闇を統べる王様です!
Side空
「…………ハッ! 俺は一体何を……?」
「あら、目が覚めた?」
目を開けると上から声が聞こえた。声の方に目を向けてみれば、蒼い長髪が映った。
頭に柔らかい何かがある?
「ティア……? 俺、眠ってた?」
さっきまでリインフォースさんと話して……それでなのは達が……。あらら? その先が上手く思い出せない。
「あなたは疲れて眠ってしまっただけよ」
「で、でもこんな時に眠るなんて……」
それにそんなに疲れるようなことをした覚えもないんだけどなぁ……。
「あなたは疲れて眠ってしまっただけよ」
「そ、そう?」
「そうよ」
やけに迫力のあるティアに二の句が継げなくなる。
「……ところで、何でティアに膝枕されてるの?」
「主、目覚めたのであれば早急に退くべきです」
ティアの声が上から聞こえることに疑問を持ってみれば、答えは簡単に見つかった。さっき言った柔らかいものとは、ティアの太ももの感触だったのだ。
そして、すぐ側にいるシエラが冷たい声音で急かしてくる。
「一度こういうことしてみたかったのよ。あ、もしかして嫌だった?」
「ううん! そんなことないよ!」
「あ、主!?」
「そう、それはよかったわ。ウフフ♪」
余程機嫌がいいのか鼻歌まで歌い始めていた。
「俺が寝てる間に事件はどうなった?」
「欠片の中枢が消えたから無限に沸き上がることはもうないわ。あとは残った欠片だけよ。他の皆はそれを倒しに行ってるわ」
「なら、俺も行かないと」
「そうね。いつまでも休んでいられないものね」
ティアの太ももから頭をどけて立ち上がる。
軽く体をほぐしてからバリアジャケットを展開し、移動を開始した。
「貴様……あの時の……ッ!」
移動開始から五分ほどして、はやて似の顔に銀髪、緑色の瞳、そして色違いのバリアジャケットとデバイス、側で浮遊する紫の表紙の本を持った少女と遭遇した。
向こうは俺のことを知っているらしく、親の仇でも見るかのように睨んでいた。
フェイト似の娘と同じで、俺がナハトヴァールを吹き飛ばしたことを覚えてるみたいだね。
「君はマテリアルだよね?」
聞かなくてもあの二人のように色違いだから分かるんだけど、一応確認をしてみた。
「ふんッ! 貴様なんぞに教えてたまるか! やられたことでさえ腹立たしいと言うのに、貴様は我の一部を持って行ったのだから忌々しいことの上ない!」
一部……? あの娘の言う一部……それってまさか!
「シエラのこと!?」
隣にいるシエラがビクッと肩を震わせる。
「シエラというのは知らんが、貴様の隣にいるその者が我の一部に相違ない」
元々防衛プログラムだったシエラは目の前にいる娘とは一つだった。でも、それは今や俺の所為でバラバラ。あの娘からしたらシエラは裏切り者にでも見えるのだろうか。
「……君は、シエラをどうするつもり?」
「そんなの決まっているであろう? そやつを捕獲し、我が復活の糧とさせてもらう! 無論、貴様も殺して糧にさせてもらうぞッ!」
「そう……だったら尚の事、君には負けられない理由が出来たね。シエラ、ぶっつけ本番だけどやってみよっか」
「い、今ですか!? それはいくらなんでも無理があります!」
「大丈夫。シエラの事信じてるから」
「で、ですが……ッ!」
「この戦いは俺一人で終わらせても意味はないと思う。シエラにも手伝って欲しいんだ。防衛プログラムの一部じゃなくて、俺達の家族として。……どうかな?」
「わかりました……。ですが無理だと判断した場合、即座に解除しますからね!」
「それでいいよ。さあ、行くよ」
『―――――ユニゾン、イン!』
俺達二人が光に包まれて、一つになる。
光が収まると、体から魔力が溢れて来るのを感じる。
「それがユニゾン? 随分と姿が変るのね」
近く似たティアは俺の姿が変わったことに驚いていた。
「まあね。俺も初めてやってみたけどそうなるらしいよ」
体を見回すと、バリアジャケットの形は変わって無かったが、色合いが水色メインになり、白いラインが入っていた。
「眼はより深い青に、髪は彼女と同じ蒼銀……中々似合ってるんじゃない?」
「ありがと。〈適合率はどのくらいある?〉」
『〈90%を超えてます。これなら問題ありません〉』
よし、これで問題なく戦えるね。
「ティア、悪いけど……」
「分かってるわ。大人しく見守らせてもらうわ」
空気を読んで大人しく離れてくれた。
「随分と待たせちゃったね」
「よい。なにせ貴様らの最後の戦いなんだからな。後悔を残さないようにさせたまでよ」
この娘、意外と……いや、今はいいか。
「最後にはならないと思うな。――――――だって、今の俺負ける気しないから」
「舐めた口を……ッ!」
「あとで泣いても知らないよ? ホーリーレイ」
《Holy ray》
挨拶代わりに複数に枝分かれする魔法を放つ。シエラとユニゾンしてる影響なのか、チャージがほとんどなくなって撃てた。
