ではどうぞ。
自らの信念を貫き通して狂い果てた、異形の巨人が爆散した。
当然だが、“黒”のセイバーと激戦を繰り広げていたカルナは、異常な魔力の高まりは察知していたから、バーサーカーの爆発には巻き込まれなかった。
が、数騎のサーヴァントは、何故だか爆発のぎりぎりまでバーサーカーの近くに留まっており、一度カルナが抹殺に赴いたルーラーに至っては、何と巨人の宝具を正面から受け止めた。
しかし、ルーラーは彼女の宝具によってバーサーカー渾身の一撃を耐え抜いたのだ。
草原に一人立つルーラーを見て、救国の聖女とはああいう者をいうのか、とカルナは思う。
カルナにとってよく知った気配の持ち主もまた、あのルーラーの近くに爆発の寸前まで留まっていた。戦う者としての自分の技量の程などよく知っているはずなのに、何故勝てないだろうあの異形の巨人に挑んでいたのか不思議だった。
おまけに、一瞬だけ姿を垣間見たホムンクルスも気にかかる。彼からは間違いなく、『焔』の気配がした。
大方、『彼女』は自分の宝具の一部を切り裂いて与えたのだろう。カルナには、その理由も想像できた。
『焔』の持ち主は、子どもが辛い目に遭うことには耐えられない質だった。だから、あの無垢なるホムンクルスを子どもと見てしまって、彼に護りを与えたのだ。
そんな考えなど、ホムンクルスを尖兵にしている“黒”として戦う以上、枷にしかならないと知っていながら、『彼女』はそうしてしまったのだ。
―――――その甘さ、変わっていないな。いや、
加えて、宝具を人に与え、自分が弱くなればどうするのだろうかと思う。
しかし、遠い日の泣き顔がよぎり、全く以て自分に言えたことではなかった、とカルナはそこで思考を打ち切った。
何はともあれ、ここまでの戦いでサーヴァントの被害は、あの“赤”のバーサーカー一騎。
ミレニア城塞は半壊してしまったが、“黒”のサーヴァントたちは一騎も欠けることなく草原に散っており、一方のセイバーとバーサーカーを除く“赤”の面々は空中庭園へ戻っていた。
彼らを招集したのは玉座に陣取る女帝、セミラミス。
「ふむ、皆揃うたか。結構。それではこれより、我はあの城から聖杯を奪う。お主らには、その邪魔をしてくる“黒”のサーヴァントどもを相手にしてもらおうか」
尊大で有無を言わさない口調で、セミラミスは微笑む。
「それはいいんだが女帝さんよ。奪うったってどうするんだ?」
ライダー、アキレウスが胡散臭そうだという目をして聞く。
ヴラドを相手取っていたアタランテは、カルナと同じく何も言わなかったが、訝し気ではあった。
彼らとは逆に、種を知っているセミラミスのマスター、シロウは微笑み、シェイクスピアは玩具を前にした幼子のように目をきらめかせている。
「見ておけば分かるさ。我が宝具、『虚栄の空中庭園』があれば、そのようなことは造作もないのだ。しかと目に焼き付けよ、矮小なる魔術師どもよ。――――これが、我が魔術の真なる領域だ」
セミラミスの言葉と共に、空中庭園から竜巻が生じる。
竜巻はミレニア城塞へと接続し、膨大な魔力の塊を引き寄せだした。
言った通り、彼女はミレニア城塞の奥深くから聖杯を引きずり出すのだ。じわりじわりと姿を現し始めた大聖杯に、サーヴァントたちは皆驚愕した。
何しろ万能の願望器なのだからそれ相応のものだとは思っていた。が、予想よりずっと聖杯にため込まれた魔力の密度は異常だった。あれなら確かに、ありとあらゆる願いを叶えるかもしれないと思うほどに。
今よりはるかに神秘色濃い神代に生きていた三騎士ですらそう感じたのだから、近代に近いシェイクスピアに至っては興奮しきりだった。
だが、魔術を操っている当のセミラミスは、面倒そうに舌打ちをした。
「……完全に霊脈と癒着しておるな。引きはがすには手間がかかる。そら、サーヴァントどもが来るぞ、迎え撃つのだ」
「汝などに言われるまでもなくそのつもりだ」
天穹の弓を携えてアタランテは玉座の間から走り去り、アキレウスもその後に続く。
槍を手にしたカルナも半歩遅れて動こうとして、セミラミスに呼び止められた。
「ランサー。一つだけ言ってやろう。ここはルーマニアではない。それに留意して存分に戦うがいい。存分にな。敵を撃ち漏らすなよ」
「……無論だ」
