―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~   作:NEW WINDのN

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シーズン1第4話『3本の矢』

 

 ナザリックが転移した地点から一番近い場所にある城塞都市エ・ランテル。

 この都市は、リ・エスティーゼ王国の王家直轄領であり、バハルス帝国、スレイン法国との国境に一番近い防衛拠点であるため3重の城壁に覆われている。

 

 そのエ・ランテルの大勢の人で賑わうメインストリートを堂々と歩く3人の姿があった。

 

 中央を歩くのは、ギルド[アインズ・ウール・ゴウン]の至高の41人のまとめ役であり、ナザリック地下大墳墓の絶対的支配者、自らの名をギルド名そのものに変えたアインズ・ウール・ゴウンその人である。

 その姿は、いつもの死の支配者としての姿ではない。それは当然だろう。ここは人間の街だ。そんなことをしたら町中がパニックになるのは間違いないのだから。

 

 アインズは先日の実験で手ごたえをつかんだ緑のフードの男――ロビン・フッドを彷彿とさせるグリーン・アローの姿に変えている。その背には弓と矢筒。普通なら警戒されるのだろうが、冒険者の多いこの都市ではごく日常の光景に過ぎない。

 

 その右隣には、一目で高級品とわかる細工の見事な漆黒の全身鎧(フル・プレート)をまとい、背中には鮮やかな真紅のマント。そして、そのマントの間からは大剣の柄が二本見える。戦士の顔は面頬付き兜(クローズド・ヘルム)に覆われ、表情はまったく確認できない。この戦士はモモン――正体はパンドラズ・アクターだ。――が並んで歩いている。

 

 冒険者仲間同士ならば普通の光景かもしれないが、これはナザリックのシモベの感覚ではありえない光景といえる。ナザリック地下大墳墓の絶対的支配者であるアインズの隣を歩くなど不敬の極みと考えるのがナザリックに属するシモベの共通認識だ。当然その考えはパンドラズ・アクターにも存在するが、“対等の立場で”というアインズの命令がそれに優先している。

 

 

 アインズがパンドラズ・アクターを他の守護者達に紹介した際、および同伴者として人間の街へ連れていくと宣言した際には色々とあったのだが、それは別の話。

 

 そしてアインズの左側、こちらは隣ではなく二歩ほど離れてつき従うのは、漆黒の美しい髪をポニーテールにまとめている“絶世の美女”と呼んで差支えないほどの美女だった。

 彼女の名前はナーベラル・ガンマ。ナザリックの戦闘メイド(プレアデス)の一人であり、優秀な魔法詠唱者(マジックキャスター)である。普段はギルメンの一人、ホワイトブリムがデザインしたメイド服を着ている彼女だが、今日は深い茶色のローブという簡素な服装に変えており、腰には剣を一本下げていた。

 

 

「……ナーベ。そんなに怖い顔をするな」

 アインズは気楽な口調で話かけた。ナーベラル・ガンマは、ここでは冒険者ナーベと名乗ることになっている。

「はっ、申し訳ありません。アインズ様。どうにも蛆虫どもが邪魔くさく……」

 歩きながらである為、さすがに跪いたりはしていないが、もし立ち止った状況であったのなら確実に跪いていることは間違いない勢いで謝罪する。

「ナーベ。今はアインズではない。アローと呼びすてにするように」

「畏まりました。アロー様」

 

「様はいらん。アローでよい」

「申し訳ありません。アローさ―――ん」

「まあよい。これは命令だぞ。アローと呼ぶことになれるように」

 アインズは少し強めにいう。

 

(だいたいこれはニックネームみたいなものなんだからさ、呼びやすいだろう?)

 

「はい。アローさ……いえ、アロー」

 

(はあ……本当に大丈夫かな) 

 アインズはかなり不安であった。

 

「ナーベ、もう一つ。ここは人間の街だ。人を下に見るような発言は慎むようにな」

 ナーベは一瞬何かいいたげな顔になったが、頷くことでアインズの意を受諾する。

「モモンもよいな?」

「問題ない。アロー」

 さすがに役者である。パンドラズ・アクターはすっかりモモンという役になりきっている。アインズがモモンを演じる時に比べると少々大げさな感じがするが、許容範囲と言えるだろう。

 

(こうやって自分の声を聞くと不思議な気持ちになるものだな)

 モモンの面頬付き兜(クローズド・ヘルム)の中身は、骸骨姿のアインズに変化したパンドラズ・アクターである。兜越しの為若干くぐもって聞こえるが、アインズの声そのものである。

 

 一方のアインズは自分と似た声のアローの姿になり、その特性でエフェクトのかかった声になっている為、他人には同じ声には思えないであろう。

 

 とにかくアインズは、気楽に冒険をしたいのだ。

 