ユニゾンのおかげで、魔力の消費もいい感じに削れてるのか。
「この程度――――ッ!?」
侮って防御魔法を展開したが、それは悪手だ。ホーリーレイは貫通に優れた魔法であるため、大抵の防御魔法ぐらいなら貫ける。
少女が出した防御魔法を壊し、少女の体を枝分かれした砲撃が霞める。
直撃は避けられたか。
「今度はこちらの番だ! 喰らえ、塵芥! エルシニアダガー!」
少女の周囲に幾つもの魔力弾が展開されて、一斉に発射。
『〈あれは誘導性のある魔力弾です! 引き付けてまとめて撃ち落としましょう!〉』
シエラの指示に従い、後方に下がり、魔力弾を惹きつける、
「まだだ! ドゥームブリンガー!」
五本の魔力刃が扇状に広がりながら、俺に差し迫る。
俺は特大の魔剣と聖剣を両手に作り出して、縦に振り下ろす。二本の剣が魔力弾と魔力刃を一気に破壊―――――と思いきや、誘導性能がある魔力弾はまだまだ残っていた。
……やっぱ全部は無理か。
ブレイブを銃にして撃ち落とそうとするが、見聞色の覇気で攻撃が来るのを感じ取ってバックステップをすると、横から黒い砲撃が通り過ぎた。
「危ない危ない。もうちょっとで直撃だったよ」
砲撃が来た方には少女が舌打ちをしていた。
ってそんなの見てる場合じゃない! 誘導弾を何とかしないと!
目前に迫る誘導弾を落とすために急上昇。手が届く範囲まで引き付け――――――蹴る。
「蹴った……だと……!?」
まさか自分の攻撃が蹴りで防がれるとは思ってなかったのか、目を大きく見開いていた。
「驚くのは早いんじゃない?」
足元に作った防御魔法を蹴って、少女に―――――――
「ライダァァァ…………キィィィイイイックッ!」
男なら誰もが憧れるライダーキック。簡単に言うと、ただの魔力を足に込めた跳び蹴りだ。
「あ、アロンダイト!」
先程横から撃って来た砲撃魔法を慌てて放った。
「テェェェヤァァァアアアアアッ!」
それを飛び蹴りとぶつけるのは明らかにこちらが不利だと思い、その場で無理やり体を縦に回転。砲撃に向けて武装色の覇気と魔力を纏った踵落としをして、文字通り
「んなッ!?」
これには相手も開いた口が塞がらないでいた。
偉そうな態度をとってた人が驚く顔は中々悪くない気がした。
「そして今度こそ……ライダァァァアアア…………キィィィイイイックッ!」
「またか!? しつこいぞ!」
今度は慌てることなく何重にも防御魔法を展開し、防ぎにきた。
「ハァァァァァアアアアアッ!」
俺の足と少女の防御魔法が衝突。触れている個所から激しい火花と轟音が出る。
俺は蒼白い魔力を全開で放出して更なる力を込める。
「負けぬ! 王である我が負けてたまるものかァァァアアアッ!」
執念にも似た想いが少女の口から零れた時、一瞬押し返されそうになるが負けまいと、こちらも押し返す。そして、防御魔法に亀裂が入る。
「砕けろォォォォォオオオオオッ!!」
亀裂は徐々に広がり、ついに粉々に砕け散る。防御魔法を砕いて、そのまま少女を貫く。
「グアアアアアアアアアッ!」
仮面ライダーの敵と同じように数秒して爆発を起こす。
あの娘は……いた!
爆発で起きた煙の中から少女が墜落していくのが見えると、急いで救出に向かう。少女を抱きとめるてから、ゆっくり地上に降りて公園のベンチに寝かせる。少女の体は限界が来たのか光の粒子となり始めた。
「……何故、我を助けた? あのまま見過ごせばいいモノを……」
「君が負けて泣いてないかなーって思って」
「性格最悪だな!」
「ま、半分は冗談だけど」
「なら残りの半分は本気だったのだな!?」
「あ、ごめん。やっぱり九割くらい本気だったかも」
「尚更最低だな!」
おふざけはここまでにしようか。
「……本当のこと言うと、はやてに似た娘が落っこちるのって嫌だったんだ」
「ああ、なるほどな。我の映し身と重なって見えたわけか」
「そういうこと。敵だってことは分かっててもどうしてもね……」
「その割には貴様の攻撃は容赦の“よ”の字も無かったがな……。となるとあれか? ひょっとして我の映し身である八神はやてが嫌いなのか?」
「なわけないじゃん! はやてのことは大好きだよ!」
「それもそうよな。もし嫌いなら、似ている姿だけの我を助けたりなんぞあるはずもなかろう」
少女はどこか上の空で一人納得したように呟く。
「……時に聞くが」
少女はしばらく黙っていたら再び口を開いた。
「なに?」
「貴様は我以外のマテリアルに出会ったか?」
「うん、二人ほど。それがどうかした? 王様」
「そうか。他の者たちも……おい、貴様。今何と言った?」
突然こちらに振り返ると、今にも掴みかかりそうな感じの視線を向ける。
「二人ほどって言ったけど?」
「それではない! その後だ!」
「それがどうかした? って言った」
「それも違う! その後は!」
「君のことを王様って呼んだ」
「!」
何か不味かったかな?
