太陽と焔   作:はたけのなすび

62 / 81
リアル事情と話の展開に悩んだことで、少し遅れました。申し訳ありません。

では。


Act-22

 

 

 

 

 

聖杯戦争におけるサーヴァントとマスターには、霊的な繋がりがある。

魔力を全く流せないマスターであっても、サーヴァントとの間には因果線が結ばれ、その線を通してマスターはサーヴァントの過去を夢で垣間見ることがある。

六導玲霞もそうやってアサシンの過去を見てきた。

夢の始まりでは小さく幼かった少女は、夢の中で時間を飛び越して成長していった。

ある時を節目に姿形は変わらなくなったが、何処かしら人形染みて虚ろだった少女はやわらかい微笑みを浮かべられるようになった。

 

少女がそう変わった切欠は、血の繋がりのない親に言われたからという、ただそれだけの偶然で結ばれた縁談だった。

縁談といっても、少女には親に報いるつもりしかなかった。何の感情もなく結婚したはずの相手だった。

一緒に暮らすなら、相手を知るための努力をしなければいけないはずだと、少女は本当にそんな義務感しか持っていなかったのだ。

そしてすぐ、何を考えているのか分からないと彼女は頭を抱えた。

夫となった相手の表情はいつも変わらずに冷たく、極端に無口だったからだ。

ただ、彼はいつも話すときにはきちんと少女を見てくれた。正直なところ鋭い目付きが怖かったのだが、彼は彼女をいないものとして扱うことだけは、絶対にしなかった。

それまで他人から省みられることが無かった少女には、それは本当に嬉しかった。

少しの時が経って、彼女の中に生まれた想いは単純で恋と呼ぶには幼く、だからこそ強かった。

 

―――――私と違うあなたを知りたい。

 

そう願って夢の中の少女は考え込む。

心のふれあわせ方なんて、教えてくれる人は誰もいないから、自分で思い巡らした。

 

―――――いや、違う。彼女はきっと自分で考えて、答えを出したかったのだ。

 

喩え神であれ、誰かから授けられるもので満足できるようなことなら、最初からあれほど悩んだりしなかったろう。

少女には聖仙のような知恵も、千里眼もない。一目見るだけで人を見抜く眼力もない。

それでも足を止めたくないと、彼女はずっと歩いた。

かといって、彼女は別に思い詰めたように眦を決していた訳でもなく、悲壮な決意をしていた訳でもなかった。少女にとって知りたいという心は重荷ではなくて、自分で見つけたユメだったから。

 

―――――あなたはやっぱり、わたしとは違うのね。

 

六導玲霞が憧れたのは、詰まる所はそういうところだった。

彼女の心にも六導玲霞と同じ虚無が心に巣食っている。なのに、その虚無を押し退けて余りある暖かい想いを抱けた少女は、伽藍洞だった心に哀しみや喜びを詰めて生きた。

 

―――――そして同時に、玲霞はどこか冷静に思うのだ。

これはもう過去のこと。遠い遠い時代に始まり終わった一人の人間の記憶でしかない、と。

 

六導玲霞の見る夢も、終わりが見え始めた。

今に伝わる大叙事詩の中で、クルクシェートラの戦いと言われる戦が近付いていたのだ。

大戦が始まるまで、何度も小競り合いがあった。そのたび人は殺し合いを繰り返し、憎しみが降り積もり、英雄と呼ばれる人々だろうと、もうどうにもならない糸玉のように絡まっていった。

 

そんな時代の中で少女は傷を癒す力を持っていたから、傷付き命を落としていく人間と関わっていった。

 

誰かがこの世から去るたびに、残された者たちの哀しみを何度も何度も聞いた。

逝かないでと叫ぶ声を間近で聞くしかないときが、何度も何度もあった。

 

きっと昔のように、空の心のままだったなら悲しいと思うことも無かっただろう。人らしくなった分だけ、少女の中には哀しみが降り積もるようになった。

 

その中で、少女の夫は最強の護りだった不死の鎧を、神の謀にかかって失った。

 

少女が仕えている王から呼び出されたのは、それからすぐのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

#####

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天を漂う城の中では、穏やかではないが静かな空気が流れていた。

