―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~ 作:NEW WINDのN
そして……彼には3度目の人生が待っている。
「ここは……」
仰向けに寝ていた男は目を開き、眩しそうに天井を見つめた。そこには豪華な七色の宝石で作られたシャンデリアが複数吊り下げられており、まるでこの世のものとは思えぬ雰囲気を作り出していた。
「天国……なのか?」
ニグンは目だけを動かして状況を素早く確認する。どうやら、ここはかなり広く、そして天井が高い部屋だということがわかる。壁は白がベースになっており、金を基調として細工が施されている。どこかの王城のようにも見えるが、ニグンが今までに見たどのような建物よりも豪華なものであった。
「……それとも神話の世界なのか?」
ニグンはゆっくりと起き上る。
「目覚めたか……ニグン・グリッド・ルーインよ」
聞き覚えのある声が背後から聞こえた瞬間、彼の体がビクンと跳ねた。
「そ、そのお声は……」
そして体を震わせながら、ニグンは恐る恐るその声の方を見る。
背もたれが天を衝くように高い玉座が据えられており、そこには見覚えのある豪奢な漆黒のアカデミックガウンをまとい、あの奇怪な仮面をつけた
ニグンはこのままではいけないと即座に判断し、素早く正座すると深々と頭を下げる
「……あ、アインズ・ウール・ゴウン……さま」
その声は震えている。自分を……いや自分の部隊を恐怖に陥れた存在。魔神をも超える力を持っていると思われる、強大な
「面をあげよ」
ニグンは逆らわずに頭を上げる。
「どうやら私のことは覚えていたようだな。目覚めた気分はどうだ?」
アインズは感情を消した平坦な声で尋ねた。
「は、はい。か。体が重いような感じが、い、いたしますが……気分は悪くございません」
ニグンはガタガタと震えながら懸命に答える。
「そうか……あまり気分がよさそうには見えないがな?」
先ほどまで死んでいた身であることを差し引いても、ニグンの顔色はかなり青白い。
「そ、そんなことはございません! 私は、とてもよい気分です」
ニグンは、必死に否定してみせる。
「そうか? お前は、国に使い捨てにされたのだぞ?」
「わ、私が使い捨て……」
「そうか気が付いていなかったのか。あるいは知らなかった方が幸せだったのかもしれんな」
「ど、どういう理由があってそのようなことを、……貴方様はおっしゃるのでしょうか?」
「……では、教えてやろう。根拠は二つある――まず一つ目だが、お前には使い捨てのアイテムが与えられており、情報系魔法で“常”に監視されていた。もしお前が預かった秘宝を誤った使い方をしたり、持ち去ったりした場合は、お前を抹殺するつもりだったのだろう」
「そんなっ……でも確かに……あの時……」
「そうだ。覚えているだろう。お前と私が対峙している時、魔法で監視をしようとした何者かが私の攻性防壁に引っかかったことを」
「はい……覚えております」
「そうか。まず知るが良い。ニグン・グリッド・ルーインお前は法国にとっては単なる捨て駒に過ぎなかったのだと」
「私が……捨駒……」
「その証拠にその後お前を探しに来たものはおらぬ。多大な功績を残し、他の者よりも厚い信仰心を持っていたお前に対する仕打ちがそれだよ」
「……おお……」
ニグンの中で何かが壊れる音が聞こえる。
「ところで一つ聞こう。ニグン・グリッド・ルーインよ、お前は自分が死んだという認識はあるのかな?」
「……ございます。アインズ・ウール・ゴウン様」
「お前の記憶はどうなっているのかな?」
「はい。質問に答えたところで、急に意識がなくなったという記憶がございます」
ニグンの素直な答えにアインズは手の内に入れ始めたという満足感を覚える。
「そうか。ではなぜお前が急に意識を失ったのかということを教えてやろうではないか。お前たち陽光聖典には、とある“呪い”がかけられていたのだよ」
アインズはあえて言葉を言い換える。
「の、呪いですと?」
ニグンの声がひっくり返り、完全に裏声になっている。
「そうだ。これが二つ目の根拠だよ。お前たちには法国の高位者によって“呪い”がかけられていたのだ。質問に3つ以上答えると死ぬという恐ろしい“呪い”がな」
「な、なんとおお!?」
「すでにわかっているだろう? 貴様の部下どもは、すべてその呪いによって死んだのだ」
「おおおっ……な、なんということだ……」
「さて、疑問に思わないかニグン・グリッド・ルーイン。ではなぜお前は今ここに生きているのだ?」
アインズの言葉にニグンはハッとなる。
「た……たしかに……まさか、アインズ・ウール・ゴウン様が生き返らせてくださったということでしょうか?」
「ふははははは。まあ、半分は正解だな、ニグン・グリッド・ルーイン」
「は、半分?」
