正月の遊びです!
Side空
一月一日。新年が始まった。
年明け直後に勝負後、各家庭が用意したおせちをバニングス家で食べている。
正直に言うと、今すぐにでも寝たい。
「…………ねぇ、ずっと思ってること言っていい?」
アリサが箸を動かす手を止めて、対面に座っている俺に言ってきた。
「ん? もしかして、俺の作ったおせち美味しくなかった?」
「そんなことないわ。今年も凄く美味しい。流石は未来の旦那様って、そうじゃないわよ!」
「じゃあなに?」
「これよ、これ!」
アリサが自身に向けて指で指し示していた。正確には着ている衣服についてだろう。アリサを含めた女性陣が着ているのは着物だ。全員分をバニングス家がわざわざ用意してくれたのだ。
着物を着ている彼女達の魅力を十二分に引き上げている。
「着物がどうかした?」
「どうかした……ですって? アンタはホントそういうところが鈍感ね。海に行ったときと同じで何か言うことはないわけ? 似合ってるとか世界で一番可愛いとか惚れたとか思わずプロポーズしたくなったとか!」
『(ほとんどがアリサちゃんの願望だよね? 確かに言われたいけど……)』
「……前から思うんだけどそれって一々言わなくちゃいけない? アリサ達は贔屓目に見なくても可愛い女の子でしょ。そんな子が着物を着たら可愛いのは当たり前じゃん」
現に親バカな皆の両親は子供達が呆れる程度に写真を撮りまくってた。
「つまり言わなくていい!
しかし、それでもなおアリサが食い下がる。
「それでも言って欲しいの! そもそもアンタが言わないと伝わらないこともあるみたいなこと言ったんじゃない!」
「……き、記憶にございません」
「胡散臭い政治家か!」
この様子だとはっきり口にしない限りは治まりそうにない。
「はぁ……わかったわかった。言いますよ。似合ってるし、世界で一番可愛いし、惚れ……てはないし、プロポーズしたいとは思わないけどね」
「最後の余計! しかも全部棒読みじゃない!」
とか言いつつその顔は若干にやけていた。
どこかで聞いたことなのだが、女の子は褒められて悪い気はしないのだそうだ。
これからはなのは達が不機嫌そうにしてたら褒めて誤魔化す手段をとろう。
後日、その手段を使う機会があったのだが誤魔化しきれず、いつも通りに理不尽な目にあったのはまた別の話。
正月と言えば、初詣、かるた、羽根突き、餅つき等々やれることはたくさんある。
おせちを食べ終わって最初にすることになったのは初詣だった。
近くにある神社に行こうとしたら思わぬお客様がバニングス家にやって来た。
「我、登場」
「今日は日本では正月という日らしいな。おせちなるものを食べに来た」
黒い龍神様と紅い真龍様だ。
この二人(?)の登場には魔王、神王、堕天使総督は頬を引きつらせていた。
以前に出会ったことを伝えて無かったら度肝を抜かして居かもしれない。
「ホントにあの二体が一緒にいるのかい?」
「これ、全部空……いや、遥の仕業だ。あいつマジで色々ぶっとんでやがる」
「ハハハ、可笑しすぎて笑えてくるよ」
「空殿を敵に回すことはしないつもりだけどよ、もしそうなったら俺達に生き残る術あんのか?」
なんかごめんなさい。
いくら前世の俺がやったこととはいえ、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
結局彼女達も連れて神社へと向かうことになった。
「ここは三大勢力が特別に用意した神社さ。だけどまだ何も祀ってないんだ」
やって来たのは近所のではなく初めて来た神社だった。どこにでもあるような普通の神社と言ったところだ。
ちなみにここに連れてこられたのは悪魔や他宗教の神王がいる為、下手をすると勢力間の問題になるかもしれないのを危惧したからだ。完成は昨日一日使ってだそうだ。
「ここに龍神と真龍がいるのですから、今日だけはあの二人を祀ってはいかがでしょうか? もちろん本人達次第ですが……」
「私は構わん。本格的な信仰の対象になるわけではあるまい」
「我も」
サーゼクスさんの提案は二人からは反対されることはなかった。
社と賽銭箱の間に二人に立ってもらい、二列になって次々とお金を投げ入れていく。
やがて俺の番が回って来た。
五円玉を投げ入れ、鈴を鳴らす。それから二回お辞儀、二回拍手。最後に一回お辞儀。
龍神様と真龍様に―――ではなく、自身の中にいる彼に向かって誓いを立てた。
「空はどんなことをお願いしたのだ?」
全員のお参りが終わると十香が俺の願い事を聞いてきた。
「ごく当たり前のこと、かな。そういう十香は?」
「空を振り向かせる! それだけだ!」
十香は満面の笑みで答えてくれた。
「そっか」
それ以上は何も言葉が出てこなかった。
素っ気無い反応であることは十分理解してる。ただ、頑張れというと他人事みたいだし、かと言って自分を振り向かせようとしてる相手を応援するのもなんだか可笑しい。
嬉しくないわけじゃないのだがとても反応に困る願い事だった。
バニングス家に戻ると耶具矢に誘われて外で遊ぶことにした。
「空! 我と羽根突きで勝負せよ! 我が勝ったら……デートしてっ!」
いつもの無駄にカッコイイポーズで厨二チックな口調かと思いきや、最後には素に戻って耶具矢はデートを要求してきた。
「うん、まあ、それは構わないんだけど。俺が勝ったら?」
「えーっと、……で、デートしてあげる」
勝っても負けてもデート。それだったら勝負する意味がないのと思うんだけど。
「不満。耶具矢が負けた場合でもデートとは耶具矢にとってご褒美でしかありません」
そして、当たり前のように夕弦が口を挟んできた。
「い、いいじゃん別に! 空が良いって言ったんだから!」
「わかった。耶具矢が勝ったらデート。俺が勝ってもデートってことね」
「え、ホントにいいの!?」
「いいもなにも断る理由がないから」
今の時期だとデートで行ける場所が少ない気がするが、まあ何とかなるだろう。
「質問。でしたら夕弦も同じ条件で空に勝負を挑みますが構いませんか?」
「全然いいよー」
「ちょ、夕弦!? 私の真似しないでよ!」
「反論。空が良いと言ったので問題ありません。耶具矢と同じです」
「うぐっ……」
「お互いに合意したからいいじゃんか。さあ、やろっか」
着物の長い袖が邪魔になるので、短くまとめてから勝負をスタートした。
「行くよー」
左手に持った
「喰らえ! 我が奥義!
