OS
建物内にある暗い部屋を窓から射し込む月明かりが僅かに照らしていた。
その部屋で足を組んでソファに座る人物は手に持っていた一冊の本を開き、内容を誰かに聞かせるというわけでも無いのに口にする。
「……この本によれば、西暦2022年11月6日。フルダイブ型仮想ゲーム機、ナーヴギア専用ソフト『ソードアート・オンライン』。
サービス開始初日に
圧倒的な絶望の中、ゲームクリアを目指して剣を取るもの。恐怖に負け、他者との接触を断つもの。中にはプレイヤー同士で命を奪い合うものまでもがいた。
そして、二年後の2024年11月7日。一人のプレイヤーによってゲームクリアはされ、人々は解放された。
最終的に4000人もの命が犠牲となり、茅場晶彦の死で事件はその幕を下ろす」
―――それが本来ならば起こるはずの出来事だった。
「だが、実際には禍の団の思うような出来事は起こらなかった。
何故なら、とある少年の働きが全プレイヤーを救ったのだ。
たとえ、それが鋼鉄の城に囚われたお姫様を助けるための“ついで”、であったとしても。
その少年の行動理由がどうあれ、彼のおかげで犠牲となった命は0。禍の団の陰謀に巻き込まれた開発者、茅場晶彦の命さえも救ってみせた。
そんな奇跡と言っていい出来事があったなど露知らずの生還者たちは、政府の援助もあって現代社会への復帰を目指すことになる」
ページをめくり、そこに書かれている続きを読み上げる。
「しかし、SAOから解放されたプレイヤーは全員ではなかった。
須郷伸之という人物によって300人のプレイヤーが未だに目覚めない状態。彼が助けようとしたお姫様もその中にいたのだ。
彼はそれを知って再び動く。
妖精王『オベイロン』から妖精女王『ティターニア』を奪い返すために。
現実では彼が、ゲームの世界ではSAOをクリアした少年『黒の剣士』に託して須郷伸之の陰謀を打ち砕いた。
無事囚われのお姫様と彼は再会できたのだ。
こうしてプレイヤーが全員解放され、SAO事件が二年かけて幕を下ろした」
またページをめくり、書かれている内容を読み上げる。
「そして、物語の時間はSAO事件解決の二年後から始まる。
その時、SAO事件の続きとも言える問題が起こるのだが、彼は一体―――おっと、これ以上は皆にとってはまだ未来のことだったね」
気になる部分を言い残して本を閉じた。
決まった、とドヤ顔しているところで部屋の明かりが点く音がした。
「何やってんの?」
「単なるウォズごっこー」
「……そう」
部屋に入って来た少年は呆れ気味に返すだけだった。
私こと結城明日奈は、中学三年生の冬にデスゲームと化した鋼鉄の浮遊城『アインクラッド』に閉じ込められた。
たまたまSAOのソフトを手に入れて、たまたま息抜き程度に遊んでみようとナーヴギアを頭に被った。偶然に偶然が重なった結果がこんな理不尽な目に遭うことを誰が予想できたであろうか。
これは悪い夢。いつかは現実に帰ることが出来る。きっと目が覚めたら彼が目の前にいて「寝坊助さん」と言って笑ってくれるに違いない。
だけど世界は残酷だった。
毎日どれだけ泣いても、宿屋で寝ても覚めても目に映るものは変わらない。
そのうち涙も涸れ果て、外から聞こえる今日は誰々が死んだという話を聞く度に私は怯えることしかできなかった。
ああ。私はこの世界で死ぬしかないのか。もう二度と家族にも友達にも、大好きな彼にも会えないのか。
いっそのこと、このまま自殺してデータの世界で消えるのもいいかもしれない。
アインクラッドに閉じ込められて二週間、現実を直視するのが嫌になって自殺でもしようかなと考え始めた頃、一通のメールが来た。
バグなのか文字化けして送り主の名前や本文のほとんどが読めなかったが、最後の一言だけが読めた。
―――『待ってる』
私の瞳からは涸れ果てたはずの涙が溢れ出した。
たったの四文字。でも、それだけでメールの送り主が判明できた。確証なんてものはないが、確信できた。
……そうだ。ソラ君が私を諦めるはずないじゃない……!