 リアルでのアインズは単なる一般人であり、ナザリックのシモベ達が求める絶対的な支配者を演じる、いわゆる支配者ロール――ギルメンの間ではモモンガの魔王ロールと呼ばれていた――でいるのは非常に疲れる。

 その気分転換とストレス発散を兼ねている。アンデッドであるアインズにストレスというバッドステータスは存在しないが、鈴木悟の残滓はそれを感じている。

 

 

 

「確かこの辺りだったはずだが……」

「そうだな。私もそう記憶しているぞ、アロー」

 3人は冒険者組合で冒険者としての登録手続きを終え、今は組合から紹介された宿屋へ向かっている最中であった。

 

「どうやら、あそこのようだな」

「ええ、間違いないようですね。アロー」

 

(ふふ、やっぱりパンドラで正解だったな。そうそう、こういう感じがよかったんだよ。他の奴にはこれは無理だろうな……ルプスレギナくらいか。そう考えるとナーベラルではなく、ルプスレギナを連れてくるべきだったか。だがルプスレギナには別の仕事を与えているな)

 

 アインズは望み通りのモモンを演じてくれるパンドラズ・アクターの評価を一段上げた。多少気になる部分もあるが、彼は役者(アクター)だ。

 

 

 

 宿の扉を開け中に入ると、そこは“場末の酒場”という言葉がぴったりの薄汚い空間であった。

 安い酒が染みた床、年季の入ったと言えば聞こえがいいが、言い換えると朽ちかけた木製のテーブルとイス。

 

 そして、たむろしている低レベルの冒険者と思われる者たち。そのほとんどは男であり、首元に光る冒険者のランクを証明する金属板は、アインズ達と同じ(カッパー)、または1ランク上の(アイアン)のプレートだ。

その中の一人、赤い髪の女性冒険者がテーブルに置いた青色の液体の入った小瓶を眺めながらニヤニヤしているのがアインズの目の隅に入った。

 

 

(やれやれ……まさに絵に書いたような初心者向けの安宿だな)

 アインズは心の中でため息をつくと、奥にあるカウンターへと歩みを進める。

 同業者たちは品定めをするように新入りを順繰りに眺めているが、アインズの軽やかな動きに警戒感を表し、ついで彼らの基準からすれば立派すぎるモモンの漆黒の全身鎧(フル・プレート)に目をやると嫉妬と感嘆の交じった複雑な表情に変わり、そして美しすぎるナーベの美貌にみとれ、鼻の下をのばす。

 

 

「おう。宿泊か?」

 カウンターにいたこの宿の主人と思わしき人物が声をかけてきた。頭はそり上げているのか一本の毛もなく、顔には大きな傷跡が残っている。

(昔は冒険者だったのかもしれないな。筋肉も凄いしここにいる誰よりも強そうだ)

 アインズは質問には答えず主人を観察する。

 

「ああ。3人部屋で頼む」

 応えたのはモモンだ。

「……まあよかろう。1晩で10銅貨だ」

 モモンが銀貨1枚を手渡し、釣りを受け取る。

「部屋は階段をあがって奥のところだ」 

 主人は右手の親指で自分の肩越しに指し示す。

「了解した。行こうか」

「ああ」

 モモンの問いかけにアインズは頷き階段の方へと向かう。

 

 

「へへへっ……」

 アインズの前に冒険者の男が足を出し、彼らの行動を妨害しにかかる。

「!」

 ナーベが腰の剣を抜こうとするが、それをモモンが押しとどめる。

 

(ふっ……初心者への洗礼のつもりか。くだらない習慣だな)

 アインズは的確に急所である向う脛をかる~く――そうアインズの筋力からすれば本当に軽く、せいぜいゴルフボールを1㎠先のカップに蹴りこむ程度の力で――蹴り上げた。

 

「いってえええええええええっ!!」

 男は絶叫を上げると、右脚を押さえ倒れこんだ。その額からは脂汗が滲む。

 本来なら「いってえじゃねえか」と因縁をつけるつもりだったのだろうが、想定以上の威力に何も言えなくなってしまったようだ。

 

(あれっ? 強すぎたか。モモンの時よりも、アローの方が戦闘力が高いから加減が難しいな)

 

 

「……お前、うちの仲間に何をしやがった?!」

 ガタガタと音を立て、仲間と思わしき二人が立ちあがった。

「うん? どいて貰っただけだ。まあ、私の想定以上に弱かったようだが……」

 これはアインズの偽らざる本音である。

「てめえ、ふざけんじゃねえぞっ。この”フード野郎”が!」

 男が掴みかかってきたが、アインズはその手が届くよりも早くジャンプすると両足で男の頭部を挟み込んで後方に回転し、足元の床に背中からとてもかる〜く叩きつけた。

 この場所にいる誰もこの技の名称を知らないが、この技はその場飛びで放った〈フランケンシュタイナー〉と呼ばれる大技そのものであった。

 

