閑話 親友と動き出す者達
8月31日、深夜の零時。
たった今、夏休み最後の日が始まった。
そんな真夜中だというのに、二人の少年が海鳴の街が一望できる小高い丘の上にあるベンチに並んで座っていた。
「話ってなんだ?」
最初に会話を切り出したのは銀髪の少年だ。
「頼みたいことがあるんだ」
「頼みたいこと?」
「うん、親友の君にしか頼めないこと」
「……わかった。引き受けよう」
「まだ内容も言ってないのに引き受けちゃうのか?」
あっさりと承諾した銀髪の少年に、もう一人いる黒髪の少年が項垂れる。
「お前の頼みなら断る理由がない。お前が俺の立場ならそうするだろうしな」
「そっか。そう言われるとちょっと照れるなぁ……」
銀髪の少年に真顔でそんなことを言われたが、黒髪の少年はまんざらでもないようで気恥ずかしそうに頭を掻いていた。
「それで?」
「あ、ああ、そうだった。頼みたいことっていうのはさ……」
黒髪の少年は言うのを躊躇った。
しかし、今更「やっぱなし」なんてことは少年の性格からしてほぼほぼ無理なことだ。
「……もしも……そう、これはもしもの話なんだけど………………俺がこの世界から居なくなったら、皆のこと頼んでもいい?」
「…………それは何れ俺達の前から居なくなる、そういうことなのか?」
「それは……わからない。でも、もしかしたらそうなるかもしれない。だから今のうちに頼んでるんだ」
いつも明るく活発な少年の瞳は普段からは考えられないほど弱々しく見えた。
彼がいたから自分は変われた。
黒髪の少年に言えば否定されるかもしれないけど、銀髪の少年にとって、彼は闇の中に光を灯してくれた恩人だ。
だから、そんな彼の力になれるのなら喜んでなんでもするぐらいの気持ちだ。
「そうか。もしも居なくなったとしてお前は帰ってくるのか?」
頼みを聞くことも大事だが、そちらも重要なことだ。
「ごめん、それもわからない。この先どうなるかはわからないから」
本条二亜の天使―――〈
「そうか。お前の頼みは引き受けた」
銀髪の少年はあやふやで曖昧でしかない黒髪の少年の頼みに反論することなく引き受けた。
「ありがと。わからないってばっかり答えてたけど」
「構わない。言いたいことは伝わったからな。それと明日の始業式が終わったらラーメンを作ってくれないか?」
「お安い御用さ。任せてよ」
二人は他愛もない会話をしながら丘を降りて自宅に帰っていった。
とある世界の一軒家で桜色の長髪の女性が料理をしていた。
その手つきはとても手慣れていて、プロ顔負けの腕だと誰もが評価するだろう。
――――ピンポーン。
彼女が料理をしている最中に玄関のチャイムがなった。
料理する手を一旦止めて、玄関の扉を開く。そこには銀髪金眼でスタイルの良い女性が立っていた。
桜色の長髪の女性のスタイルもかなり良いのだが、銀髪の女性と比べてしまうと少しだけ霞んでしまう。
「お久しぶりです」
「ええ、久しぶりね―――――天照」
訪ねてきた銀髪の女性の正体は天照だった。
「今日は何か用?」
「はい、とても重要なお話があります」
“重要なお話”。その単語を聞いた瞬間、桜色の髪をした女性は表情を真剣なものに変えた。
「ここで話すのもなんだから、家の中に入って」
「わかりました」
天照は「お邪魔します」と一言断ってから家の中に入り、リビングのソファーに腰を下ろす。
「内容は
「ええ、合っていますよ――――
桜色の長髪の女性――――美桜は自分の知りたいことだとわかると、真剣だった表情を少しだけ緩めた。
「もうじき彼を迎えに行く機会が訪れます。その時に美桜様を彼のいるところへと送ります。本日の要件はそれだけです」
「わかった。……彼の様子はどうなの?」
「申し訳ございませんがそれは教えられません」
まただ。美桜が天照に彼のことを聞く度に同じ答えが返ってくる。美桜が知っていることは彼が生きていること、異世界にいることの二つだけだ。
生きていると知っているだけマシなのだが、やはり不満がないわけではなし、それ以上のことを知りたいと思ってしまう。
だが、天照は頑なに拒み続けるのだ。
美桜は天照に聞かれないように小さくため息を吐いて、天照を玄関まで送る。
「次にここに来るときは彼を迎えに行くときです」
「わかったわ。あ、一応聞いておくけど私だけが迎えに行っていいの?」
「人数については四、五人までなら問題ありません。それでは失礼します」
「ええ」
美桜は短く答えて、料理を再開する。
「あれからもう四年……。時間が過ぎるのは早いなぁ……」
料理をしながら一人呟く。
彼が自分の前から居なくなってから四年の歳月が経った。
「最初の頃は相当荒れたっけ」
最初はいないことに違和感が拭い切れなかった。
何時しかその違和感に慣れていき、彼はもういないと認めた。
「でも、生きてるって聞いてまた会えるって希望が持てた」
天照から聞かされて自分や彼の知り合いは皆、歓喜に震えた。その時の喜びようと言ったら、それはもう凄まじかったものだ。
「ようやく……ようやくあなたに会える……」
そして、その時は近い。
「―――――――――――――――待っててね、ハル君」
次回GODに入るちょっと前ぐらいからスタートします。