暑さが若干和らぎ、嬉しい限り。
誤字報告してくださる方、いつもありがとうございます。
時は少し遡り、まだ大統王の謁見室での乱戦が始まる前のこと。
城の門前で槍を構えたカルナと大剣バルムンクを構えたジークフリートは向き合っていた。
どちらかがほんの少しでも動けば、戦いはその瞬間に始まるだろうと思わせる緊張感が辺りを満たし、機械化兵すら彼ら二人を遠巻きにするだけだった。
瞬間、どこか城の中で物が壊れる渇いた音が響き、それを号砲にカルナとジークフリートは激突した。
カルナが槍を下から掬い上げるように伸ばせば、ジークフリートは中段に構えていたバルムンクでその槍を弾いて、槍を抑える。
そこに込められた力の余波だけで、土がもうもうと舞い上がった。
得物を抑えられてはならないとカルナが槍を回転させ、槍の石突きをジークフリートの脳天に降り下ろそうとするが、ジークフリートは剣から片手を放して槍の殴打を受け止めた。頑健さを誇るジークフリートだからこそできる荒業で、並みの者なら腕の骨が砕け散っていただろう。
それで槍を抑え付けていた力は無くなり、カルナは槍を手元に引き戻して距離をとった。
ジークフリートもほぼ同時に後ろに跳びすさり、二人の間に距離が開く。
「こうして貴公と戦うのは二度……いや、三度目か」
バルムンクを下ろさないままにジークフリートが口を開き、カルナも槍を構えたまま首肯した。
「そうだな。そして一度目も二度目も勝負は決しなかったな」
「ああ。今回こそは死力を尽くして決着をつけようと言いたいが、そうもいくまい」
カルナとジークフリートが本気で戦えば、この城がただでは済まない。それはどちらも分かっていた。
サーヴァントたちやマシュが守っている白斗は無事だろうが、機械化兵や一般兵はそうもいかないだろう。大英雄であればこそ、全力の戦いなどそうは行えないのだ。尤も、同じことは今、城の中に侵入しているカルデア一行、とりわけラーマやスカサハにも言えるのだが。
ままならぬものだと、カルナは数日前の戦いを思い起こしかけ、すぐに意識を戻した。
他に意識を向けたまま相手ができるほど竜殺しは甘くない。
動きが止まり、言葉を交わしたのは瞬く間だけのこと。再び槍と剣が火花を散らして交わる。
斬撃、刺突、払い、蹴りに、魔力放出の炎。
それら全てが組み合わさり、辺りに破壊を生み出しながらカルナとジークフリートの戦いは続く。
城の中から一際大きな轟音が轟いたのは、二人が何度目かのせめぎ合いに入ったところだった。
城の上の階からの轟音に兵士たちが驚きの声を上げると同時、城の壁の一部が中から弾けた。
瓦礫が雨あられと降り落ち、カルナとジークフリートは双方得物を引いて後ろへ跳んだ。
大砲から撃たれた砲弾のように、その穴から宙へと飛び出してきたのはキャスターとエレナ。二人は瓦礫と共にくるくると風に舞う木の葉のように回りながら落下し、地面に叩き付けられる寸前に、双方風を吹かせて地面に軟着陸した。そこはちょうど向き合うカルナとジークフリートの間だった。
「びっくりしたぁ!」
エレナはばね仕掛けの人形のようにぴょんと立ち上がり、 キャスターは頭を振りながら体の調子を確かめるように伸びをした 。
「容赦なく巻き込まれましたね」
吹き飛ばされた拍子に、地面に落ちたエレナの帽子を拾い土埃を払って手渡してから、キャスターは城、正確に言えば自分たちの落ちてきた穴を仰ぎ見た。
「ありがとキャスター。あら、ジークフリートにカルナじゃない」
「……またえらい所に落下しましたね」
ジークフリートはバルムンクを引き、エレナに問うた。
「……すまない、状況がどうなったのか聞いていいか?」
「どうもこうもないわ。フローレンスとラーマがエジソンをぶっ飛ばしちゃったのよ」
謁見室で始まったカルデア側と西部合衆国側の戦いで、エレナとキャスターは魔術師と呪術師として正面から戦っていたのだが、そこへラーマの放った軽いブラフマーストラとナイチンゲールの拳を食らい、吹き飛ばされてきたのがエジソン。
彼の巨体を魔術と呪術で受け止めたまでは良かったが、筋力の足りない二人は衝撃で飛ばされて城の壁をぶち破ってしまったのだという。
「今頃はもう決着も付いているでしょうね」
「そうね。多分フローレンスにもう治療されてるわよ。というか室内でブラフマーストラって、何考えてるのよあの王子さまは!」
「ちゃんと手加減はしてましたよ、ラーマさんは」
「当たり前よ、もう!少なくともブラフマーストラは室内用の武器じゃないでしょう」
「室内での放電も似たり寄ったりじゃないでしょうか。あと、私たちもどかんばこんと撃ち合いしましたし」
