真夏の夜の悪夢です!
Side空
旅行三日目の朝、起きると右に耶倶矢、左に夕弦がいて、俺は二人に抱き枕代わりにされていた。
昨晩、なのは達相手に大人気なく勝った二人であった。
二人の拘束から逃げ出すと、ホテルを出て森の中を散歩する。
日が出てから時間はそんなに経っていないので、少しだけ冷える空気が今が夏だということを忘れさせてくれる。
「ここらでいいかな」
森の中の開けた場所に出ると、座禅を組む。ドライグ達も肩や足、頭に乗りながら目を瞑る。
眼を閉じて、周りの音に耳を澄ます。
これは見聞色の覇気を鍛える軽い修行だ。
鳥の鳴き声、木々が風に揺れる音、川の流れる音……うん、いいね。え? 修行禁止? バレなきゃいいんです。
十分程して座禅をやめて、皆が起きる前にホテルに戻る。
「シグナム、もうちょい左や!」
「はい、主!」
はやての指示通りにシグナムさんが動くが、行き過ぎてしまう。
「バカッ、行き過ぎだ! 右に戻れ!」
「む?」
すかさずヴィータがフォローに入るが、またもや行き過ぎてしまう。
そこから指示を何度も飛ばしていき、ようやく――――
「シグナム、そこや!」
「はい、主! せいッ!」
気合を入れて木刀で一閃。
『おおー!』
その光景に周りで見ていた皆が盛り上がる。
「将、お疲れ様。良い剣だった」
「ありがとう。ふぅ……しかし、目隠しをしながら斬る、とうのは中々難しいものだな」
リインフォースさんがタオルと水をシグナムさんに渡して労っていた。
「この世界の住人の発想は豊かなものだ。確か……スイカ割りだったか?」
「そうだな。ただの遊びと思っていたが、侮れん。もっと精進せねば」
ホントはただの遊びなんです。侮ってていいんです。精進なんかしなくていいんです。
真面目過ぎるシグナムさんに内心でツッコミを入れながら、他の人がスイカ割りをするところを見学する。
イリヤやなのはが空振りしたのを見て笑い、士郎さんや恭也さんが綺麗に斬ったのを見て驚嘆し、色んな人が挑戦していくのを見るだけでも大いに楽しめた。
もちろん俺もやった。綺麗に……とまではいかなくともそこそこ上手く斬れたと思う。
スイカを皆で食べてから小休止を挟んでから、子供組は元気いっぱいに海で遊ぶ。
「ほら! 空も見てないで来なよ!」
俺を呼んだアリシアだけじゃなく、他の皆もそんなことを言いたそうな眼だった。
「はいはい。今行き―――――うわっ!?」
ノロノロと歩き出すと、顔に突然水がかけられた。
犯人は……わからないから全員でいいや。
「………………ハ、ハハハ、アハハハハハハハハハハ! ―――――覚悟はいい?」
どこからともなく水鉄砲を取り出し、皆に向けて放つ。水鉄砲からすごい勢いで水が出て、なのは達を容赦なく襲う。
『キャアアアアアアアアアアアアアッ!』
実はこれ、アザゼルさん特製の水鉄砲だ。この時点気が付いた方もいるかもしれないが、アザゼルさんが作ったものが
しかし、仕組みは思いの外単純にできていて、俺の魔力を送り込むと威力が上がるだけだ。
「さあ、俺達の
『す、スト――――――――キャアアアアアアアッ!』
んなもん知らん! とばかりに再び放つ。今度は込め過ぎたせいか吹き飛んでる人までいた。
「どうしたどうした!? もう終わりか!? 貴様らの力はその程度か!?」
『お前はどこの魔王だ……?』
「フハハハハハ! これで俺の勝――――あり? バインド?」
ノリに乗っていると足にバインドがかけられていた。解除する度に新しいバインドがかけられて逃げられない。その間にもなのは達が幽鬼の如くユラユラと迫ってくる。
え、ちょッ!? なんか皆さんシャレになんない雰囲気なんですけどォッ!? というかイリヤの前で魔法使うな!
「ま、負けん! 俺は負けられんのだ! 貴様らのような魔王になどな!」
『立場がいつの間にか変わってないか!?』
『……そう。だったら……少し……頭冷やそうか……?』
―――――――――――ッ!? 怖ッ! 皆怖すぎるんだけど!
