―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~   作:NEW WINDのN

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シーズン3第4話『イベント』

 城塞都市エ・ランテル。商人の往来も多いこの都市は常に賑わっているのだが、今日はいつも以上の賑わいを見せていた。

 エ・ランテルが誇るアダマンタイト級冒険者“漆黒”が、その拠点にしているナイトクラブVERDANT(ヴァーダント)において、“漆黒の触れ合いイベント”という名称のファンとの交流会が行わることになっている。

 

 この交流会に参加するには、“漆黒”の公認ショップであるSCHWARZ(シュヴァルツ)で販売されていた“漆黒”特製カードを購入する必要があった。

 カードには特典として、イベント参加券がついており、行われるイベントによって必要枚数が変わる仕組みになっている。

(うーん、いくら寄付をするという名目があるとはいえ、ちょっとやりすぎな気がするな……)

 アインズはそういう心配していたが、不満の声は特に上がっていない。

 

 本日行われるイベントの内容は以下の通り。

 

 “漆黒の英雄”モモン 編

 1・“漆黒の英雄”の強さを体感しよう。 

 あの“漆黒の英雄”モモンと一対一で立ち合いをすることができます。頂点を知る大チャンスです。 

 参加券20枚(※限定40名様)

 

 

 “緑衣の弓矢神”アロー 編

 1・“緑衣の弓矢神”の弓矢教室  

 弓の腕を磨いてみよう。初めての方から上級者までアローが的確なアドバイスを行います。

 参加券10枚(一回20名 午前1回・午後2回計3回予定)

 

 

 “美姫”ナーベ編

 1・“美姫”ナーベと握手しよう。 参加券5枚(※お一人様一回限り)

 2・“美姫”ナーベより、ありがたい一言をいただこう 参加券30枚(※限定100名様)

 

 “ハムスケ”ハムスケ編

 1・ハムスケの背中に乗ってみよう 参加券1枚(子供限定 15名)

 

 モモンのイベントは、モモンと実際に立ち合いができるというもので、強さを体験したいという冒険者が、下か(カッパー)から、上はオリハルコンに至るまで、権利を手にしている。

 モモンから一撃を受けるまでは継続できるルールになっているが、実際はどれだけモモン相手に長く試合できるかを競うような形になるだろう。

 

 アローのイベントは、参加者相手に弓矢教室を実際に行い、参加者には個別にアドバイスを送ることになっている。なお店舗裏の通りに特設の会場を用意。アローの実射もあり。

 

 ハムスケはオマケみたいなものなので割愛し、一番人気のナーベのイベントだが、これはいわゆる“握手会”であり、参加券を多く集めたものは、一言リクエストに応じて言葉をかけてもらえるということになっている。

 ナーベは漆黒の紅一点であり、男女ともに人気が高いが、基本的にあまり人とは交流しないことで知られている。一歩引いているところがまたいいとか、ちょっと冷たくされるのがいいなどという声もあるとかないとか……。

 今までナーベと握手をかわしたなどというものはおらず、この機会を逃せないとばかりに、ほとんどの客の目当ては彼女であった。

 なおVERDANT(ヴァーダント)でバーテンをしているルクルットは、真っ先に券を購入している。

「ナーベちゃんのファン1号としては、これは譲れない!」

 確かに声を一番先にかけているのだから、1号といってもよいのだろう。たぶん。

 

 

 

 

 ◆◇◆ ◆◇◆

 

 

 

 

 

 数日前……

 

 VERDANT(ヴァーダント)の3階にある“漆黒”の拠点。

 1フロアすべてを拠点としているため、かなり広い作りになっており、部屋数も5部屋。さらに広いリビングルームと来客用の応接室まで完備している。

 部屋を彩る調度品は、ナザリックほどではないが、この世界の水準からすれば超特級の物ばかりが配置されている。魔法防御も完璧に張られており、ここに侵入することは不可能となっている。

 今は漆黒の3人が揃って中におり、アローとモモンはそれぞれ、アインズ、パンドラズ・アクターの姿に戻っていた。 

 

 

