端な指導は出来ない、とこうしてライカは今ノートパソコンに向かい合い、トレーニングメニューを作成していた。

 

「あ……」

 

 そんな最中、彼女と目が合った。

 

「……どうも」

 

 昼食が載せられたトレイを抱えて席を探す姿に既視感を覚えつつ、ライカは無言で自分の隣を促した。

 

「え? ……良いんですか?」

「ええ。もしアクア少尉が嫌でなかったらですが」

「あ、ありがとうございます! 実はどこも席が埋まってて困ってたんですよ!」

 

 そう言って彼女――アクア・ケントルムは嬉々としてライカの隣に座った。

 律儀に手を合わせ、食を始める彼女はやはり噂通りの令嬢……と言うことなのだろうか。そんなことをぼんやり思いながらライカはアンパンを齧る。

 

「あ、あの! ライカ中尉! つかぬ事をお聞きしてよろしいでしょうか!?」

 

 何やら真剣な表情でアクアが見つめてきた。食事を中断するようなことだ、こちらもそれなりの態度で聞かなければならない。

 

「はい? 何でしょうか?」

「ラ、ライカ中尉はお幾つでしょうか!?」

 

 思わず栄養ドリンクを掴み損ねるところだった。しっかり握りなおしてから、ライカは自分の年齢を思い出す。

 

「二十一ですね」

「に、二十一!? あの二十一ですか!? 生まれてから二十一年経ったということですね!?」

「……その二十一だと思います」

 

 何やらよほどのことだったようで、下を向いたアクアが何やら机の下で小さくガッツポーズをしていた。

 

「や、やった……。私が二十三だから……私と二つしか違わない……。てことは中尉も部隊の平均年齢を上げる一因に……」

「……アクア少尉?」

「は、はいっ! 何でもありません!」

 

 どう聞いても何でもあるような独り言だったが、あえて触れないことにした。代わりに、あたかも何も知らなかったかのように、そしていま思いついたような感じでライカはとあることを提案した。

 

「…………お願いがあるのですが。私相手に敬語は使わないで頂けますか? プロフィールを見れば私よりも年齢が上のようですし、それに階級よりも年功序列の方を重視していますので……。私としても歳が近い女性の方とは仲良くしたいです」

「そ、そういうことなら……。じゃ、じゃあライカって呼んでも……?」

「ええ。むしろこちらからお願いしたいところです」

 

 この発言を受け、今まで遠慮していたアクアが途端に活き活きとし始めた。

 

「ありがと! 私も年齢が近い人が身近にいないからちょっと寂しかったのよ!」

「よろしくお願いしますね、アクア少尉」

 

 と、ここでアクアが人差し指を立て『ちっちっちっ』とでも言わんばかりに左右に振る。

 

「駄目駄目。私がライカなんだから、貴方もアクアって呼んでくれないと不公平じゃない」

「……そういうものなのですか?」

「そういうものなの!」

 

 アクアのプレッシャーに何も言えなくなったライカは素直に首を縦に振った。

 

「……分かりました」

「よろしい! ところでライカ、貴方はいつからパイロットとして戦っていたの?」

「そうですね……。PTであるかはさておいて、そういう人型兵器に乗り始めたのは『DC戦争』が始まる前くらいからですね。あの頃は如何に対空戦をこなすかが生死の分かれ目でした」

「PTであるかは? どういう機体だったの?」

「……まあ、しいて言うなら()()()()()ですね」

「もどき……? まあ、良いか……。そんな頃から乗っているからあの操縦技術があるのね」

「そんな大したことではありませんよ。人間、生き死にが懸かっている状況だとどんなことも必死に覚えようとするだけです」

 

 事実そうだった。だからまずは自分の乗っている機体を知り尽くすことから始めた。

 どんなことが出来て、どんなことが出来ないのか、どこまでなら無茶が出来るか。そんな事を覚えるので精いっぱいだった。

 また、技術が知識に追いつくのは並大抵の事ではなかった。知っていても出来ない、出来るはずなのに出来ない。そんなことが何度もあった。

 その差を埋めるために比喩表現抜きで血まみれになるような事態になることも。そんな積み重ねがあって、今のライカがいるのだ。

 