「せ、世界の半分を貴様らにくれてやる! それで痛み分けにしようじゃないか!」
『だからお前はどっちなんだ!? 勇者なのか魔王なのかはっきりしろ!』
『他に言うことは?』
「ごめんなさい」
『謝るの早いな!?』
も、もう無理! これ以上なのは達の威圧に耐えられない!
「ハハハ……許すとでも? ディバイン……バスターッ!」
「それはシャレにな―――――ウギャアアアアアアアアアアアッ!」
水鉄砲をなのはに奪われ、その銃口を俺に向けてくる。そして何の躊躇いもなく引き金は引かれ、激しい水飛沫に当たって吹き飛ばされたのだった。
「今夜は肝試しだぜ!」
ユーストマさんがホテルの入り口前に集まった俺達を見て言う。
今回の旅行はイベント盛りだくさんだなぁ……もちろん俺としてはどれも楽しいからいいんだけどね!
「ルールは簡単! 二人一組のペアになって山の中にある廃屋からカードの入った封筒を持ってきてもらう! ……もちろん道中には用意された仕掛けが色々あるからな。気を付けてくれよ?」
見本のカードと封筒を見せながら説明を始めた。カードに書かれた内容はゴールするまでのお楽しみというわけだ。
「カードには景品が書かれていて、リタイアせずに持って帰ってこれればその景品をプレゼントするぜ! 中にはかなーり豪華な物あるから皆頑張ってくれよ!」
ふーん。景品付きか。これは面白そうだね。
参加するのは肝試しをしたい子供組だけで、残りは保護者組と共に山の中に設置されたカメラ映像をバカでかいテレビで見てるそうだ。
保護者組、楽しみながら絶対に酒飲むだろ……。
「さあ、ペアを作ってくれ!」
真っ先に決まったペアは恭也さん&忍さん、クロノ&エイミィさん。
「そ、その……もし良かったら……なんだけど……わ、私と組まない?」
「え、俺か? ああ、いいぞ。よろしくな、舞衣」
意外にも舞衣さんが兄さんを誘っていた。初日の険悪な雰囲気はどこに行ったのやらで周りはそれを見て微笑ましそうだったり、ニヤニヤしていた。
よくわからないけど、仲良きことは美しきかな、ってね!
「ヴァーリ君、私と組みましょ?」
「私と組むにゃん」
「……私と組んでください」
「わ、私と組んで……くれると嬉しいかな」
朱乃、黒歌、白音、あかりの四人がヴァーリを誘っていた。
「あっちは大変そうだね」
「それ、あなたが言えたセリフじゃないと思うのだけど?」
他人事のようにヴァーリ達を眺めていたら、琴里が近くに居た。その後ろには十香達やなのは達が今から戦場にでも赴くかのようなオーラを放っていた。
「俺も? うーん、俺としては誰でもいいんだけど……」
《〈マスター、今回ぐらい自分で決めてみてはいかがですか?〉》
「〈……わかった、そうしてみる〉。ちょっと考えさせて」
うーん、誰がいいかな? あ、そうだ! あの娘にしよ!
「俺のペアは……君に決めた!」
Sideout
Sideヴァーリ
暗い森の中、肝試しのパートナーとなった相手と空が二人で歩いてる。その光景を俺はホテルのテレビで見ている。
俺と白音の番はまだ先なので、他の人の様子を見ることが出来る。
修行するために入った時とは雰囲気がまた違ってくるせいで、全く知らない世界が広がっている。
悪魔の俺からすればあの程度の暗さはなんていうことはないが、二人にとって頼りになるのは空の手にある懐中電灯のみだろう。
『こりゃ出てもおかしくないかもね』
『な、なにが……?』
『なにが……って、そりゃ、オバ――――――』
『あー! あー! 聞こえなーい! 何にも聞こえなーい!』
空のパートナーはそれ以上聞きたくないらしくて大声を出して空の声を遮ってきた。
『アハハ、やっぱ苦手なのか』
『意地悪しないでよ!』
『ごめんごめん。でも、だからこそ、君が怖くないようにこうして手を繋いでるんじゃないの?』
『そ、それは……』
『大丈夫。何があっても俺が君を護るよ――――――明日奈』
『うんっ!』
空のパートナーこと明日奈は怖がりながらも精一杯返事を返した。
『……ところでどうして私にしたの? (空君がまさか私のこと……!)』
確かに、どうして空は明日奈を選んだんだ?
