キリエさんの想いです!
四人は小高い丘を降りて、街の中に入った。
「妙だな……」
朔夜の呟きに他の三人も揃って頷いていた。朔夜が妙だと言ったのは、街の様子がおかしかったからだ。
「人が少なすぎる。それに誰かが戦っているみたいだな」
丘から見た時はそこそこ大きな街で人も多い、と思っていたが、四人が今いる場所には人が一人もいない。自動車の走る音もしない。
「魔術か霊術の人払いの類と考えるべきね」
事実、香澄の判断は正しかった。
今現在、この海鳴の街では町全体を覆う結界が展開されている。出現する闇の書の欠片との戦闘で住民に被害を出さないためだ。
「困りましたね……。これでは情報が集めにくいです」
「人を見つけましょう」
美桜の提案に三人も肯定し、再び歩き出した。
そして、しばらく歩き続けたところで―――――
「あの、ちょっといいですか? (綺麗な人達……)」
栗色の髪をした少女と遭遇した。
「何か用? (……この子に害意はなさそうね)」
先程のポニーテールの女性とは違い、この子は敵じゃないと美桜は判断した。
「私は嘱託魔導師の結城明日奈と言います。あなた達四人はこの世界の方ではありませんよね?」
「ええ、そうよ。ちょっとした野暮用があるの。それが終わったらすぐに帰るわ」
「そうですか。差し支えなければ、聞いてもいいですか? 手伝えることもあるかもしれませんから」
「(折角出会えた人だし、話してもいいか)……人を捜してるの」
まともに話が出来そうな相手――――明日奈に目的を話すことにした。
「……人捜し? お名前は何という方ですか?」
「ハル君……じゃなかった。桜木遥っていう名前なんだけど知らない?」
名前は教えたものの、最初から目的の人物を知っている人はいないだろう、と思っていた美桜達だった。
「えっ……遥君?」
が、明日奈は予想外の反応をした。
「あなた知っているの!?」
途端に四人の雰囲気が変わり、ものすごい勢いで明日奈に詰め寄った。四人に詰め寄られて明日奈は逃げたくなったが、この四人は明日奈を逃がさないだろう。
「この写真の男で間違いない!?」
明日奈が美桜から見せられた写真は二枚だった。一枚は高校生ぐらいの黒髪の男、もう一枚は金髪で水晶のように透き通った蒼い角が二本生えた高校生ぐらいの男。どちらも同じ顔だ。
「ま、間違いありません……」
明日奈はしどろもどろになりながらも答えた。
「そ、そっか……。うん、よかった。ありがとね、明日奈ちゃん……って呼んでもでいいかな?」
目的の人物がいるとわかると、四人は緊張がほぐれて安堵の笑みを浮かべていた。
「ありがとう、君のおかげで助かった」
「何かお礼した方がいいわね。何がいいかしら?」
「お、お礼なんていいですよ! 私は別に大したことしてませんから!」
「いいえ! 明日奈様に私達は助けられたのです! ですからお礼はさせていただきます!」
明日奈が断ろうにもこの四人が無理矢理にでもお礼をする気だ。それがわかった明日奈は小さい溜息を吐きながら了承した。
「このまま私についてきてくれませんか? 多分そこに彼もいるはずなので」
『行く(行くわ/行きます)!』
明日奈はアースラに連絡して、四人と共に転移した。
だが、明日奈は重要なことを言い忘れていた。
美桜達が捜している人物―――――桜木遥はいない、ということを。
Side空
「貴様! 捕まえるとか言って捕まえてはないではないか!」
「そんなこと言われてもなぁ……あれは俺じゃなくてヴァーラなわけだし……」
アースラ内で王様に怒鳴られ、困ったように頬を掻く。
最初はヴァーラの状態で怒られていたのだが、分裂するとその矛先は俺とヴァーリに向けられた。
「言い訳するでないわ! 何がどうであれ約束を破ったことに違いないのだからな!」
「だが、ヴァーラは
「ぬ……確かに……」
ヴァーリの意見が王様をの怒りを収めるきっかけとなったのか、次こそは約束を破るな、と言い残してシュテルとレヴィの下に行った。
「やっと終わったか……」
「長かった……」
王様から見えない位置で溜息を吐く。
「さてと、あの子を倒すのは俺とヴァーリ……というかヴァーラに任せてもらうとして。どうやって止めるかなんだよね」
倒すだけならヴァーラが本気を出せば楽勝だ。だが、暴走を止めるとなると話は別だ。
