水鳥島の航空管制基地に停めてあった輸送機まで戻ったライカはすぐに整備兵の元まで走る。
「緊急事態です。状況第一番、シュルフツェンの装備を全て実戦用にお願いします」
整備兵たちが実に素早く換装作業を開始してくれた。時計を見て、さっきまでの敵の位置を思い出す。
(あの速度なら恐らくもうこの空域に……)
こちらの焦りを見抜いたように、聞きたくない“奴”の声が聞こえた。
「……聞こえますか。水鳥島の連邦兵諸君」
「……音源の方向へ基地のモニターを回してください」
そう近くの作業員に頼み、モニターを切り替えてもらったら案の定、あの黒い機体が居た。見間違えようのないあの独特なフォルムは、空域に入ってすぐ停止したようで、今現在カイ達と睨み合っている状態だった。
いきなり襲いかかったりはしないようだ。
「こちらは地球連邦軍極東伊豆基地所属特殊戦技教導隊隊長、カイ・キタムラ少佐だ。そちらの所属と名前は? 何の目的で連邦の空域に機動兵器で侵入した?」
武装は構えていないようだが、隙が全く見られないカイ。流石、といった対応だ。こんなアンノウンにも冷静さを欠いていない。
「私は“ハウンド”。傭兵のようなことをしています。そして、今後ろから追いかけて来ているのは私の仲間です」
モニターには見られないが、アルシェンとかいうふざけた輩も来ているのか。シュルフツェンを見ると、先ほど損傷した左腕が見る見る内に直っていて、あともう少しで出撃出来るところだった。
「傭兵がこんな所に何の用だ?」
「こちらに灰色のゲシュペンスト乗りが居るはずです。その人が大人しく出て来てくれるなら私は何もいたしません」
ドクン、と心臓が跳ね上がったような感覚を覚えた。“ハウンド”の目的は自分。その事実が酷く、ライカの眼を鋭くさせた。黙って聞いていたアラドが反発する。
「さっきから自分勝手なことばかり言いやがって! もし出て来なかったらどうすんだよ!」
「そうですね……。そんなことをされたら悲しくなってしまって、この水鳥島の航空管制基地に仕掛けた爆弾を起爆させてしまうかもしれません」
「何だと!?」
“ハウンド”の切った手札に、流石のカイも声を荒げざるを得なかった。同時にマズイ、とも思った。全周囲に音声を流しているということは、その爆弾を仕掛けられた基地にも聞こえているということで。
恐らく基地は混乱しているはずだ。例えハッタリだろうが、ある
「私はテロリストではないのでそんな野蛮なことはしたくありません。あの灰色のゲシュペンスト乗りさえ出て来てくれたら即刻、基地の爆弾を無力化いたしましょう」
「信じられんな。そんな保証がどこにある?」
ラミアの鋭い指摘に、一瞬“ハウンド”は無言となった。だがそれも一瞬だけ。すぐに“ハウンド”は口を開いた。
「基地の渡り廊下、空調室、ボイラー室、第二エレベーター、駐車場、三階食堂。計六ヶ所。そこに爆弾を仕掛けています」
「航空管制基地、聞こえたか!? すぐに確認しろ!」
もうほとんど出来ていたので、ライカは整備兵の制止を振り切り、すぐにコクピットに滑り込んで最終確認を開始した。やはり突貫作業だっただけに左腕部の反応がいつもより鈍い。
誤差の範囲内だとは思う。……この鈍さが命取りにならなければいいが。そう、ライカはコンソールを叩きながら、確認を念入りに行う。
データ処理が得意なラトゥーニの所に結果が行ったようで、極めて冷静に彼女はカイへ報告する。
「カイ少佐、……全てに爆弾が仕掛けられていたようです」
「いつの間に……!」
「嘘を吐いていないことはお分かり頂けたでしょうか? 教導隊の皆さんはこの瞬間から動かないでください。動いた瞬間、爆弾を全て起爆させます」
「少佐、ここは動かない方が良いでしょう」
「ラミア……」
「手際が良すぎます。
「聞こえますか、カイ少佐。バレット1、ライカ・ミヤシロです」
「ライカか!」
「奴の狙いは私ですね。直ぐに出ます」
「目的も戦力も分からん、そんな危険な所にお前を放り投げる訳にはいかん。それに今、爆弾の解体をしている最中だ」
カイの手際の良さに感服しながらも、ライカはペダルに足を掛ける。
「すみません。……奴には借りがあります」
そのまま踏込、輸送機からシュルフツェンは大空へ飛んだ。飛ぶこと数分。最初はカメラを最大望遠に、徐々にカメラを使わなくても良くなり、やがてロックオン圏内に“一つ眼”が入った。
カイ達に見守られるような形で向かい合う二機。すぐに“一つ眼”から通信が来た。
「お久しぶりですね。灰色のゲシュペンスト」
「ええ。あの屈辱は忘れていません」
そうですか、と淡白に返す“ハウンド”。
「おい“ハウンド”! 俺達を置いていくんじゃねえぞ!!」