「今度の“漆黒の触れ合いイベント”だが、ナーベラル・ガンマは、“美姫”ナーベとして訪れた来客と握手会をすることになっているからな。ちゃんと相手をするように」

「私が……下等生物(ナメクジ)ごときと握手……をするのですか? これは、しなければならないことなのでしょうか?」

 ナーベラルはアインズの指示を聞き、戸惑いを隠せない。

「ああ、そうだ。ナーベラルよ。これは必要なことなのだ」

「は、はあ……下等生物(ダニ)ごときを相手に……握手とは……汚らわしい……」

 ナーベラルはじっと自分の右手を見つめる。

「ナーベラルよ、これは大事なことなのだ。そうそう言い忘れていたが、ただ握手をするだけではいかん。笑顔を忘れるな」

「笑顔ですか?」

 ナーベラルは思い浮かべるだけで、吐き気がしてくるのを感じている。

「そうだ。常に笑顔を絶やさないことが大事だ」

「え、笑顔を絶やしてはいけないと!?」

 不敬とは思っていても、思わず聞き返してしまう。

「……ナーベよ。我々“漆黒”は英雄という扱いを受けている、人類最高峰のアダマンタイト級冒険者なのだ。それにふさわしい言動というものがあるのだよ」

「は、はあ……」

 ナーベラルには理解できない部分である。

(これは無理かなあ……)

 ナーベラルの反応を見て、アインズは内心諦めかけている。

 

『アインズ様、私にお任せください』

 アインズの頭に、パンドラズ・アクターの声が響く。

『ふむ……よかろう、やってみよ!』

『はっ。必ずや導いてみせます』

 短い伝言(メッセージ)の魔法でのやりとりで、アインズはパンドラズ・アクターにひとまず任せることに決めた。

 このパンドラズ・アクターとナーベラルは、二人とも同じドッペルゲンガーだ。もっともパンドラズ・アクターの方が上位種である。それが影響しているのかわからないが、ナーベラルのコントロールに関しては、アインズよりもパンドラズ・アクターの方が巧みであった。

 

「よいですか、ナーベラル殿。今回の“漆黒の触れ合いイベント”は、我々にとって大きな意味を持っているのです」

「大きな意味ですか?」

「はい。目的はいくつかありますが、ナーベラル殿は、どういう目的があるかお分かりになりますかな?」

 パンドラズ・アクターは子供を諭すような優しい声音で尋ねる。

 

「そうですね…………。外貨を獲得すること……でしょうか」

 ナーベラルは必死に考えて答える。

(もともと公認の店を出したのも、そういう目的があったはず……)

 店を出す時にアインズとパンドラズ・アクターがそのようなことを言っていたことをナーベラルは思い出していた。

「素晴らしいですよ、ナーベラル殿! それも正解の一つです、さすがはナーベラル殿。的確な答えですな」

 パンドラズ・アクターは大げさに褒めちぎる。

 

「あ、ありがとうございます」

 ナーベラルの頬がほんのりとピンク色に染まったのが、アインズにはわかった。

(ほう。まずは褒め殺しか?)

 アインズはこの機会にナーベラルのコントロールを学ぶことに決めていた。

 

「さて、他にもまだまだ理由はあるのですが、ナーベラル殿は他に何か思い当たることはありませんか? 聡明なナーベラル殿であればきっとお分かりいただけると思うのですが……」

 ここまで言われては、もう「わかりません」とは答えられない。ナーベラルは必死に頭を回転させる。

 

「……漆黒(われわれ)の名声を高める! ということでしょうか?」

 ナーベラルはおそるおそる口に出してみる。

「ナーベラル殿、素晴らしいですね! その通りです。……すでに我々の名声は高まってはいますが、あくまでも、いくつかの偉業を成し遂げたことによるという力によるものです。今回の触れ合いイベントは、直に民と触れ合うことで、我々が力だけではなく、人間的にも優れている器の大きな人間達であるということを理解してもらうという目的があるのですよ」

「力だけでなく……器の大きさを理解させる……なるほど」

(まあ、我々は人間ではないのだがな……)

 アインズはそんなことを思ったが、当然口には出さない。   

 

