―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~   作:NEW WINDのN

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シーズン4第6話『アローVS六腕』

 王都の某所にある“八本指”の拠点。その拠点の一室――広さは50畳ほどの大会議室――で、3人の男が苦虫を噛み潰したような顔をして黙り込んでいる。もっとも一人は皮も肉もないので表情は読み取りにくいのだが。

 この重い空気の原因は、先ほどもたらされた“幻魔”サキュロントの死亡。そして、奴隷部門長コッコドール行方不明という一報が原因であった。

 

 

「今、戻ったよ」

 その沈黙を破ったのは外からの声だった。憔悴しきったエドストレームが、足元をふらつかせながら扉から中に入ってきたのだ。その体はボロボロになっている。

「え、エドストレーム!」

 禿げ上がった男“戦鬼”ゼロ――その筋肉の盛り上がった体には動物を象ったタトゥーが彫られている――が、驚きの表情を浮かべた。ここ数日音信不通になっていたため、何かあった可能性が高いと判断していたのだ。

 

「大丈夫か! 何があった!」

 倒れ込みそうになるところを素早く駆け寄ったゼロが抱きとめる。

「ありがとう、ゼロ。すまない……ペシュリアンが殺された。――私はなんとか逃げることができたけど、このザマさ」

 エドストレームは力なく笑う。彼女が身に纏っていた薄い衣はあちこちが破れ、肌が露出しているその肌には刃物で切られたような傷や、矢が刺さった跡が残っている。”無理やり引き抜いたのだ”とゼロにはすぐにわかった。

 また、だらりと下がった左腕は不自然に曲がっており、どうやら骨が折れているようだった。美しく整っていた顔は、右目には大きなアザが、左頬は腫れあがっており、彼女がいつも腰から下げている三日月刀(シミター)はわずかに2本しか残っていない。腕や足につけた金の装飾品も幾つかがなくなっていた。

 

「「……ペシュリアンもか!」」

 煌びやかな金糸刺繍を施した上着を着用した男――“千殺”マルムヴィストとゼロが同時に驚きの声を上げる。

「むう、六腕のうち二人もやられるとは……」

 頭部まで黒いローブを纏っている人物……“不死王”ディバーノックが、低い声で唸った。

「ペシュリアン“も”? ということは、ま、まさかサキュロントが?」

 エドストレームは目を見開いて3人の男の顔を見る。3人は無言で首肯する。

 

「だ、誰にやられたのさ?」

「わからん。奴がいた娼館の従業員は全員殺されているから目撃者はいない。サキュロントの奴は頭部を粉々にされて殺されていた。奴が警護していた奴隷部門長コッコドールは行方不明だ。……これは推測だが、どうやら敵の手に落ちたと思われるな」

 ゼロは冷静に現在の状況を伝え、目でお前の状況も報告しろと促した。

 

「そっちの状況はわかったよ。マズイ状況だね……こちらは予定通りに襲撃をかけたのだけど、思わぬ伏兵がいてね。そちらにやられたよ」

「伏兵? 事前に情報が洩れていたのか?」

 だとすれば問題だ。ペシュリアンとエドストレームの襲撃の情報はごく一部の者しか知らないのだ。それが漏れたのなら、上位者が裏切っていることになる。

「もしくは、最初から囮だったのかもしれないね。何しろ、あの“漆黒”が伏せていたのさ。ペシュリアンは、あっさりとやられたよ。あいつの技を初見で止めやがったんだ。……あいつらは本当に強かった。敵に回さない方がいい」

 エドストレームは、体をぶるりと震わせる。

 

(それほどの恐怖だったのか?)

