―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~ 作:NEW WINDのN
シーズン4第1話『王都にて』
リ・エスティーゼ王国、王都リ・エスティーゼ。王国最大の都市にして国王が住んでいるヴァランシア宮殿のある都市である。もちろん王都の名に相応しいだけの規模を有しており、それに比例して物資・人員どちらにも恵まれている。三番目のアダマンタイト級冒険者チームがエ・ランテルに出現するまで、アダマンタイト級が王都にしか存在しなかったのも、当然といえるだろう。
その第三のアダマンタイト級冒険者の一人、“緑衣の弓矢神”アローは、トレードマークとなっている緑のフードを被らないオリバー・クイーンの姿で、王都へ足を踏み入れた。
アローおよび、その正体であるオリバー・クイーンは、ナザリックの絶対的な支配者アインズ・ウール・ゴウンの人間世界における
アインズがかつて手に入れたアイテム“
オリバー・クイーンとして王都へとやってきたアインズは、お供にオリバーの用心棒クレアという
今回の王都訪問の表向きの理由は、王都に“漆黒”の直営店を出すための下見となっている。もっとも、この都市に出店する予定はない。
アインズとしては、“王都の見学”と“部下の様子をみること”が主な目的であった。
王都内を二人は徒歩で見て回っている。一見すると美男美女のカップルといったところだ。もっとも、そんなふうな表現を使ったりしたら、ナザリックの雰囲気が悪化するので書いたりはしないが。
「ふん……この街は、一見華やかだが、腐った匂いがプンプンするな」
「そーお? 魚でも腐っているのかなー」
クンクンと匂いを嗅いでみるが、クレマンティーヌには肉を焼いているいい香りしか感じ取れなかった。
「どこかで肉を焼いている匂いがするよ、オリー」
「お前なあ……そういう意味で言ったわけじゃないんだが……」
アインズは、クレマンティーヌを伴っての行動は気楽でよいと思っている。自分が上位者であることはわきまえた上で、フレンドリーに接してくる。ナザリックのシモベ達ではこうはいかないだろう。
「ところで王都で何するの?」
「そうだな、古くからの“友人”に会うつもりだ。今は王都に来ているそうだからな」
「友人?」
「ああ。俺の親父に昔仕えていた“
「という設定……だよね? 当然」
クレマンティーヌも、だんだんわかってきているようだ。
「ほう。お前も成長したな」
「でしょー。オリーのために頑張っているんだからね♪」
クレマンティーヌの表情は、まさに恋する乙女。女性を魅了する力を持つオリバーの傍にずっといればそうなってしまうのだろう。また、自分より強いというのも魅力の一つであった。かつて敵対した時にボロボロにされたことや、その後ひどい目にあわされたことは、“自分が悪かった”と勝手に考えていた。
「わかった、わかった。あとで食事にでもいこう」
「ほんとー? やったー。でも、本当はオリーの手料理の方がいいんだけどな……」
「調子に乗るな!」
「てへっ!」
緊張感のない会話をしているうちに、二人は当初の予定のルートを外れ、薄汚れた治安の悪そうな地域を歩んでいた。
道にはゴミが投げ捨てられ、道端に座り込んだ乞食たちが動きもせず、じっと通行人を見つめ続けている。
「王都にもスラム街はあるのだな」
“漆黒”の拠点“
「だいたいの都市にあるよー。法国にはほとんどないけどねー。帝国の帝都でも多少はあるし。でも、ここはちょっとひどいかなー」
「ふむ。お前のそういう知識は頼もしいな」
「くふー。そーお? そういわれると照れちゃうなー」
そんな話をしている二人の目の前、15メートルほど先にあった重そうな鉄扉が開き、男が顔だけ出して辺りを見回している。
「オリー」
「ああ。あいつは何をしているんだ?」
クレマンティーヌは腰のスティレットに手を伸ばし、アインズは軽く拳を握り込む。
(たしかこの辺りには八本指の息のかかった建物があったはずだ。一応襲撃には備えておかないとな)
アインズは、ハンドサインを送り物陰に隠れるように指示を出す。クレマンティーヌは無言で頷き、二人は男からは死角になる場所へと移動する。
『アインズ様っ!』
タイミング悪く、パンドラズ・アクターの声が頭に響く。〈
『どうした、パンドラズ・アクター』
『はい、アインズ様。緊急の依頼が入りましたので、ご報告にございます』
『依頼だと?』
『はい。
(なんだ、その程度か。この世界の基準ではやっかいかもしれないが、我々にとってはたいしたことのない事件だ)
アインズ達ナザリックの基準からすれば、もはや事件にすらならに。
『そうか。その程度であれば問題はないな?』
『はい。問題ございません。私とナーベラル殿の二人で十分対処可能です』
『では、まかせよう。ブレインを連れて行くのか?』
『いえ。ブレイン殿には、拠点の警護を任せようと思っております。今回はアインズ様が拠点に配備された、ゼンジュボウに予備のフードを被せて同行させる予定でおります』
ゼンジュボウは、アインズが御者に使うハンゾウ、フウマと同ランクのヒューマノイドタイプの傭兵モンスターである。
『“漆黒”として出たという事実があれば十分だろう。だが、油断はするなよ、パンドラズ・アクター』
『ハッ! かしこまりました、ではこれより“漆黒”のモモンとして行ってまります』
(敬礼していないだろうな?)