耶具矢が無駄にカッコイイポーズを決めてから打ち返すと風を纏った胡鬼子が普通の羽根突きでは出ないようなスピードで迫りくる。
対処する方法を考える間もなく、胡鬼子は俺の横を通り過ぎていった。
「汚っ!」
当然のように俺は耶具矢に抗議する。
正月の遊びに精霊の力を使うのはルール違反云々よりも常識を考えて欲しい。
「フッ、空は何もわかってないようだな。これは勝負。ならば本気で挑むのは当然の摂理であろう?」
「軽蔑。勝っても負けてもデートを要望した人が何を偉そうに……」
夕弦の冷たい視線に耐えきれずそっぽを向いた。
「と、ともかく! どんなことでも全力でやるのが私のやり方! 文句ある!?」
「文句なら大いにあるわ! ……まあ、どんなことでも真剣に挑もうとすることに関しては素直に凄いって思うけど。そう言えば、羽根突きって落としたら墨汁で顔塗るんだっけ?」
「あ、確かにそうね! 夕弦、筆と墨汁を持ってきて!」
「承認。パシられることに不満はありますがわかりました。少し待っててください」
しばらくして夕弦が戻ってきた。彼女の手には筆と墨汁が入っているであろう小瓶があった。
「譲渡。耶具矢、これでいいですか?」
「サンキュー。フフフ、空、覚悟しなさい?」
筆と墨汁を受け取った耶具矢が不敵に笑いながら俺に近づいてくる。
常識外れな行動で胡鬼子を返せなかったが、所詮は遊びだ。潔く墨汁で塗りたくられよう。
俺は目を瞑って落書きされるのを待つ。
「…………」
だが、待てども待てども顔に何かが塗られることはない。不思議に思って恐る恐る目を開けると目の前に目を閉じた状態の耶具矢の顔が迫っていた。
「耶具―――んっ!?」
名前を呼ぼうとした瞬間、耶具矢の口が俺の口を塞いだことによってそれ以上の言葉が出なかった。
「ぷはぁ……」
三秒程で唇が離れた。
い、今キスされた……!?
耶具矢にキスされたことにようやく理解すると、冬だというのに顔どころか体全体が急激に熱く感じる。
「目を瞑ってる空見てたら、その……待ってるみたいな感じがして……ご、ごめん」
朱に染まった頬を掻きながらバツの悪そうに俺から目を逸らす。
「戦慄。耶具矢がここまで大胆なことをするとは思いにもよりませんでした」
「うっさい! 後のこと頼んだから!」
耶具矢は羽子板を強引に夕弦に押し付け、どこかへと走り去ってしまった。
「あー、えっと……俺もちょっと歩いてくる」
「賛成。それがいいと思います。耶具矢のことは私に任せてゆっくりしてください。それと―――」
夕弦が近寄ってきて目線を俺に合わせるためにしゃがみ込む。
「謝罪。ごめんなさい。ちょっとだけ耶具矢が羨ましかったので私も」
先に謝罪してから唇を押し付けてきた。耶具矢よりかは短く、ほんの一瞬で離れていった。
「幸福。新年早々幸せな気分です。では、また後程お会いしましょう」
夕弦はいつもの無表情の顔を綻ばせ、頭がショートしてる俺の手からするりと羽子板を取って耶具矢を追いかけていった。
新年早々、嬉しいけど恥ずかしい思い出が出来てしまった。
ある程度時間が経てば、頭も体も冷めた。
でも、耶具矢か夕弦の顔を見るとさっきの出来事がフラッシュバックして、少しだけ顔が熱くなる。当分はこの状態が続きそうだ。
皆がいる大部屋に戻れば、大体の人が集まって机の上で何かを書いていた。
「リニス、皆は何してんの?」
たまたま近くに居たリニスに聞いてみた。
「あ、空。これはかるたを作っているんです」
「かるた?」
「かるたをやろうということになったのですが、この人数のためかるたの枚数が足りません。ならば、オリジナルのかるたを作ってしまえばいいんじゃないかってことになったんです。空も作ってください」
はがきサイズの白紙を二枚渡された。
片方は文章だけを書いて、もう片方に絵と文章の最初の文字を入れる。
最初の文字は何でもいいらしい。
適当に思いついた単語から連想していくつか作ってみた。
一時間後には作っていたかるたを回収し、皆でかるた勝負となった。
「皆様、準備はよろしいですか?」
『はーい』
全員が準備万端だ。
鮫島さんが文章だけ書かれた紙を読んでくれる。
「一枚目参ります。“さ”。さあ、私達のデートを始めましょう」
どっかで聞いたような文章!
