彼女が出来ました!
彼女が出来ました!
―――――誰かに対して殺意が湧いたのは、その時が初めてだった。
Side空
異世界から帰ってきてから一日が経った朝。
一か月以上も龍神家から離れていたので、久々の自分のベッドは懐かしく思えてしまった。
「でも、こっちの世界の人からすれば一時間も経ってなかったんだよね……」
皆に聞いてみたが、俺が居なくなったのはたったの数分だったそうだ。
「……何しようかなー」
今日はこれと言った用事が無い休日だった。
特訓なら向こうで一杯したから今日一日くらいは休みにしてもいいだろう。出かけるのも特に行く当てもないからするつもりはない。
《マスター、博士に作ってもらったものを渡すべきではありませんか?》
「作ってもらったもの………………あ」
ブレイブに言われたことで大事なことを思い出した。
「鞠亜、これあげる」
『えーっと……一体どういうことなのか説明を求めてもいいですか?』
ホログラム体の鞠亜は、今自分の目の前にあるものに困惑していた。
「エルトリアのグランツ博士に頼んで作ってもらったんだ。あとは鞠亜のデータを入れさえすれば完成するよ」
博士にはLBXとは別にもう一つ作ってもらったものがあった。それは―――――鞠亜の体だ。
フローリアン姉妹を基にしているので、あの二人同様、人間と見間違うほどに精緻な作りになっている。
……実のところ、LBXは単なる興味本位と面白半分の頼みで作ってもらったものであって、本命はこちらだ。
「皆のように動かせるからだが欲しいって言ってたから、その願いやっと叶えてあげられた」
『……ありがとうございます。私、嬉しいですっ』
「うん、どういたしまして。……頑張ったのは博士であって、俺は大したことはしてないんだけどね」
ブレイブ、リニス、プレシアさんに手伝ってもらいながら鞠亜のデータ移植の準備に取り掛かった。
「データ移殖、完全に終わりました」
リニスから告げられて、駆け足で鞠亜の下に行く。
「鞠亜、どう?」
「…………」
鞠亜の瞼がゆっくり持ち上がった。
「おはようございます、空。それにリニスにプレシアも」
「……! うん、おはよう! 鞠亜!」
鞠亜のデータ移殖が成功した嬉しさのあまりに抱き着いてしまった。
「きゃっ」
「こら、空君。まだやらなければならないことがあるでしょ?」
「あ、そうですね。ごめん、鞠亜」
プレシアさんに引き剥がされた。
そこから細かい修正を繰り返した後、皆をリビングに集めて鞠亜の紹介をした。
互いに顔は知ってるから紹介も何もないか。
なので鞠亜に体が出来ました、とだけ伝えてその場はすぐに解散。
精霊達は作ったことを知っていたから特に驚いている様子はなかった。その一方で、フェイトやアリシア達は新しい家族が増えたことに喜び、鞠亜の体に触ったり、質問をしていた。
さてと、暇潰しにゲームでもしますかっ。
いつまでも見ていたいような光景に微笑みを浮かべて、自室に戻った。
「よ、よし、ギャルゲー、やるぞ」
《(また即刻バッドエンドなんでしょうけど……)》
パソコンを起動し、誕生日に貰ったときから全くやっていない『恋してマイ・リトル・ソラ』のスタートボタンを押す。
このゲームの主人公は、神様のミスで死ぬというテンプレで異世界に転生。女の子との出会いと家事スキルを特典としてもらい、新たな人生を踏み出す―――のだが、前回はいきなり妹のリコに殺されてしまった。
あの時のシーン、軽くトラウマになってるんだよね……。
ちなみにあの時の正しい答えは①。正解すると―――
リコ『もうっ、冗談に決まってるでしょ? ほら、早く顔洗ってきて。ご飯冷めちゃうから』
というセリフが返ってくるのだ。
一人でも、せめて一人でも攻略してやる!