その間にも、地上に顕現した太陽に匹敵するような高魔力が、ミレニア城塞から庭園へと引き寄せられている。
“黒”のサーヴァントたちも驚きはしたようだが、次々空中庭園へと向かってくる。
生まれてこの方、戦士である自分は来る戦いに憂いを抱いたことは無い。が、この一瞬だけ見えないで済むならそうしたいと思ってしまう敵もいるものなのだと、カルナは初めて思った。
ああ驚いた、と単純にアサシンは生き残った事実に感謝した。
ルーラーの指示に従い、霊体化して“赤”のバーサーカーから離れなければ爆発に飲み込まれていただろう。
アサシンは自分が打たれ弱いことは知っている。怪我を治すことは得意でも、体が人間の範疇をはるかに置き去りにして頑丈というわけではないのだ。
おまけに情けないことに、アサシンは鎧や盾や、そういう道具を使いながら戦うと力がないせいで動きが鈍くなってしまう。
半分はヒトでないからか、生前から並みの男よりはよほど頑丈にできていたが、さすがに戦場から離れたミレニア城塞すら壊したスパルタクスの宝具を食らえば、間違いなく塵になっていただろう。
そう、ミレニア城塞は半ば壊れかけて、とそこまで考え、アサシンは泡を食って念話を繋げた。
『マスター、マスター!無事ですか!?』
『……わたしは無事。他のマスターさんたちもみんな平気よ。ライダーのマスターだけここにはいないけど、生きてはいるようよ。アサシンは大丈夫?』
ひとまず耳慣れた玲霞の声に安堵する。
彼女がユグドミレニアの魔術師と共にいた部屋は何とか破壊を免れた。今のところ、ゴーレムは根こそぎガラクタになりホムンクルスもほとんどが命を落としたが、サーヴァントは皆無事ということは確認された。
ライダーのマスターは確か、セレニケとか言う黒魔術師だった。どうしてこの状況で城から離れるのか気にはなったが、それよりも重要なことがあった。
『私は平気ですが、そちらへ戻った方がいいですか?』
『そのことなんだけどね、今、フィオレって子から言われたの。……あなたには空中庭園へ向かって欲しいって』
『……了解です』
念話を切り、見上げた空に浮かぶは、月の煌めき犯す巨大庭園。
正直なところ、ごてごてとした装飾をたくさんくっ付けていて悪趣味だと思う。空中庭園に邪魔されてしまって、星々がよく見えないのも嫌だった。それに美しさで言うなら、昔に見た都の宮殿の足元にも及ばない。
――――――ああ、自分は目を逸らしている。
空中庭園に控えるは六騎の“赤”のサーヴァント。
その中に誰がいるか、そんなことはとっくに分かっている。
それでも行かないと、結局のところ何も始まらない。
――――――行こう。
背中、肩の骨の辺りに体中の熱を集めた。自分ではよく見えないが、今アサシンの背中には青い焔が翼のように生えている。本当に、自分の宝具は自由な使い方ができて良かった。
一つ羽ばたくと、アサシンの体は浮き上がった。これなら空中庭園まで届くだろう。
よし、とアサシンは呟き翼を広げて飛び立った。
“黒”のサーヴァントたちが空中庭園へ到達する。
“黒”のランサー、アーチャー、セイバー、キャスターは、ほぼ四騎同時に空中庭園へたどり着いた。未だバーサーカー、ライダー、アサシンたちはたどり着いていなかったが、彼らの到着を待つ余裕など“黒”側にはなかった。
こうしている間にも、刻一刻と大聖杯が城塞から引きはがされつつあるのだ。
悲願を抱いて参戦した彼らにとってもマスターにとっても、正しく一大事だった。
“黒”のサーヴァントと対するのは、“赤”のアーチャー、ライダー、ランサー。そして竜牙兵たちだ。
場所を庭園へと移ったものの、彼らは草原での戦いと同じように戦いを始めた。
だが、そのうちの一騎、“黒”のランサーたるヴラド、知名度の恩恵を最も強く受け、“赤”のアーチャーを圧倒していた彼は、自らの異変に気付いた。
力が先ほどのように出ないのだ。地上での“黒”のランサーを十とするなら、今の彼は六割の力しか出すことができない。
彼は知らぬことだったが、空中庭園はセミラミスの領域でそこに踏み入ったサーヴァントは、セミラミス以外知名度による恩恵を奪われる。
元から知名度がない例外は別として、大概のサーヴァントは弱体化するのを避けられない。