彼を信じていなかった自分に不甲斐なさと怒りを覚えて、自分の頬を叩いた。
ようやく現実と向き合う覚悟を決めた私は宿屋を飛び出した。この最低最悪のデスゲームをクリアするために。皆が待っている場所に帰るために。
それからの私の行動は早かった。
戦いにおいて必要な情報を集め、装備を整えてレベリングに勤しむ毎日。
SAO内で出会ったキリト君や友達となったリズには私の異常さを心配されるが関係ない。
睡眠? 食べ物? 現実の身体じゃないんだから最低限で十分よ!
安全マージンがとれてない? なら死ぬ気でレベリングしなさい!
攻略の鬼?
殺人ギルド? そんなもの気合でどうにかしなさい!
他人にも自分にも無茶を押し付けながら積極的に攻略に参加し、友達の受け売りではあるが全力全開で挑んだ。
破竹の勢いで進められていく攻略に誰もが希望を見出す中、私はふとあることに気が付いた。
足りない……。ソラ君成分が足りない……! (ちなみに私達幼馴染の間ではソラニウムと呼んでいる)
禁断症状に似た何かが出始めたのは第十層を攻略した頃だろうか。
その時はまだ文字化けしたメールを読み返すだけで気力を保てた。
だが、第二十層を攻略した頃にはそれだけじゃ足りなかった。もう半年以上もソラ君に触れていないのだ。そんなの我慢の限界が来るに決まっている。
毎晩ソラ君とイチャつく妄想に耽るだけで精一杯だった。
クォーターポイントである第二十五層を攻略する時にはもうダメだった。
どんな妄想をしても気持ちが晴れない。
たとえ、嫌がるキリト君や団長に無理矢理デュエルを挑んで、それぞれに10戦10勝0敗の無敗という結果を残したとしても。
たとえ、親友のリズやシリカちゃんに大好きなソラ君の凄さやカッコ良さを引くぐらいに語ったとしても。
たとえ、ソロでフロアボスを攻略したとしても。
たとえ、毎晩のようにソラ君への愛を綴った文章を書いたとしても。
たとえ、殺人ギルドが私を罠に嵌めようとして逆に全員返り討ちにしたとしても。
何をしても私は満たされなかった。
やがて、攻略にも支障をきたすレベルの禁断症状が出始めた頃には団長から休暇を無理矢理取らされた。
だが、根本的な解決には至らず、休暇程度では私の禁断症状は治まるどころかより激しくなった。
その時のことは詳しくは憶えていないのだが、リズ曰く、壁に向かってソラ君の名前を連呼していたらしい。
「もう、無理……。ホント無理。ソラ君に会いたい」
何もかもが嫌になった時、情報屋のアルゴさんから一通のメールが届いた。
何でも第二十二層に幽霊が出ると噂が出てるらしい。それを私に調査して欲しいようだ。
多分、アルゴさんなりの気遣いなのだろう。
私、幽霊苦手なんだけどなぁ……。まあ、いっか。
ソラニウムが足りなさ過ぎて頭が働かない私は、暇そうにしていたキリト君を伴い、噂の調査を始めた。
過程は大したことがないので結論から言うと、幽霊の正体は黒髪の女の子だった。
この世界にいるプレイヤーやNPCには何かしらのアイコンが表示されるのだが、彼女にはそれがない。キリト君はバグか何かだと言っていたが私にはそうは思えなかった。根拠があるわけじゃなかったけど。
とりあえず溜め込んだお金で森にあったログハウスを購入して少女の面倒を私が見ることになった。
何日かして、少女は目が覚めた。
「私、アスナ。あなたは?」
「あす、な……? そらの、友達?」
「…………………………………え?」
怖がらせないように自己紹介をしてみたのだが、彼女は予想外の反応を見せた。
今、ソラってこの子は言った……!
「あなたは何を知っているの?」
「そらにお願い、された。あすなっていう友達を、助けてって」
ソラ君……!