「あー、それを言われると弱いわね」
どこかピントがずれたまま、丁々発止とやり合うエレナとキャスターの掛け合いに、場の緊張していた空気がもうどこかへ行ってしまっていた。
「と、そういうわけだからジークフリートにカルナ、戦いはちょっと終了。一旦部屋に戻るわよ。悪いわね」
「……構わんが」
「仕方あるまい」
エレナは魔導書を、カルナは槍を消し、ジークフリートはバルムンクを、キャスターは自分の剣を鞘に収めた。
「とりあえず、謁見室まで戻りましょう」
「そうね。ここで待っていても仕方ないわ」
四人のサーヴァントは壁を蹴って登り、謁見室に空いた穴から部屋に戻った。
そこにあったのは、何故か泡を吹いて倒れているエジソンと油や部品を撒き散らしている機械化兵、その周りに佇むカルデア一行だった。
「……マスター。あの、これは一体?エジソンさんが水揚げされた魚のようになっていますが」
「あ、キャスターにカルナ!無事でよかった。えーと、ナイチンゲールが―――――」
キャスター共々エレナまでもが吹っ飛ばされ、追い詰められて強化薬なる怪しげな薬を飲もうとしたエジソンに、ナイチンゲールがそのようにいつまでも非合理的に戦おうとするから、あなたは同じ天才としてニコラ・テスラに敗北するのです、と言ったとたんに倒れてしまったんだ、と白斗は手でエジソンを示した。
「分かったわ。エジソンにとって一番重いの言っちゃったのね。それはこうなって当たり前よ」
「怪しげな薬を飲むのを止めてくれたのは感謝すべきだし、治療行為とは分かっているが……少し手加減してほしかったな」
エレナが呆れ顔で肩を落とし、ジークフリートはすまなそうに目を伏せて言った。
びくびくと痙攣していたエジソンが正にそのとき膝をついて立ち上がった。
「案ずるなエレナくん、ジークフリートくん。だが私はここまでやられてしまった」
「みたいね。でも、ラーマーヤナの英雄と鋼鉄の看護師相手に奮戦したじゃない」
「そう言ってくれるのは嬉しいよ。―――――認めよう、私は確かにちょっと道を違えていたようだ」
自分の過ちをちょっと、と言うエジソンを見るキャスターの目には何かを懐かしむ色が浮かんでいた。
「やっぱり……似ていますね」
「そうだな。ジークフリートが手を貸していたのも頷ける。世界そのものからして異なる発明王にかつての友が重なるとは……。これもサーヴァントの宿業か」
「そこは宿業ではなくてせめて果報と言いましょう。ドゥリーヨダナ様が嘆きますよ」
キャスターとカルナがぼそぼそ話す間にも、エジソンたちと白斗、それにナイチンゲールの話は進んでいく。
予想通りというか予定通りと言うべきか、エジソンたちとカルデアとはケルトに立ち向かうために共闘することとなった。
交渉の余地が全く存在せず、ケルトに勝つか負けるかという二択しかないこの特異点の戦争において、西部合衆国単体でもカルデア単体でもケルトに勝つのは難しい以上、手を組むのは必然の流れでここまで鎬を削って戦う必要は無かったかもしれない。
それでも互いを信頼するためと考えるなら、この戦いは必要であって無駄ではなかったし、そうであってほしいとキャスターは思う。
信頼しあっていない味方など敵より万倍厄介なのだから。
ケルトに対する具体的な作戦なり対抗策なりを、今この場で持っているものはいない。いないけれど、この場の皆で考えればきっと何とかなるはずだ、と白斗は言ってエジソンと固く握手を交わした。
「王様一人が決めるんじゃなくて大勢で決めるってか。これが合衆国の本領って奴かねぇ」
王の圧政に抗って英霊となったロビンフッドは物珍しそうにその様を見ていた。
「数多の国の数多の人間が集まって形を成した国、イ・プルーリバス・ウナム、か。確かにこういう形の国を見られるのもサーヴァントになった果報かもしれないな」
終生ただ一人の王に仕え、その命をもって長きに渡る争いを終わらせた射手も、雲一つない晴天のようにからりと言った。
彼らの見守る中、白斗をアメリカ西部合衆国の副大統領に任命したエジソンはそっくり返って、世界を救うための会議の開催を宣言した。
そういう仕草をしてもちっとも不快になるような、傲慢さを与えず、むしろ人を惹き付ける辺りがエジソンの人徳なのかもしれないな、とキャスターは考えた。
天井やら絨毯が穴だらけの煤まみれで、壁に大穴が空いている部屋でなければさらに格好良かったかも、とも思ったが、そこは言わぬが花だろう。壁に大穴を空けたのは他ならぬキャスターとエレナであるし。
そうして、エレナの使い魔が人数分の椅子や長机を運び壁の穴を急拵えで塞いで、何とか会議を始められる運びとなった。
