―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~   作:NEW WINDのN

64 / 70
シーズン4第12話『グリーン・アロー前編』

「ようこそ、お待ちしておりました」

「やはり来ましたか。どうしても我々の相手になるということですね」

 奇怪な仮面をつけたスーツの悪魔ヤルダバオト……イビルアイが“魔王”と呼んだ存在だ。正体はナザリック第七階層守護者デミウルゴスである。

 その隣には漆黒のヘルムに薄いグレーの仮面。袖のない革ジャンから見える太い二の腕には黒い天使の羽のタトゥーが入っている黒き戦闘者ブラック・バトラーが控えている。彼はナザリックの執事(バトラー)であるセバス・チャンが、“世を忍ぶ仮の姿”として用意した仮初(かりそめ)の姿である。

 

「……ああ。王都を貴様らの好きにはさせん」

 漆黒の英雄モモン――もちろん中身はパンドラズ・アクターである――が低い声で答えた。

「ヤルダバオト、そしてブラック・バトラー。貴様らは王都を(けが)した! その罪償ってもらおう」

 アローに変身しているアインズは、弓を構えながら決め台詞を放った。

 

「アローさん……素敵です……私も決め台詞を考えなくちゃ!」

「モモンさんも凛々しいな」

 なぜか一緒についてきたラキュースとイビルアイがやや遠目から二人を見つめていた。

「ふう。何故私がこのような者たちのお守りを……」

 その二人の隣に立っているナーベ ――その正体はナザリックの戦闘メイド(プレアデス)の一人ナーベラル・ガンマが溜息をついた。

 

 

 

「ヤルダバオト! 貴殿は私が相手しよう。1対1(サシ)で勝負といこう」

 右のグレートソードを突きつけて、モモンが宣言する。

「ふふ……いいでしょう。挑戦をお受けいたします。モモンさん」

 ヤルダバオトの表情は仮面に隠れているためわからないが、声は楽しげであった。

 

『アインズ様、ここは距離をとるべきです。目を分散させておく必要がございますので。こちらは上手く演じてみせますのでお任せを』

『うむ。任せたぞ、パンドラズ・アクター』

 アインズとパンドラズ・アクターはお馴染みとなった〈伝言(メッセージ)〉で連絡を取り合う。

(もはや直通回線(ホットライン)に改名すべきか?)

 それくらいパンドラズ・アクターと連絡を取り合っている気がしていた。

 

 

「今度は、本気で行かせていただきますよ、アロー様」

「それは楽しみだな。こちらも本気を見せてやろう、せ……せいぜい頑張るんだな、ブラック・バトラーよ」

 一瞬セバスと言いかけて無理やりセリフを変更する。

(やれやれ。これではナーベラルの事を言えないな。気をつけねばいかん)

 アインズは自分のミスに苦笑し、気を引き締めなおす。

 

「それは嬉しゅうございますな。私もなかなか100%の力を発揮する機会がないものですから」

「それは私も同じだ。あちら側で始めようか」

 アインズは広場の左手側を顎で指し示し、場所の移動を促した。

「よいでしょう、そこが貴方様の墓場となるということですね」

 二人はゆっくりと歩いて20メートルほど移動する。この間にヤルダバオトとモモンの戦闘が始まっており、金属がぶつかりあう音が聞こえてくる。

 所定の場所へと移動し、二人は向かい合う。その距離は約10メートルといったところか。

 

「では、参りますよ、アロー様」

 ブラック・バトラーは、左手を顔の前に構えて軽く握り、腰のところで右拳をため、気合いを漲らせた。放たれる殺気は常人ならそれだけで倒すことができる程の威圧感を伴っているが、さすがにアインズには通じない。

「……さすがだな、隙のない構えだ」

 アインズはブラック・バトラーの背後に、かつての仲間“たっち・みー”の姿を見る。たっち・みーは、PK行為にあっていたアインズを救った恩人であり、そして友人であり倒すべき目標となる人物だった。アインズは、実際に何度も、たっち・みーとPVP(タイマン)で戦っている。

(たっちさんとは、職業は違うけど隙のなさって部分では同等クラスだよな。魔法を使う戦いなら、私がセバスに負けることはないが、アローとして戦って勝てる相手かどうかはわからないな。だが、それも含めて楽しみだ)

