―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~   作:NEW WINDのN

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 本編に戻ります。

 


シーズン3第3話『雨の夜』

 

 

「ありがとうございましたー」

 店長のペテル・モークは、本日最後の客を見送ると、SCHWARZ(シュヴァルツ)の看板を、閉店に変えて中へと戻った。基本的に最後の客は彼が見送ることにしている。

 

 

「お疲れ様でした、てんちょー」

 赤毛の店員ブリタが、いつものように紅茶を淹れて持ってくる。

 今日のカップ&ソーサーは、漆黒に塗られており、カップには“漆黒の英雄”モモンのトレードマークである“真紅のマント”をモチーフにした絵が色鮮やかに描かれている。

 このカップは浅く口が広くなっており、どうやら香りを楽しむ紅茶……フレーバーティ向けの仕上げになっているようだ。

 ちなみにフレーバーティとは、一言でいえば“茶葉に香りづけをした紅茶”だろうか。 

 

 

「サンキュー、ブリタさん。いやー、今日はいつも以上に忙しかったな」

「新商品も入りましたからね」

 ブリタは手渡した漆黒のカップ&ソーサーを指差した。

 

「これのおかげでいつもよりも女性客が多かったですね。……もはや“漆黒”は武具だけでなく、一大ブランドになりつつあるのかも……おっ、いい香りだ」

 ペテルは飲む前に、紅茶の香りを楽しむ。何かはわからないがフルーティな香りがする。香りを楽しんだペテルは紅茶を口に含んだ。

「……うん、美味い。……これは帝国産の茶葉に、柑橘系のフルーツフレーバーか」

「おっ! だいたい正解です。てんちょー、テイスティングのランク上がったんじゃない?」

 ブリタは嬉しそうに笑う。

 

「そりゃ、これでも毎日飲んでいるからね。(アイアン)くらいにはなったかな~」

 ペテルにとって、閉店後の紅茶は日課でもあり、一仕事終えた後の楽しみでもあった。

(アイアン)ですか。まだまだアダマンタイトまで遠いですねー」

「だね。“漆黒”みたいに一気にアダマンタイトまでは上がれないよ。そういえば、この間締め切った“漆黒の触れ合いイベント”もうすぐだったよね」

 

「ああ。あれですかー。すごい売上になっていますよ」

 漆黒のメンバー3人+ハムスケの限定カードを、この“漆黒”公認ショップSCHWARZ(シュヴァルツ)で購入すると、イベントへの参加権が手に入る。

 

 これはSCHWARZ(シュヴァルツ)オーナーであるオリバー・クイーン――アインズが変身中のアローの非戦闘形態――の発案によるものとされているが、実際はパンドラズ・アクターの提案によるもので、鈴木悟(アインズ)のいたリアルの世界で100年以上前に流行った販売拡大の手法である。

 

 “漆黒の英雄”モモンは、決して偉ぶることがなく、普段から老若男女問わずフレンドリーに接してくれることで人気がある。“緑衣の弓矢神”アローも、言葉数こそ少ないものの、モモン同様に分け隔てなく接してくれることで知られている。。

 今回、普段はほとんど人と接することがない、あの絶世の美女“美姫”ナーベが参加することが発表されていることもあって、彼女と会いたい人間が多数押し寄せ、売り上げがトンデモないことになっていた。

 

 

「収益のうち何割かは、孤児院などに寄付するって話だったけど、すごい話だよね」

「ですねー。それよりてんちょー、私達にもボーナスでますかね? かなり忙しかったんですけど」 

 ペテルはブリタの瞳が金貨になっているような気がしていた。

 

「オーナーからは、そういう話を聞いているよ」

「本当ですか? やった! おきゃっ!」

「気を付けてくださいよ」

 喜びのあまりに紅茶をこぼすブリタを見て、苦笑するペテルであった。

 

 

 

 

 

 ◆◇◆ ◆◇◆

 

 

 

 深夜の城塞都市エ・ランテル。人影も少ない午前0時過ぎ。VERDANT(ヴァーダント)の外は雨がしとしとと降り続いている。そんなあいにくの空模様は、人に見られたくない人間にとっては、格好の隠れ蓑である。

 

 VERDANT(ヴァーダント)からそんなに離れていないスラム街の路地裏には、3人ずつの2グループ、計6人の黒いローブをまとった男達の姿があった。双方とも黒い袋を手にしている。

 

「おう。例のモノは用意できただろうな?」

 路地の手前にいた中央の男が低い声で尋ねる。

「ああ。ここにあるぜ」

 路地奥の中央の男が応え、左右に控えていた男たちが“黒い粉”のようなものを見せる。

「よし。こちらもここに金は用意してある」

 こちらもまた左右に控えた男たちが、持っていた袋を開き中に入っている金貨を示す。

「では、取引と行こうか」

「ああ」

 男たちは距離を詰めて路地の中央で向かい合う。

「では」

「ああ。今回“も”取引は成立だな」

 左右の男たちが金とブツを交換し、中央にたつリーダーらしき男たちは熱い握手を交わした。

「また頼みますよ」

 金を受け取った側のリーダーがニッと笑う。

 