「では諸君!改めて、世界を救うための会議を始めよう!」
議長席に座ったエジソンが大声で宣い、エリザベートがはい、と天を突く勢いで手を上げた。
「全員で攻め込んで殴るのよ!それしかないわ!」
単純明快な発案だった。
とはいえ、それが出来るならエジソンやカルデアがとっくにやっており、出来ないからこそ手を組むという話にもなったのだ。
故にエジソンの答えも速かった。
「超却下である!」
「何でよー!」
「はいはい、エリエリの案はともかく置いといて、一旦状況を整理しましょう。地図をちょうだい」
飛んできたエレナの使い魔が卓の上に半分が青、半分が赤に塗られた地図を広げた。
「赤がケルト、青が私たちですか」
「その通りよ。シータ王女。こう見れば分かると思うけど膠着状態なの。あなたたちが来なければ、押し負けていたのは事実ね」
「とはいえこの大地の心臓は守り抜いています。エジソン、あなたたちの為した、兵力で前線を押し返す治療法は間違いではなかった。ただここから先は、それでは通用しなくなるという話です」
では改めて敵と私たちの戦力の確認をしましょう、とナイチンゲールは言い、マシュとドクターが戦力を述べた。
あちら側のサーヴァントは、ベオウルフ、ディルムッド・オディナ、フィン・マックール、聖杯を持つメイヴと、師であるスカサハですら手に余るようになったクー・フーリン。
こちら側のサーヴァントは、野良のサーヴァントとしてエジソン、エレナ、ジークフリート、エリザベート、ロビンフッド、ラーマ、シータ、スカサハ、ナイチンゲール、キャスター。
カルデア側のサーヴァントはといえばマシュ、カルナ、アーラシュ。
所在不明のサーヴァントとして李書文がいるが、当然あてにはできない。
サーヴァントの数だけで言うならこちらはあちらより上だが、問題はその他の兵力である。
実質的に補充無限という反則染みたシャドウサーヴァントとケルト兵、竜を始めとしたモンスターにエネミー。
彼らによってかかられれば、並みのサーヴァントは危うくなる。
エジソンやエレナ、ジークフリートの予想では、ケルト側はこれらを率いて南北二つのルートから侵入するとのことだった。今は不気味に沈黙しているが、攻撃の準備段階をしているのだろう。
「今の均衡が崩れれば時代が死んでしまう。それを避けるには、ケルトを食い止めつつケルトの聖杯を取りに行く」
「そのために陽動と本命とに戦力を分け、一方はケルトの侵入を食い止め、一方はワシントンにまで攻め上って王をとる」
キャスターとカルナが代わる代わる謳うように呟き、スカサハがうむ、と頷いた。
「それが妥当だろうな。ここには私を含めて一騎当千と言える複数のサーヴァントがおる。戦力を二つに分けてもぎりぎり何とかなろう。となると問題は組み合わせか」
出たとこ勝負の感は否めないにしろ、誰をどちらに配置するかがこの作戦の要だろう。
とはいえ、すぐに納得のいく配置など誰も言い出せない。
場にどことなく弛緩した空気が流れ、それを遮ってエリザベートが口を開いた。
「要するに、今ってサーヴァントの配置が問題なのよね」
「それはそうだが、エリザベート、お主に何か策があるのか?」
「アタシには無いけど、でもサーヴァントに関して一番詳しいのならそこにいるじゃない」
そこ、と言ったエリザベートの指が指したのは、エジソンの隣に座っているせいで小さな子供のように見えてしまっている白斗だった。
「お、俺?」
「そうよ。この中でサーヴァントに一番詳しいのはアンタだもの。フランスとかローマとか、それにアタシの知らないところでもあちこちで戦ったんでしょ」
そういうアンタにならアタシたちをどう配置するかも任せられるわ、とエリザベートは言った。
「俺でいい、のかな?」
「はい、良いと思います。先輩」
マシュはそう言ったが、受ける白斗は戸惑っているようだった。
しかし場の誰からも異論はない。この場で一番中立にものを見ることができ、サーヴァントをよく知るのは白斗なのだ。
「……分かった。でも時間をくれ。すぐには決められないから」
ついに白斗はそう言って頷き、会議は閉幕となった。
決まったことは、白斗はサーヴァントの配置を決め、エジソンは機械化兵を整えるということと、兵站などその他諸々の事柄。
何にせよ、決戦の始まりは明日となった。
各自解散となって全員が卓を離れる中、どこか浮かない思案顔のキャスターとその向かいに座る無表情のカルナは最後まで席に残っていた。
エレナとキャスターが会話するとノリが軽くなり、かつギャグ調になるのは何故だ。