ルーマニアでの護国の王という歴史と人々の畏怖の念を、一級のサーヴァントにも匹敵するステータスという力に変えて、“黒”のランサーは戦っていた。それがなくなってしまえば、彼は格段に力が落ちる。
ヴラド公は人を統べる者であって戦う者ではない。だから、生涯を狩りや戦いに身を置いていた戦士のサーヴァントとぶつかれば、どうしても旗色が悪くなるのは当然だった。
「どうした串刺し公、以前のようにはいかぬのか?」
「ほざけ……!」
それでも、“黒”のランサーは杭を射出して“赤”のアーチャーを狙う。アーチャーは、弓でそれを打ち砕いて矢をお見舞いする。ランサーは杭を盾のように召喚して飛来する矢を防ぐが、その守りすら先ほどと比べると勢いに欠けていた。
けれど、背を向けて撤退することは、彼の誇りが許さなかった。撤退すれば命は拾えるだろうが、大聖杯は確実に奪われる。それは認められない。
彼の将たるアーチャーやセイバーは、それぞれの敵と戦っており、救援に行こうにも相手がそれを許してはくれない。
まさにヴラドは絶体絶命だった。自分自身の死を、二度目の生の終わりを、彼はすぐ先のものとして受け止めかけていた。
だが、それを良しとしない者、ヴラド以上に勝利に執着する悪魔のような存在が、この戦場にはいた。
「いいえ、まだ勝てないわけではありません」
ふわりと戦場を見下ろせる柱の上に着地したのは、“黒”のランサーがマスター、ダーニック。
ミレニア城塞からこの空中庭園まで、魔術を用いて乗り込んできた彼にサーヴァントたちは驚く。マスターが一人でのこのこと何をしに来たのだ、と。
だがダーニックは、ただヴラドにだけ意識を向けていた。
「あなたのその二つ目の宝具があれば、容易く勝てましょう」
ダーニックはそう宣い、ヴラドの目が針のように細くなった。
アタランテの一撃をはじき返して、ヴラドはダーニックの側へ跳躍する。その顔には、隠しきれない憤怒の色があった。
「ダーニック、貴様、余に何と申した?」
「知れたこと、あなたの宝具、『鮮血の伝承』を解放せよと言ったのです。大聖杯を渡すわけにはいかない。それはあなたも分かっているでしょう?」
「――――ふざけるな!ダーニック、余はあの宝具を使って怪物に堕ちようなどとは考えておらん!そのような外道になってまで手に入れる聖杯に、価値などあるものか!」
激昂するヴラドとは逆に、ダーニックはどこまでも冷徹だった。
彼にとって大切なことは聖杯を正しく起動させ、自分の悲願を叶えること。それ以外はどうでも良かったのだ。
それが少しでも危ぶまれるなら、彼は容赦などしない。
ケイローンはアキレウス、ジークフリートはカルナを下すのに全力でこのままでは大聖杯の奪取は怪しい。他の三騎は彼らと比べれば数値的には弱く、藁の楯にも矛にもなりはしないとダーニックは考えた。
だから彼は、酷薄な笑みを浮かべて令呪輝く手を掲げた。
「令呪を以て命ず―――――。“黒”のランサーよ、宝具『鮮血の伝承』を発動せよ」
ヴラドが憤怒の叫びを上げ、ダーニックは笑みを浮かべた。
「続けて令呪を以て命ず。―――――ランサーよ、大聖杯を手に入れるまで生き続けろ」
ここでヴラドは、怒りと共にダーニックの心臓を貫手で抉った。
それでもダーニックは倒れず、最後の執念で第三の令呪を使った。
「ははは!これは失敬!だがヴラド三世よ、貴様の願いなどどうでもいい!このときより我が悲願を果たすために、吸血鬼として、血塗られた怪物として存在せよ!―――――我が魂を、その存在に刻みつけろ、ランサー!」
その場の全員が、ダーニックの叫びに気をとられた。
「ダーニック――――貴様ァァァァァッ!」
ダーニックの血がこびりついた顔を歪め、両手で顔を覆ってヴラドは絶叫した。だが、見る見るうちに彼の姿は別のものへ変わっていった。
変化の時間はごく短いもので、次にヴラドが顔を上げたとき、その面貌に、かつての冷徹だが誇り高い為政者の面影はなかった。
「領王……いや、今のあなたは違うのか。だが、魂を取り込むなど―――――」
ジークフリートの呟きに、ヴラドだった何者かは答えた。
「その通りさ。令呪で縛っても、英霊の魂を魔術師が取り込むことなどは、不可能。だが、魂にその存在を刻むこと、なら、できる」
「ではお前は英霊でも、魔術師でもない無銘の怪物―――――吸血鬼となり果てたのか」