『ん? ああ、明日奈を選んだ理由ね。明日奈がオバケ怖いって言ってたからだよ』
『え、それだけ……?』
『うん、それだけ』
『そ、そう……。(だよねだよね!? 空君がまさか私のこと……! なんて思った私を殴ってやりたい!)』
理由を述べたら明日奈は目に見えて落ち込んでしまった。
ふむ……俺にもわからん。まあいい。空だしな。
――――――――――キャアアアアアアアッ!
二人が歩いていると、突如叫び声が山の中から聞こえてきた。
『え……今のって……?』
『なんかあったんじゃない?』
あの声は……多分フェイトとアルフかな?
『いやいや、そんな呑気なこと言ってる場合じゃないよ!?』
『大丈夫だって。フェイトやアルフなら平気だよ。明日奈みたいにオバケ嫌いなわけじゃないんだから』
空の言う通り、テレビにはフェイトとアルフが現れたのっぺらぼうに驚いて叫んでいるのが映っていた。アルフは驚きすぎてのっぺらぼうを殴っていたが。
魔王と神王が所々に仕掛けがあると言っていたが、こういうことだったか。
だが、空ならこの程度―――――
『キャアアアアアアアッ!』
『あ、ちょ、明日奈ッ!? どこ行くの!?』
――――意外と苦労するかもしれんな。
二人が首長のオバケと遭遇すると、明日奈は空を置いて道から外れた方向に走ってしまった。そして、空が慌てて明日奈を追いかけ始めた。
「明日奈ったら困った子ね……。パートナーを置いていくなんて……」
自分の娘が酷い目にあっているのに呑気だな……。
明日奈の母親が酒を飲みながら呟いていた。呑気なのは酒が入っているのと、空がいれば問題ないという信頼の表われなんだろう。
二人がテレビに映らないところに行ったので、他の人を見ることにした。
アースラの組はクロノとエイミィのペア以外が途中リタイアしている。
恭也と忍のペアはオバケが現れても声一つ上げずに世間話をしながら進んでいく。
士郎と舞衣は……不思議な雰囲気を出していた。女子がキャーキャー言っていたから恋愛絡みだと思う。
シグナム達ヴォルケンリッターもヴィータを除いて怖がる素振りは全くない。
他にも絶叫したり、途中リタイアするペアが続出している。それを見ている保護者達は随分楽しそうにしているが。
……空は無事に帰ってくるだろうか?
Sideout
Side明日奈
立ち止まって気が付いた。空君を置いてきてしまったことに。今現在暗い森の中に一人でいることに。
さ、最悪……! どうしよう……?
恐怖心を紛らわそうとするけど、先ほどのオバケがフラッシュバックして足がすくむ。
「お願い、空君……助けに来て……!」
その場にへたり込みながら助けを願うしか、今の私には出来なかった。
Sideout
Side空
「捕まえたっ」
逃げ出した明日奈にようやく追いついた。
座り込んで頭を抱えている明日奈の肩を軽く叩くと飛び上がった。
「キャッ!?」
「うわ、そんな反応されると傷つくなぁ……」
「えっ? あ、空君!」
相手が誰だかわかると明日奈は安堵の息をそっと吐いた。
「や、迎えに来たよ」
「あ、ありがと……。なんだか……誘拐されたときのこと思い出しちゃった……」
「え?」
「私が助けて欲しいときに、願ったときに空君は来てくれた。あの時も今も」
「……そっか」
そう言えば、あの時も明日奈は俺の名前を呼んでたね。
「…………来てくれる?」
「ん?」
「これから先、もしも私の身に危険が迫ったら……空君は助けに来てくれる?」
なんだ、そんなことか。
「うん! 明日奈に……ううん、明日奈だけじゃなくて、俺の友達や家族に危険が迫ってるなら俺は絶対に助けに行くよ!」
「(そこは“私だけ”……って言って欲しかったと思うのは欲張りかな?)……ありがと」
「どういたしまして! さ、早く行こうか! 今更リタイアなんてする気ないでしょ?」
「もちろん!」
手を差し出すと、明日奈は力強く握って立ち上がった。
「明日奈。怖いんだったら目を瞑ればいいんだよ」
「でも、それだと前が見えくて歩けないよ?」
「そこは任せて!」
「キャ!」
明日奈の膝裏と背中に腕を回して持ち上げる。所謂お姫様抱っこだ。
「飛ばすからちゃんと捕まってて!」
魔力強化を使って森の中を駆け巡った。
道中には当然だが仕掛けがたくさんある。しかし、それら全てをスルーして廃屋目指して走ったのだった。
「おかえり、空ちゃん、明日奈ちゃん」
明日奈と二人で廃屋まで辿り着き、封筒を一枚手に入れてホテルに戻って来た。どうやら、俺達が一番最後のペアだったらしい。
「さあ、封筒を手に入れたペアは開封してくれ!」
生き残ったペア、総勢10組が一斉に中身のカードを取り出す。
「ハワイのペア旅行券だ」
『すごっ!』
クロノとエイミィさんペアはまさかのハワイ旅行券!?