 ゼロはここまで怯えたエドストレームを見たことがなかった。いつもの勝気な六腕の紅一点として凛としている彼女とはまったく違う、なんの力も持たないか弱い女性のようだった。

「それは無理な相談だな。すでにこちらは関係者を襲撃してしまった後だしな……。まさか二人も失うことになるとは……」

「……“漆黒”か。今話題の王国第3のアダマンタイト級冒険者チーム。たった3人で幾多の偉業を成し遂げた存在か。くそっ“蒼”だけでも手を焼いているのに」

 マルムヴィストは、右拳を左の掌に打ち付け、悔しそうな顔をする。

「ふむ……やはり個別に狙うしかないのではないか? いくらアダマンタイトとはいえ、我々も一人一人がアダマンタイト級の強さを持っている。1対4なら十分勝てるはずだ」

 デイバーノックは冷静な声を出す。“不死王”の二つ名で呼ばれているが、これは誇張でも単なるカッコつけでもなく、本当に不死の存在である。なぜならば、彼は人ではなくアンデッド。自然に発生した死者の大魔法使い(エルダーリッチ)である。

 アンデッドは通常生きている者を憎む存在であり人の命を奪う存在だが、知的なアンデッドの中には、憎悪を抑え人間に接触を図る者もいる。デイバーノックはそういった存在であった。

 

「それは無理な相談だな」

 どこからともなく知らない男の声がする。

「何者だ!」

「姿をみせろ!」

「出てこい卑怯者!」

 ゼロ達が口々にわめく。

「ふっ……1VS4で仕掛けようとしている卑怯者に言われたくはないな」

 この声とともに姿を現した緑のフードの男“アロー”――もちろんアインズが変身している――が弓を構えると同時に緑色の矢が3人に襲いかかった。

 

「なめるなよっ!」

 ゼロは拳で矢を跳ね除けてみせる。

「ちっ!」

 マルムヴィストはレイピアで矢を弾き返す。

「〈火球(ファイアーボール)〉!」

 デイバーノックは魔法を放って矢を消滅させる。……室内で放ったので、当然テーブルが燃え始める。

(室内で〈火球(ファイアーボール)〉ぶっ放すとは。アホか)

 アインズはデイバーノックという死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の評価を思いっきり下げる。もっとも元々殺す対象でしかなかったのだが。

 

「バカ野郎がっ!場所を考えろっ!」

 ゼロが追撃の矢を体捌きで躱しながら怒鳴りつける。

「まったくだぜ!」

 薔薇の装飾の入ったレイピアを振るいマルムヴィストは身を守っている。このレイピアは薔薇の香りが付与されているため、彼の周りは薔薇の香りに包まれている。

(香りのする武器とは珍しいな。だが、野戦や夜の戦いなどでは自分の場所がわかってしまうな。一応コレクションしておこう)

 アインズのコレクター魂が疼いたようだ。

 

「その緑のフードからすると“漆黒”の一人“緑の弓矢神”アローだな」

 デイバーノックは相手の正体に気付き、仲間の抗議は無視する。火など消せばよいし、まず優先すべきは敵の排除だ。

「おやおや、八本指の最大戦力と言われる“六腕”の皆さんにまで名を知られているとは。私も有名になったものだ」

 アロー(アインズ)はおどけてみせる。

「貴様がアローか」

 ゼロが本気の殺気を放って目でアローの動きを牽制する。

「いかにも私は“漆黒”のアローだ。……六腕! 貴様らは王国を、そして人間社会を(けが)した! その罪償ってもらおう!」

「ふん、貴様のへなちょこ矢など通用せんわっ!」

「それはどうかな?」

 アロー(アインズ)は本気の一撃で矢を放った。先程までとは、まったく違うスピード――目にも止まらぬ早さ――で矢が飛んでいく。もっともそれを視認できたのはアローだけだったのだが。

 

「ぐわっ!!」

 マルムヴィストの眉間を緑の矢が貫き、物言わぬ人の形をしたモノと成り果て、そのまま仰向けで床にドオッと倒れ込んだ。

「な、なんだとおっ!」

「は、はやいっ!」  

 二人の驚愕の言葉が終わらないうちにアロー(アインズ)は距離を一気に詰め、右拳を大きく弓のように引いてから拳をデイバーノックの顔面へと叩き付けた。〈ナックルアロー〉もしくは〈鉄拳制裁〉と呼ばれる技である。

