アリスは宇宙からのレーザーを見た瞬間、正規ルートの階段やエレベーターから降りるのももどかしいと、ベランダから飛び降りた。
きれいに着地をして、アリスは走る。
直線距離で走った。
目指すべき教室へと、最高速で飛び回る。
人様の敷地に入るのは申し訳ございませんが、今回だけです。
屋根を少しだけお借りします。
アリスは謝りながら走る。
途中で、連絡用にと渡されたスマホが鳴った。
こんな時に!!
そう思ったアリスだが、律義に確認は取る。
屋根から屋根へと飛び移った瞬間を狙って、空中でスマホを取り出す。
着地、と同時にまた走る。
進路に注意しながらも、視界を広くしてメッセージの確認を取る。
『差出人:烏間惟臣
緊急通達
各自、自宅に待機し指示を待つように。
また、『仕事』の事は許可が出るまで一切話さないように。』
烏間先生からのメッセージはそう書かれていた。
しかし、アリスの足は回れ右することもなく、走る速度を早めた。
自宅待機が何ですか!
政府の暗殺なんてどうでもいいのです!
マスターがあそこにいるのですから!
烏間先生の命令を無視してもなお、マスターがあそこにいると言う根拠のない勘を信じて、アリスは走る。
ショートカットと言う直線距離で屋根の上を走っていたアリスは、封鎖されれている地上の道を難無く突破する。
地上の警備を突破すると、後は椚ヶ丘中学校が所有する山があるだけだ。
本来ならば山の中に『群狼』と呼ばれる別働部隊の傭兵集団が二重の警護に入っている予定だったが、アリスの行動が早すぎた。
群狼は只今、クラスの監禁の為に動いている。
もっとも、群狼のリーダーであるホウジョウが居てもアリスを止めることは出来なかったであろうが。
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一本の剣が振り下ろされる。
受け止めようと構えていた殺せんせーは刹那、嫌な気配を感じ取って避けに転換する。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「・・・恐ろしい勘ね」
「何ですかその剣は?確かに金属のはずです」
避けたと思った殺せんせーだったが、足に当たる触手の何本かが切られていた。
風月が持っている剣の素材は確かに金属類、それでは殺せんせーにダメージを与える事が出来ないはずだったが。
「エンチャントコード、対触手。私なら、あらゆる物に付属効果を付けられるわ」
管理者権限の前には全てがデタラメである。
風月は今、移動速度up、筋力up、攻撃力up、体力up、回復速度up、回復遼up、跳躍力up、動体視力up、思考速度up、火炎耐性up、肺活量up、落下体制up、爆破耐性up、飛ぶ道具耐性up、近接攻撃力up、魔法攻撃力up、発動速度up、行動予測補正、暗視補正、ダメージ補正、水中行動補正、隠密補正、剣術補正、生理的欲求無効化、アイテムコンマンド簡略化、毒無効化、無演唱化、などと言った無数のハブをかけていた。
これだけやって負けるわけがないわ。
今の私に勝てるのは同じ管理者権限を持つ者だけ。
風月は、かけすぎだろ!?と言われる程のハブをかけた余裕によって、口元が緩んでいた。
狂った様な笑みを浮かべる。
しかし、風月は失態を犯した。
政府の計画通り、この校舎に誰も入れないと思っていたが為にマップの確認を怠った。
意識の全てを殺せんせーに向けていた注意不足。
この二つの失態が風月にとって裏面に出てしまった。
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「はぁ、はぁ、はぁ」
ズゴゴゴーーー!!
大地がうねりを上げるかの様に鳴り響いた。
カッ!!ズシャンン!!ズシャンン!!ズッシャン!!ズシャン!!ズシャン!!
天が光り、天の裁きと言える雷が無数に降り注ぐ。
ザァーザァー!!ビュウ~~~ゥ!!ゴゴゴゴォォォォ!!
雨が滝の様に流れ落ち、嵐の如く風が吹き荒れる。
ブォオォォ!!
かと思えば辺り一面、火の海に変わる。
まさに天変地異。
辺りはそんな現象の余波を受けていた。
「はぁ、はぁ・・・マスター」
そんな中、アリスはただひたすら、天変地異に向けて走っていた。
アリスが警備網を抜け山に入って直ぐだ。
殺せんせーを逃がさない為のドーム付近で異常現象が確認された。
あんな事が出来るのはマスターしかいないのです。
私の勘は間違っていませんでした!