「……どうして我が王だと分かった?」
「え、だってさっき自分で『王である我が負けてたまるかー』って言ってたじゃん」
あの時の叫びにはものすごい気迫を感じたなぁ。
「そ、そうか……」
「何か間違ってた?」
「いや、構わん。我は“闇統べる王”なのだからな。……それよりも我は二人には会えなかったか……」
二人? あ、あの二人の事か。
王様の言う二人が誰なのかはすぐに解った。それに今の言い方からすると、マテリアルは全部で三人ってことになる。そしてその三人とは戦いが終わった。となると、残りは闇の欠片のみになるわけだ。なのは達が動いてるから、この事件が終わるのに時間はそれほどかからないだろう。
「結局、我の野望はここで終いになるのか……」
「そうだね。“この世に悪が栄えたためし無し”って言葉がこの世界にはあるぐらいだからね」
この娘の野望――――――それは闇の書の闇の完全な復活。
「まあよい。例え、我が倒れようと第二第三の――――」
「あ、そういうのいいんで」
ネタに走り出した王様を遮る。かなり不満そうな顔だが無視を決め込む。
「実はさ、他の二人とは約束したんだ。また戦おうって。あと名前を考えてきてとも頼んだんだ」
「それを我にもしろと?」
「うん。ダメかな?」
「構わん。戦うのはともかく、名前ぐらいなら容易いことだ」
予想外にも王様は俺の提案を容易に受け入れてくれた。
「……なんだ? もしや我が断るとでも思っていたのか?」
「うん、かなりの確率で断れるとばかり」
「……貴様は我を何だと思っているのだ? 貴様は我に勝った。なら、その頼みを聞くのは敗者たる我の責務であろう」
やっぱりこの娘は―――――
「王様って実は優しいでしょ?」
戦っていた時にも思っていたことを口にした。
「なッ!? 貴様ふざけたことを抜かすな! 我が優しいはずなどなかろう!」
「えー、そうかなー?」
「そうだ!」
ムキになって否定してくる王様が面白くて笑ってしまう。
「はいはい。じゃあ、そういうことにしておくよ」
「絶対に信じておらんな……。はぁ……貴様の相手は疲れる。我はもう眠る。……防衛プログラム、シエラとか言ったな。そのものを大切にしなければ貴様を許さんからな」
最後の最後でシエラの事を頼んでから王様は消えた。
「やっぱり王様って優しいよね?」
『素直じゃないがかなり』
俺の中にいる奴らやティアにも聞くと、全く同じ答えが返って来た。
「さて、これからどうしたもんか」
シエラとのユニゾンを解き、これからどうしようかと悩んでいたところ通信が入った。
『空。こちらクロノだ。至急アースラに来てくれ』
「分かった」
短い連絡を終えて、アースラに転移した。
クロノに呼ばれアースラの艦長室に行くと、魔導師組が勢揃いしていた。
「来たか。……ところで、そちらの女性は誰だ?」
クロノの視線の先にはティアがいた。シエラ同様初めて見るので紹介を求めてきた。
「この人は俺の使い魔のドラゴン、ティアマット。で、そっちの真っ黒で偉そうなの奴がクロノ」
「一言余計だ。というか実際に僕はそこそこ偉い。よろしく、ティアマット」
へぇー、執務官って偉い役職なのか。
「ええ、こちらこそ」
「……あれ? ティアがドラゴンだってことに驚かないの?」
クロノやエイミィさん達があまりにあっさりスルーするもんだからつい聞いてしまった。
「この地球はどこか馬鹿げてる。それに君がすることに一々驚いていられないことを最近知っただけさ」
周りではなのは達もうんうんと頷いていた。
俺って変人扱いされてんのね。初めて知った―――――わけでもないや。何度か言われてたなぁ。
「それで今日集まってもらったのはほかでもない。本日起きた事件のことだ。あとは艦長お願いします」
クロノがリンディさんに話しを頼むと、リンディさんが立ち上がって話し始める。
「今回は先日倒した闇の書の闇、その残滓が復活を果たそうとして起こった事件です。ですが、皆さんのおかげで無事に解決できました」
リンディさんが、その後もこの事件の詳細を語ってから一旦区切ると柔和な笑顔を浮かべた。
