―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~   作:NEW WINDのN

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シーズン1第10話『アローVS森の賢王』

 トブの大森林に入ったアインズ達は薬草の採集に励んでいる。

「お、これだな」

 アインズは目的の薬草を見つけると、慎重にその葉を摘む。

(……ブルー・プラネットさん。あなたが愛し、求めていた自然がここにあります。ここにブルー・プラネットさんがいたら、どんなに喜んでくれただろうか……) 

 アローの姿に変身しているアインズは目的の薬草を見つけては摘むという、荒廃したリアルの世界ではできない体験を楽しんでいた。ほとんどレジャー感覚といえる。

 

 

「これだけ採取できれば十分ですかね」

 額の汗を拭いながら立ち上がるンフィーレア。その顔には満足そうな笑みが浮かんでいる。それもそのはずで、いつもより質のよい薬草や、普段なかなか手に入りにくい薬草も今回は採取できているのだ。

 アローとモモン……そしてナーベ。3人もの強者に守られているという安心感もあり、いつもよりも奥まで進んでいたのだが、そのことにンフィーレアは気づいていない。

 

 ガサッ! バサッ! バサッ! バサッ!! という葉を揺らす音、そして鳥の羽音が聞こえたので、そちらを見てみると遠くから一斉に鳥の飛び立つ姿が目に入る。

 

(普通なら良くない予兆だよな。まあ原因はわかってはいるけどね) 

 アインズは左耳を地面にあて、音を確かめる。

 

「むっ、……何かくるぞ! ”人とは違う何か、人ではない巨大な何かだ”……ンフィーレアさん、急いでここから離れるんだ」

「わかりました。急ぎましょう。ブリタさん、お願いします」

「おっけ~!」

 薬草を入れた籠をンフィーレアとブリタの二人が運び込む。

 

 

「近いぞっ!!」

 アインズが叫び、弓を構える。

「あぶないっ!」

 ちょうど荷を運び終えた二人めがけ、何か硬いものが高速で襲う。

「うわあああっ!」

「おっきゃああああああっ~!!」

 ンフィーレアは頭を抱えながら伏せ、ブリタは恐怖を感じ、ただ絶叫する。

「させるかあああっ!」

 モモンが二人の前に飛び込み、それを両手のグレートソードで受け止める。

 

 ガキイッ!! 

 

 金属と金属がぶつかり合う音がして、火花が散った。

 

「ほお、見事でござる。それがしの初撃を完全に防ぐとはやるでござるな」

 シュルシュル……と音がして、攻撃してきた金属らしきものが巻き戻っていく。どうやら襲撃してきたのは魔獣の尻尾だったようだ。

 

(それがし? ござる? ああ、そういうことか)

 アインズは疑問に思ったが、自動翻訳の結果と判断する。長いこと生きている魔獣という話だ。きっと言葉遣いが古いのだろう。

 

「……お前が、森の賢王か?」

「いかにも。それがしが森の賢王でござる」

 一行の前に、ぬっと巨大な生物が姿を現す。白い毛並みにつぶらな黒い瞳。ドデンとしたまん丸い体。その姿は、ジャンガリアンハムスターそのものであった。ただし、アインズ達よりも大きいというサイズを除けばだが。

 

「ずいぶんとでかい、ジャンガリアンハムスターだな……”ミラクル”でも投与されたのかな? まあ、この世界にはないだろうが」

 アインズは予想外のモンスターの姿に驚きを隠せない。なお”ミラクル”はARROW(アロー)の中で登場する、超人的な力を得ることのできる薬である……当然そんなものはこの世界にはないはずだとアインズは考えた。

 

(アインズ様……”ミラクル”なら宝物殿に収納されていますが……)

 モモンの中身であるパンドラズ・アクターは、ナザリック地下大墳墓の宝物殿を守る領域守護者であり、そして極度のマジックアイテムフェチでもある。当然のことながらその所在・効果は把握していた。

 

「これが……森の賢王……なんて凄い魔獣なんだ!」

「やばい……なんて日だ!! 勝てない……」

 ンフィーレアとブリタは強大な魔獣をみて恐怖に震える。

(えっ? ただのでかいハムスターだろ? なんでそんな反応になるんだ?)

