―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~   作:NEW WINDのN

32 / 70
シーズン3 新拠点編
シーズン3第1話『SCHWARZ(シュヴァルツ)』


 

 

 

 ナザリックに所属するシモベ達は、アインズがふと口にした「世界征服なんて面白いかもしれないな」という言葉を真に受け、至高の御方のために邁進している。

 実際のアインズの意志とは違っていたのだが、すでに動き始めた後だ。もはや退くこともできず、アインズはその計画に乗って動いている。

そんなナザリックの勢力拡大の手始めとして、今回初めて大規模に軍を起こすことになる。

その栄えある初侵攻の指揮官に任命されたのは、第五階層守護者コキュートスであった。彼はここまでナザリックの警備を担当しており、特に目立った実績はあげていない。

 いくらアインズに「お前が守っていてくれているから、我々が外で活動できるのだ。コキュートスの功績は大である」と伝えられても、同僚が活躍し,手柄をあげているのに対し、「自分ハ何モシテイナイ」という気持ちは拭えなかった。

 そこで与えられた任務が、蜥蜴人(リザードマン)制圧の任であった。蜥蜴人(リザードマン)達は、トブの大森林の奥、湖の周辺にいくつかの村に分かれて住んでいる。

 アインズは、シモベを使って、彼らを順番に殲滅すると宣言させ、思惑通り連合させることに成功する。個別に葬るのは簡単だが、支配することを考えればまとまっていた方がやりやすい。

 さらに敵に数倍するアンデッドの軍団を用意し、アインズはコキュートスに攻撃を命じた。ただし、コキュートスは直接手を下すことを禁じられ、指揮官として采配をふるうように言い含められている。そして……結果はまさかの完敗。

 これは、相手を侮り、ろくな調査も行わなかったコキュートスの慢心によるものである。だが、ただ、アインズにとっては想定の範囲内の出来事であり、コキュートスに学ばせるという目的は達成され、その後の再侵攻によりコキュートスは汚名返上に成功する。

 

 こうして蜥蜴人(リザードマン)を支配下に置くことに成功したアインズは、コキュートスに統治を委任。この一件でコキュートスは武人としてだけではなく、指揮官として、また統治者として成長し始めている。

 

 

 なお、この間にアインズは、冒険者として”貴重薬草の採取”といった高難易度の依頼をこなし、さらなる名声を得ている。また、これは知られていない話になるが、実はその裏で強力なモンスターを撃破している。もっともそれはまた別の話であり、ここでは詳細は語らないでおこう。

 

 

 

 

 

 ◆◇◆ ◆◇◆

 

 

 

 

 

「やっと手に入って嬉しいです!」

 漆黒に塗られた片手剣を受け取った年若い茶髪の冒険者が破顔する。首には真新しい(カッパー)のプレートが光る。

「お待たせして申し訳ありませんでしたね」

 ペテル・モークは、人懐っこい笑顔を浮かべ、軽く頭を下げた。

「いえいえ。凄い人気がある商品ですし、仕方ないですよ。1か月の待ち期間で手に入ったのは正直ラッキーですね」

「今からの注文だともっとかかりますからね」

「えー! そうなのですか? よかったー」

「切れ味は保証しますよ。でも、メンテナンスは怠らないでくださいね」

「わかりました! “漆黒”公認ですものね! あと、これも効果期待しちゃいますね」

 茶髪の冒険者は、首にかけていた赤い布袋を取り出す。

「ああ……お守り袋ですね。……一つだけアドバイスさせていただきますけど、自分を守るのは危機察知能力ですよ。危険だと思ったら退く勇気を持ってくださいね」

「わかりました。他ならぬ“勇者”ペテルさんのアドバイスですから、心がけるようにします。“危険だと思ったら退く”。わかりました!」

(本当にわかっているのかなあ……)

 たまに彼のことを“勇者”ペテルと呼ぶ者がいるのだが、その度に彼は、あの光景を思い出し、生きていることを神に感謝してしまう。   

「また寄らせて頂きます」

「はい。お待ちしています。どうも、ありがとうございましたー!」

 

 ペテルは最後のお客を見送ると、扉の外の看板をひっくり返し“

 SCHWARZ(シュヴァルツ)本日閉店”に変えて中に戻った。

 

 

「ふうー」

 両手を上げて大きく伸びをする。今日も忙しい一日だった。

「“勇者”なてんちょー、お疲れ様でしたー」

 赤毛のブリタが紅茶の入ったカップ&ソーサーを手渡す。

「サンキュー、ブリタさん。お願いだから……“勇者”は勘弁してくださいよー」

 最近ペテルは、閉店後に紅茶を楽しむのが日課になっていた。

「やっぱり落ち着くよなあ……」

 疲れた体に、温かい紅茶が染み渡る。ペテルはこれだけで、疲れが少しとれたような気がしていた。

「なんだかジジくさくなっていますねー」

「ちょっと、人がいい気分の時にやめて下さいよ。それに俺はまだまだ若いですよ!」

 ペテルは真顔で抗議する。実際ブリタよりは少しだけ年上だが、彼はまだ若かった。

「ごめーん。ちょっとからかっただけ」

 ブリタは屈託なく笑う。

「まったく」

 冒険者をしている時は、食事は食欲を満たすためのものと割り切っていたし、体を休めるために休憩をすることはあっても、このように楽しめるものではなかった。

 紅茶の茶葉がかわると、香りも味も、そして色合いまでも違うなんてことを覚えたのは、この店で働き始めてからだった。

「これは……うーん、帝国産かな?」

「ぶっぶー。残念。聖王国産ですねー」

「あっちゃー。まだまだだなー」

 ペテルは頭をかきながら苦笑いする。

「まあ、私も自分で淹れてなければわかりませんけどね。紅茶の種類によってあうお菓子もかわるんですよー」

 ブリタは自分が淹れているからどこの産地かわかるが、出される側だったらわかる自信はなかった。

 