一先ず天草四郎を斬ることはやめたライダーやアーチャー、ランサーは人類救済の方法を知った。

知ってそれでも、彼らは空中庭園に留まっていた。が、アーチャーはともかく、ライダーにとっては彼の願いの成就に尽くそうという気は薄かった。

ライダーも、恒久的世界平和には興味はある。が、それはあくまで興味程度で積極的に手を貸す程ではなかった。

全人類の不老不死という方法で、本当に世界を救えるのか。頭から信じているのは、実のところは天草四郎当人だけだった。

ライダーが天草四郎に槍を向けないのも、こちらの陣営にいれば、自分がこの聖杯戦争で必ず倒すと決めたケイローンと戦えるからだ。

浅ましき野蛮な我欲だと女帝辺りに笑われようが、ライダーにはどうしても譲れない。

彼は、戦いだけを心待にしていた。

が、“黒”が空中庭園を追いかけてくるまでは数日かかる。その時を庭園内の者たちは待ちわびつつも、停滞した時が流れていた。

 

「……暇だな」

「……ああ」

「……」

 

ぼやくライダーやアーチャーから離れて、無言で外を眺めるのは“赤”のランサーだ。

元のマスターがセミラミスの手によって全く探せない空間に隠され、ランサーは手持ち無沙汰になっていた。

セミラミスがそうしたのは、ランサーの裏切りを警戒してのことだろう。逆に言えば、ランサーが“赤”で戦う以上は、マスターの安全は約束されていることになる。

“黒”のアサシンがいる以上、妥当な判断だとも思う。

もう有り得ないだろうが、アサシンが自分に共に戦ってほしいと言ったなら、ランサーは自分が全く迷いなくその手を振り払える気がしなかった。

何せ死してこの方、音沙汰無しだった妻だ。

 

―――――元々、何処かに消えることはあったが。

 

そういえば書き置きだけ残して、聖仙の住む霊山にふらりと行ってしまったこともあった。帰ってきてから、ランサーが何をしに行ったと聞けば、呪いを解くために必要だったのですとか宣ってきたのも懐かしい。

そう、いつも戻って来たのだ。

この世から影も残さず姿を消した、最後以外は。

 

―――――まあ今回も、戻ってきたと言えば戻ってきた訳だが。

 

剣の英霊に一対一で向き合って斬られる、魂に根付いているだろう宝具を他人に渡す、巨人の爆発圏内にいつまでも留まる、庭園まで飛んできて吸血鬼に殺されかけると、アサシンクラスの肩書きをどこへ置き忘れたと言いたくなるような振る舞いの連続だった。

一体どんなマスターに出会って、何をやっていればそうなるのかと口を出したくなる。

だが“黒”のセイバーに言わせると、“黒”のアサシンはそうして無茶をしながらもマスターだけは守っているという。サーヴァントらしいことはこなしているのだ。

アサシンが現在の自分の有り様を見たら多分……。

 

―――――この、唐変木―――――!

 

とでも言うだろう。アサシンは普段怒らない人間ほど一度徹底的に怒ると怖い、という場合の典型なのだ。

アサシンの怒った顔がランサーには容易く想像できた。

表面上何も変わりはなく、ランサーは内心ため息をついていた。全く言い返せそうになかったからだ。

そのランサーに、アーチャーの声がかかる。

 

「ランサー。ところであのアサシンはライダーに傷をつけたのだが、神性持ちなのか?」

 

暇潰しに話に付き合え、とアーチャーの目が言っていた。名前を出されたライダーも似たようなものだ。

 

「……ああ。彼女は半神だ。ライダーに傷をつけることができる程度の神性があっても、おかしくはない」

「では、あの焔は神の権能の一部か?」

「そうだ」

 

ふむ、とアーチャーは唸り、彼女のぴんと立った獣の耳の先はぴくぴくと動いていた。

アサシンの幻術に一度引っ掛かったアタランテは、次にどうやれば暗殺者を狩れるかを考えているのだろう。

 

「権能ねぇ……。にしても、あのアサシンてのはどういう奴なんだ?」

「それは戦う者としての技量か?」

「その情報はいらん。そんなもの、見れば分かる。だがお前ほどの英雄が忘れられないという女だろう?気になって当然だ」

 

にやりと笑うライダーを見て、アタランテの獣の尾の先が、呆れたように揺れた。

思い出そうとするようにランサーは目を細めて答える。

 

「……愚かではないが性格はまあ、単純だ。頑固で情深い」

 