 フルパワーを出しても簡単に壊れない相手だ。どんなことが出来るのか、アインズは楽しみにしていた。

「行くぞ、ブラック・バトラー! 私の矢を受け止めることができるかな?」

 アインズは、素早く弓を構え、10連射。一般の人間が見れば、いつ矢を(つが)えているのかわからないほどのスピードでの連射だった。

「フッ!」

 だが、ブラック・バトラーは、それを全て左手一本でキャッチし、束となった矢をアインズにみせつける。

「噂に聞く“緑衣の弓矢神”も存外たいしたことがないですね。この程度の児戯では私は倒せませんよ」

「それはどうかな?」

 ブラック・バトラーが掴んでいた矢の束が突然爆発する。特殊技能(スキル)爆発する矢(エクスプロージョン・アロー)〉である。

 閃光とともに大地がビリビリと震え、空気が引き裂かれるかのような轟音が闇夜に響き渡った。

 しかし風が煙を押し流すと、無傷のブラック・バトラーの姿が現れる。

 

特殊技能(スキル)ですか。ちょっとだけ驚きはしましたが、どうやら煙を巻き上げるだけのくだらない技だったようですね……」

 ブラック・バトラーの声は冷静そのもので、ダメージを受けている様子はない。“ちょっとだけ”のところで左手の親指と人差し指の間を1センチほど広げ、この程度だと挑発する。

「“ちょっとした”挨拶代わりさ。ま、油断はよくないということを伝えたかっただけだ」

 アインズとしては、セバスがこの程度でダメージを受けることはないと理解していた。それをわかった上での派手な一撃(パフォーマンス)だった。今の轟音は王都全域に届いただろうし、目撃者もいる。これくらいの派手さはないと、盛り上がりにかけるというものだ。

「少々服が焦げてしまいましたな。もったいないですが……」

 ブラック・バトラーは、ボロボロになった皮ジャンを脱ぎ捨て、その鍛えられた鋼の肉体を晒した。ピンと一本筋を通った綺麗な立ち姿と相まって、磨き上げられた刀剣のような印象を受ける。

 

「いきますぞっ!!」

 ブラック・バトラーは、右脚で地面を蹴って一気に距離を詰め、右拳で殴りかかる。

「ふんっ!」

 アローも同じく右脚で地面を蹴って突っ込み、まったく同じように右の拳で迎撃する。お互いの拳同士がぶつかり合い、火花が散った。

「うおっ!」

「おおっ!」

 二人とも同じ距離……5メートルほど弾き飛ばされ、ズザザッ! という土を削る音をともに踏みとどまる。彼我の距離は1()0()()()()()だ。

「振り出しに戻るか」

「やり直しということですな」

 二人は、もう一度拳を握りこんでから突撃を敢行する。

「せやあああっ!!  ぬあっ!!」

「とりゃあああっ!! くうっ!!」

 気合いをともに拳を振るうが、再び拳同士が激突し、先程と同じように二人とも弾き飛ばされ、またもやスタート位置へと戻ってしまう。

 

「チッ、またか!」

「パワーは五分というところですかな?」

 しかし、ブラック・バトラーの声には余裕がある。

(チッ……セバスの奴、まだフルパワーじゃないな? 奴の職業はモンクだ。一撃の重さでは上だろうよ。こっち手数でカバーするタイプだからな……それにあの(クロー)がある。あれを出されると厄介だな……)

 拳と拳がぶつかった瞬間に(クロー)を出されたら、さすがにダメージを受けるだろうと考える。

(もっとも、セバスの性格からすればそんなやり方はしないだろうが、今はブラック・バトラーだ。セバスが、ブラック・バトラーに対してどんな性格付けをしているかまでは把握していない。一応用心は必要だろう。しかし、楽しいなこういう戦いも。もう少し楽しむとするか)

 結局、真っ向勝負を選択(チョイス)し、今度は静かに距離を詰める。

 

「打ち合いだ!」

「望むところです」

 アインズの左ジャブ連打に対して、ブラック・バトラーは首を左右に動かすだけで見事に避けてみせる。

「隙あり」

 そしての7発目のジャブに被せるようにブラック・バトラーは切れ味鋭い右フックを繰り出す。

「どこがっ!」

 その右フックがヒットする直前に首を右へグルンと回すことで回避する。いわゆるスリッピング・アウェーである。直撃弾を避ける高等技術だ。

「らあああっ!」

 そして避けつつ左の裏拳をカウンター気味に叩きこむ。

「シッ!」

 ブラック・バトラーは、それを左の手刀(チョップ)で叩き落としてしっかりと防いでみせた。

 

「〈空間斬(スペース・ブレイク)〉!」

 今度は右の手刀(チョップ)を袈裟がけに振りおろす。実際の刀よりも鋭い切れ味がありそうな一撃で、実際に手刀(チョップ)の軌道上にある空間を全てスパッ! と断ち切るほどのものだ。

 セバスの創造主であるたっち・みーが使う〈次元断絶(ワールド・ブレイク)〉をイメージした技名がついているが、武技が使用できないので、実際は単なる高速・高威力での袈裟斬り手刀(チョップ)であるが、切れ味は本物だ。並みの相手なら一刀両断できるだろう。

 

「チイッ!」

 アインズはその前腕部に左のヒジをカチあげるように打ち込んで弾き飛ばし、きっちり防御する。

(“空間斬”か。また、その名を聞くことになるとはな)

 アインズは苦笑する。以前六腕の1人ペシュリアンが使ってきたのはインチキ紛《まが》いの技だった。ブラック・バトラーのそれは、はるかに精度の高い技だった。

 

「セイッ!」

 腕を弾きとばされ、ガラ空きとなった顔面へと右のナックルを叩きこむ!