 アインズには理解不能であったが、気を取り直して「この世界の基準では、とってもすごい魔獣なんだ。うん、きっとそうだ」という風に思うことにした。

 

「ナーベ、ブリタとンフィーレアさんを連れて、離れろ!」

「……かしこまりました。アロー」

 ナーベはキチッと決めて見せる。

(やればできるじゃないですか。その調子ですよ、美しき姫君ナーベラル殿) 

 パンドラズ・アクターは、人知れず兜の中で満足げな笑みを浮かべた。 

 

 

「お主、それがしの種族を知っているのでござるか?」

「知っていると言えば知っているが……」

「本当でござるか? できれば同族に会いたいのでござる。子孫を残さねば生物として失格であるがゆえに」

 アインズは、「自分も失格なのか?」と考えたが、「アンデッドだから生物じゃない!」という結論に至る。

 アルベドがどんなに言い寄ってきても求めても、無い物はないのだ。ただ、今の姿だと確実に危険なので、アルベドの前ではこの姿にはならないことを心に誓っている。

 

「コホン! ……親や兄弟はいなかったのか?」

「それが……それがしは生まれてからずっと一人だったでござるよ。同族を見たことがないのでござる」

「そうか。お前に似た生物は知ってはいるが、サイズはこれくらいなんだ」

 アインズは右手の人差し指を動かして、空中に円を描きハムスターの大きさを教える。

「……残念でござる。それでは無理でござるな……」

「なんかすまないな」

「では、気を取り直していくでござる。命の取り合いでござる! いざ尋常に勝負! さあ、さあ、さあ!」

 ぐっと気合が入るでかいハムスターいや森の賢王。それとは逆にアインズのやる気は一気に下がる。

 

 

「……ふう、やるしかないか……モモン、下がっていろ」

「よいのか? 私が相手をしてもよいのだが」

 モモン――その正体であるパンドラズ・アクター――は、自らの創造主たるアインズのモチベーションの低下に気付いていた。

「……せっかく出てきてくれたんだ。私の力を試すいい機会だからな」

(森の賢王がハズレだったとしても、それを別の方向で生かせばよいということですか。さすがはアインズ様。思慮深き御方だ)

 モモンが距離をとったことで、森の中で巨大ハムスターと、緑のフードの男が対峙する。

 

「それがしは森の賢王でござる。一人でよいのでござるか、”フードの男”よ。それがしは二人がかりでも構わないでござるが」

「ハムスター相手にそんな恥ずかしいことができるか。私の名はアロー、お前を倒す者だ」

 互いの名乗りが終わると同時にまず森の賢王が動く。

 

「いくでござる!」

 ゴオオオッ! という轟音ともに尻尾が襲い掛かる。それは先ほどよりも遥かに早く、そして重い攻撃だった。これが森の賢王の本来の一撃なのであろう。

 

「フン!」

 アインズは体を半身にすると左足を高く蹴り上げ、足裏でその一撃を受け止める。

 

 例によってアインズ自身は技名を知らないが、これは〈トラースキック〉。場合によってはフィニッシュホールドにも使われることがある技だが、それを贅沢にも防御に使ったということになる。

 

「なんと?」

 自らの一撃を完全に受け止めただけでなく、1ミリたりとも体がぶれないアインズに森の賢王は瞠目する。並みの冒険者、例えばブリタであれば一撃で死に至るほどの破壊力であるにも関わらず、アローの姿になることで飛躍的に向上した身体能力を持つアインズにはまるで通じていない。

 

「……やるでござるなっ!」

 森の賢王は続いて予想以上の鋭さを持つ右前足の爪で、アインズを攻撃する。

「セイッ!」

 アインズは弓を持った左手の甲を、森の賢王の手首(前足首?)に打ち込み、その一撃を弾く。

「ぬおっ! でござる!」

 ひるまず左、右と連続して爪が襲ってくるが、アインズは左に対しては右の手刀を打ち込み、右に対しては先程と同じように”裏拳with弓”で弾き返す。

 

「ハアッ!」

 続いて放った右エルボースマッシュを今度は森の賢王が弾き返す。

「見事でござるっ! ならばっ、〈全種族魅了(チャームスピーシーズ)〉」

 森の賢王の丸っこいボディに模様が浮かび輝く。

「ぬんっ!」

 アインズは魔法攻撃を弾き返す。今はアンデッドの体ではないので精神攻撃無効ではない。だが、アインズはそれに対抗するマジックアイテムを所持している。

 

「ならばっ! 〈盲目化(ブラインドネス)〉」

 先程とは違う模様が輝き、相手の視界を奪う魔法を放つ。 

「トオッ!」

 魔法が発動する直前に高く飛び上がり、魔法がおよぶ範囲外へと距離をとる。

「いくぞっ!!」

 そのまま降下しながら矢を3連続で放つ。

 

「飛び道具とは卑怯なり! でござる」

 昔の武士のようなセリフを吐きつつ、森の賢王は左右の爪で二本の矢を払ったが、三本目の矢は防げず、左肩へとあたる。

 カキンッ! と金属のような音がして矢が弾かれる。

 

(見た目とは違って硬いな。それにしても武人建御雷さんのようなことを言うなあ)

 アインズは懐かしい友の姿を思い出す。

(でも、お前の尻尾も飛び道具じゃないのか?)