溢れそうになった涙を堪えて、彼女に色々尋ねた。
彼女―――ユイちゃんはSAOのメインシステム『カーディナル』の『メンタルヘルスカウンセリングプログラム試作1号(MHCP001)、コードネーム:ユイ』。すなわち茅場晶彦の作ったAIなのだそうだ。
私に会いに来る前にカーディナルから消されそうだった彼女はソラ君と出会い助けてもらった。助けたお礼として自分ではSAO内に干渉できないからユイちゃんに私を助けてあげてとお願いされた。
それと制限があるがユイちゃんを介せば現実世界と連絡も出来るらしく、SAOに閉じ込められてから送られてきたメールはやはりソラ君からのものだったのだ。
「ありがとう……! ユイちゃん、本当にありがとう……!」
ユイちゃんとの出会いによって、再び戦う気力を取り戻した私はようやくまともに休むことができたのだった。
「ママ! おはよう!」
「おはよう、ユイちゃん」
私とユイちゃんが暮らすようになって数日が経過した。
彼女からはいつの間にか「ママ」と呼ばれるようになったのは、本人曰く、呼びやすいかららしい。
なら彼女のパパであり、私の旦那様は誰なのか?という問題が当然でてくる。
最初はキリト君をそう呼ぼうとしていたのだが、残念ながら彼ではない。ソラ君だ。
私をママと呼ぶ代わりに、ソラ君のことはパパと呼ぶように仕向け、現実世界に帰ってそれを教えた時の反応が楽しみだ。
ユイちゃんのお陰で私の精神的な問題が解消され、攻略に再び繰り出すようになった。
私が抜けたことで滞っていた攻略が捗るようになり、あっという間に第七十五層。
ボスのスカル・リーパーを倒して次の階層に進もうというところでキリト君が団長に斬りかかった。
キリト君曰く、一連の行動を見て彼が茅場晶彦と判断したらしい。
でも、そうじゃなかった。団長『ヒースクリフ』の正体は本人に成りすました『悪魔』だったのだ。
……実を言うと私はそのことを知っていた。ユイちゃんから事前に聞かされていたが、茅場さん本人はソラ君に助けられて無事だそうだ。
悪魔は気付いたご褒美としてキリト君に契約を持ち掛けた。自分と
その提案を呑んだキリト君は戦いに臨む際、麻痺で倒れるクラインさんやエギルさんといった仲の良いプレイヤーに話しかけた。まるでお別れを告げるかのように。
そして、それは私にもだった。
「アスナ」
「どうしたの?」
「俺、アスナのことが好きなんだ」
真っ直ぐにその想いを伝えてきた。
「知ってる」
第一層でキリト君と出会ってからここまで多くの時間を過ごした。
自慢じゃないがこれでも小学校中学校とそれなりに告白された経験がある。それ故に彼が私に向ける感情もなんとなくわかったのだ。
どこかの誰かと違って鈍感ではないから。どこかの誰かと違ってね!
「返事は現実で会ったら聞かせてくれないか?」
「わかった。そこまで言うんだったら勝ってよね」
「ああ。任せろ!」
そう言って彼は最後の戦いに臨んだ。
序盤はユニークスキル《二刀流》で連続攻撃するキリト君が優勢かと思われたが、悪魔はユニークスキル《神聖剣》と防御力の優れた盾で防ぐ。
やがてキリト君の剣の耐久力が尽きて砕ける。それはまるでキリト君の心が折れる音のようにも感じた。
それに反して大きなチャンスを得た悪魔は口元を三日月のように歪める。
このままじゃ、キリト君が……!