「そうだ。正確にはこうだよ。私はお前の“呪い”を打ち消した上で、お前を生き返らせたのだ」
「呪いすら打ち消せると?」
「容易いことだ。その証拠にお前はすでに3つ以上の質問に答えているだろう?」
「た、確かに。アインズ・ウール・ゴウン様……呪いの打消しと、蘇生ということでございましたが、それは、……だ、大儀式を行ってでしょうか?」
ニグンの言葉にアインズは
(
アインズは同じような質問を
「大儀式? なんだ、それは。私一人で行えることだぞ?」
「な、なんと!」
ニグンは水晶のような目を
「そしてもう一つ……先程までは生き返ったことで体が馴染んでいなかったからわからなかっただろうが、死ぬ前と比べてみて、体の具合はどうだ?」
「は、はい。変わりません……いえ、それどころか今までに感じたことのない力すら感じます。これはいったい……」
ニグンは自分の体を不思議そうに眺めている。
「ふはははははっ! 簡単なことだ。高位の蘇生魔法で蘇らせたのだ。そして少しだけ私の力を分け与えておいたのだ」
「な、なんと高位の蘇生魔法とは! そ、それは神の領域! まさか貴方様は神……」
「ふむ。なかなか察しがいいな……」
アインズは右手で仮面をずらし、その
「そ、そんな……まさか……ス、スルシャーナ様! 生きておられたのですね!!」
スルシャーナ。スレイン法国が信仰する六大神の一神にして、追放された神である。
「私は、スルシャーナの生まれ変わりである。……私は嘆かわしい。今の法国が、そして私は怒りを覚えている。この私を抹消した恩知らずな法国に!」
「す、スルシャーナ様……いえ、アインズ様! どうかお怒りをお鎮めください。そして再度我々の導いてはくださいませんか」
「ニグン・グリッド・ルーインよ。お前はまだ法国への恩義を感じているのかな?」
「いえ、そんなことはございません。私を捨て駒にし、そのような呪いをかけたうえ、素晴らしい神である貴方様のことを抹消した法国などに未練はございません!」
ニグンの言葉に嘘はなかった。
「そうか。私は嬉しく思うぞ。ニグン・グリッド・ルーインよ」
「もったいなきお言葉。スルシャーナ様……いえ、アンズ・ウール・ゴウン様にいただいたこの命……貴方様に捧げることを誓います。このニグン・グリッド・ルーイン、貴方様の忠実なる信者にして僕でございます」
ニグンはいきおいよく床に額を叩き付ける。
(うわー、痛そう)
アインズの中の
「よかろう。ニグン・グリッド・ルーインよ。お前の全てを我に捧げよ」
大袈裟に両手を大きく広げてみせる。
「ははーっ。仰せの通りにいたします」
「うむ。過去のお前とは決別することになるがよいかな」
「すでに一度死んだ身でございます」
ニグンはきっぱりと言い切ってみせる。
(いや正確には2度死んだのだがな。そこの記憶はないようだな)
アインズは心の中でつぶやくと、死の神としてのロールに集中する。
「では、その証としてその頬の傷を消そう。よいな?」
ニグンにとってこの傷は、アダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”につけられたもの。彼はその時の敗北を忘れないために、あえてそのままにしていたものである。こだわりは当然強い。
「かしこまりました。アインズ・ウール・ゴウン様。この傷は消させていただきます」
「よかろう。では時が来るまでしばし待機せよ。お前には私の元で働くための教育をせねばならぬからな」
「かしこまりました。アインズ・ウール・ゴウン様。この身尽きるまでお役に立ってみせます」
「うむ。ではまた会おう。ニグン・グリッド・ルーイン。我は期待しているぞ」
「ははーっ!」
こうしてニグン・グリッド・ルーインは、アインズの忠実な僕として忠誠を誓うことになる。なおニグンが、力が溢れていると感じていたのは、少量の“ミラクル”を投与したことにより、一時的にパワーアップしたためである。
(……我ながら狡猾だよな。まあ、デミウルゴスとパンドラズ・アクターが考えたシナリオだしな。あとで実際に使ってもいいわけだし)
この後ニグンは、ナザリックの直属としての教育を受け、エ・ランテルに出店することになったナザリックの直営店――現地ではチーム“漆黒”本拠地として認定されている――
「さて、もうすぐ開店の時間だな。すべては
彼は“生の神”を信仰する者ではなく、“死の神”に仕える者として3度目の人生を生きている。
本作は基本的に書籍ベースなので、アインズ本来の顔をニグンさんは今回初めて見ます。
またスルシャーナ神の顔を知っている設定になっています。
アニメではアインズの素顔を見ている描写があったかと思いますが、そちらではない方向で。
普段の作風とは違う形にしてみました。
次回はいつもの感じに戻ります。