「それでしたら私に考えがあります」
どうしようかと悩んでいたら、シュテルが近くにやって来た。
「え、シュテルが?」
シュテルは「理」のマテリアルと呼ばれる存在。簡単に言えば策士だ。そのシュテルが考えがあると言ったのだ。これは期待できそう。
「聞いてもいいかな?」
「はい。どうせなら全員にも聞いてもらいましょう」
「わかった」
クロノに頼んで、皆を一か所に集めてもらった。
皆が集まった部屋には地球で闇の書の欠片を倒していたメンバーもいた。
「作戦としては制御プログラムの入ったこのカートリッジを使い、彼女に打ち込みます」
シュテルがカートリッジを一つ見せる。ベルカ術式とミッド術式の二種類があるらしい。
言ってることは至ってシンプルだ。しかし、それをこなすには命がけでやらなければならない。
ヴァーラはデバイスを使っているけど、バリアジャケットと非殺傷設定のためだけだしな……。
要するに誰が制御プログラムを打ち込むのかが問題となっているのだ。
「カートリッジをロードしている間だけ砕け得ぬ闇を砕くことが出来ます」
「じゃあ、その間は俺とヴァーリに任せといて」
今度はスペシャルな技があるから負けることはないはず。
「そうだな。あとは誰が打ち込むかだが、一応、何人かにカートリッジを渡してくれないだろうか?」
「構いません」
シュテルはクロノの頼みを聞き入れ、カートリッジをいくつか渡した。
とりあえず、会議は一旦終了。砕け得ぬ闇とアミタさんが見つかるまでは各自待機となった。
キリエさんの様子でも見に行くか。
医務室に入り、キリエさんが眠るベッド付近の椅子に腰を下ろす。
「……作戦でも決めてたの?」
「あ、起きてたんですね。そうですよ。砕け得ぬ闇を止める作戦を考えてました」
キリエさんは上半身だけ起き上がらせ、俺の方に顔を向けた。
「キリエさん、話してもらっていいですか? あなたが砕け得ぬ闇に拘る理由」
「……私のいる星―――――エルトリアっていう惑星から来たの。しかもこの時代よりも先の未来から」
未来から……? つまりタイムマシンでも使ったってこと?
「それと砕け得ぬ闇がどう関係してるんですか?」
しかし、二つがどうやって結び着くのかはわからない。
「それもちゃんと説明するわ。―――――私達の故郷は……今、ゆっくり死んで行っているの」
「エルトリアがですか?」
「ええ。エルトリアはもう何百年も前から世界そのものが死んで行ってるの。「死蝕」って呼ばれる、水と大地の腐敗―――――飛び石みたいに自然発生して、草木も動物も生きられない場所になっていく」
聞いたことのない現象だ。未来では流行り病みたいなものなのだろうか?
「人々は他の惑星に移住して、二世代以内には、エルトリアから人が一人も居なくなる試算になっているの。そんな中で、私達のお父さん―――フローリアン博士は、死蝕の対策をずっと続けてきた。綺麗なエルトリアに戻すためにね。私達はその実験過程で生まれた「死蝕地帯の復旧機材」―――自動作業機械「ギアーズ」」
「え、じゃあ、キリエさん達は……」
「人間じゃないわ。でも、博士は昔からおっちょこちょいでね、私達の人格形成システムを作り過ぎてしまったらしくてね、機械として扱うことはできないと判断して人間と同じように育てられたわ」
「エルトリアのギアーズは他にも?」
「いるわ。私達のように心や体を持っているわけじゃないけど、今もエルトリアのために頑張ってくれている。お姉ちゃんと私の計算ではあと数年で成果が出るのよ」
……? だったら、尚更砕け得ぬ闇を求める理由がわからない。
「でもね、博士の命はそれまで持たない。だから……だからッ、私には砕け得ぬ闇が必要なの! 博士にどうしても綺麗に戻ったエルトリアを見せてあげたいのッ!」
心からの叫びだった。間違いなくキリエさんの本心からの声だった。
「……時間遡行や異世界渡航のシステムを見つけた博士はそれを解析して封印した。これは使っていいものじゃない、今を生きていることを放棄するようなものだ、って言ってね」
「でも、キリエさんは諦められなかったんですよね? エルトリアと博士を救うことを」
「そうよ。何度も何度もシミュレーションして、ようやくたった一つの可能性を見つけた。無限連環システムの核――――エグザミア。それを砕け得ぬ闇が持っているの」