“赤”のランサーの静かな物言いに、怪物はにやりと唇の端を吊り上げた。
「そうとも、だがそれが何だという!私は聖杯を手に入れるための存在となった、聖杯を手に入れるまで、我は止まりはせんよ!」
怪物の輪郭が寸の間ぶれ、下からヴラドの面影が一瞬覗いた。
「やめろ、やめろやめろ!やめてくれ、余はワラキアの王ヴラド二世が息子―――――余の中に、入ってくるなァァァァァッ!」
ヴラドの声で絶叫する怪物に向け、その瞬間ジークフリートが疾駆した。
短い期間とはいえ、彼はヴラドに仕えた。誇り高き王に仕える臣下の礼を取っていた身としては、これ以上怪物と化していく“黒”のランサーの絶叫など聞いていられなかったのだ。
大剣バルムンクが振るわれ、怪物の心臓を刺し貫く。
「何―――?」
だがその手ごたえの無さに、ジークフリートは声を上げる。
バルムンクで急所である心臓を貫かれたというのに、怪物は崩れ落ちすらしない。それどころか、その体を霧へ変える。黒い霧は、天井近くに浮かび上がると再び人の形を取った。
「なるほどな。あれは最早吸血鬼というわけか」
「どういうことなんだよ、ランサー!」
「つまりあれは―――――心臓を砕いた程度では死なない、伝説の怪物になったということですよ、ライダー」
アーチャー、ケイローンは冷静に述べた。
ヴラドの宝具、『鮮血の伝承』は世界の伝説の中で生きる吸血鬼へとヴラドを変化させる宝具。
だが、自分の吸血鬼としての汚名をそそぐことが願いであるヴラドは、この宝具の使用を認めてはいなかった。だが、それがひとたび発動させられればどうなるか。
目の前の怪物がその答えだった。いや、ダーニックの魂の欠片がとりついた分よほどおぞましいモノとなっているだろう。
姿を霧に変え、動物に変身し、人を凌駕する身体能力で血を啜る化け物は、天井に張り付くようにしてサーヴァントたちを見下ろしていた。
だが、サーヴァントたちに襲い掛かるでもなく、聖杯の方へ向かうでもなく、彼はその場に留まっていた。
「ふむ、これでは些か足りない、か。ならば、別の獲物が必要だ、な」
そして呟きと共に、姿を霧へと変えて消え失せる。気配までが消え失せ、静寂が訪れた。
「足りない―――――?」
ケイローンが首を捻り、すぐに何かに気付いたように顔を上げた。
「聖杯に取り込まれた、サーヴァントの数か……!」
翻って見ると、ここまでの戦闘で脱落したのは“赤”のバーサーカー一騎のみ。
それだけでは、いくら強引にするにしても聖杯を起動させるには足りないはずだ。せめてあと一騎は必要だろう。
吸血鬼はそれを悟り、だがこの場でどれか一騎を討ち取るのは難しいと判断して退いたのだ。恐らく、他に狙えるサーヴァントを感知したために。
「って、結局何なんだあれは。どうあれありゃ、神から外れた化け物だろ」
「……ええ。彼が聖杯を起動させれば、少なくともこの地は壊滅するでしょうね。――――人は死に、血を求めて彷徨うグールが闊歩する魔境になるでしょう」
ケイローンの冷静な分析に、サーヴァントたちの間に奇妙な沈黙が満ちる。
本来なら聖杯を巡って争う間柄だが、彼らは英雄。性質として、悪鬼の類は打倒すべきものだと、本能的に感じ取っていた。
「ふむ、ならばあれを打ち倒すのが先か―――――共闘するか?」
アタランテが肩を竦めて言い、各自が頷いた。
「獲物を見つけたと言っていたな。あれは、こっちに向かって来てる僕たちの側のサーヴァントの誰かじゃないのかい?」
ぼそりと、これまで黙り込んでゴーレムを操っていたキャスター、アヴィケブロンが言う。
だが、それに誰かが反応する前に、場に一人のサーヴァントが新たに飛び込んできた。
金髪の少女、ルーラー、ジャンヌ・ダルク。彼女は先ほどここに生じた吸血鬼を察知して、ここまで駆けてきた来た彼女は、状況を整理するため辺りを見回す。
「あの、先ほどの気配は――――?」
「……説明は後だ。ルーラー。“黒”の残りの三騎の位置を早急に知りたい」
勘の良いルーラーは、カルナの言い方と他のサーヴァントたちの雰囲気から何かを察したように頷いた。
以下、些細な話。
主人公幸運Eに設定してますが、実のところは敏捷値上げた分、他を下げた方がいいだろと思っただけだったり。