―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~   作:NEW WINDのN

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シーズン2第5話『遭遇』

 

 

 月夜の森を8人の武装した男達が隊列を組んで進む。

 彼らの武装は様々で、先頭を歩くのは、男の戦士が3人。全員デザインの違った鱗鎧(スケイルアーマー)を着込み、大型の盾を背負っている。そして、いつ戦闘になってもいいように、武器は抜いてある。歴戦の戦士という雰囲気を醸し出していた。

 その後ろには首から十字架を下げ、神官服を着用した信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)らしき男、さらに軽装で杖を持った魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)が続く。

 その後ろには帯剣し帯鎧を装着した戦士風の者、メイスを片手に持った髭面の男、木の杖を持ちローブを着た年若き魔法詠唱者(マジックキャスター)が続いている。

 先行する5人のメンバーに比べると、後に続く3人はまだ若く、顔はやや引きつり緊張を隠せない。

 

 彼らはエ・ランエル冒険者組合に所属する冒険者で、街道周辺の警備に出ていたチームだ。その任務中、昨今この近辺を荒らしている野盗の塒と思われる拠点を発見したという報告を受けたため、チームを二分。まずは彼ら先行偵察隊が調査に向かうことになった。

 

 

「野盗達はどれくらいの数がいますかね」

「……さあな。かなりの規模だっていう話だぜ」

「まあ、野盗の3、40人程度なら十分片づけられるだろうぜ」

 先頭を歩く戦士三人が小声で囁き合う。彼らの態度には余裕があり、自分たちが負けるということは考えていない

「……ご遺体を調べた限りだが、野盗どもの腕はそれなりと見ます。あまり脅威にはならないかと」

 神官の言葉に、戦士達の表情が緩む。

「なら問題ないな」

「ただ、稀に一刀のもとに急所を切られているご遺体がある。正直他と比べると段違いの凄腕だ。最低でも一人、もしくは複数は腕の立つ者がいると考えておいた方がよいな」

 ローブを纏った魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)と思われる人物が雰囲気を引き締める。その後ろに続く(シルバー)プレートの若者3人は緊張の面持ちを崩していない。

 何か危険があったり、イレギュラーな事態が発生すれば、彼らはすぐさま撤退する予定になっている。目的は、まずは相手の戦力を見極めことにある。 

 

 撤退を前提にした無理のない仕事であり、危険度はそこまで高くない任務のはずであった。

 

 

 

 

 ただし……そこにそれが存在しなければの話だ。

 

 

“死を撒く剣団”の拠点と判断された洞窟から出てきたのは、“人とは違う何か、人ではない何か”だった。

 

 

「推定、吸血鬼(ヴァンパイア)!! 銀武器か魔法武器のみ有効。 勝てない! 撤退戦!! 目を見るな!!」

 一行のリーダーである魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)がやけに大きな声で叫ぶ。

 現れたのは長い銀色の髪の化け物。……吸血鬼(ヴァンパイア)。赤い瞳が、地獄の炎のように見える。頭上には血の色をした球体が禍々しく浮かんでおり、より得体のしれない雰囲気を漂わせている。またその背後には白いドレスをきた色の白い吸血鬼を引き連れていた。そこから感じる力もかなり強い。

 

 

「ゔっ……」 

 モンスター退治に慣れている冒険者をして“化け物”と思わせるのは、その吸血鬼(ヴァンパイア)から放たれる圧倒的な存在感故だ。

 今までにないどす黒いプレッシャーを放つ化け物。……一般人ならすでに卒倒しているであろう邪悪なオーラになんとか耐えているのは冒険者としての経験によるものだ。

「……ゴクリ」

 誰かが喉を鳴らした。あるいは全員か。今、この場にいる者は目の前の化け物に圧倒されている。彼らの背中を今まで流したことのない量の冷や汗が、滝のように流れ落ちる。

 

「わが神、炎神――」

「無駄をするな、防御魔法に入れ!」

 神官がアンデッドを退散させるべく聖印を掲げたが、魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)がそれを制し、防御魔法をかけ始める。それに続き神官も防御魔法を発動させた。

 神官は自分よりも格下のアンデッドを退散・消滅などをさせることが可能だが、今回の相手は格が違うため効果は期待できない。そこで無駄をするなと伝えたというわけだ。

 

 圧倒的な差を感じながらも、それでも冒険者達は経験によって動く。最善を尽くす為に。

 

 戦士達は一時的に銀武器の効果を発する添付剤を武器に塗り、それを構えながら後退し始める。

 彼らは知る由もないが、この吸血鬼は、ナザリック地下大墳墓第一~第三階層守護者シャルティア・ブラッドフォールンがその正体を現したものである。

 

 彼女の普段の美少女然とした姿はいってみれば仮初の姿であり、本当の姿はこの真祖(トゥルーヴァンパイア)である。彼女には血の狂乱という欠点があり、血を浴びすぎると、このいわゆる狂戦士(バーサーク)モードに突入してしまう。理性が飛び、非常に攻撃的になってしまうのだ。

 

 

「あ~もう駄目~~しんぼうできないいいいいいいいいいっ!」

 シャルティアは恐るべきスピードで襲いかかる。一番手前にいた戦士の鎧を貫き、心臓を抜き手でえぐり掴みだす。

「は、はやいっ!!」

 シャルティアはえぐり出した心臓を見せつけるように突き出す。

「うっ……」

「あっ……ああ……」

 神官が顔を歪め、木の杖を持った魔法詠唱者(マジックキャスター)らしき若い男がぶるぶると震えだす。  

 

不死者創造(アニメイト・デッド)