「本当にありがとう。皆、お疲れ様」
そこからは解散となったのだが、しばらく皆とおしゃべりタイムだ。互いにどんな偽物と戦ったのかが気になるのだろう。
「空君は私に似た娘にあったって言ってたけど、どんな娘だったか教えてくれないかな?」
アースラ内の休憩スペースでなのはから、俺が戦ったなのは似の女の子について聞かれた。
「うーん、なのはより髪が短くて、バリアジャケットの色が黒というか赤紫って感じ。性格も大分違って、あの娘は常に冷静で感情がほとんど顔に出ない娘だったよ。なのはとはまるっきり逆じゃないかな?」
「逆、かぁ……。もしかして、あの時空君に会わなくて、ずっと一人でいたらそうなってたかもしれないなぁ……」
家族に迷惑をかけないために「良い子」でいなくちゃいけないとずっと思い続けてた。それが昔のなのは。今でも多少はそう思っているようだが、なのはは大丈夫だと思う。支えてくれる家族や友人がいてくれるならきっと。
「空は他には会わなかったの?」
「えーっとね、フェイトとはやてのそっくりさん。あとは皆も知ってるだろうけどリインフォースさんくらいかな」
『え、私!? どんなだった!?』
名前が出されたフェイトとはやてが詰め寄ってくる。
「近い近い。二人共落ち着いて。ちゃんと話すからさ」
『ご、ごめん……』
二人が離れてからわざとらしく咳払いをしたあと話す。
「フェイト似の娘は髪の色が水色、ツリ眼で赤い眼。性格はフェイトより感情豊かで顔に出やすかったよ。でも、あの娘は……自暴自棄っていうか我が儘? 幼い子供? って感じがした。これは俺の勝手な推測なんだけど……もしも、フェイトがプレシアさんと仲が悪かったらあんな感じになってたんじゃないかなって思ったんだ」
『…………』
俺の勝手な推測でフェイト、アリシア、プレシアさんが黙り込んでしまう。
「でも、結局は“もしも”の話だから。今、ここにいるフェイトはプレシアさんと仲が良いでしょ?」
「う、うん!」
「変なこと言ってごめんね。で、最後にはやて似の娘は……うん、良い子だった」
王様は言葉は刺々しいけど悪い娘じゃないんだよねぇ。
「髪は銀髪で眼は緑。バリアジャケットが黒くて、夜天の書に似た本と紫の杖。口調は偉そうだけど本当は優しい娘だって思ったよ」
「偉そうな私か……。どうなったらそうなるんやろ?」
「はやてはぽーっとしてるからどうあってもならないと思うよ」
「お姉ちゃん、それって褒めてるん?」
はやてがあかりをジト目で見るが、あかりはそっぽを向いて誤魔化していた。
「皆の方はどうだったの? 俺って残滓と欠片の中枢しか戦ってなくてさ、欠片の方には会わなかったんだ」
「ここにいる人ほとんどに会ったわ。空君の偽物にも会ったし」
『私(アタシ/俺/僕)も!』
「俺の偽物? どんな感じだった?」
「あー、それは何て言うのかな」
「性格とか姿はまったく同じなんだけど」
「雰囲気? 感じる魔力? が違うっていうかなんていうか」
「説明するのが難しいんだよねー」
「それでもコイツは偽物ってことはすぐ分かったんだよな」
ヴァーリの一言に皆が揃って頷く。
どれも要領を得ない答えだったけど、まあいいか。
「そろそろ帰るとしますか。家族が心配するだろうからね。今日は疲れたー。後でもう一回寝よっと」
ティアに休ませてもらったが、その後も戦った所為か欠伸が出る。
「じゃあ、また膝枕でもしてあげましょうか?」
「え、別に―――――」
『膝枕ってどういうこと!?』
別にいいと断ろうとしたら、それを遮ってなのは達がものすごい形相で詰め寄ってくる。
「いや、何か疲れていつの間にか眠ってたらしくてさ、起きたらティアに膝枕されてんだよ」
今日はリインフォースさんに膝枕して、ティアにされるという不思議なことも起こったもんだ。
『私も空君に膝枕したいし、されたい!』
「そ、そう……お好きにどうぞ……?」
そして、家に帰ると膝枕のことが十香達にも伝わり、時間制で代わる代わる膝枕をして、されたのだった。
龍神空の初めての膝枕の相手は姉の夜刀神十香達でも幼馴染の高町なのは達でもないッ!
このティアマットだッ!