これで繋がった。砕け得ぬ闇が持つエグザミアで、エルトリアの死蝕を止めようとしているというわけだ。
「そうですか。……ん? あれ、じゃあ、他の未来から来た人達は?」
「私達の他にもいたのね……。多分、私達の時間転移に巻き込まれたんだと思うわ」
「未来には戻せますか?」
「努力するわ」
「お願いします。……代わりと言ってはなんですが、俺もキリエさん達を手伝います」
「……あなたに何ができるの?」
「俺、こう見えて天使ですから、世界の一つや二つ救って見せますよ。あ、当然博士のこともです」
「…………」
半信半疑の視線で、表情もどうしたらいいのかわからないといった様子だ。
「それじゃあ、ここで待っててください」
それだけ言い残して医務室をあとにした。
「空君、今いいかな?」
皆と合流すると、明日奈が話しかけてきた。
「いいよ」
「じゃあ、今からこの部屋に行って来て欲しいの。人を待たせてるから」
「わかった」
明日奈に教えられた番号の書かれた部屋に着いた。その部屋の扉が開くと、四人の女性がいた。四人が俺に気が付くと、桜色の髪をした女性が無言で抱きしめきた。
「会いたかった……すっごく会いたかったよ……!」
どう考えても俺とこの女性は初対面だ。俺は記憶力はいい方だし、こんな綺麗な人なら忘れるはずもない。
だが、初対面のはずなのに不思議と懐かしいと感じてしまう。
抵抗すれば抜け出せそうなのに、そうしようと思わない。
桜色の髪の女性がしばらくして離れると、次は黒髪の女性にも抱きしめしめられた。
「あの……そろそろ放していただけませんか?」
「ご、ごめんなさい!」
最後に抱き着いてきた
この人達を見てると、心がよくわからなくなる……。嬉しいような、寂しいような…………初対面なのにどうして?
「さ、帰ろっかハル君!」
「?」
『(こいつら、まさか……!)』
ハル君? 誰のこと?
後ろを向いても誰もいない。俺には見えない何かでも見えてるのだろうか。
「お、おい、遥。お前のことだぞ?」
おーい、遥とか言う人ー、呼ばれてますよー。早く出てきてあげなさいな。こんな美人の人達が迎えに来てるんだぞー。
呼べども呼べども遥という人は来ない。
「あんたのことよ!」
痺れを切らしたのか黒髪の女性の一人が指を突き付けてきた。
「あ、もしかして俺ですか?」
「もしかしなくてもそうよ!」
「えー? でも俺、遥って名前じゃないですよ?」
『えッ!?』
名前が違うことを告げると、四人は驚いていた。
なんだ、ただの人違いか。
「もう行ってもいいですか?」
「ま、待って! あなた、ハル君でしょ!?」
部屋を出ようとしたら、桜色の髪の女性が肩を掴んできた。
「だから違いますって。俺は遥じゃなくて龍神空って名前です」
そんなに遥っていう人と俺は似てるのかな?
名前を伝えると、桜色の髪の女性が頭を掻きむしった。
「もうっ、結局振出しに戻ったじゃない! 全部天照のせいね! 大体情報が少なすぎなのよ!」
「え、天照様を知ってるんですか?」
意外や意外、ここで神様の名前を聞けるとは思わなかった。
「ええ、知ってるわ! それも嫌というほどにね! ってその名前知ってるならやっぱりあなたがハル君しかないわよ!」
「な、なんだって~……」
「変な力があるせいでほとんどわからなかったが、僅かに遥と同じ力を感じる」
「う、右眼が疼く……」
変な力ってドライグ達のことかな?
「じゃあ、この男の子はやっぱり……」
「遥様で間違いないということですね」
「今明かされる衝撃の真実~」
人違いだと思ったらやっぱり人違いじゃなかったらしい。
「ん? 結局……どういうことだってばよ?」
『さっきから五月蝿い!』
あらら、ふざけてたら怒られてしまった。
「おっと、これ以上は時間がないな。さよなら、皆さん」
本当は時間なんてないけどね。
『あ!』
部屋を出て、皆のいるところに戻った。
「四人には会えた?」
「うん、会った。遥っていう人捜してたみたいだけど、人違い(?)だったみたいだよ」
「え……? (あ、そっか……空君は遥君のこと知らないんだっけ?)」
「どうかした、明日奈?」
「ううん、大丈夫! それよりも頑張ろうね!」
「うん!」
いつでも出撃できる準備をして、皆と談笑してその時が来るのを待ち続けた。