「爆散!」

 別にこの言葉は必要ではない。ちょっと“何かしたように見せかけてみただけ”の遊び心にすぎない。アロー(アインズ)の言葉をきっかけにデイバーノックの頭そして、全身が砕け散る――いや、それでも表現としては甘いだろう。単なる白い粉と化して飛び散った。

「何が“不死王”だ。一撃じゃないか……」

 アロー(アインズ)は不満そうに手についた粉を吹き飛ばし、()()()()となったゼロを見る。

「な、なにをした」

 さすがに“闘鬼”ゼロも目の前で立て続けに起こった出来事が信じられない。だが、サキュロントを倒したのはアローだということは直感していた。

「ちょっとしたおまじないというところだろうな」

「貴様……かなりやるな……」

 ゼロの背中を冷たい汗が流れ落ちる。

(……かなりやるどころではない。こいつは化け物中の化け物だ。この世の者とは思えない強さだな……どうやって逃げるべき……)

 ゼロは初めて本気で撤退ではなく逃走することを考えていた。

(正面突破で出口まで駆けるのは無理だ。くそっ……誰か一人でも残っていればそいつを盾にするのに……)

 ここでゼロは自分が一人ではないことを思い出す。

「エドストレーム! 舞踊(ダンス)だ」

 重傷とはいえ、彼女は意志で舞踊(ダンス)の魔法を付与した三日月刀(シミター)を操ることができる。

 ゼロはアローから目を切らさずに声だけで指示をする。だが返事はない。

「エドストレーム! 聞いているのか……ぐっ……な、なぜ……ぐはっ……ぐえっ」

 振り向いたゼロは信じられないモノを見た。ゼロが振り向いた場所には無傷のエドストレームが立っており、ゼロの腹部には()()三日月刀(シミター)が次々と突き刺さっていった。

 

「ごめんなさいね、ゼロ。そういうことだから」

 妖艶な笑みを浮かべ、“片膝をついた”ゼロを見下ろす。

「う、裏切ったな……貴様……恥を知れ……」

「ふふ。”裏切りは女のアクセサリーなのよ”。元々貴方が強かったから、下についていただけ。でも、もっと強い男が現れたのよ。そういうことだから。楽しい思い出は一杯あったけど。これでお別れね」

「くそっ……俺様をなめるなよっ!」

 最後の力を振り絞って立ち上がろうとするが、その前に緑色の風が吹いた。

「……勝機、見逃すわけにはいかない!〈閃光式不死鳥弾(シャイニング・フェニックス)〉!!」

 ゼロの腿を踏み台にして、不死鳥をイメージして大きく両手を横に広げながら右膝でゼロの左頬を打ち抜く。技自体は閃光魔術師弾(シャイニング・ウイザード)と同型だが、技の華麗さとダイナミックさでは上である。

「俺を踏み台に!? べぎゃあああっ……」

 ゼロは原型を顔が半分に潰れてドチャッと床に倒れ込んだ。

 

 

「これで六腕は全滅だな?」

「はい。これで全員です」

 エドストレームは武器を収め、跪く。

「かなり意外だったようだな。お前に裏切られるとは思っていなかったようだ」

「はっ……それでも私の剣技を破る研究はしていましたので、戦う可能性は考えていたようです。それと付き合いも長かったですし、負傷したフリをしていたのも大きかったのでしょう」

「ご苦労であった。しばらくはナザリックで待機しておくがよい。おいおいそんなに警戒しないでくれ。もうお前は我々のシモベだ。きちんと保護されるから安心するんだな」

 エドストレームの顔には明らかな警戒感が浮かんでいたが、アインズの言葉を聞いてほっとした顔つきへと変わった。

 

 なおゼロとマルムヴィストの死体は実験材料として回収されることになる。 

 

 

 もちろんマルムヴィストの剣は、アインズがきっちりと回収、コレクションに加えている。

 




 

 なお、今回のフィニッシュホールド”シャイニング・フェニックス”は、私の創作によるオリジナル技になります。
 

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