 残念ながら尻尾は肉体の一部とみなされる為、道具ではないとみなされる。

 

「くらうでござるよォォォ-ッ! 賢王アタァァァックウ!」

 アインズがぼんやりしながら着地をすると、いつの間にか距離をとっていた森の賢王が、ものすごい勢いで全身を大きく広げて飛んできた。フライングボディアタックというところか。正直賢王の名には相応しくない技といえる。

 

「アロー!!」

 さすがにモモンが声を上げる。

 

「なめるなよっ!! ハムスター!!」

 両腕でがっちりと微動だにせずに受け止めると、アインズは自分の左膝を立て、そこに森の賢王の下腹部? を打ち付けて動きを止めた。

「……ぬおおっ……ふぎゃっ!」

 初めて受ける攻撃に苦しむ森の賢王。さらにその毛むくじゃらな顔面を掻き毟り、アインズは右人差し指を天高く突き上げ叫んだ。

 

「「ジョン・ウー!」」

 アインズとモモンの声が重なる。

 

(なんだ? 今のは……)

(思わず声を出してしまいましたが……ジョン・ウーとはなんでしょうか??)

 アインズは疑問に思い、パンドラズ・アクターは首を捻るが、何分思わず言ってしまっただけなので、答えはでない。

 

「らああっ!」

 アインズは両足で踏み切る、いわゆる正面飛びで飛ぶと、森の賢王のでぷんとした腹部へと、両足を揃えた強烈な蹴りを繰り出した。

 

「うごおおおっ!」

 回避できずにまともに受けた森の賢王は、“ぎゅーんっ!”という音ともに思いっきり吹っ飛ばされ、大木の幹へと激突! 

 その衝撃に耐えきれず、大木は真っ二つにへし折られてしまった。

 

「今のは……効いた……でござ……るよ」

 短い手いや前足でお腹をさすりながら森の賢王は、よたよたと立ち上がる。

 

 例によってアインズとモモン……いやパンドラズ・アクターはこの一連の動きの名称を知らない。それぞれ”マンハッタン・ドロップ”・”顔面掻き毟り”・”正面飛び低空ドロップキック(ジョン・ウー)”とかつて呼ばれていた技である。なぜ二人の声がそろったのかといえば、「お約束」とだけ答えておこう。

 

「ふんっ!」

 ここでアインズは矢を4連続で放つ! 放たれた矢は、森の賢王に命中する直前に金属製の縄のような形に変化すると、森の賢王のサイズの割には短い四肢を絡めとり、地面へと縫い付けた。

 

「な、なんでござるかこれは! う、うごけないでござるよ~!!」

「これは〈捕縛する矢(キャプチュード・アロー)〉というスキルで作成した矢だな。森の賢王よ、もう力の差はわかっただろう?」

 アインズは弓を構え、仰向けに倒れている森の賢王の額に突きつける。その周囲には相手を威圧するようなオーラがただよう。

 これは〈正義の怒り〉というスキルで、アインズが本来使う〈絶望のオーラ〉のレベル1よりも効果は弱いが、相手を威圧し心理的な優位性に立つことができる。主に悪人を捕える際に使う。

 先程の〈捕縛する矢(キャプチュード・アロー)〉も同様に主に悪人を殺さずに捕えるために使うもので攻撃力はほとんどない。なお、ユグドラシルでは行動阻害に対する耐性を有するプレイヤーが多かった為、まず使われることはないスキルであった。

 

 

「降参するでござる。命ばかりはお助けを……」

 ぶるぶると震え、つぶらな瞳でアインズを見る。

『アインズ様。いかがなさいますか?』

『ハムスターを殺すのも気が引けるからな。パンドラよ、こいつはこの世界ではそれなりの強さなのだろう?』

『そのようですな。……アインズ様、先日ブリタ殿が使役した魔獣がいたら組合で登録する必要があるという話をしていたかと思います』

『なるほど、この魔獣を我々が使役していれば倒した時よりも名声は上がるという考えだな』

『はい。倒した時は一瞬だけ広まりますが、連れている限りはそれが継続できます。これはメリットではないでしょうか? アインズ様の計画に、強大な魔獣を従えているという設定を加えるべきかと』

『良い考えだ。採用しよう』

『ありがとうございます。アインズ様!』

 例によって〈伝言(メッセージ)〉を起動し、方針を素早く決める。

 

「ふむ。まあ、よかろう。私の真なる名はアインズ・ウール・ゴウンという。お前が忠義を尽くすのであれば、その命を助けよう。」

「おお、ありがたき幸せでござるよ。それがし、命をかけて忠誠を誓うでござるよ」

 

 こうして森の賢王は、名前が欲しいということで”ハムスケ”というセンスのカケラもない命名をされ、アインズ旗下の魔獣として同行することになった。

 

「おお、素晴らしい名をいただき感謝感激雨あられでざる。殿!それがしは忠義を尽くすでござるよ」

 

 当の本人、森の賢王あらためハムスケが喜んでいるので、ネーミングセンスはあまり関係なかったようである。

 

 

 


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