―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~ 作:NEW WINDのN
「よおっ、童貞!」
ガガーランの声が飛ぶ。
(おわっ! なんでバレた!!)
オリバーに変身中のアインズが動揺する。演じているオリバー・クイーンは大富豪の息子にして、生粋のプレイボーイ。数多くの女性と浮名を流している――という設定になっているが、演じる
「ガガーラン様……その呼び方はやめてくださいとお願いしているのですが」
少年と青年の間……といった金髪の男は、その外見に似合わない嗄れ声を出す。
「はっはっは。悪かったな、童貞!」
まったく反省の色はなく、“悪かった”などとは露程も思っていないことがわかる。
「なんなら、今から抱いてやろうか。そうしたらもう呼ばねえぜ」
「遠慮いたします。ガガーラン様」
「そうか、気が変わったらいつでもいってくれや、クライム。いい夢見させてやんぜ!」
ガガーランは豪快に笑い飛ばす。
「は、はあ」
苦笑いするクライムと呼ばれた少年を見て、アインズは親近感を覚える。
(そうか、お前もそうなのか……うんうん。苦労しているのだなあ)
同じチェリーであり、女運がなさそうなところに共感を覚える。
「クライム君と呼んでいいのかな? 私の名前はオリバー・クイーン。エ・ランテルで“漆黒”公認ショップ
オリバーはきさくに右手で握手を求める。顔には自然な笑みが浮かんでいた。
「はじめまして、オリバー・クイーン様。私はクライムといいます。この王国の兵士の一人です」
クライムは畏まって両手で握手に応じる。身分差はないはずだが、オリバーの方が年長者であり、また独特のオーラがクライムにそういう態度を取らせていた。
「オリバー、こいつは姫さんの兵士なんだ」
「姫さん?」
「ああ。ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフ。この国の第三王女様さ」
(ほう。噂の“黄金”か。……それにしても“漆黒”・“蒼の薔薇”・“朱の雫”に“黄金”それとたしかどこかに“銀糸鳥”というのも聞いたか? 妙に“色”に関する名前が多いのはなぜだろうな。次に出てくるのは緑……ってこれは“
アインズにとっても“黄金の姫”ラナーは興味深い相手だった。ナザリックの情報網である
「ガガーラン様!」
クライムはむやみに身分を明かされたことに抗議の声をあげた。
「大丈夫だ。このオリバーは信用できる奴だからな。なんたって、王国第3のアダマンタイト級冒険者チーム“漆黒”から店を任されるくらいの男だからな」
「なんと! 第3のアダマンタイトチームができたのですか!」
クライムは目を見開き、嗄れた声で驚いてみせる。
「……って、さっき聞いていたよねー?」
用心棒のクレアことクレマンティーヌが、速攻でツッコミを入れる。
「あ……はい。申し訳ありませんでした」
クライムは謝罪し深々と頭を下げる。
「すまねえな、オリバー。……この童貞は、英雄譚に目がねえんだよ。悪気はなかったと思うぜ」
「まあ、問題はないですよ。別に大した話をしていたわけではないですし」
「……小僧、盗み聞き一つで事件に巻き込まれることもある。気を付けるんだな」
仮面をつけた少女イビルアイが低い声で注意する。
「申し訳ありませんでした、イビルアイ様。以後気を付けます」
「そうしておけ。今気づいたようにしてくれていたが、オリバー殿達は、お前が店に入ってくる前から気づいていたようだぞ」
(なにっ? こいつ……気づいていたのか? なかなか面倒な相手のようだな。たしか、
アインズは
「そ、そうでしたか。見事な所作で歩いていらっしゃる方を見つけて、思わずつけてしまいました。何か参考になるかと思いまして……結果的には目的地も一緒でしたし……」
クライムは耳まで真っ赤になって俯いた。
「気にすることはないですよ。たまたま同じ目的地だったということでいいじゃないですか」
オリバーは人を魅了する穏やかな笑みを浮かべてクライムの顔を見る。実際オリバーは
言い換えれば〈
「ありがとうございます。オリバー様」
「クライム君は兵士でしたね」
「はい」
「クレア、お前から見てどうだいクライム君は?」
「そうだねー。それなりには強いんじゃないかなー。この王都に来てから何人も兵士みたけど、その中では抜けていると思う。でも、才能はないねー。今、壁にぶつかっているんじゃないかなー。乗り越えるのはなかなか難しいと思うよー」
クレマンティーヌの言葉は、スッと入ってドスンとクライムの心に突き刺さる。
(じ、事実だし自覚はあったけど、初対面の人に言われるとグサッと来るものだなあ)
クライムは実際壁に当たっている自覚はあった。なかなか上達しなくなってきているのだ。
(さすがだなー。初対面の相手に対し、遠慮なく評価を口にしているよ。きっついわー。……いや、これでも遠慮はしているほうか)
話を振ったアインズの方が動揺している。
「そ、そうか。クライム君、こう見えてもクレアはかなりの使い手なんだ。もし悩んでいることがあれば、聞いてみるといい。クレアも相談に乗ってやってくれよ。ガガーランさんとは違うアドバイスができるかもしれないからな」
アインズはこのクライムという兵士に対し、力になってやりたい何かを感じていた。
「ありがとうございます、オリバー様」
「オリーの頼みだから聞いてあげるよ。このクレ……アさんが力になってあげるよ」
(お前、今クレマンティーヌ様って言いかけただろう?)