誰もがもうお終いだと思った瞬間、彼の砕けたはずのエリュシデータとダークリパルサーが光り輝く。
二本の剣は新たな剣―――否、鍵へと姿を変えたのだ。
「なんだ、それは……!?」
「うおおおおおっ!」
予想外の事態に動揺を隠し切れない悪魔にキリト君が二振りの鍵で止めを刺した。
ポリゴンとなって消えるまで悪魔の顔は驚愕に満ちたものだった。
無機質なアナウンスでゲームがクリアされたことが知らされ、私の視界はたちまち白く染め上げられた。
「ここは……」
次に目が覚めた時、現実に帰って来たのかと思ったがそうではなかった。
ゲームの世界とは思えない美しい夕暮れにしばし見惚れていたが、次第に自分がどうなったのだろうと考え始めた。―――が、それも一瞬で吹き飛んだ。
「おはよ、明日奈」
一番聞きたかった人の声が背後から聞こえた。勢い良く振り返り、そこにいる人物を見る。
一人はユイちゃん。そしてもう一人は私の大好きな人。
どうしてここにいるの? ずっと待ってくれてありがとう! キリト君に力を貸したのはソラ君? 会えなくて寂しかった!
彼に聞きたいこと、言いたいことがいっぱいあるのに何から先に言ったらいいかわからない。
でも、それらを口にするよりも先に私の体は動いて彼の胸の中に収まった。
「ソラ、君……なの?」
「ああ。まさか二年も顔見てないから忘れたとか?」
「そんなことない! 一日だってソラ君を忘れたことなんてなかった! ソラ君に会いたくて今日まで頑張って来た! ずっとずっと会いたかったっ……、会いたかったよぉ……!」
「……そうか。ごめんな、寂しい思いさせちゃって」
優しく抱き締め返しながらぽつぽつと語ってくれた。
彼が言うには閉じ込められた人を開放することはできなかったけど、体力が尽きても現実では命を落とすことがないようには出来たこと。まだ確認しきれていないが死者は今のところ出ていないそうだ。
そして、今はSAOのデータ削除と生き残ったプレイヤー達が徐々にログアウトしていってる。私もその順番待ちでその時が来るまではここでソラ君とユイちゃんと過ごすこととなる。
SAOが削除されたらユイちゃんはどうなるのかというと私のナーヴギアにデータが保存されているので消える心配は必要ないらしい。
「ううん、もういいの。現実じゃないけどこうしてまた会えたから」
成長して大分身長差を付けられてしまった彼の胸に顔を埋めて、会えなかった時間を埋めるかのように甘える。
彼も仕方ないなぁと言いつつも頭を優しく撫でてくれる。
ああ、この感じ懐かしい……。
「ユイもありがとな。明日奈の側で支えてくれて」
「助けてもらった恩返しです! それにママを助けるのは娘として当然ですよ!」
「ま、ママ!?」
ユイちゃんが私をママと呼んだことにソラ君はどういうことだと言わんばかりに私を見た。
「ちなみにパパは誰だと思う?」
「そんなのユイを作った茅場さんなんじゃないのか?」
「違いまーす。ユイちゃん、誰がパパなのかな? この鈍感お馬鹿さんに言ってあげて」
もうっ! 身体が成長してもそういうところは相変わらずなんだから……。
「はい! 私のパパはあなたです! 龍神空さん!」
「………………………………なんでやねん」
「ママとパパは相思相愛だと聞いてますよ!」
「あのなぁ、明日奈……」
「私がソラ君のこと好きなの知ってるよね?」
少し圧を込めて聞けば、小さく呻いて露骨に目を逸らした。
しばらくして観念したのか溜め息を吐いた。
「わかったわかった。俺がパパですよ。ほら、ユイもおいで」
「はい、パパ!」
ソラ君の手招きで察したユイちゃんが勢いよく私達に抱き着く。
きっと傍から見ると私達三人は家族に見えることだろう。
ふふ、幸せな家族計画は順調に進行してる。
「そろそろ時間か。次は現実で会おう。……ああ、違うな。会いに行くよ」
「うん! 待ってる!」
名残惜しいけれどいつまでも仮想世界にはいられない。
ログアウトする前に彼の唇を奪って私の意識は暗転したのだった。
そうして私は現実へ帰還―――とはならなかった。
小さい時から両親によって決められた婚約者、須郷伸之の実験に私は巻き込まれたのだ。
鋼鉄の浮遊城の次は世界樹の鳥籠。
そこではSAOみたいに剣を振るうことが出来ない無力な少女だ。
須郷さんが言うには私は『オベイロン』の妻『ティターニア』という役割があるそうだが、誰があなたの妻になんかなるもんですか!
