―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~   作:NEW WINDのN

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 意外(?)な人物が初登場します。

 
 なお少し短めです。


シーズン2第3話『疾走』

 

 

 リ・エスティーゼ王国王家直轄領城塞都市エ・ランテル。この都市にはいくつかの方向に城門が設けられている。

 そのうちの北門から出発して、徒歩で3時間ほど街道を進んで行くと、近くには森が広がっていた。

 

 最近この街道沿いでは野盗による被害が多く出ている。

 

 被害にあった商人は金や商品を奪われ、男や老婆は惨たらしく殺害され、若い女は連れ去られた。その後どのような目にあっているかは想像に難くない。きっと生き地獄のような状況になっているだろう。

 

 多発する被害に対し、王国の動きは鈍い。

 “黄金の姫”の提案により街道の警備を強化する方針にはなったものの、貴族たちの利権が絡むこともあって妨害工作が入り、ろくな予算が組めず、実際はほとんど機能していない。

 国が頼れないのであれば、“自前で警備を強化する”か、“そもそもそこを通らない”という二択になる。

 よって商売をしたい商人は、金をかけて自前で信頼できる傭兵を雇うことになり、当然その分の金額は、物価に反映されることになるため、都市としては無視できない損失となっていく。

 そこでエ・ランテル冒険者組合は、この地域へ冒険者を派遣し街道の警備を強化している。この街道沿いの森を抜けた先に野盗の塒があるという情報を掴み、冒険者組合は調査隊を派遣することになった。

 

 そういった事情を除けば、今夜は綺麗に晴れ渡っており、空には、きらきらと煌く満天の星と満月一歩手前といった丸い月が浮かび、闇を照らしている。

 風も心地よい強さで吹き、過ごしやすい気温。何もなければとても雰囲気のよい夜であった。

 

 月明かりの下、森の近くで過ごす。恋人と語らうには悪くないシチュエーションともいえる。 

 

 

 

(いやー、こういう月の下で、美女と二人手を繋いで歩きたいよなー)

 草陰に身を伏せた若い男は、月に目をやりながら一人心の中で呟く。

 彼は20歳前後の若者で、長い金髪をヘアバンドのような物でまとめ、背中には弓と矢筒を背負っている。

(そいでもって、ちょっとカッコつけたセリフを言ってみたり……)

 

 彼は身を伏せたまま、一人考え込む。

 

(ふむ……こんなセリフはどうだろうか。「今日はいつも以上に美しい月だと思わないかい? え、どうして? それはね、君の輝きを受けて、いつも以上に輝いているからだよ。だって、君は僕の太陽だから!!」」とか! どうかな。なかなか詩的じゃないかな?)

 この場所には彼しかいない。風に葉が揺れる音と、時折虫たちが合唱をしている程度で静かなものだ。 

 

(もしくは、こんなのはどうだろう? 「だいぶ森の中を歩き回ってどうやら君も疲れたようだ。……それに実を言えばどうやら道に迷ったようだ。よかったら、ここで休むとしよう。そして楽しい朝が来るのを待つとしよう」 とかカッコよくね? あ、職業柄、森で迷うのはカッコ悪いか……)

 彼はレンジャーである。それが道に迷うというのは本人の考えた通りかなり恥ずかしいことだろう。

 彼が思いついたセリフは戯曲のような言い回しであるが、真剣に考えた結果だ。使うのはともかく考えるのは楽しい。

 

 

 

 ただし……何事も起きなければの話だが。

 

 

 

「む。風向きが変わった。この風……血の匂いがする……。風上は洞窟の方か?」

 彼――ルクルット・ボルブは、変化を感じ警戒を強めた。

(何もなければいいが……いやな予感がするぜ)

 仲間が向かった方向を見るが、彼の位置からは仲間の姿は見えなかった。

 

 

 そして……残念ながら彼の予感は的中することになる。

 

 

 

「推定、吸血鬼(ヴァンパイア)!! 銀武器か魔法武器のみ有効。 勝てない! 撤退戦!! 目を見るな!!」

 やや離れたところから、森全体に聞こえるかのような大声が響く。声の主は男性のようだが、この場所から姿は見えない。

 

「くそっ……マジかよ!」

 声が聞こえると同時に、ルクルットは弾かれたように起き上がり反転。声のした方向とは逆向きに全速力で走り出した。

 

(くそっ! デートのことなんて考えている場合じゃないぞっ! ……吸血鬼(ヴァンパイア)だと? 月夜に悪い出会いだな! ……まあ、美人の吸血鬼(ヴァンパイア)なら会ってみてもいいけど。いや、美人でも吸血鬼(ヴァンパイア)は駄目か。それにしても”野盗化した傭兵団の拠点”って話じゃなかったのかよ! 傭兵団を吸血鬼(ヴァンパイア)が支配していたのか? それとも逆なのか? 逆だったらそれを操る凄い奴がいるってことになるけど。……それはないか? いったいどういうことだ?? わからん!!)

