―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~ 作:NEW WINDのN
リ・エスティーゼ王国王家直轄領、城塞都市エ・ランテル。三重の城壁で囲まれたこの都市は、王国にとって防衛の要といえる軍事拠点であり、バハルス帝国との会戦時には、ここを拠点として戦場となるカッツエ平野へと兵を派遣することになる。
また、帝国およびスレイン法国との国境が近いという地理上から、この都市はこの三国間を行きかう商人の出入りが多く、交易都市という一面も持ち合わせている。
昼間は大勢の商人が店を開き、それを買い求めるこの街の住民や、近郊の村人。そして珍しいマジックアイテムを求めて立ち寄る冒険者などで、街は大賑わいを見せている。だが、そんなこの都市も、太陽が地平線に沈むとまったく別の顔を見せる。一部店舗は例外的に賑わっているが、ほとんどの地区は静寂に包まれ暗闇が街を支配していた。
「ブリタさん、ありがとうございます」
少年は、馬車の向こう側にいる赤毛の女冒険者に声をかけた。 彼の名前は、ンフィーレア・バレアレ。この都市最高の薬師リイジー・バレアレの孫にして、バレアレ薬品店の将来有望な後継ぎであり、そして強力な
ンフィーレアは額の汗を拭うため、その顔の半分を覆う金髪をかきあげた。普段は髪で隠れているが、その顔立ちは非常に整っており、何人もの異性を虜にできるだけのポテンシャルを秘めている。これも
「……いいって。あの人達のおかげで、護衛任務では、なんにも役に立てていないしさ。これくらいさせてよ」
薬草採取の際は多少は役に立てたという実感はあるものの、本来の依頼内容である護衛任務という面では、彼女自身の言葉通り何の役にも立っていなかった。
同行した
「何だか申し訳ないですね」
「いいって、いいって!」
ブリタとしては今回の依頼で、この都市最高のポーションを扱っている”バレアレ薬品店”との繋がりができただけでも十分な成果といえるし、これからきっと頂点に登りつめていくであろう実力を持つ冒険者、アロー・モモン・ナーベの3人と一緒に旅をしたということは、二度と得られないかもしれない貴重な経験となる。
それに現実的な話として追加報酬まで貰えるのだ。荷降ろしを手伝う程度は、当然と考えていた。
「これで最後ですね」
「結構時間かかったね」
数も多かったが、二人だけでの作業だ。効率がよくないのは否めない。
「ブリタさん、馬車を裏に止めてきてもらえますか? 僕は中で整理しているので、馬車を止めたらお手伝いお願いします」
「オッケー。任せてよ」
「冷えた果実水がありますので、終わったら声をかけてくださいね」
「おーいいね!」
ブリタは手綱を引いて馬を誘導し、馬車を店の裏へと移動させる。
「さってと、今回は量があるから仕訳が大変だな。頑張るぞ!」
ンフィーレアは腕まくりをして、薬草の詰まった壺を持ちあげた。
「んふふー、おかえりなさーい♪」
「えっ? 誰?」
聞いたことのない若い女の声にビクリとし、ンフィーレアは声のした方向へと顔を向けた。暗い店内から漂う薬草の臭いの中に、何か花のような香りが混ざっているが、人の姿はしない。
「この香りは……蒼い薔」
香りの正体に気づいたところで、ンフィーレアの意識は途切れた。
ガシャァン!!
