もしかしたら葉山に違和感を感じるかもしれません。
それではどうぞ。
夕陽がアスファルトを照らす中、1人帰り道を歩く。
ーーー貴方のこと知っているわ
あの時、目が合って固まっていた俺は彼女からの一言でようやく我に返った。
しかしその時には遅く、疑問に思ったことを聞く暇もないまま彼女は去っていった。
いまも去り際の一言が頭に残って離れない。
ーーーありがとう
けして大きい声ではなかった。けれど確かに聞こえたのだ。幻聴ではない、まだ数回しか聞いた事がない彼女の声で。
なにを思い彼女はこの言葉を紡いだのだろうか……。
『ありがとう』これの意味は一般的に考えて感謝を示す。その人を讃える言葉、お礼の言葉。感謝の言葉。
されどそれはおかしい。
俺はまず彼女といままで話したこともなければ面識も一方的な筈だった。彼女の認識ではあの時助かったのは先生が来るタイミングがたまたま良かっただけ、今回助かったのは自分が出した不思議な力のおかげ。この筈だった。
けれど彼女はあの言葉を置いていった。
俺が…助けたのを理解したのか? いやいや無理だろ。俺が言うのもアレだが随分と非現実的だぞ。
彼女に貸した能力は『もし世界が違っていたならばあった筈の魔法の力』 なにが出るかもわからない。出たとしてすぐに使いこなせるかもわからない。そんな不確定要素満載の賭け。
俺が一から十まで助けるのなんて簡単だ。それじゃあ意味がないと俺は言った。
与えたのはキッカケ。使いこなしたのは彼女。そしてそれを元に抜けだしたのも彼女だ。
氷のような人だと思った。その雰囲気の冷たさも、口から出る毒舌も、凝り固まった価値観も、そしてその意思も。まるで氷のごとく堅い。
そんな彼女がお礼を言ったのだ。いろいろ考えても仕方ないと思わないか?
結局答えの出ないままその日1日を過ごした。
翌日の朝、いつものように目を覚まし朝食を食べ何事もなく学校に到着する。
そうここまでは何事もなく。
「あら、貴方って結構来るのが早いのね」
……
なんでいるねん。
「そんなところで固まっていないで早く自分の席についてはどうかしら」
……
お前座ってんじゃん。
そんな感情は表に出さずに彼女に言う。
「ああ、昨日の女の子じゃないか。どうしてここに?」
俺はあくまでたまたまあそこにいた生徒Aなのだ。それ以上でもそれ以下でもない筈。
「貴方に用事があってきたのよ」
「へ〜。なんの?」
大方、なぜ昨日あんな場所にいたのかとか、あのことは秘密にとかだろうけど。
「あの力」
「え?」
「あの力はなんなのか教えてくれないかしら」
……え? なにこの子なんでそんな確信持った感じで聞いてこれるの? まっすぐに俺が知ってるに決まってるみたいな顔で。 別段なにか証拠残したわけでもないと思うんですけど。
「ごめん…。力ってなに?」
「貴方も見たのでしょう? 私に急に出てきた氷、不思議な力のことよ。私以外の目撃者はあの子とあなただけ、そしてあの場で関係者じゃないのはあなただけよ。犯行現場に再び現れるなんて犯人の特徴じゃない。なにか知っているならあなたが1番怪しいわ」
それに、と彼女は続ける。
「あなたは知らないでしょうけど昨日の昼休みにもいたわよね。私あなたが階段から降りるの見てるのだけれど」
だが、それでは証拠として弱い。
「偶然だよ。あのルート、時々通るんだ」
「惚けるのもいい加減にしなさい。貴方があの時真似たであろう先生たちの会話、松下先生は社会の教師よ。理科準備室どころか顕微鏡など使わないと思うのだけれど」
「……」
おい!絶対記憶仕事しろよ!