何故か、戦うときに似たような気持ちでゲームを進めていくのだった。
鞠亜誕生(?)から一週間後の休日に、いつものごとく我が家には代り映えのしないいつものメンバーが揃っていた。
「あら、今日は随分お寝坊さんね、空君」
「うん……ちょっと夜更かししちゃって」
皆が来たお昼頃に琴里に叩き起こされ、寝癖も直さずに降りてきた。
「こっち来て。寝癖直してあげるわ」
「ありがと」
愛衣の手招きに誘われて、愛衣が座るソファーの前に座る。愛衣の方に背中を預けて頭を櫛で梳いてもらった。
これじゃ、フランに人のこと言えないな……。
「異世界に一か月以上いたから髪が伸びてるわね」
前髪を触ってみたら意外と伸びていたことに気が付いた。英霊達から学ぶことに夢中でそこまで気が回らなかったみたいだ。
「ところで夜更かしってどうしたの?」
愛衣の隣にいたなのはから珍しいものでも見るかのような目で夜更かしの理由を聞かれた。周りの皆もなのはと同じ様子だった。
「んー? ゲームしてただけ」
「ゲームのやり過ぎはよくないよ」
すずかに軽く注意され、気の抜けた返事を返した。
「へーい。…………あ、そうそう、聞いて聞いて」
『?』
「―――――俺、彼女が出来たんだ」
Sideout
Side雄人
こんなにも何故か居た堪れない空間はいつ振りだろうか。
「あ、あれ? なんで皆静かになるの?」
空の何気ない一言が場の空気を重くしていることに本人は気付いていない。
ほとんどの奴らが俯いていてその表情は窺えず、シグナム達なんかは顎が外れるんじゃないかと思うくらいにただただ驚愕していた。
「な、なあ、空。いくつか聞いてもいいか?」
俺は本当かどうかを確認するために空に質問をすることにした。もしかしたら冗談の可能性もあり得る。
「なんでそんなに改まっているのか気になるけどいいよ」
「彼女ってのは“恋人”ってことでいいのか?」
「うん」
空が肯定した瞬間、なのは達の表情は絶望に染まった。
マジか……。
「相手の名前は?」
「フユカっていう名前だよ」
フユカという名前を少なくとも俺は聞いたことが無い。
皆の中でも知っている人は一人も居ないみたいだ。
となると目立たない子か、他クラス、他学年、もしくは他校の生徒の可能性も出てきた。
「……いつからだ?」
「いつから? って何が?」
「交際を始めたのがだよ!」
「あー、そういうこと。それは昨日から」
少しだけなのは達の表情が見えたが、その目は死んでいた。
「ど、どっちから告白した……いや、お前がするわけ―――」
「俺から告白したよ」
「んなッ!? マジか!?」
更なる衝撃的事実が空の口から出てきた。
「嘘言ったってしょうがないでしょ」
なのは達は下を向くだけだった。
「そう言えば……昨日は空だけ俺達とは帰らなかったな」
ヴァーリが思い出したように呟いた。
もしかするとその時に呼び出して告白したのかもしれない。
「昨日の放課後にお前が相手を呼び出したのか!?」
「うん、手紙で屋上に呼んだんだ」
「じゃあ、そいつのこと…………―――」
「雄人、もうやめて」
好きなのかを尋ねようとしたら、アリサに止められた。
他の奴も俯いて涙を堪えるのに必死そうだったし、シグナム達はどう反応したらいいか困惑していた。
……これ以上は聞けないか。
恋する乙女達が自分の好きな人が別の人と付き合う話など聞きたいわけがない。
「空が幸せになるなら、私はそれでいいかな……」
ホントは声に出して泣きたいはずなのに、それを我慢して笑顔を浮かべるフェイトを見るのが辛かった。
こんなのって可哀相過ぎるだろ……!
「ごめん、皆には悪いけどやっぱ聞く。―――空はそいつのこと好きなのか?」
彼女達の前で聞くことではないことはわかっているが、やはり聞かずにはいられなかった。その後で女を泣かせた空のことを一発くらい殴っても許されるはずだ。
俺は拳を握り締め、空が答えるのを待つ。
「いや、別に好きではないかな」
『……………………………………………………………………………………ん? んん?』
予想していなかった回答に、握りしめていた拳から力が一気に抜けた。
どういうことだ? 好きだから告白したんじゃないのか? ……いや、もしかしたら俺の聞き間違いかもしれない。よし、もう一度聞いてみるか!
「えっと、悪いんだけど、もう一回聞いてもいいか?」
「どうぞ」
「フユカって子がお前の恋人なんだよな?」
「うん」
「交際は昨日から始まったんだよな?」
「うん」
「お前から告白したんだよな?」
「うん」
「じゃあ、その子のことが好きなんだよな?」
「ううん」
『………………………はいぃ?』
どういうことだ!?
「だったらなんで好きでもないのに告白した!?」
「流れ、かな……?」
空自身にもわかっていないのか、首を傾げていた。
「どういう流れで告白するんだよ!?」
「俺にはそうするしかなかったんだよ」
そうするしかなかったって、まさか脅迫……の線は薄いな。空ならなんとかできるはずだろ。
「ってか、高校までは恋人作らないって約束はどうした!?」
よくよく考えれば、空の行動は十香との約束を反故にしたことになる。俺の知っている空の性格だとそんなことはしないはずなのだが、心変わりでもしたのかもしれない。
「へ? 別に破ってないけど」
んん!? さっきから意味が解らん!