「ふぎゃっ!!」

 今までに見たことすらない技をくらった男は情けない悲鳴をあげた。傍から見ていた者ですら理解するのがやっとという早業だったのだから、当の本人は何が起こったのか理解していないだろう。まあ、鎧を装備している分ダメージは少ないとは思われるが……。

 

 

「うおっ! ……なんなんだ今の技は」

 ただ一人残った男は今自分が見たものが信じられない気持だった。

 

「お前はどうする? 私としては売られたケンカから逃げるつもりはないが、売らない奴と戦う気はないぞ」

「……仲間がすまないことをした」

 

「いや気にしていないさ。……一言いっておくが戦いにおいては、相手の力量を見極めることは肝心だぞ」

 アインズは諭すように話す。むろんこれは相手にだけ掛けた言葉ではない。自分自身と、仲間であるモモンとナーベにも向けてのものだ。

 

「お、おう」

「……アローの言うとおりだな。ナーベも気をつけるように」

「わかりました、モモン」

 同意を示した二人とともにアインズは部屋へと上がっていく。

 

 

 

 アインズ達の姿が消えると、その場にいた冒険者達が口々に話しだす。

 

「あの調子じゃ、あの漆黒の全身鎧(フル・プレート)も見かけ倒しじゃなさそうだな」

「ああ。……たしか、モモンとか言ったか? 鎧もかなりの逸品と見えたが、それよりも放っているオーラが半端なかったな。ただのボンボンかと思ったが、ありゃかなり腕に自信があるとみたぜ」

 

「いや、それよりもあのフードの男だよ。アンタらも見ただろう? あの今までに見たこともない技。大の男の頭を助走もつけずに両足で挟み込んで叩きつけるなんて、並みの瞬発力と筋力じゃないよ」   

 ただ一人の女性客――赤い髪の女冒険者が感嘆の声を上げる。なお、その両手には大事そうに薬瓶らしきものを持っていた。

 この場にいる誰もが知らないことだが、対戦相手の協力なしにその場飛びのフランケンシュタイナーで叩きつけるのはかなり無理がある。

 

「ブリタもそう思うか? オレもそう思うね。あのアローって奴の動きは半端なかったな」

「だね。あの3人組かなりできると思うよ。今のうちに仲良くしとこっかなー」

 ブリタと呼ばれた赤毛の冒険者は笑みを浮かべる。正直彼女は「今日はなんていい日だ!」と思っていた。彼女は今日ずっと欲しかった回復用のポーションを購入したばかりであり、さらに頼れそうな同業者の素晴らしい技を見られるという幸運も重なったのだから。

「またオレらをすっ飛ばしていきそうな奴らの登場か」

「そうだな。強い奴ってのは、いるところにはいるもんだよな」

「……やれやれだぜ」

「俺たちの努力なんて、無駄なのかもしれないよな」

「アンタたち努力していたっけ?」

 冒険者達の話題はなかなか尽きることはなかった。

 

 

 

 

◆◇◆ ◆◇◆

 

 

 

 

 部屋に入ったアインズはアローの姿を解除し、元の姿に戻っていた。これは防御魔法を張る為である。なお同じようにパンドラズ・アクターも元の姿に戻っている。

 

「冒険者か、思っていた以上に夢のない仕事だ」

「アインズ様のおっしゃる通りですな。冒険者というよりもモンスター退治屋と名乗った方がよいと思われます」

 

 アインズとパンドラズ・アクターは今後の行動について話し合っている。そばに控えるナーベラルには色々と理解できないことも多い。 

 

(それにしても私はとても幸せな立場なのではないでしょうか……)

 ナーベラルは自分の置かれた環境を改めて考えて、恵まれていることに気づく。

 まず、ナザリックの絶対的支配者であるアインズのそばに仕えることは至上の喜びであり、さらに、同じドッペルゲンガーの上位者であるパンドラズ・アクターも一緒にいる。

 

(宝物殿の領域守護者パンドラズ・アクター様……いつかはお会いしたいと思っていた存在でした……)

 ドッペルゲンガーではあるがとれる形態は一つしかないナーベラルにとって、40を超える形態に変化できるというパンドラズ・アクターは憧れる存在であった。

 ナザリックに使えるメイドとして、またドッペルゲンガーとしてこれ以上恵まれた環境など考えづらいものがある。 

 

(精一杯お仕えせねば!)

 ナーベラルは、より一層の働きをみせることを心に誓う。

 

 

「さて私は少し街へ出てくる。ナーベラルは定時報告を。パンドラズ・アクターは私と同行せよ」

「畏まりました」

「御意のままに」

 

 再びアローとなったアインズと、モモンとなったパンドラズ・アクターは街へと繰り出していった。

 

 


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