「私達は……ディスティニーランドの年間パスポートね」
『マジかっ!』
恭也さんと忍さんペアは年間パスポート!?
他にもアミューズメント施設の無料券や最新の家電製品セット、高級陶器のセットなどが出てきた。一番安そうなのでも最新のゲーム機だったから、総額は……考えるのは止めておくことにした。
魔王と神王気前良すぎじゃないですかねぇ!? 限度を考えて欲しいんですけど!
そして最後に俺達のカードだ。書かれていることは―――――
「家……? ふーん、家かぁ……………………………家ッ!?」
何かの見間違いじゃないのかと何度も目を擦って確認するが書かれていることは「家」だ。
『魔王、神王マジか!?』
中のドライグ達も驚きの声を上げていた。
「お、それが一番の当たりだよ」
まさか家を景品に入れてるとは誰も予想だにしなかった。というか予想できるはずがない。
「いやいやいやいや! 流石にこんな高価なものもらえませんから!」
「ハッハッハッ! たかが家の一つや二つ気にしなくていいからね?」
「あなたが気にしなくても常識を気にしてください!」
「これくらい普通じゃないのかい?」
何が不満なのか聞きたいばかりの表情でフォーベシイさんが尋ねてくる。
「それは
人間界での常識を考えて欲しかった……!
幸い、保護者の人達のほとんどが酔っていたおかげで特に何も言われなかった。
「空ちゃんと明日奈ちゃんが欲しいときにそれぞれに家を作ってあげるよ。それにしても……やったね、空ちゃん! 将来、ネリネちゃんとリコリスちゃんと結婚してから暮らす家が手に入ったね!」
「へ?」
「おいおい、マー坊。それを言ったらシアだって一緒に暮らしてもらわなきゃ困るぜ!」
「い、いや、あの……」
また話が勝手に進んでいく。孫が早く見たいだの、どんな家にするかなどなど。正直ついていけない内容になっていくにつれて、俺の眼が死んでいく。
「ご、ごめんなさいっす、空君」
「あの二人はこうなるとしばらく止まらないからね」
「流すのが一番ですよ」
シア、ネリネ、リコリスに助けてもらい、一旦、自室に戻ることにした。
その後は皆で花火をして旅行最後の夜を楽しんだのだった。
『ただいまー!』
三日ぶりに我が家に帰って来た。午前中に海で遊び倒したのでクタクタだ。
早くベッドに入りたい。
「おかえり」
え?
家には誰もいないはずなのに返事が返ってきた。
「万由里!? なんでここに!?」
「今日からここに住むからよ」
俺が聞きたいのは万由里がどうやってこの家に入ったかなんだけど……。天照さんが合鍵でも渡したのかなぁ? というか住むの決定なんですね。
ツッコミたいところが色々あるが、いつまでも玄関にいても仕方がないので荷物を置いて万由里のところに行く。
リビングに全員集合すると皆に万由里のことを説明した。精霊達は知っていたのか驚く素振りはなかった。
「ま、いいか。歓迎するよ、万由里」
なんとなくだけどこうなるような気がしてたしね。
万由里に手を差し出す。
「ええ、これからよろしく」
微笑みながら万由里は俺の手を握って握手を交わした。
「というわけで明日は夏祭りデートしましょ?」
「どういうわけ? 文脈おかしくない? ……まあ、そのお誘いは受けるけど」
断る理由はないので、皆からの突き刺さるような視線を受け流しなら万由里からのお誘いにOKをしたのだった。
あと2話でG・O・D編入ると思います。