“さ”の文字を探すがかるたの枚数が多すぎて見つからない。
このオリジナルかるたが他のかるたと違うところは最初の文字を誰がやるか決めてないため、最初の文字が被る可能性がある。誰がやるのか決めなかったのは作った本人が獲りやすくなってしまうからだ。
さらに違うところを上げるならば、このかるたは最初の文字が複数あるので絵と最初の文字からでしか判断するしかないのだ。
確認の際には、かるたの裏に番号が書かれているので両方の番号が一致すれば正解となっている。
「はい!」
アリシアが元気よくかるたを弾いた。
鮫島さんが確認したところ、アリシアは正しいかるたを獲った。
琴里が軍服を着て、椅子に座っているのがかるたのイラストだった。
「二枚目参ります。“そ”。それでも僕はやってない……と言いたいけど、実はやったような気がする」
なんか変な文章が出てきたな。書いた人が気になる。
「もらったぞ!」
今度は十香がかるたを弾いた。
「残念ながら十香様の獲ったかるたは間違いです。ペナルティで一回お手付きです」
「なに!?」
「あ、これっすか?」
「はい、そのようです」
シアが掲げたかるたが正解だった。
裁判の証言台で話す男性の絵。
「三枚目参ります。“そ”。そうかそうかつまり君はそういうやつなんだな。ああ、いいとも。君がそうするなら僕にも考えがある。宇宙の塵になれーッ!」
『なぜそこでベジータ!?』
全員で作った人に対してツッコミを入れる。
恐らくだがベジータの絵がある奴が正しいかるたじゃないのだろうか。
「お、これだ!」
雄人が獲ったかるたにはベジータがギャリック砲を撃っているイラストが描かれていた。
どうやら正しいかるただったようだ。
「四枚目参ります―――――」
鮫島さんが次々と面白おかしい文章を読み上げていく。
「私のお兄ちゃん、気が付けば女の子を誑し込んでて反吐がでます。本人に自覚がないのが余計に最悪です」
「オッス、おら小林。ズルズルボール見つけてグリリンを蘇よみがえらしてやりてえんだ」
「Q.愛とはなんですか? A.躊躇わないことさ」
「人という字は人と人が支え合ってるっていうけど、明らかに下にいる人が苦労してるよね?」
「ねぇねぇ、君はグラブってる? え、グラブってないの? え、マジ? 遅れてる~!」
「いいぜ、いくらでも俺のこと殴れよ。……でも、本当に一番殴ってやりたいのは―――自分自身だろ?」
等々。
作ったの誰だ!?
ほとんどが頭の痛くなる文章ばかりだ。
きっと正月だからテンションが高くなったに違いない。というかそうであって欲しい。
かるたが全部なくなり、誰が一番多く獲ったのか鮫島さんから発表される。
「優勝は……折紙様です!」
彼女の枚数は二位の人と圧倒的な差をつけていた。
「優勝した私には空を一日好き放題にしていい権利が―――」
「んなもんあるか!」
折紙の戯言に即座にツッコミを入れて、かるた勝負はお終いとなった。
「う~ん、そろそろ限界かな~……?」
今はお昼過ぎあたりだが年越し前から起きていたせいで俺の眠気は限界に近い。
昼寝をしようと借りている部屋へと向かうその道中、踏み込んだ足が空を切った。
「―――へっ?」
気付いた時には首元まで―――切れ目の両端がリボンで縛られている―――穴に呑み込まれていた。
穴の中は多数の“目”がそこかしこにあった。
しばらく不気味な異空間を漂っていると先程俺を呑み込んだのと同じ穴が目の前に現れた。
周囲を見渡しても他には目があるだけで穴はこれ一つ。
だったら行くしかないな!
覚悟を決めて穴の中に入り込む。
抜けた先に広がっていた景色は―――木々の生い茂る森の中だった。
「ここは……」
「ここは幻想郷。妖怪や神が住まう世界」
俺の疑問に答えたのはいつの間にか俺の背後に立っていた少女だった。
金色の長髪をいくつかに束ねてリボンで結んでいるのが特徴的だ。
だが、そんなことよりも―――
「今、
少女の口から聞き逃してはいけない単語が飛び出したのだった。
てなわけで空君幻想郷にinしました。