 シャルティアは相手の反応に満足すると、ニタリと邪悪な笑みを浮かべながら、魔法を発動させた。

 

「うあっ……」

 彼らは息をのむ。魔法の発動と同時に、先ほど心臓を失った戦士が、モゾモゾと動きだし動死体(ゾンビ)として蘇った。さらにシャルティアは頭上の血のプールからドス黒い塊を一塊取り出すと、それを動死体に無造作に投げつける。

「な、なんだ?」

 そしてその動死体(ゾンビ)下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)へと生まれ変わった。

 

「なっ!」

「うあああああっ……」

「ありえん! 代償なしであれほど高度な魔法を使う吸血鬼(ヴァンパイア)など聞いたことがない」

「実際に目の前にいる!」

「落ち着くんだ! 撤退は無理か? 打って出る」

「いや、勝てるのか?」

「やるしかないんだ」

 冒険者たちは口々に叫ぶ。  

「うおおおおおっ!!」

 戦士一人がシャルティアに切りかかり、もう一人の戦士がさっきまで仲間だった下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)に切りかかる。

「わが神、炎神よ。不浄なりしものを退散させたまえ!」

 神官の聖印から神聖なる力が放出されるが、当然シャルティアにはなんの効果もない。下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)の方は動きが鈍り、戦士の剣が突き刺さっている。多少は効果があったということか。

 

「邪魔ああああああっ!」

 戦士の剣を小指で弾き、シャルティアは無造作に右手を払う。たったそれだけの動きで、戦士の首がスパッ! と切り飛ばれ足元に転がる。そして、首を失った胴体は、血しぶきを吹き上げながら仰向けに倒れていく。

「つぎいいいいいいっ!」

「か、神よ!」

 パニックになった神官は、己が信じるものに縋り、十字架を突き出す。だが、そんなものはシャルティアにはまったく効果がない。

 次の瞬間、シャルティアの左手が横なぎに動く。そして、神官の首も血しぶきとともに宙を舞った。

 

「なんてことだ! 魔」 

 魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)が魔法を唱えようとするが、その前にシャルティアが暴風のような勢いで飛び込み、右手刀を脳天へと振り下ろした。“脳天唐竹割り”まさにその言葉通りに魔法詠唱者(マジックキャスター)の体は左右に真っ二つに切り裂かれた。

 

「な、なんて力だっ!」

 後方にいた帯鎧の戦士が呻く。

「きえろおおおおおおっ!」

 シャルティアはその二つに分かれた体をムンズとつかむと、後ろを振り向く。そこにはまだ下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)と互角の戦いをしていた戦士がいた。

 シャルティアは手に持った魔法詠唱者(マジックキャスター)だったものを無造作に戦士めがけ思いっきり投げつけた。

「ごばっ!」

 戦士もろともレッサーヴァンパイアも巻き込まれ、どちららもグチャグチャに潰れてしまい、すでに原型をまったく留めないただの肉塊に成り果てた。

 

 あたりには血の匂いが充満し、地獄絵図のような光景が広がる。

 

「……予想をはるかに超えるのである」

「ああ。化け物中の化け物だな……」

 残る冒険者は3人。彼らは全員『漆黒の(つるぎ)』という(シルバー)冒険者チームのメンバーである。本来は4人チームだが、レンジャーのルクルット・ボルブは繋ぎ役として先行偵察隊の後ろに控えており、今頃はエ・ランテル目指して疾走しているはずだ。

 リーダーの戦士ペテル・モーク、そして森祭司(ドルイド)のダイン・ウッドワンダー、魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)のニニャは、チームの補佐という形で同行していた。

 

「うわあああああああっ……」

 メンバーの一人、ニニャは悲鳴を上げガクンと両膝をついてしまった。

「ニニャ! 立つんだ!」

 リーダーのペテルが檄を飛ばす。

「〈獅子ごとき心(ライオンズ・ハート)〉」

 髭面の男……ダインが唱えた魔法の力により、ニニャはショック状態から立ち直る。

「すいません、ペテル、ダイン。取り乱してしまって……」

「……仕方ないのである。こんな状況では」

「ああ……こんなひどい状況は初めてだ」

 今までにも同行していた冒険者が命を落とすところに遭遇したことはあるが、今回のような悪夢のような光景ではなかった。 

 

 

(そして恐らく、これが最初で最後だろうな……)

 ペテルは覚悟を決める。もはや生きて帰れる可能性はほぼゼロだと彼は考えていた。

 

 

「ニニャ……逃げろ。逃げるんだ! これは、敵う相手じゃない」

 ペテルはシャルティアの胴体から目を離さない。

「ペテル!」

 ニニャは抗議の声を上げる。

「そんな顔をするな、ニニャ。お前を逃がす時間くらい俺が何とか……」

「私もいるのである」

「そんなっ! ペテル! ダイン! 一緒に逃げましょう!!」

 悲痛な表情でニニャは叫ぶ。

 

「いいから走れ!」

「……ニニャ、お前にはお姉さんを探す使命があるのである」

 ペテルとダインは覚悟を決め、武器を構える。

(こんなに心細く感じたことはないぜ)

 一緒に冒険してきた(あいぼう)が紙で出来ているかのような感覚をペテルは感じている。そして彼の構えた剣先は小刻みに揺れていた。

「〈獅子ごとき心(ライオンズ・ハート)〉」

 ダインは彼自身とペテルを対象に含め、小声で魔法を発動させた。

 

「いけっ!」

「う、うん!」

 ニニャは泣きながら全力で走りだす。

 

(ペテルっ! ダインっ!!)

 

 ニニャは後ろを振り向かずに走る。それが二人の厚意に答えるたった一つの方法だと知っているから。

 

 

 


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