 

「「ではな」」

 お互いに踵を返し、路地をそれぞれ進もうとするが……。

 

 

 

「そこまでだ!」

 闇から声が響く。

「何者だ!」

「姿をみせろ!」

 男たちは武器を抜き、キョロキョロとあたりを見回す。だが、人の姿は見えない。

「こっちだ」

 声は建物の屋根の上から聞こえる。

「貴様……何者だ」

「どうせ消えゆく悪党に、名乗る名などは持たない」

 屋根から3つの影が飛び降りてきた。3人ともフードで顔を隠しており、目元はアイマスクで覆われている。色は(アーセナル)(スピーディ)……そして“(ダーク・アーチャー)”。

 

「行くぞ」

 黒のフード男――これはアインズが変身している(アロー)色違い(2Pカラー)――が号令をかける。

「了解」

「まっかせてー」

 フードの3人が、ローブの6人に一斉に襲い掛かる。

「てめええっ!」

 部下達が剣で迎撃するが、あっさりと赤いフードの女に避けられ、次の瞬間には額を右手に持ったスティレットで貫かれてしまった。

「んふふー、か・い・か・ん♪」

 ドサッと前のめりに倒れた男を赤いフードの女――クレマンティーヌは踏みつける。

「次は誰にしようかなー」 

 次の獲物を探しながら、彼女は血のついたスティレットをペロッと舐めた。大型の肉食動物を思わせるような雰囲気に、命の危険を感じたもう一人の部下は、恐れを抱き、くるりと背を見せて逃げ出した。

「おそーい」

 だが、回り込まれてしまった。

 

「くそっ! うああああああっ!」

 男は目茶苦茶にナイフを振り回して威嚇するが、しょせんは無駄な抵抗であった。

「残念でしたー」

 クレマンティーヌは再びスティレットで額を的確に突き刺し、瞬殺してみせる。

 

「くそがああああっ!」

「うおおおおおっ!」

 部下2人は青いフードの闖入者――ブレイン・アングラウスに斬りかかった。

 

「殺!」

 ブレインの領域に入った瞬間、二人の男の首がスパッ! という音とともに宙を舞った。

「秘剣――虎落笛(もがりぶえ)改……ツバメ返し」

 これは目にも止まらぬ早業で、領域に入った男を一撃で首を斬り、そのまま返す刀でもう一人の首を斬り落としている。

 あまりの早業にブレインの刀には一滴の血もついていない。それでもブレインは血ぶりしてから、鞘に刀をおさめる。

 

 

「さて残るはお前たちだけだな」

 二人の男に弓で狙いをつけながら、アインズは近づいていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーい。これで全部だよー」

 金貨の入った袋をどさっと置きながらクレマンティーヌが声をかける。

「ご苦労だったな、“スピーティ”。“アーセナル”も見事だったぞ」

 アインズは金貨の袋から数枚取り出して二人へと渡す。

「どうもー」

「ありがとうございます」

「せっかくの臨時収入だからな。まあ大事に使え」

 アインズは残りの金貨をアイテムボックスへと放り込む。もうクレマンティーヌもブレインも慣れたもので、別に驚きもしない。

「そっちは、どーすんの?」

 黒い粉――当然黒砂糖などではなく、王国で流通している“黒粉(ライラの粉末)”という麻薬である。これは犯罪組織“八本指”の麻薬部門が取り扱っているもので、当然のように今回の取引にもかかわっている。

 

「これか? そのうち取引材料にでも使うだろう。我々の目的のために」

 別のアインズは麻薬取引を始めるつもりはないが、押収した麻薬にも使い道はあるだろう。念のために回収するだけのことだ。

 そもそも、こんな末端の取引を潰したところで、たいしたメリットがあるわけでもない。八本指という巨大な組織にとってダメージは限りなく小さい。

 だが、これを繰り返されれば、“八本指と取引をすると消される”という図式が生まれ、取引は成立しにくくなる。

 街を汚す人間を潰しながら、徐々に組織にダメージを与える。彼らの活動は、街の自警団(ヴィジランテ)といったところで、まだ大きな活動ではなかった。

 

「もっと強い奴はいないのかなー、暇つぶしにもならないよ。弱すぎて」

「ぜいたくをいうな。そもそもお前は人間の中ではかなり強いのだ。そう簡単に望むような相手に会えるものでもないだろう」

「ちぇー」

 

「なんなら、この私と1対1(サシ)でやるか?」

 VERDANT(ヴァーダント)の地下には戦闘訓練ができる場所もある。

 

「やめとくー。また腕折られるのは勘弁してー」

「残念だ。足を折ろうと思ったのに」

「それ笑えないよー」

 

 言葉とは裏腹にクレマンティーヌは、なぜか笑顔であった。

 


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