「他にも理由はありますが、今はここまでにしておきましょうか。ナーベラル殿、まだ時間はありますので、当日までにご自身でも、もう少し考えてみてくださいね」

「かしこまりました。パンドラズ・アクター様」

 ナーベラルは丁寧に頭を下げる。

(ふむ。宿題を与えることで本人に考えさせ、気づかせようというのか。頭ごなしに命じるだけではないということか。……これは応用できそうだな。まあ、俺のなんかよりも頭いいのが部下に揃っているしな。任せるところは任せ、課題を与えていくか)

 アインズはパンドラズ・アクターの対応に感じるものがあった。

 

「よいですか、ナーベラル殿。今回の握手会は、人間嫌いの貴女にとっては、かなりの試練と言えるでしょう。もちろん私もアインズ様も、貴女が人間嫌いなのは存じております。ですが、これは貴女にとっても成長する大きなチャンスなのです!」

「私が、成長するチャンス……ですか?」

「そうですぞ、ナーベラル殿。貴女は“いつまでも同じようにしていればよい”とお思いですかな?」

 ナーベラルはこの言葉にドキリとした。

(そう思っておりました……。変わらず忠義を尽くすことが大事なのだと……)

 ポニーテールが彼女の動揺を示し、左右に振れる。

 

「どうやら、そう思っていたようですね、ナーベラル殿」

「うっ……」

 “どうしてわかったのか?”と目が訴えている。

「それはわかりますとも。ナーベラル殿、我々がナザリックに閉じこもって、その中で平和に暮らすのであれば、それでもいいでしょうね。ですが、我々はナザリックの外にいます。そしてこれからナザリックは拡大していくのです。それなのに我々がそのままでいいのでありましょうか!」

「いえ、それではいけないと思います!」

「その通りです、ナーベラル殿。我々の勢力が増大していくのであれば、我々も成長していかなければいけないのです。今後も拡大し続けていくためには、我々の一人一人の成長が、ナザリックの力に、そしてアインズ様のお力になってゆくのです!! 立てよ、ナザリックのシモベたち! 皆が学び、成長していくことこそが肝要なのです! そして、栄光と勝利を! ナザリックのために、アインズ様のために!」

「アインズ様のために!!」

(うーわー。独裁者の演説みたいになっているよ……)

 アインズは精神が沈静化するのを感じていた。 

 

「……ということです。よいですね、ナーベラル殿。貴女が漆黒の“美姫”ナーベとして得る名声は、我々ナザリックの名声となるのです。もし貴女がその名声を貶めることがあれば、それは至高の御方の頂点にして、ナザリックの絶対的支配者アインズ様の顔に泥を塗る行為ということなのですよ」

「……ナーベとしての対応は、ナザリックの、アインズ様の名声につながるということですね」

「そうです。貴女は我々ナザリックの代表として、そこにいるということをお忘れなきように」

「かしこまりました。全力で握手会を務めさせていただきます」

「わかっていただけたようでなによりです。……アインズ様何かございますか?」

 パンドラズ・アクターは支配者たるアインズに話を振ってくる。

 

「うむ。わかってくれたようで嬉しいぞ、ナーベラルよ。そうそう、握手会では、特別な条件を満たしたものは、“ナーベに一言リクエスト”ができることにもなっているので、しっかりと対応するようにな」

「は?」

「こういうことですよ、ナーベ殿。“ナーベさん、厳しい一言をお願いします”……この下等生物(ゴミムシ)が、身の程を知れ!」

 パンドラズ・アクター、さすがは役者(アクター)である。器用に観客とナーベラルの声を使い分け、見事な物真似をしてみせる。 

(うわー、似ているなー)

 アインズはおもわず感心してしまった。

「な、なるほど。要望(リクエスト)にこたえるということでしたか……」

 

 ナーベラルはこの試練を乗り越えることができるのだろうか……。

 

 

 

 




 久しぶりに、この3人の話になりました。
 
 メインキャストのはずなのに、意外と出番が少ないナーベラル。
 
 今回と次回は、彼女にスポットをあてていきます。



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