果てなき蒼穹を眺めるのが好きで、楽しげに遊ぶ子どもたちを眩しそうに見る。

表情は変化に乏しくあまり笑わないが、たまに浮かべる笑みは優しい。

美しいのかとライダーは続けて聞いた。彼は、布で隠されていたためにアサシンの顔をろくに見ていなかったのだ。

さてどうなのかとランサーは肩を竦めるだけに留めた。何となく、この話を続けるのは薮蛇な気がしたのだ。

 

「……何というか、此方のアサシンと逆だな」

 

総じて言うと、そういうことになった。

 

「あの女帝様の願いはまあ、この世に再び王として君臨するとかだろう。じゃああのアサシンは何だ?」

「……ライダー、汝はあの暗殺者をやけに気にするな。敵だぞ?」

 

うろん気にアーチャーはライダーを睨むが、ライダーにはどこ吹く風だった。

 

「分かってるさ。だが別に、敵の願いを聞いてはならんという法はないだろう。どうなんだ?ランサー。お前の眼力なら見抜けるだろう?」

 

問われてランサーは考え込み、しばらくして首を振った。

 

「願いがあろうとな、あの必死さではマスターを守るのに精一杯で、自分のことを願う考えがないだろう。無意識に頭から自分の願いを消している」

「……それは、自分の第二の生を蔑ろにしているということか?」

「蔑ろというより、彼女はサーヴァントとしての生を第二の機会とは捉えていないだろう。死んだ者、亡くしたものは二度と返らない、だからこそ大切だ、というのが信条だった。当然それを自分にも適用するだろう。ならば、死者の自分を後回しにしてマスターに尽くす。サーヴァントとしての柵ある限り、そうするだろう」

 

それは面倒な性格だと、ライダーは眉をしかめた。

生前何があったか知らないが、サーヴァントとして召喚されたなら、自分の欲望を叶えてもいいのだ。全くマスターに報いないのは義理が通っていないが、自分を殺してまで従おうと思うほどライダーの我は弱くない。

部外者の自分がそう思うなら、ランサーは歯痒くないのだろうか、とライダーは思う。

槍兵の表情に変化はないが、彼の常にない饒舌も焦りの裏返しかもしれなかった。

 

「……しかし、彼女が仮に聖杯を使うとしたら、さてどう使おうとするのだろうな」

 

ただの独り言のようにランサーは呟いた。

()()()()()()()()のか、とライダーが問う前に、扉の開く音がして、玉座の間に新たな姿が現れた。

 

「皆さん、ここにいましたか」

 

にこやかな笑みの褐色の肌をした少年神父を、三騎士のサーヴァントはさして大きな反応もなく向かえた。

 

「汝か。どうした?何か“黒”に動きでもあったのか?」

「ええ、まあ。どうやら彼らのうちの何騎かがシギショアラに向かっているようです。我々の元の拠点ですね」

 

別に盗られて困るような情報など残していない。が、だからこそ何のためにサーヴァントを複数投入してまで、もぬけの殻の拠点を探ろうとしているか気にはなる。

故、誰か斥候に行かないかという話だった。

 

「見れば三人とも暇なようですし。決戦までに、今一度下に降りてみても構わないのでは?」

 

シロウの令呪と空中庭園に君臨する女帝の力があれば、地上から引き戻すこともできる。仮に撤退するようなことがあっても、すぐに済むのだ。

 

「暇、ねぇ……」

「ちなみに、キャスターが執筆のアシスタントも募集していますが……」

 

アーチャーが顔をしかめ、返答として手に弓を顕現させた。

 

「あのうるさい道化師の戯言を間近で聞かされるなど御免被る。斥候ならば私の領分だろう。あのセミラミスでは論外だろうしな」

「ええ、そうなのですが……」

 

ついでに言うなら、ライダーとランサーも気配が目立ちすぎる。のだが、何故かシロウはランサーに目を向けているようだった。

 

「個人的には私はあなたに行ってほしいのです、ランサー。隠すことでもないから言いましょう。シギショアラに赴いたサーヴァントの中には“黒”のアサシンがいます。彼女を本当にこちらに引き込めないか、確認してきて欲しいのです。戦う必要はありません」

「……そう言えば、お前は彼女にお前自身の願いを告げていたのだったな。だが、返答代わりに斬りかかられただろう?」

「はい。アサシンは、私の願いを呪いと斬って捨てた」

 

