―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~ 作:NEW WINDのN
「じゃあぁ、みんな荷物を大急ぎで運んでねぇ」
和服調のメイド服をきた美少女――エントマ・ヴァシリッサ・ゼータの号令で、人間よりも大きな蟲達が背中に沢山の荷物を積んで夜空へと飛び立って行く。これはエントマが虫使いの能力で呼び出した蟲達である。
「ふー。ちょっと時間オーバーしたけど、これで任務完了っと」
別に汗などは書いていないが、シニヨンの前髪をかきあげ額の汗を拭うフリをする。彼女が、指揮官であるデミウルゴスから与えられた任務はすでに完了しており、一緒にこの館を襲撃したマーレは、麻薬部門長ヒルマの拉致に成功しこの場を去っていた。
「あ、いっけなあぃ。食べるの忘れてたぁ」
甘ったるい声を出しながら、エントマはわざとらしくコツンと自分の頭を軽く叩くと、片手に持っていた人間の腕を顎の下へ運び、
「うーん、おいちぃ~。い~っつもグリーンビスケットで我慢しているけどぉ。やっぱり人間のお肉は美味しぃ」
骨を避けてある程度食べると、エントマは残りの部分を無造作に放り投げる。
「ご馳走様でした」
ペコリと館に一礼し、エントマは集合地点へと向かう……が、わずか3歩で呼び止められる。
「よお、月が綺麗だな」
ずんぐりと筋肉質な男――にしては、その声は女性のようだ。男か女かわからない不思議な生物がエントマに声をかけてきた。その手には
「月なんて出てないと思うけどぉ」
空は雲がかかっていて月は見えない。
「まあ、そんなことはどっちでもいいんだがよお。お前……今、何を食っていた?」
鋭い目でエントマを睨みつける。
(さっきの女の脂の乗った柔らかいお肉が晩御飯だからぁ……今の筋肉質な男のお肉はぁ、夜のオヤツだよねえ)
エントマはちょっとだけ考えてから、「……夜のオヤツかなぁ」と甘ったるい声で答えた。
「っ……人間の肉を食っておいてオヤツだとぉ?」
その様子を見たエントマは、(……満腹なのに面倒ぉ)と内心溜息をついたが、それよりも先程から悩んでいたことを聞くことにした。
「……ところでぇ。あなたはぁ……男なの? それとも女? どっちぃ?」
エントマには判別が出来なかった。これが蟲であれば、雄か雌かはすぐにわかるのだが……。
「この人食いの化けもんがっ! 俺様はガガーラン! 男なんかじゃなーい。女だっつーの!!」
ブッチ~ン! という音が聞こえたような気がする。
「ええ~っ!? うっそおぉ?! 本当に男じゃないんだぁ……男みたいな女ってどんな味なのか興味はあるけどぉ……今はお腹一杯だからぁ……またにしてぇ。んー、その“大胸筋”が特に美味しそうなんだけどねぇ」
エントマは十中八九“男”だと思っていた。声が女ぽい男だと思っていたのである。だが、逆であるという。エントマの声は驚きを素直に表現していた。ただし、表情は変わっていない。
「俺の胸は大胸筋じゃねええええええええええええっ!! バストだあああああああああっ!!」
エントマは、無意識のうちに的確にガガーランの怒りを引き出す秘孔を突いていた。
「もう許さねえ! アダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”のガガーラン様が、人食いの化け物を退治してやるぜっ!!」
ガガーランは
「出てこなければぁ、やられなかったのにぃ……」
エントマは、蟲を放って応戦する。
「でやああああああっ!」
「いいやあああああぁぁ!!」
“蒼の薔薇”の女戦士ガガーランと、
◆◇◆ ◆◇◆
「な、なんとかなったか……」
片膝をついて肩で息をするガガーラン。その体は激闘を繰り広げたことを証明し、ボロボロである。
「鬼強だった……」
こちらもボロボロになった忍者服の女――ティナが両腕を地面につき、項垂れている。その顔からは汗と血が混ざったものがしたたり落ちていた、
「彼我の戦闘力差を考えろ。バカが」
目の前で倒れている“蟲のメイド”とはそれほどの能力差があった。今回勝てたのは、イビルアイが蟲に効果的な魔法を取得していたこと、そして“蟲のメイド”に強者ゆえの驕りがあったことによる。
「いったいコイツは何者なんだ」
「わからんが、難度でいえば150は超えるぞ」
「こんなのが王都に入り込んでいるなんて……びっくり」
蒼の薔薇の面々は疑問を口にする。
「どちらにせよ、止めはささないとな」
イビルアイは魔法の詠唱に入ろうとしたが、その口の動きは、一瞬のうちにとまった。
「な、なんだ! このプレッシャーは」
「くっ……まるで暴風だ」
「感覚でわかる……ヤバイ……」
“殺意”が、“蒼の薔薇”の3人を狙っている。
「そこまでにしていただきましょうか」
「……これ以上はやらせません」
そのプレッシャーの正体が、蒼の薔薇の3人と、“蟲のメイド”の間に、突然姿を見せる。
現れたのは異様な姿をした二人の男だった。