“一つ眼”の後方からアルシェン駆る《ガーリオン・カスタム》と、八機の《ガーリオン》が空域に侵入してきた。恐らくカイ達も疑問に持っただろう。
《リオン》ならまだしも、あんなに大量の《ガーリオン》、一体どこで調達してきたのだろうか。だが今はそこは追及するべき場面ではない。
「場所を変えましょう、灰色のゲシュペンスト。アルシェン、足止めを頼みます」
“一つ眼”がこちらに背を向け、背部と脚部のスラスターから噴射炎を上げ、離脱しようとする。
「待て……!」
「ライカ中尉!」
「騒ぐなよ青クワガタ。とりあえず俺と遊んでいてもらおうか」
アラドの乗機である《ビルトビルガー》がライカと“一つ眼”の元へ向かおうとした瞬間、進行方向を遮るようなアルシェンからの射撃。
前に出過ぎていれば恐らく当たっていた。
「アラド!」
「大丈夫だゼオラ! こんなの何でもねえ!」
後方監視用モニターに映るアラド達の機体。気になる……が、彼らは教導隊。
(信じて……いますよ)
それに、カイ少佐やそろそろ戻ってくるであろうヒューゴのサーベラス、ラミアの特機であるアンジュルグもある。戦力的にはあちらの方が圧倒的に不利だ。
彼らの機体が小さく見えるぐらい遠く離れたところで、“一つ眼”は急停止し、こちらへ振り向いた。
「さて、ようやく二人きりになれましたね」
「……ええ。カイ少佐やアラドの所に戻らなければならないので、手短に用件をお願いします」
「改めて自己紹介をさせてください。私は“ハウンド”。そして、この機体はヤクトフーンド。貴方の名前は?」
「……地球連邦軍極東伊豆基地所属ライカ・ミヤシロ」
名乗った瞬間、今まで無機質な口調だった“ハウンド”が初めて揺らいだ感覚を覚えた。
「ああ――やはりですか。あの時の勘繰りはやはり間違いなかったのですね。ならばその機体に積んであるものは恐らく……」
(……積んであるもの? ……まさか『CeAFoS』の事を言っているのですか……?
“ハウンド”がどこか納得したような溜息を漏らした後、“一つ眼”の両手の三本爪が閉じられ、ドリルのように回転しだした。ライカは操縦桿を握りなおす。
「結論から言いましょう。貴方を殺し、その機体を持ち帰ります」
“一つ眼”が弧を描くような軌跡で一気にこちらへ飛び込んできた。そのまま左腕をシュルフツェンのコクピットへ突き出す。
「こんな大仰なことをしでかしておいて、目的がただの強盗ですか。……ふざけないでください」
“一つ眼”の左腕を一旦退くモーションの時には、既にライカは機体を後退させていた。その一撃は装甲を掠ることもせず、完全回避。
後退しながらライカはM90アサルトマシンガンの引き金を引く。銃口から吐き出される弾丸は案の定、“一つ眼”の分厚い装甲を貫けなかった。しかし、それで良かった。
ライカはペダルを踏み込み、今度は何とメインスラスターを最大出力にしての突撃。すぐさまマシンガンを持っている方とは逆のプラズマバックラーを起動させ――そのまま殴りつけた。
最大稼働ではなかったので、“一つ眼”の装甲を僅かに凹ませる程度の小破。直後、ライカは“一つ眼”の背後を取るような円の機動に移る。
敵も後ろを取られないように、機体をくるくる回転させながらクローアーム中心に備えられた機銃を乱射させる。客観的に見れば、飛行機でやるようなドッグファイトだ。だが、行っているのは飛行機ではなく、PT。背後の取り方は更に自由度を増し、そして一瞬の死亡率も跳ね上がる。
「ヤクトフーンドを上回る瞬発力ですか……」
“一つ眼”の左肩部とアバラ部のスラスターが一瞬だけ最大出力で噴出された。強引にこちらの最小旋回半径に飛び込んできた“一つ眼”の三本爪が開かれる。――この時を待っていた。
腰部にマウントしていた新武装をアサルトマシンガンから持ち替え、ソレを展開させる。
「それは……鋏?」
短い槍のような棒状の持ち手の先に着けられた穂先。穂先の両端にはスラスターが付いているが、これは推進用ではない。
「……ええ、シュルフツェンの新たなバリエーションです」
開かれた三本爪を挟み込むように大きく開かれた穂先はまるで大鋏のごとく。両端のスラスターが噴射されると、挟み込む力が更に強くなる。
最初こそ拮抗していた三本爪が徐々に、徐々に軋みを見せて――。
「く……」
手首を回転させ、強引に振り払った“一つ眼”の両腰部からレールガンの砲口が展開された。すぐさま射出される質量弾を高度と射線をずらすことでギリギリ避け、再びライカは操縦桿を倒す。
「この間よりはマシな動きをしますね」
「あの時とは条件が違います。それに……二度は通用しません」
基地制圧作戦は既に消耗しきっており、まともな動きが出来なかった。だが、今は違う。避けては撃ち、撃っては避けてと“一つ眼”と対等にやり合うことが出来ている。