アリスは自身の思いが間違って無かったのだと、再確認し足を早めた。
もう直ぐバリア内です。
待っててください、マスター!!
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「無様ね。でも、褒めてあげるわ。よくここまで逃げ回れたわね?流石、死神の名を持つ殺し屋ね。でも、もうおしまい。手足を封じられ、細胞の一つすら動かせないこの状況なら、後は私が剣を振りかぶるだけ。何か言いたいことは?」
風月は自身が創りだした結界によって捕らえられた殺せんせーに向かって言い放つ。
と同時に声帯と口の中細胞だけ動かせる様にした。
戦いは一方的な展開だった。
管理者権限によって引き出された身体能力で繰り出される斬撃、そこまでだったなら殺せんせーにも勝機があった。
しかし、実際に起こったのは防御戦。
斬撃に加えて、無演唱かつ瞬時的に発動される上級魔法の数々。
時間が経つにつれて避ける事も難しくなっていく耐久戦に殺せんせーは負けた。
「・・・まさか此処までとは。四月とは大違いですね」
「それはそうでしょうね。ここまで」
来るのにどれだけ経ったと思ってーと言いかけた所で辞めた。
タコの話なんて聞く価値もないじゃない。
サッサと殺してしまおう。
そうして、何もやらなくていい本だけを読む生活を始めましょう。
風月は剣を振り上げた。
「・・・もういいわ。お前の言い残す事に興味はない」
「若麻績さん、私は信じてますよ」
殺せんせーの言葉に風月の身体が一瞬止まる。
今更何を信じると言うの?
まさか、時間稼ぎ!?
でも、どうでもいいわ。
風月は殺せんせーの言った意味を考えようとしたが、考えるのを辞めた。
ごちゃごちゃと考えるのは面倒だから。
「さようなら」
言葉と共に振り下ろされる剣。
風月が振り下ろした剣は、殺せんせーの心臓に向かっていき・・・・・・・・・
「もう!やめてください!!マスター!!」
「っ!!?」
剣は、殺せんせーの心臓に当たらなかった。
殺せんせーを真っ二つに斬ろうとした剣は代わりに乱入者、アリス・ホワイトシルバーを切り裂いた。
並みの刃物ならキズ一つどころか、刃物の方が折れる程頑丈なアリスの肌は、左肩から腰の方までかけてサックリと切られた。
ホムンクルスであるアリスも、傷口からドクドクとドス黒い血が人間と同じ様に、とめどなく流れ出ている。
「・・・なん、とか。ま、間に合い・・・・・・ました」
「アリスさん!!」
どういう訳か、身体が動くようになった殺せんせーが崩れ落ちていくアリスを抱きかかえる。
「しっかりしてください!!」
「マスター・・・」
風月は動いた殺せんせーに気に留めず、今の現状にただ立ち尽くすだけ。
それは、アリスがどれだけ傷突こうと関係ないと思う無関心か?
それとも、指の一振りでそんな傷簡単に完治出来る余裕の表れか?
違った。
風月は己の思考回路の限界を超え、ただ混乱していた。
何でここにアリスがいるの!?
何でタコは動けるの!?
何で私は・・・倒れるの!!?
「うっぶ!」
風月は力を失ったかのように倒れた。
否、失ったのだ。
風月が自身にかけた無数のハブは解けていた。
何で?
とにかくハブをかけ直さないと・・・!!??
一心不乱に管理者権限のウインドウを開こうとする風月だったが幾らやっても開かない。
なぜなら・・・・・・・・
『管理者権限の機能を停止しました』
風月の視界にはその『文字』がポツンと表示されていた。
「何で!!?マネジメントID:90682、システムログイン!!・・・開け!!?なんでよ!!」
そんな風月の傍らでアリスは視界に映る『文字』に目を向けていた。
「こ、れは?」
「アリスさん!!しっかりしてください!!」
殺せんせーが懸命に声をかけるが、アリスの耳には全くと言っていいほど聞こえて無かった。
アリスの視界に映る『文字』それは・・・
『一時的なログインの許可を認識しました』
風月が管理者権限を使えなくなった代わりに、アリスの元に管理者権限が舞い降りていた。
作中のハブは適当に書きました。