一人は、顔を奇怪な仮面で隠し、南方で“スーツ”と呼ばれているこの辺りでは珍しい服に身を包んだ、細身で尻尾の生えた男。その声からは品が感じられ、このような場所でなければ心地良さすら感じていただろう。
もう一人の男は、頭部を漆黒のヘルムで覆いやや薄いグレーの仮面をつけているため表情は見えない――その肉体はガッチリとした筋肉が盛り上がっており、ノースリーブの革ジャンから見える二の腕には、黒い天使の羽を模したタトゥーが刻まれている。下半身は黒いズボンと黒いブーツと、見事に黒一色に統一されていた。
「い、いつのまにっ……」
「くっ……なんて威圧感だ……」
「な、なんてこと……」
“蒼の薔薇”の3人は、二人の乱入者からの圧力に押され、2歩、3歩と後ずさる。
「大丈夫ですか? ――ここから先は私が変わるので撤退してください」
「後は我らに任せてください」
「き……キイッ! オボエテオケッ」
エントマはふらつきながらも飛び上がり撤退していく。“蒼の薔薇”としても追いたいのはヤマヤマだったが、目の前の男達の圧力の前に何もすることができない。
「逃げろ……逃げるんだ……勝てない……」
イビルアイはガガーランとティナに逃げろと指示を出す。
「バカ言うな、みんなでかかれば……」
「阿呆。彼我の戦力差を考えろといったばかりだろうが。お前たちを逃がす時間を稼いだら、私は転移して逃げる。この戦いは100%負ける。逃げるしかないんだ」
飛び去っていく“蟲のメイド”を見送ったスーツの男と、黒い天使のタトゥーの男が“蒼の薔薇”へと顔を向けた。
「お待たせしました。では、早速、はじめましょうか?」
「待たせてしまいました」
「早く逃げろっ!!」
イビルアイの悲鳴のような声がガガーランとティナの背中を押し、二人は全力で走りだした。
「出会って早々別れるのもつらいですし、転移は阻止させていただきます。〈
スーツの男が事も無げに転移を封じてくる。
(くっ……これでは逃げられんな)
「さて、私はヤルダバオトと申します」
スーツの男が名乗りを上げる。
(ヤルダバオト……聞いたことのない名前だ)
長い時を生きているイビルアイでも聞いたことがない名だった。
「……私は黒き戦闘者――“ブラック・バトラー”とでもお呼びください」
礼儀正しく名乗りを上げる。なお彼は
(ふっ……不思議なものだな。こんな圧倒的な相手に気品を感じるとは……)
イビルアイは笑うしかなかった。
「アダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”のイビルアイだ。ここで会ったのが運のつきとしれっ!」
(もっとも、それは自分の方だがな……二人とも逃げ延びてくれよ)
逃げる二人の無事を祈る。
「死ぬならば順番だ。若い奴が生きて、長く生きた奴が死ぬ。もう250年以上生きたんだ。十分だろう」
イビルアイは仲間に別れをつげ、まったく勝ち目のない戦いに挑む。
「ふむ。玉砕覚悟ですか。では、お先にどうぞ。もっとも貴女が何もしないというのであれば、こちらから仕掛けますが」
ヤルダバオトが優しげな声をだす。
「ならば、お言葉に甘えるとしよう。後悔するがいい。〈
イビルアイのお気に入りの魔法、拳よりもやや小ぶりな水晶の散弾が打ち出される。
「フフ……無駄な攻撃でしたね」
ヤルダバオトの前で魔法がかき消される。
「なっ! 無効化されただと?! それほどの戦力差か!」
「では、こちらから行かせていただきます。〈
まるでイビルアイなど目の前にいないかのように優雅に腕を横に振る。
ゴオッ!! という音とともに、イビルアイの
「なああっ!」
振り返ったイビルアイが見たものは……天にまで届くような炎の壁。その壁にガガーランと、ティナの二人が包まれ、数秒の後、パタリと倒れた。
「うああああああああああああっ!! ガガーラン! ティナ!」
イビルアイの絶叫にも二人は反応しなかった。
「よくも、よくもおおおおおおっ!」
イビルアイは小さな拳を握りしめ、唇をぎゅっと噛みしめる。その小さな双肩はプルプルと震えていた。
「思ったよりも弱かったようですね。これは予想外でしたねブラック・バトラー」
「なぜ戦力差があるのに組んでいたのでしょう」
二人は不思議だという空気を醸し出す。
「このおおおおおっ!」
我を忘れたイビルアイがヤルダバオトに突っ込んでいくが、その顔面を思いっきり殴り飛ばされ、地面へと叩き付けられた。
「ぐあっ……」
咄嗟に左腕を上げてガードしていたのだが、その小さく細い腕は砕けてしまっていた。
(な、なんて威力だ……)
「ほう。あれを防ぎますか。……さて、彼女を痛めつけてくれたお礼はしないといけませんね。オシオキです」
ブラック・バトラーはイビルアイの小さな体を睨みつけた。
butler=バトラー ”執事”
battler=バトラー ”戦う人”
発音はともかくカタカナだと同じということでの命名です。