「おっと!」

 それを左手で押し退けるようにして威力を流しつつ、ブラック・バトラーは引き戻した右拳をアインズの腹部へと突き立てる。

「ふんっ!」

 だが、アインズは左のヒジを落として、それを届かせない。

 

「やりますね」

「そちらもな」

 三度(みたび)、拳同士がぶつかり合うが、今度はお互いに一歩も動かずにその場に止まる。

「「せやっ!!」」

 掛け声まで同調(シンクロ)。ここで両者が繰り出したのは右旋回してのスピンキック! 両者の足が同じ高さで激突する。

「ぬおっ!」

「ぐぬっ!」

 ここも両者が踏ん張り、微動だにしない。

「ハアアアッ!」

「イヤアアアッ!」

 逆回転しての左の裏拳もまた交錯し、有効打にはならない。

 

「どうして、ここまで同調(シンクロ)するかな?」

「それはこちらのセリフでございます!」

 体勢を戻した二人が放ったのは右のハイキック。それをそれぞれ左腕でガードし顔面への直撃弾を避ける。

「ならばっ!」

「こうです!!」

 戻した右脚を軸にして、体を横に倒しながら左足で蹴りを放つ。

「なにっ!?」

「またっ!?」

 両者の伸ばした左の足裏が激突! 二人の〈トラースキック〉の威力が相殺される。

「これなら!」

「どうですかっ!」

 引き戻した足を軸にしてから放つ右前蹴りから、左足の前蹴りへとつなぐ二段蹴り! 

「これもかっ!」

「なんと!」

 とにかく技が決まらない。まだお互いに一発も当たっていないし、先程から技が丸被りしている。

(やはり、こういう動きだとついてくるな。少々真っ正直に行き過ぎたか)

 ブラック・バトラー役のセバス・チャンは、素手格闘を得意とするモンクである。蹴り技や拳打を中心とした打撃戦では有効打は奪いにくい。

 

(少々戦略を変える必要がありそうだな)

 

「気配がかわりましたね。何か企んでいらっしゃるようで?」

「これだから近接職という奴は……それにしても人聞きの悪い言い方だな……私は正義の味方だぞ? “策を練っている”といってくれ……あっ」

 アインズは余計なことを言ったと気付く。

「やはりそうでしたか。警戒が必要なようですね」

「ふっ……攻めるにしても、守るにしてもどちらでも、策はあるぞ」

 アインズは適当なことを言ってごまかす。

「よいでしょう。こちらから行かせていただきますよ、アロー様」

 ブラック・バトラーは最初と同様に、左手を顔の前に構えて軽く握り、腰のところで右拳をためる。 

「〈ブラック・ナックル〉!」

 破壊力がケタ違いの右の正拳突きがアインズの顔面を襲う。

「ぬんっ!」

 アインズは右手首を左手で押え、右手で上腕部を挟み込み、相手の勢いを利用して竜巻のような回転を加えた背負い投げ〈竜巻一本背負い〉でブラック・バトラーを地面に叩きつける。

「うぐっ……」

 いきなりの投げ技に対応こそ遅れたものの、受け身をしっかりと取るあたりはさすがだった。ブラック・バトラーのダメージは軽微といえる。

 

「まだっ!」

 超人的な力――レベル100の筋力――で引き起こし、再び落下角度を変えて〈竜巻一本背負い〉! 今度は受け身の取りにくい後頭部から突き刺す。

「ぬっ!」

 首の角度を調整し、ブラック・バトラーはダメージを調整する。

「まだだっ!」

 この後も速度と回転数、そして角度を変えることで受け身のタイミングをずらしながら、〈連続(ロコモーション)式竜巻一本背負い〉を合計10回決めたが、ブラック・バトラーは何事もなかったように立ち上がる。

「効きませんなあ……」

「さすがだな。 この程度で倒せるわけはないと思っていたが……な」

 遠くの建物の中から、破壊音が聞こえてくる。

(デミウルゴスとパンドラズ・アクターは上手くやっているようだな。時間はあと少しというところだろう)

 アインズは残りの時間を計算する。

「さあ、本気でこい。私も持てる全ての力で、ブラック・バトラー! 貴様を退治してやる」

 

 アローVSブラック・バトラーの戦いは、ややアロー優勢で前半戦を終えた。

 

 

  

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。