「ご、ごめん。俺の頭が悪いみたいだからわかりやすく説明してくれないか?」
恋人を作らないと言っておいて作っているこいつが可笑しいのか? それとも俺が可笑しいのか?
「だって、フユカ―――
『…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?』
げぇむのきゃら? 何それ意味わか―――ゲームのキャラ!?
次の瞬間、その場にいた空以外の奴ら全員が叫んだのは言うまでもない。
「―――要するにギャルゲーでヒロインの攻略をした、と」
ギャルゲーでヒロインのフユカという子をゲーム内での学校の放課後に手紙で呼び出し、告白。無事成功。晴れて恋人もといヒロイン攻略が出来た。
告白せざるを得なかった流れというのも、ギャルゲーなら納得だ。
「……はい、そうです」
(二次元の)彼女で来ました事件の真相が解明したあと、ボロボロ状態の空がリビングで正座していた。
俺達が勘違いしていたのもあるが、九割……いや、確実に十割こいつが悪い。
ってかヒロイン一人攻略すんのに一日費やして、その上、徹夜って……。
俺自身、前世も含めてギャルゲーはやったことが無いのでよくわからないが、いくらなんでも遅すぎると思う。
世の中には二次元のキャラに恋する人もいると聞くが、空はそういうタイプ、とかよりも前に恋愛の“れ”の字も知らないような鈍感な奴だ。恋人なのに好きじゃないと言ったのは、恐らく興味がないからだろう。
話もうちょっとキチンと聞いていればギャルゲーだってすぐわかっただろうけど、俺達の誤解を招いたのは空の言葉が足りなかった所為だ。
うん、あそこまで誰かに殺意を抱いたのは今日が初めてだわ。
ちなみに空がボロボロになっているのは、俺は(誤解だったが)女を泣かせた怒り、他は勘違いさせられた怒りをぶつけた。特になのは達は人類史上で最も綺麗な笑顔―――ただし目は笑っていない―――で空を一方的にボコボコにしていた。
「でも、良かったぁ~。空に本当に恋人ができたわけじゃなくて」
アリシアが安堵のため息を吐いた。
「ま、まあ、私は最初からわかってたけどねっ」
「一番動揺してたのアリサちゃんだよね」
「ッ!? な、なら、はやてだって耳塞いであかりに慰めてもらってたじゃない!」
「私!? そ、それを言うならすずかちゃんだって机の脚軋ませるほど強く握ってたやん!」
「で、でもあれは…………!」
なのは達があーだこーだ言い合い始めた。最終的には「空が悪い」という結論に落ち着いたのだが、それに関しては激しく同意だ。
「誤解があったのはわかったが、昨日一緒に帰らなかったのはどうしてだ?」
『あ』
誰もが忘れていたことをヴァーリが口にした。
ま、これもどうせ先生の頼みごとでも―――
「ん? ああ、それは校舎裏に呼び出されて、あなたのことが好きです、って言われたんだ」
まさかのマジだったーッ!
再び俺達の間に動揺が起こる。ヴァーリただ一人は何もないかのように聞き続ける。
「そうか。返答はしたのか?」
「ううん、してない。というか出来なかったんだよね」
告白されたと理解していたことに空の成長を感じる。
「? どういうことだ?」
「『無理だってわかってるから答えは聞かない』って。なんか、なのはやフェイト達がいるからどうのこうの言って帰っちゃった。どういう意味だろうね?」
「さあな。俺にはわからない」
そりゃ、お前ら鈍感野郎どもにはわからないだろうな!
これは俺の勝手な予想でしかないが、その告白した女の子が最初から諦めていたのは、空がなのは達の中の誰かと付き合っていると分かっているが―――実際のところ、空は誰とも付き合っていないのだが―――どうしても気持ちだけは伝えておきたかった。大体こんなところだろう。
う~む、気の毒なのはなのは達だけじゃなくて他の人もだったか……。
俺と同じ考えに至ったのか、なのは達は空が付き合わなかったことを喜ぶ半面、名前どころか顔も知らない子に申し訳なさそうにしていた。
「まあ、私という“婚約者”がいるわけだし、その告白した子は私と空の関係がよくわかってるわね」
「違うよ、アリサちゃん。“一番仲の良い”幼馴染の私がいるからだよ」
「なのは、“一緒に住んでる”私と姉さんがいるからだよ」
なのは達が所々を強調しながら目だけが笑っていない顔で笑いあっていた。
『アハハハハ……………戦争だッ!』
はぁ……今日は一段と頭の痛い一日だった……。
彼女達の争いが最終的に「空が悪い」となったのは最早お約束だった。