ジロリと目線で注意を促す。クレマンティーヌは可愛く“てへペロ”をして誤魔化そうとする。
(騙されるか! あとで説教だな。初期のナーベのようなミスをしそうになるとは……)
アインズの心のメモ帳に“クレマンティーヌに説教”としっかり書き込まれた。
「どうせだから、一回見てあげるよー。サービスだからねー」
「ありがとうございます。クレ……ア様」
「俺も興味あんな。――人目につかないところへ行こうや」
(ガガーランが言うと、女性を襲おうとしている不逞の輩にしか聞こえないな。女性なのに……)
アインズはそんなことを考えながら先導するガガーランの後を追う。
「……やれやれ戦闘職という奴はこれだからな。仕方ない私も行こう」
イビルアイは文句を言いながらもトコトコとついていく。
(こう見ると子供なんだがなあ……)
アインズはイビルアイの見た目と能力とのギャップをまだ受け入れていなかった。
◆◇◆ ◆◇◆
「では、お願いしますっ!」
クライムは練習用の剣と盾を持ち、クレマンティーヌはいつものスティレットではなく、警棒を右手に装備して、距離4メートルで向かい合う。クレマンティーヌの機動力は使えない距離だが、あくまでもクライムへのアドバイスが目的だから問題はない。
「いつでもいいよー。でも、……本気でかかってきなっ!」
クレマンティーヌはニイッと大きな口で笑う。
「はい。お願いします!」
クライムは気合を入れて踏み込むと、横なぎの剣で斬りかかる。剣にはスピードが乗っており威力は十分だ。
「んー遅いかなー」
だがクレマンティーヌはその剣をいとも簡単に叩き落とす。
「はやいっ……」
クライムはその動きの速さに瞠目する。クライムの知っている中でこれだけのスピードを出せるのは、ガガーランや王国戦士長ガゼフ・ストロノーフくらいだろうか。
「やるっ!」
「……ああ。早いな」
ガガーランとイビルアイが唸る。
「そんなんじゃ通用しないよー。もし私が刺客だったら、姫様は簡単に殺せちゃうねー」
かなり不敬なことを口にするが、あくまでもたとえ話である。
(でも本当にやれそうだからなー)
アインズはクレマンティーヌが人間の中では抜けた強さを持つことを知っている。
「やはり、これしかないっ!〈斬撃!〉」
クライムの必殺の一撃が大上段から放たれる! 先ほどの剣よりも数段スピードも威力も上だった。
「一応……〈要塞〉!」
クレマンティーヌはわざと武技を発動して警棒で受け止める。警棒とは言っても、オリハルコンをアダマンタイトでコーティングしたものだ。硬度でいえばクライムの剣よりも遥かに硬い。
「くっ……このおっ!」
渾身の一撃を止められたクライムは、目で距離を測るとガゼフから学んでいた蹴り技、右の前蹴りでクレンティーヌの腹部を狙った。
「あまいなー」
ガチッとその蹴りを左脇で抱え込む。
(ドラゴンスクリュー狙いか?)
ここで右手を使って回転させれば、アインズが得意とする蹴り技への切り返し方法になる。クレマンティーヌは実際に技を受けているから、使うこともできるだろう。
「おわりー」
「うっ!」
クレマンティーヌの警棒がクライムの、喉元に突き付けられた。
「そこまでですね」
ここでオリバーが止めに入る。
「やるな。かなりの腕前だ」
「だな。用心棒にしておくのは惜しい逸材だ」
「どうでしたでしょうか?」
クライムはクレマンティーヌの顔を純粋な瞳でじっと見つめる。
「うーん。君の切り札って、大上段からの〈斬撃〉だよね。あれはすごく磨いているのわかるよー。私だから簡単に止めたけど、普通ならあれで終わるだろうねー。あれを磨いていくのはいいと思うよ。ただ、止められた後が問題だよねー。蹴り技に行く前に目線動かしたでしょ? あれだとバレバレだよー」
「なるほど、勉強になります」
クライムには目線を動かしたつもりはなかったのだが、無意識のうちに動いていたということなのだろう。
「……あと、必殺の一撃が止められたことでちょっと動揺していたよねー。同格とか格下ならあれで決められると思うけど、それでも攻撃を止められる前提で連撃技を磨いておいた方がいいかな。レベル高い相手と戦うと、そうした小さな気持ちの揺らぎは、隙でしかないしー。――そうだなー、君なら3連撃がいいところかな。レベル差があれば今回みたいな結果になるかもしれないけど、そうでなければ自信の連携技ってのは大事だねー」
クレマンティーヌの指摘に、クライムは内心驚く。
(ガセフ様に言われたことに近い)
戦い方は違えども、戦士として優れている者であれば同じような感想を抱くものなのかもしれない。実際ガガーランも云々と頷いている。
「ありがとうございました。クレア様」
「いいってー。強くなったらまた遊んであげるねー」
片目をつぶってウインクまでサービスする。
(おいおい、そういうキャラじゃねーだろ!)
アインズはやはり心の中で激しくツッコミを入れるのであった。