アインズには、ビシッ! と敬礼を決めているパンドラズ・アクターが見えたきがしていた。
そしてこの間に、こちら側でも動きがあった。
先程の男が、あたりをうかがってから、大きな布袋をドサリと道へと投げ捨てたのだ。中の柔らかいものがぐにゃりとなる。
「オリー、あれって……」
「ああ、たぶんそうだろうな」
二人は、その袋の中身を“人”もしくは“人だったもの”と判断していた。音と重量がそう推測させた理由だ。
「どうみても、厄介ごとだな」
「だねー。私ならスルーするけど、オリーは違うんでしょ?」
「ああ。“誰かが困っていたら助けるのは当たり前”だからな」
面倒事だと知っている。だが、それを粉砕する力は持っている。ならば躊躇う必要はない。
(そうですよね、たっちさん)
アインズはかつて自分をPKから救ってくれた白銀の騎士“たっち・みー”の言葉を思い出す。
そして、アインズは躊躇わずに袋に近づくと、中身をチラリと確認し、自分の想像が正しかったことを知る。
(やはりな)
袋の中身は、辛うじて生きているボロボロの金髪だと思われる女であった。
「いくぞ」
「あいよー」
アインズはクレマンティーヌを伴い素早くその場を立ち去る。鉄扉が再び開く音が遠くからしたときには、すでに角を曲がったところだった。
「なっ……どこへ消えやがったーー!!」
男の声が遠くから聞こえてくる。
「セバス、いるんだろう?」
アインズが声をかけると、建物の影から、筋骨隆々な肉体を執事服に包んだ、白髪……それも、口元に蓄えられた髭まで白で統一されている人物が現れた。
「こちらに控えております。オリバー様」
セバスは一礼して主を出迎える。
「久しぶりだな、セバス」
「はい。オリバー様もお変わりなく」
「だれ―? オリーの知り合い?」
クレマンティーヌは、セバスが王都へ出立した後にナザリックへ加入したため面識がなかった。
「クレマンティーヌ、セバス・チャンだ。私の部下だよ。ナザリックの
「ああ、貴女がクレマンティーヌでしたか。人間の中では“強い”と伺っておりますよ。
セバスは右手を胸に当てて一礼する。
「クレマンティーヌです。セバスさん……かなり強いみたいね。物腰の柔らかさに隠れているけど、すごいオーラを感じるわ。私じゃどうあっても勝てないって強さだね」
クレマンティーヌは戦士職だけに相手のおおよその強さは感じとることができる。
「セバス、成り行きは見ていたようだな?」
「はい。ちょうど私が通りかかりましたのが、オリバー様があの袋を回収する直前でございます。躊躇せずに弱者を救済なさるとは、なんと慈悲深い……」
「昔たっちさんにしてもらったことを、返しただけだ。それに、私がこの者を助けるのは運命だったようだからな」
「運命ってなにー? そんないい女でも入っていたの?」
クレマンティーヌはあきらかに不満そうである。
「……セバス、この者を至急治療したい」
アインズは無視して話をすすめる。
「畏まりました。では、こちらへ。それはお預かりいたしましょう」
セバスはアインズから布袋を受け取ると、2人を先導して屋敷へと向かった。