そのときを思い出したのか、シロウの笑みが微かに翳った。

ランサーはひとつ頭を振った。

 

「彼女は無口だが、言うべきことは必要な分だけ言う。呪いと思わず罵倒するほどに、お前の願いが許容できなかっただけだろう。剣を向けてきたならそれ以上の答えはない。それだけのことで何故迷う?」

 

謀など何もかも見透かすような鋭い眼光が、シロウを射抜いた。そこに感情の色がない分、却ってシロウは追い詰められたような心地になる。

話はそこまでか、とアーチャーが腰を浮かしかけた。だがランサーの方が先に立ち上がる。

 

「おい、汝、行かないのでは……?」

「?……オレは、何も()()()()()()()()()()()()()()()が?」

 

心底不思議そうに首を傾げたランサーに、アーチャーとライダーは言うべき言葉を忘れた。

激しい感情を明け透けに、正直に表現するライダーからすれば、感情を身の裡に閉まっているようなランサーは、何を考えているか大いに分かりづらい。

それでいて呵責ない言動で相手を暴きたてるから、余程慣れているか、彼の言葉の裏まで知ろうとするか、粘り強くなければ理解するのは難しい、というか不可能だろう。

ともあれ斥候にはランサーが発つことになった。

斥候という言葉と、最高に向いていない組み合わせだという感はあったが、当の本人が行きたがっているのだから止める理由がなかった。

 

「それと、シギショアラに赴いているサーヴァントの中に、“黒”のセイバー、ジークフリートやアーチャーのケイローンはいません」

 

シロウはそう付け加えた。つまり、積極的に戦う必要はない、ということだった。

 

「了解した」

 

ランサーは転送の魔術で地上へ去り、代わってセミラミスとキャスターが現れる。ライダーとアーチャーは露骨に顔をしかめ、部屋を辞した。

玉座に座り、女帝は気だるげに頬杖をついた。

 

「ランサーを行かせたか。最後の話の機会をくれてやるとは我がマスターも甘いの。まあ、振り上げる刃の前には言葉なぞ無力だがの」

「おや!それを言われてしまうと、作家たる我輩は立つ瀬が無くなるのですが!」

「そのようなこと我が知るものか、道化師」

 

キャスター、シェイクスピアの大仰な嘆きを片手で払い、セミラミスはシロウの様子を伺う。

彼は彼で、ランサーに言われたことが引っ掛かっていた。

 

「……向き合ったとき、正直なところあのアサシンならば対話すれば、あるいは引き込めるかとも思いました。彼女は戦いを憂う目をしていた」

「あれは、お主や、あの旗持ちの聖女と似ていると?」

 

かつて天草四郎は三万七千人という仲間を殺され、シロウはその果てに人類の不老不死を願うようになった。

この世すべての争いを無くし、全人類を幸福にするために、彼は願うのだ。

 

「さあ、そこまでは分かりません。ただ、争いを嫌う質の人間が、何故呪いとまで我が宿願を貶めしたのかは、些か気にはなります。少なくともアサシンは、私の道が己のマスターの幸せに続いていないと判断したのですから」

 

それでシロウが足を止めることなどないが、引っ掛かりを覚えたのは事実だ。

 

「アサシン嬢は最愛の夫と敵対する道を取ってまで、我がマスターの願いを拒絶したのでしたな。『事情が変われば己も変わるような愛は愛とは呼べぬ』とも申せど、何とも頑固なお方だ!それ相応の信念もあるのでしょうな!彼女は舞台の端役ではありますが、興味深い!」

 

嬉々として喋り散らすキャスターである。

世界に名高い悲喜劇を作り出した作家の名は伊達ではない。彼はこの状況も、面白い出し物のように飲み込んでいた。

 

「……何れにせよ、これがアサシンには最後の機会になるだろうさ」

 

唇の端を吊り上げているセミラミスは肩を竦め、それは違いない、とシロウは大きく頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この物語はSSですが、型月住人に控えめで良妻然としているだけの女性(インド)なんぞいないのです……。

ちなみに聖仙という言葉は、インドの超能力持ちのバラモンとして扱っています。(カルナの師匠のパラシュラーマ等)

にしてもシェイクスピア。言葉探すのが難しい。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。