「ヒューゴが言っていたわよ。『並みの努力じゃあの領域までは到達できない』って。あいつにそこまで言わせたら大したもんよ?」

「ヒューゴ少尉ですか。彼も相当の腕でした。……どこかの特殊部隊上がりですよね?」

 

 この話題は少し不味かったのか、アクアの顔が少しだけ暗くなった。

 

「『クライ・ウルブズ』って知ってる?」

 

 『クライ・ウルブズ』。その部隊名だけで全て理解できてしまい、ライカはすぐにこの話を切り上げることにした。

 

「……失礼しました。そして納得しました。道理で気迫が違うわけですね」

「まあ今は吹っ切れたみたいだけどね」

「そうですか。それで紆余曲折があり、今ではパートナー……と」

「ええ。と言ってもあいつの方が実戦経験が上だから、みっちり(しご)かれているんだけどね」

 

 と、そこで突然アクアが何かを思いついたようで両手を合わせた。そのやけに明るい表情を見ていたら……すごく嫌な予感しかしなかった。

 

「ねえライカ、私に戦い方を教えてくれない? ずっと前に比べたら大分マシにはなったけど、まだあいつの足元にも及んでいないと思うから……」

 

 既に食べ終わった食器の上に箸を置き、眼を伏せるアクア。……同じだと思った。

 無力を痛感してもなお、這い上がろうとする鋼鉄の意思。上限を知らない向上心。それは強くなろうと思った最初の頃の自身とそっくりで。

 

「ええ、構いません。今はアラドとゼオラにも教えているのでもし時間が合えば一緒に見ましょう」

「ありがとう!」

「いえ。お礼を言われるようなことは、大事な仲間……ですから」

「……それだけ?」

「……へ?」

 

 そっとアクアがライカの手を握りしめた。

 

「私は“大事な友達”としてもお礼を言ったつもりなんだけど」

「とも……だちですか?」

「もしかして……嫌?」

 

 そんなことを言う奴がこの世界のどこにいるだろうか。

 しかしそうだな、とライカは握られた手を見つめる。

 

(……そんなことを言ってくれる人がまだいたんですね)

 

 ずっと自分は周りから“仕事上の同僚”としてしか見られていなかった。階級や踏んできた場数もその要素の一部としてあるのだろうが、こうして“仕事上の同僚”というラインを軽々と飛び越えて来られたのは恐らくアクアが初めてだった。

 ――故に、彼女を信じられるのかもしれない。

 

「まさか。そんな贅沢なことを言う人……見てみたいですよ」

「ふふ。じゃあ今度一緒に買い物行きましょ?」

「ええ。オススメに連れて行ってくださいね」

「じゃあ手始めに……あ、そうだ! 私の部屋に色々雑誌が置いてあったんだった。下調べ……ってことで、これから来る? お宝もあるし」

「……お宝?」

 

 ズバリ、とアクアが指で大きめの四角形を形作った。

 

「なんと、カイ少佐からもらったサインよ!」

「――っ!」

 

 ガタン、と気づけば思い切り音を立て、椅子から立ち上がっていたライカ。周りからの奇異の視線などどこ吹く風、と言ったばかりにライカはアクアの肩を掴んだ。

 そのまま食堂の入口へ視線を向ける。

 

「へ? あの、ちょっ、ライカ?」

「……行きましょう。直ぐに行きましょう。知らないのですか? 時間は金よりも重いと」

「ちょ、ちょっとライカー! ま、まだ食器下げてない……ライカー!!」

 

 普段の戦闘時よりも素早い動作でアクアを引きずり、ライカはそのまま食堂を後にした。

 ――この一部始終を見ていた連邦兵たちの間ではしばらくの間、()()()()()()かどうかの議論が水面下で続いていたとか何とか。

 そんな、平和な時間の一コマだった。




次回は7/10 20:00に更新予定です!

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