何とかしなければとユイちゃんを鳥籠の外に出し、助けを呼ぶことにした。
それから数日が経った。須郷さんのセクハラ行為に耐えながら助けを待つ日々に終わりが来たのだ。
「アスナ!」
「キリト君!?」
助けに来てくれたのはソラ君ではなく、キリト君だった。
彼はユイちゃんの協力によって、須郷さんがクリア不可能だと言っていたグランドクエストをクリアしてここまでやって来たのだ。
恐らく、仮想世界はキリト君に任せて、ソラ君は現実世界で須郷さんをどうにかしようとしているのだろう。
あとはログアウトするためにシステムをどうにかしないといけないのだが、ユイちゃんがやってくれる。
これで今度こそ……!
「どこに行く気だい?」
だが、そう上手くはいかなかった。
グランドクエストがクリアされたと知った須郷さんが私達の前に現れたのだ。
次のアップデートで実装予定の重力魔法によって私達の動きを封じ込め、私とキリト君に好き放題し始める須郷さん。ユイちゃんは上手い事逃げてくれたから良かった。
「須郷ッ!」
「絶対に、あなたを許さない……!」
「おお。怖い怖い。そんなに怒らないでくれよ、僕のティターニア」
誰があなたのものよ……!
キリト君を痛めつけ、狂気に歪んだ表情といやらしい手つきで私に触れる須郷さんに殺意が沸き上がった。
私の服を取って辱めようとした時、須郷さんの腕が斬り飛ばされた。
「ぼ、僕の腕がぁぁぁああああ!? 貴様ぁぁぁああああああッ!!」
いつの間にか立っていた全身黒で統一された服装。手に持っているのは見覚えのある鍵の形をした剣。
フードに顔全体が覆われていて誰だか判別が出来ないが、きっと彼なのだろう。
「俺、参上! ってね」
どこぞの仮面ライダーの登場を真似た彼は、独り言を呟き始めると色々なコマンドが表示された。察するに彼に管理者権限が行き渡ったのだと思う。
重力魔法と鎖が外れ自由の身となった私とキリト君は立ち上がって須郷と向かい合う。
「二人はこいつにやり返す権利がある……って、聞くまでもないか」
私達がSAOで使い慣れた剣をシステムで呼び出し、持たせてくれた。
それではフェアじゃないので須郷さんにも『エクスキャリバー』を持たせた。
ついでにキリト君を痛めつけたようにペインアブソーバを低くすることも忘れずに。
「さあ、須郷。お前の罪を数えろ」
セクハラされた分、ALOに閉じ込められた人達の分、ソラ君に会えなかった分。キリト君と二人でありったけの怒りを全部込めて斬りつけた。
体力が尽きた須郷さんはポリゴンとなって消滅した。
こういう時に現実世界と違って仮想世界なら死なないというのはいいものだ。
やがて怒りが収まり黒服の人物に話しかけようとしたが、いつの間にか消えていた。
私達もこれ以上ここに留まる理由はないのでログアウトした。
三度目の正直でようやく現実世界に戻ることが出来た。
長い事眠っていたせいで身体は痩せ細って重いし、視界はぼやけているし、耳はよく聞こえないという状況だ。でも、現実世界にようやく戻れたのだと思うと凄く嬉しくて涙が出てくる。
それに一番最初に会えた人が私が一番会いたい人だったこともあって余計に、だ。
「おかえり、明日奈」
良く聞こえなかったがきっとそう言ってたのだろう。
だから、私は―――
「ただいま、ソラ君!」
笑って答えたのだった。
こうして私は現実世界に帰還し、無事SAO事件は終わったのだった。
「皆ーッ! 今日は俺達『The Best Bond』のライブに来てくれてありがとーッ!」
『キャーーーッ!!』
西暦2026年。場所は武道館。
最後の歌を終えて、握りしめたマイクを使って今日のライブ参加者への感謝の気持ちを伝える。すると黄色い歓声がライブ会場全体に響く程の大きさで返ってくる。