ンフィーレアの持っていた壺が大きな音とともに割れ、深い緑色の草が壺のかけらとともに散らばった。その近くには蒼い花びらがひらりと舞い落ちる。
「んふふー。ンフィーレアちゃん、ゲットォ♪」
闇の中で、短いブロンドの髪をした女が笑みを浮かべている。目を凝らしてよくみると、その右拳はンフィーレアの腹部にめり込んでいるのがわかる。
「ずーっと待っていたんだよ? 寂しかったんだからー。もう一人で身悶えちゃうくらいに」
よく見ると整った顔立ちをしてようにも見えるが、暗い色のフードを被っている上、店内は明かりがついておらず闇に溶け込んでしまいハッキリとは見えない。
「タイミング悪かったみたいだけど、これで安心だよねー! これからひと騒動起こせちゃう。 うふふ……楽しみだよねー♪」
ニンマリと笑うその顔は、”人とは違うなにか、人ではない何か……”であり、獰猛な肉食獣が獲物を前にした時に浮かべる笑みのようにも感じられる。まず間違いなく闇を味方にするタイプの人種であろう。
「じゃあ、行こっかー。楽しいことになるよー。ねえ、ンフィーレアちゃん♪」
同世代と比べると若干細身とはいえンフィーレアは男である。だが、ブロンド女は軽々と左肩に担ぎあげると、堂々と入口から出て行こうとする。
「ンフィーレアさん、何かあった? 大きな音がしたけど??」
馬車を止め終えたブリタが声をかけながら入口へと近づいてくる。
「ンフィーレアさん?」
ブリタは不思議そうな顔をしながら店へと入る。彼女の顔は正面を向いており、その位置からだと扉が邪魔をして、女とンフィーレアの姿は目に入らない。
「チッ!」
舌打ちとともに素早く右手で腰のベルトに差し込んであったスティレットを引き抜くと、ブロンド女はブリタの腹部にブスリという音を立て、一瞬の躊躇いも、そして一切加減することもなくそれを刺し入れた。
「ガハッ……!」
何が起きたのか理解できないうちにブリタは強烈な痛みを腹部に感じ、一瞬の後に口から大量の血を吐きながら、前のめりに自らの吐いた血に向かって倒れこむ。
「バイバ~イ♪」
聞いたことのない女の声と、ガシャンッ!という音とともに床に倒れ伏したブリタの目に映るのは、先程ンフィーレアとともに店内に運びこんだ、見覚えのある壺のかけらと飛び散った薬草だけだった。
(ン、ンフィーレアさん……なんて……日……だ……アローさ……モモ……ンさ……ん……ナー)
依頼主の安否を気にしながら、ブリタは共に旅をした冒険者を思い浮かべる。右手をどこへともなく伸ばす。震える指先が何かに触れたところで動きが止まり、ブリタの意識は白に染まった。
「んふふふふっ~♪ おんやー、残念。もしかして死んじゃったのー? ばっかだよねえ、もう少しゆっくりと馬車を止めていればよかったのにね!! ”出てこなければ殺られなかったのに♪” うーん、でもやっぱり殺しちゃったかもー!!」
この女の楽しげな独り言は、ブリタには当然届くことはなかった。
「急ぐから、じゃあねっ~♪」
女はそのまま何事もなかったかのように、店を出ると、走り始める。
走る! それも人を肩に担いでいるとは思えないスピードで。女は疾風のように街を駆け抜けていき、あっと言う間に目的地までの道のりを走破する。そして、そのまま暗闇の中へ溶けるように消えていった。なお、その間一切スピードは落ちることはなく、鼻歌も途切れることはなかった。もっともそれを知覚できる“人間”は誰もいなかったが。
「なあ、今何か聞こえなかったか?」
墓地近くの街を巡回中の衛兵二人組のうち、背が高い方の衛兵があたりをキョロキョロと見まわしながら尋ねた。
「いや……何も。何も聞こえないが、一体何が聞こえたんだ?」
背の低い方の衛兵――筋肉の付き具合はこちらの方がガッチリしている――が聞き返す。
「……うーん。はっきりとは言えないが……何だか若い女の声が聞こえた気がしたんだよな」
「はあっ? 気のせいだろ。このあたりには老婆はいても、若い女なんていないぜ」
この近くには神殿があり、よく病気の老婆などが歩いている。もっともそれは昼間の話であり、今の時刻には人っ子一人いない。
「ははっ。そりゃ、そうだよな」
「そうそう。疲れているのか? ……それともアンデッドかもしれないな」
「やめてくれ」
「ま、ここは墓地からは少し離れているからな。アンデッドなんて出やしないさ」
衛兵達はのんきな会話を交わしながら、巡回を続ける。
「たまには、何か事件起きないかな。正直ここのところ暇すぎる」
背が高い衛兵は不満げな顔である。
「お前、そういうこというなよな~。よく物語であるだろう? そういうことを言っていると事件に巻き込まれることになるんだぜっ!」
「はっはっは。そんなわけないだろう。ここのところアンデッドも出ないし、平和そのものじゃないか」
笑いあう二人。その口ぶりは平和な日常そのものであった。
だが彼らは知らない。闇はいつも光の陰に隠れていることを。
そして、闇はいつでも自分たちのすぐそばに存在するものであることを。