「へーそうなんだ。それは知らなかったな」

「今度気にしてみてください」

「気にしてみるよ。……こういう時間も楽しいな。それにしても今日も忙しかった」

「ですねー。“漆黒”人気は凄まじいですよね。公認モデルの片手剣なんて、3ヶ月先まで予約で一杯ですよ」

「……たまにキャンセルが出ることもあるけどな」

「そうですね……」

 二人の顔が暗くなる。それはキャンセルになる理由にある。

 一番人気の片手剣は“漆黒の英雄”モモン自身の考えにより、手に入れ易い価格になっている。つまり初心者が多く買い求める傾向にあるのだ。それがキャンセルになる時……それはそれを予約した新人冒険者が命を落とすか、重傷を負って冒険者を辞めることが大半を占めている。

「本当はキャンセルが出ないのが一番なんですけどね」

「こればっかりは私たちの仕事ではないですからね」

「ですね。……それはそうと、“ブリタの赤毛入りお守り袋”の売上もの凄いですよ。もう今日の入荷分は売り切れです。最後のお客さんも持っていましたよー」

「あれかー。あんまり売れても困るんだよねー」

 ブリタは右手で自分の髪の毛を触る。開店前に比べると彼女の赤毛はかなり短くなっていた。

「この調子だと、そのうち坊主頭になりますね」

 ペテルはニヤリと笑う。

「ほんと勘弁して。だいたいこれって“漆黒”関係ないじゃない。どうしてここで売ってるの?」

「いやーそうでもないんですよね。“漆黒”の英雄譚の中に、『死にかけていた赤毛のブリタを救った』というのがあるのですが、それが人々の間を伝わっていく間に形が変わって、ブリタさんの赤毛は死の淵から救ってくれるっていう話になって流布しているんですよねー」

「なにそれ。そんな話になっているんだ。それだったら、てんちょーだって、“ペテルの金髪お守り”売れるはずですよね」

「うーん。そもそも女性の髪の方が、やっぱり客受けがいいんですよねー。冒険者はやっぱり男性の方が多いですし。それに私はいわゆる“黒と緑の物語”には出てきませんしね」

 ペテルはすっかり店長が板についているようで、冷静に分析してみせる。

「そういえば、聞きましたー? また漆黒の“非公認販売店”が、潰れたそうですよ」

「ああ、聞きましたよ。続々となくなっていくなー。まあ、元々ただ色を黒く塗っただけの紛い物を正規の値段の2倍以上の金額で売っていたわけだしね。それを嫌ったモモンさんたちが知り合いのオーナーと話してこの店を作ったって話でしたし」

 実際この公認ショップができるまでは、雨後のタケノコのようにあちこちに詐欺まがいの店が続々とでき、初心者や若手そして観光客を騙していた。

「……あくどい商売でしたよねー。そこへいくとうちは“英雄公認の店”で、なおかつ品質もよい品ですものね」

「そうですね。武器の強さは2割増になっているのに、料金はほぼ据え置きですからね。オーナーが、知り合いの鍛冶屋から直接仕入れているから価格を抑えられるって話でしたけどね。……自分が店長やっていてこんなことをいうのもあれですけど、良心的ですよ。新たに冒険者を始める層とか、まだ階級が上がらない人がメインの販売層ですしね」

「そうだよねー。こういうところを大事にするのが、モモンさん達らしい。でも、一つだけ気が掛かりな点があるんだよねー」

 さっきまで笑顔だったブリタの顔が曇る。

「なんです?」

「“八本指”ですよ。てんちょーも聞いたことあるでしょう?」

「ああ。“八本指”か……」

 “八本指”とは王国の裏社会を牛耳る闇の組織であり、密輸・人身売買・麻薬・詐欺・殺人といったあらゆる犯罪に手を貸していると言われている。

 

「これを詐欺と仮定するなら、当然八本指が絡んでいる……かも」

「なくはないだろうね。だとすれば、奴らの資金源の一つを潰したってことか」

「報復……」

「それは難しいと思うよ。八本指には何人かの凄腕がいるって聞いたことあるけど、それでもモモンさんやアローさんに勝てるとは思えない。公認であるこの店を襲うとは思えないよ」

 ペテルはそういって笑顔をみせる。人を安心させるような力のある笑みだった。

「それもそうだね。用心棒の“レイ”さんと“クレア”さんも凄腕だし」

 ブリタは残りのお茶を飲み干した。

「おっ、そろそろVERDANT(ヴァーダント)開店の時間だ。一杯飲んで帰ろう」

「おっ、いいねー」

 

 ペテルとブリタは、VERDANT(ヴァーダント)へ続く従業員専用の扉へと向かった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。