(まだ……大丈夫)
モニターの隅っこに表示されている波長計を見て、ライカはすぐに視線を“一つ眼”へ移す。機銃を放ってきたので、すぐに迂回するように大きく距離を取ってから再び攻める。
そう決めた直後、ライカはふと違和感に気づく。今まで正確無比な射撃しかしていないはずの“一つ眼”の弾幕が妙に潜りやすい。どれも最高速の機体のバランスを微調整するだけで、弾丸が逃げていくような弾道だった。
(私なら……)
――その時、ライカに一筋の電流が走った。
自身の生存本能と長年培ってきた経験と勘に従い、あえてライカはシュルフツェンを急停止させ、今まで避けるだけだった弾幕へ突っ込んだ。瞬間、シュルフツェンの右腕部スレスレをレールガンの弾丸が通り抜けて行く。冷や汗が出た。
あのまま避けやすい方向へ逃げていたら、間違いなくコクピットを貫かれていた。……狡猾な奴だ。
ライカは“ハウンド”へ戦慄を覚えつつ、アサルトマシンガンの弾丸をありったけ放った。こちらを向きながら機体を横回転させて、弾丸を避けつつ射撃をしてくる“一つ眼”。
(まだ……まだ……)
既に回避の癖を見切っていたライカは“その時”を待つ。右肩部、左肩部の順番でスラスターの出力を一瞬だけ最大にし、“一つ眼”の側面を取り、アンダーバレルのAPTGMを射出した。瞬間、APTGMを中心に大きく機体を横回転させた。
(――ここ!)
あの時もそうだった。こちらが足を止めての射撃は僅かだが、大ざっぱな回避機動を取っていたのは見間違いではなかった。
もちろんじっくり見なきゃ気づかないレベル……それこそ誤差に近いレベルだが、それでもライカにとっては付け入ることのできる大きなチャンス。
敵の攻撃パターンと回避パターンを直ぐに分析できる力、それに基づく回避行動を百パーセント成功させられる操縦技術。認めたくはないが他の量産機と比べ、機体性能の劣るゲシュペンストを愛し続けるには、この二つの技術は絶対不可欠だった。
結果、ライカはパイロットとしても大きく成長できた。
(……貫く)
ペダルを踏み込み、メインスラスターと新武装のスラスターを合わせ、シュルフツェンは爆発的な直線加速を手に入れる。新武装の穂先は閉じられ、見た目通りの“槍”となったソレを“一つ眼”の右肩関節へ突き刺す――!
「……なるほど、これが本調子の貴方ですか」
右肩から黒煙を上げる“一つ眼”。装甲と装甲の間を見事に捉えられたようだ。……僥倖。そんな達成感に浸る間もなく、ライカは鳴り響くアラートに警戒する。レーダーに反応が出た。何となく予想はしていたが……。
「ああくそっ! 死ぬかと思った!!」
全身から煙が出ているアルシェン機が“一つ眼”の元へやってきた。
「……丁度良い登場ですね。ですが、もう少し時間稼ぎをして頂けたらありがたかったのですが」
「防衛のみが目的とはいえ、教導隊相手にここまで時間を稼げたこと自体奇跡だろう。あの青い二機の連携攻撃なんか、冗談抜きで死を覚悟したぜ」
(……アラドにゼオラですか。……良くやりましたね)
また引き際の良さが発動したのか、すぐに二機はこちらから背を向けた。
「また逃げるのですか?」
「貴方を諦めた訳じゃありません。それに、この機体は調整不足です。次回こそ本気のヤクトフーンドで貴方の命を貰い受けます〉
「……そこまでして私の命を狙う理由は何ですか? ……『DC戦争』時代に撃墜したパイロットの関係者、ですか?」
最初に思いついたのは人間同士の戦争、『DC戦争』。開戦初期から戦っていたライカが落とした敵は数えるのも面倒なくらいだった。逆に言うなら、恨みを持っている人間など数知れなかった。
「いいえ。そうですね……、強いて言うならば……」
「……おい“ハウンド”」
「――
「
それだけ言い残し、“一つ眼”は最大速度でこちらの索敵範囲内から離脱していった。アルシェン機もそれに続く形で離脱していく。
「無事かライカ!」
後方からカイ達の反応があった。追いかけて来てくれたことへの感謝を感じながら、ライカは新たな謎を再度、呟く。
「
どうやら彼らは自分が思った以上に厄介な、そして重要な存在なのかもしれない。
――彼らはまた来る。そんな確信めいた何かがライカにはあった。
(……シュルフツェン。……このままで果たして……)
何はともあれ、奴には一矢報いてやることは出来た。そう実感すると同時に、アドレナリンが切れたのか、呼吸をするたびにどんどん酷い痛みを感じるようになってきた。
無茶な機動をし過ぎた代償が今やってきたのか。折れた肋骨を触らないようにしつつ、ライカはカイ達が来るギリギリまで意識を保っていた――。
次回は7/9 20:00に更新予定です!