 ルクルットは闇を切り裂き、木の根を飛び越えて疾走する。

 

 彼は依頼を受けた冒険者チームの一人であり、先行偵察に出たチームに何かあった場合は後退して情報を持ち帰ることになっていた。

 

吸血鬼(ヴァンパイア)……銀武器が有効だ。アイツら添付剤は持っていたはずだよな。……あと目を見ると魅了されるから見てはいけないって聞いたことがあるな。……くそっ! ペテル……ダイン……ニニャ……無事に帰ってきてくれ!)

 先行隊に同行している“漆黒の(つるぎ)“の仲間の顔を思い浮かべる。一緒に(シルバー)プレートまで昇格した大事な仲間だ。それを任務とはいえ置きざりにして逃げることに、ルクルットは苦しい思いでいた。

 

(くそ~っ! こんなことになるなら、やっぱりナーベちゃん達と同行するべきだったぜっ! もたもたしなければよかった!!)

 必死に走りながらもルクルットの頭には、ある美人の顔が浮かんだ。彼は無類の女好きであり、面食いだ。平時であれば美しい女性には必ず声をかけるという特性を持つ。

 もっともその成功率はかなり低いらしい。一応彼の名誉の為に言っておくと、彼自身のルックスは人並み以上でポテンシャルは決して低くない。どちらかといえば高いレベルに入るのではなかろうか。

 ではなぜ彼が失敗するかといえば、まず”数を打ちすぎる”こと。そして”レベルが高いところを狙いすぎる”ということが成功率低下の要因といえる。また、軽薄そうな話し方が足を引っ張っている可能性もある。

 

 

 そんな彼の心を捉えて離さない特別な存在がいた。

 漆黒の髪をポニーテールに纏め、キリッとした顔つきを崩さない絶世の美女。彼女の名はナーベという。

 冒険者組合で彼女を見かけた瞬間、いつものように一目ぼれ。そして仲間をそそのかして「一緒に仕事をやりませんか?」という声をかける段取りまではしたが、実行には移せなかった。

 

(あの赤毛……あいつが邪魔をしなければ……たしかブロリーだっけ?) 

 ルクルット達は赤毛の女冒険者――正解はブリタ――に邪魔をされ、仕事を依頼するという面では声をかけそびれたのだ。

 ちなみに彼の記憶力はある意味優秀で、好みの美人が相手だったら一瞬で覚えることができ、何年でも何人でも名前を覚えていられるのだが、そのブなんとかという赤毛の冒険者は残念ながら好みではなかった為にうろ覚えだった。

 

(今頃ナーベちゃんと楽しい夜を過ごしているはずだったのに)

 冒険者として同行できなかったが、彼個人としては素早く行動を起こしている。

 組合を出る前にナーベを捕まえ、すかさず愛の告白はしたのだが、躊躇することなくウジムシ扱いをされて冷酷に断られている。その後の”お友達から”のお願いも駄目だった。

 だが、彼はまだあきらめていない。そういう男である。 

 

(きっとツンデレってやつだろ。ツンじゃないときはめちゃくちゃ優しくてかわいいんだろうなー)

 そんなことを思いながらもルクルットは仲間の危機を知らせる為に全力で走り続けている。 

 

 結局ナーベ達に声をかけ損なった漆黒の剣の面々は、別の依頼を受けることになり、野盗化した傭兵団”死を撒く剣団”の調査に参加することになった。

 

 チームを先行偵察隊、後方支援隊の二つにわけ、レンジャーのルクルットは、もう一人のレンジャーとともに両チームの間に潜伏。

 先行偵察隊に何かあった場合または合図があった場合は、ルクルットは援軍を求めエ・ランテルへ帰還。もう一人は後方支援隊に連絡をとって退却することになっている。

 

「みんな、生き延びてくれっ!! 神様っ! どうかどうか助けてやってください」 

 さっきまでの妄想を振り払い、ルクルットは信仰心をフル動員して仲間の生還を願った。

 

「また必ず会おうって約束……破るんじゃねえぞっ! ペテル・モーク! ダイン・ウッドワンダー! ニニャ!」

 

 

 彼は走り続ける。情報を持ち帰る為に。

 

 

 そして……思い人に再び会う為に。

 

 

 


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