―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~ 作:NEW WINDのN
「
エ・ランテルの街に、こんな噂話が流れていた。
「へえ、あのオーナーがねえ」
「あの方は、なにか、悪いことでもしでかしたのかね?」
「いやいや、珍しい料理を作るものだから、王都のお偉いさんから招集があったそうな」
「ほえー。そうなのか。確かに美味しい料理を出すけども、お偉いさんに呼ばれるとはねー」
「昔からお偉いさんはそういうのに目がないからねー」
この噂は、虚実入り混じっている。
実際オーナーであるオリバーが王都へ行くことは間違っていないが、別に誰にも呼ばれていないし、料理を披露する予定もない。オリバーはアインズの変身した姿であり、彼は自分自身を囮にして、自分に敵対する者をあぶり出そうとしているのだ。
この噂も彼が、配下のシモベを使って意図的に流したものであり、すでに噂はエ・ランテル中に広まっていた。
「私は王都へ行ってくる。しばらく留守にするけど、ペテル、ルーイ。後は任せたよ」
「わかりました。オーナー。我々を狙っている敵がオーナーを襲う恐れがありますので、気を付けてくださいね」
「かしこまりました。こちらは我々にお任せください」
ペテルとルーイの両店長に後を託す。ちょうど依頼のないタイミングでもあり、モモンとナーベは従業員を守る為に拠点に残る。
アインズが普段変身しているアローは、単独で調査に出かけていることになっている。もし緊急事態が起きた場合は、アインズが
「そんなに心配はないはずだが、レイ。みんなを守ってやってくれ」
「お任せください。オーナー。クレアの分もカバーしてみせますよ」
用心棒のレイことブレイン・アングラウスは、力強く応える。
「任せたぞ」
(ま、ブレインに任せておけば戦力的には十分だろう。それにパンドラとナーベがいるし、周辺には不可視化したシモベを複数配してあるからな。まず不覚をとることはないはずだ)
この拠点付近に伏せてあるだけでも、エ・ランテルはどころか、王国を殲滅できるほどの戦力があったのだがアインズはそこには気づいていない。
今回自ら囮役を務めるアインズは、護衛としてクレアこと、クレマンティーヌ一人を伴うことにしていた。もちろん表向きにはであるが。
アインズが冒険者アローとして人間の街に出るという話をした際も、ナザリックの守護者たちからは猛反対にあったものだ。ナーベラルおよびパンドラズ・アクターを連れていくという話をして、ようやく納得をしてもらえた経緯がある。
よってアインズはある程度の安全策を講じた上で、今回の手をとった。守護者統括アルベドもあっさりと同意している。あまりもあっさり同意されたので逆にアインズが不安になったくらいだ。
これはすでに人間達の脅威度を把握しているという、前回との情報量の違いが根底にある。
“オリバーの護衛”はクレマンティーヌのみだが、“アインズの護衛”として、馬車の御者を2体配している。それぞれレベル80を超えるヒューマノイドタイプの傭兵モンスター“ハンゾウ”、そして“フウマ”の二体だ。なんとなく組み合わせ的に仲が悪そうに思えるが、どちらもアインズに絶対の忠誠を誓うモンスターであり、当然お互いに問題はない。
また、どちらも忍者系統のモンスターだが、“ハンゾウ”は隠密発見能力に長け、“フウマ”は素手戦闘や特殊技術に長けている。
他にも“トビカトウ”、“カシンコジ”、“サルトビ”、“サンダユウ”といった同種のモンスターがいる。どれも昔日本にいたといわれている忍者等から名前をとっており、その当時ギルドメンバーの弐式炎雷と武人建御雷が、そのことについてひとしきり盛り上がっていたことをアインズは懐かしさとともに思い出していた。
ちなみに、これは
アインズは依頼で稼ぎ出した資金を、主にナザリック外での活動費として投入し、先行して王都で活動している
よってアインズ個人で使える資金は、依頼で稼いだ分ではほとんどないが、直営の2店舗の経営が順調であり、そこからの利益で十分に蓄えができている状況だ。多少はこういう使い方もできる。