慣れないうちはその声の大きさにビビらされていたが、今では“今回のライブへの最大の賛辞”と受け取るようになった。
まだまだ引く様子のない参加者の声を背に受けながらステージから消えていく。
「ライブ、大成功でしたねっ!」
ステージ袖でライブを見ていたスタッフの一人が興奮冷めやらぬ様子で俺達に話しかけてきた。
確か、彼は大きなライブのスタッフは初めてだったと準備の初日に言っていた。それなら無理もないかと苦笑いする。
「当たり前だ。俺達を誰だと思ってる」
「こら、少しは謙遜しろって。それに俺達だけじゃないだろ?」
隣にいた相棒が生意気を言うものだから軽く小突く。
「そんなことはわかっている。スタッフの皆がいなければ俺達は輝ける場所が無くなるからな。感謝してもしきれないさ」
その言葉を聞いていたスタッフ一同が破顔する。
「二人共、お疲れ様です。反省は控室でしましょう」
黒いスーツに背中まで伸びる銀髪を持つ女性―――シエラが労いの言葉と共に飲み物を投げかけてくる。それを難なく受け取り、彼女の先導のもと水分補給をしながら俺達に用意された控室に入る。
俺達が座ったタイミングを見計らって、女性が話を切り出す。
「改めて、二人共、お疲れ様です。今回も大成功に終わって良かったですね。それで、感想は?」
「……やっぱいいね。皆で一つの何かを創るって」
「初めの頃は散々嫌だって言ってたのに、やれば変わるものですね」
「まあね。俺自身がすごく驚いてる」
掘り返さないで欲しい内容だが、仕方ないことだと思う。
すべての始まりは、冥界のテレビ番組『魔法少女マジカル☆レヴィアたん』の劇場版に知り合いの伝手で出演したことだ。役としては劇場版限定のもう一人の主人公といったところなのだが、予想外なことにまさかの大ヒット。なぜか悪魔でもないのに俺にオファーが殺到。しかも魔王直々にお願いされ渋々他の作品にも出演するようになったのだ。
冥界に娯楽が少ないのは理解しているつもりだが、それがいつの間にか歌ったり、踊ったりとアイドルの真似事をするようになると誰が予想できようか。いや、できまい!(反語)
今ではアイドルの美九やおっぱいドラゴンこと兵藤一誠の人気も出始めたため、多少の落ち着きは見られる。たまに冥界で仕事をするくらいになった。
さて、それだけで済めばまだ良かったのだが、そうはいかなかった。
俺の災難はまだ続いたのだ。
俺がアイドルの真似事をやっていると知った
ネットやニュースでは『期待の超新星!』だの『最強コンビ爆誕!』みたいな感じで騒がれ、辞めようにも家族や友達から大反対されて辞めるに辞められない状況となり、思わずタイミング考えろよと言いたくなるようなときでも襲い掛かってくる英雄の末裔や邪龍、SAO事件、ALO事件を片手間に片付けながら今に至るわけだ。
まあ、今でははやてから頼まれた機動六課の訓練くらいしか面倒事がないから伸び伸びと活動が出来る。その上、誰かに自分の想いを届けることに遣り甲斐を感じているから文句はないのだけど。
「はぁ……」
それでもいくらなんでもあれは無いだろと溜め息が出るのを抑えることはない。
何度も繰り返した長い回想を終え、今日のライブの反省点、改善点を三人で話合って明日のスケジュールを確認する流れとなった。
「明日の午前中は池袋で新型デバイス―――オーグマーのインタビューです。これは二人には別々の場所でやってもらうことになっています。それが終わり次第オフです。質問はありますか?」
「大丈夫」「俺も問題ない」
「そうですか。ではすぐに帰宅して明日に備えましょう」
シエラの言葉に従い、タクシーに乗って帰宅した。
龍神空。
年齢は19歳。
職業は大学生とアイドル。
趣味は異世界で冒険。
これが今の俺の日常である。
OS=俺、参上!