他にも馬車の周辺には不可視化したシモベを複数体配置しており、よっぽどのことがなければ安全といえた。今回の旅で襲撃してくる可能性がある者のレベルであればまず問題はないはずだ。
それにナザリックからニグレドが周辺を監視しているし、本当に危険があった場合は待機しているシャルティアが〈
また、馬車には防御魔法がかけられているので、中を覗き見ることはできないようになっている。
「ねえねえ、オリー。……私だけを連れ出したってことはー。泊まる時も一緒ってことだよね?」
馬車の中でクレマンティーヌがオリバーの姿をしているアインズの腕にピトッとまとわりつき、意外と豊満な胸をぎゅっと押し付けている。
アインズなら動揺し、精神安定化が発動するところだが、オリバーは
ちなみに馬車が覗けないようになっていなければ、アルベドが憤怒の表情を浮かべて飛んでくるところであったのは間違いない。
「それはどうかな? 同じ建物であるのは間違いないが」
さらりとクレマンティーヌのアピールをかわす。
「えー、つまんないじゃん。私と一緒の部屋にしようよー。気持ちいいこといっぱいしてあげるからさー。私、すっごいテクもっているんだよー」
クレマンティーヌは
「……お前、まだ乙女だろう。……経験ないんじゃなかったのか?」
アインズは、自分のことを思いっきり高く棚に上げる。キャラクター設定としてのオリバーは経験豊富ということになっているが、変身している本人はまだ未使用のままであった。
「ゔぐっ……ど、どうしてそれを知って……」
クレマンティーヌは動揺しまくっている。顔はまっかに紅潮し、体を恥ずかしさでもじもじさせていた。普段の獰猛な女戦士の姿はなく、少女といってもいいような態度だ。
現在はルーイと名乗っているニグンが、この状態を見たらあまりのギャップに固まるのは間違いないところだろう。
「忘れたのか? お前は
「ゲッ! いやー、その話はマジでやめてー。お願い、お願いだから……」
クレマンティーヌは冷や汗を垂らしながら、自らの秘部を無意識のうちにガードする。その時のことを思い出しているのだろう。顔は半べそになっていた。
「ま、それは嫌だろうな。初めての相手が“アレ”になるところだったのだからな……」
言葉で傷口をさらに抉る。
「ひいっ……だから、マジでやめてって……本当にやめてください。お願いします。お願いします」
涙を流しながら両手を合わせ懇願するクレマンティーヌを見て、アインズはちょっとだけ罪悪感を覚える。
(ちょっとやりすぎたかなー。ま、俺が同じ立場でも絶対いやだもんなー)
「ま、そういうことで知っているということさ」
「ぶー。オリー、ちょっとひどくない? いくら私が以前敵対したからって、今の私はもう忠誠を誓っているしー。身も心も捧げているんだよー。ほんとだからね!」
ふくれっ面をして、クレマンティーヌは抗議の声をあげる。
「わかった、わかった」
「ちょっとー大事なところなんだから、流さないでくれるかなー。それに私のこと可愛いって言ってくれたじゃん。私の大切なものも、オリーに捧げるって決めているんだからー。ちゃんと私のこと見てねー」
アインズは、心の中で溜息をつく。
(アルベドにシャルティア……そしてクレマンティーヌか……面倒な問題が多いなあ……俺、本来は骸骨なんだけど……)
オリバーとしての姿であれば、全員を相手にすることもできるのだが……あえてアインズはそれに気づかないことにした。
「お前は妹のようだなものだから。な、“スピーディー”」
「ぶー。ひどーいよー。人をさんざん弄んで辱めておいて……」
「人聞きの悪いことをいうな!」
だが、これは事実であった。じっさい両腕をへし折ったり、足の靭帯をねじ切ったりと、散々弄び、敗北という屈辱を与えているのだから……。
「オリバー様。接近してくる者たちがいます」
ハンゾウから報告が入る。
「了解した。クレア、聞いたとおりだ。さっそくお客さんのようだぞ」
「はーい。今回は手応えがあるといいけどねー」
ニヤリと笑うクレマンティーヌ。
(やはり、こちらの方が慣れていて好きだけどな)
アインズは戦士としてのクレマンティーヌを評価している。