アレですか? 能力は最強だけれど頭の方は出来が悪いまんまなんですねありがとうございます。
……なんて現実逃避しても意味ないよな。
ここで能力使って記憶の書換えなんてやるのは簡単だけどそれはしない。彼女はあの場にいた主役であり被害者であり加害者でもある。ことの真相に自力で近づいて見せたのだ、たとえそれが俺の凡ミスだとしても結果には変わりない。ならば彼女には知る権利がある、そして俺は教える義務があるのだろう。このまま能力を使い続けて嘘に塗れる人生にはなりたくない。堕落していく末路しか見えない。
止めてくれる人が、戒めてくれる人が必要だ。
これは俺にとってもプラスになり得る話だ、彼女は毒舌である。つまり思ったことをしっかりと口に出す強い意志が素で表に出ているということだ。それはきっとこの先俺が楽な方へ行こうとした時止めてくれるセーフティロックにたる存在。
誰しも孤独には勝てない。1人がいいなんて嘘に決まってる、強がりの下に潜む俺たちの本音が素直に表に出ないだけだ。何年も何年も表に出ることなく蓋を閉められ鍵がかけられ錆びて固まる。そんな臆病な本音が前に出ないだけ。本当は仲間を求めてるのに友達を求めてるのに傷つくことを恐れてる。ただの弱虫。
俺には友達がいる。されど秘密は喋らない。
彼女には友達がいない。 だからなにも話せない。
種類は違えど同じ孤独。
共有者には存外ぴったりな人選かもしれないな…。
「それで…どうなの?」
少しばかり不安そうに聞いてくる。やはり先ほどの推理では無理があることくらい彼女は理解していたのだろう。けれどもそれより興味が勝った。
彼女は知らないことが許せないのかもしれない。心のどこかで完璧を求めている、そんな気がする。
「いや、話すよ」
まだ登校には早い時間帯、クラスには俺と雪ノ下の2人だけ。
ここで話しても構わないだろう。
「そう……。なら教えてくれるかしら」
「いいよ、でもこれは荒唐無稽な話だ。もしそれを信じる信じないに関わらず誰にも話さないことをここに、誓ってくれ」
言葉だけなんて意味はないのかもしれない。それでも俺は確かな言葉が欲しかった。
「いいわ。私は…雪ノ下雪乃は絶対に誰にも話したりしない。……これでいいかしら?」
目をつむり己の心に誓うように言葉を紡ぐ彼女はとても綺麗だった。
「ああ、上出来だ」
俺は彼女に力のことを話した。
「…驚いたわ。つまり貴方は魔法のようなことができるというわけね」
「まぁ、そんなとこだ」
彼女に話したのはあの時雪ノ下が発現させた力と声帯模写のみ。けれどインパクトは十分にあっただろう。
「けれど、そうね。貴方が貢献したのは事実なのだし…」
雪ノ下は顎に指をあて何か考えている。
「こういう時、なんて言えばいいのかよくわからないのだけれど……」
目と目が交差する。
「ありがとう」
目に映った彼女の微笑みはとても綺麗だった。
あれから幾分か時が経ち現在は10月も後半に差し迫ってきたあたりだ。
今までの期間我らが担任のやり方は変わらず、取捨選択ばかりの毎日を送ってきていた。その結果は問題児と呼ばれていた子達は我慢を知らず脱けだし、騒ぎ出し、暴れ出す。最後は他クラスの男の先生が出てきて騒ぎを収める。担任の出る幕なんてない。
そして今はLHRの時間。
俺たちの担任の先生交代のお知らせである。
前から話していた通り、やはりこの先生は途中でドロップアウトすることになりそうだった。
先生は話す。
「先生が…いけないのでしょうか」
目に涙を浮かべながら小学3年生に問う。
もう一度言おう、『小学3年生』に『涙』を浮かべながら話しているのだ。普通は逆だろ。
その問いに答えるとしたらこう言えばいいのだろうか。『先生は悪くないよ! 悪いのは僕たちさ!』
バカも休み休みいって欲しい。そんな慰めの言葉をかける小学3年生はともかくとして、かけられる先生が存在していいわけがない。
「先生は…頑張ったけどもう…無理です」
『頑張った』なんて笑わせてくれる。先生は使えないだろ。それは本当に頑張っている人たちへの冒涜だ。先生がやったのは自己の保身。私はこのぐらいやった、だからそれで治らないのはあの子達。だから私は悪くないと、悪いのは子供たちだと思い込み、手がつけられなくなれば放棄する。
『教育者』とはなんだろうか。字のごとく教え育てるものだと俺は考えている。先生は大切なことを教えても、そしてそれを糧にして子供たちを育てることもできてはいない。自分の役職を、役割を全うできない、否やろうともしていない人間が『頑張った』なんて使ってはいけないのだ。
雪ノ下雪乃は『頑張った』
自分の理想に届かせようと、妥協などせずに上を目指していたのは見ていて明らかだ。それに加えて他者からの嫉妬を一身に浴びた生活からのストレスにも耐え抜いた。彼女は頑張ったのだ。それでも彼女は何も言わない。『大変だった』『疲れた』『もうやめたい』なんて弱音は吐かない。たとえ思っていたとしてもそれを口には出さない強さがある。
だからこそ軽々しく『頑張った』なんて口にしてほしくはない。
「先生」
今まで静まり返っていた教室内に俺の声が嫌という程はっきりと響き渡る。
「え…と。朝霧君何かな?」
なにを戸惑ってるのか知らないが言いたいことを言わせてもらおうか。
「あんた人生舐めすぎ」
空気が凍った。
その字のごとく室内の温度が一気に下がったような錯覚が起きる。
今から言うのは先生から見たら自分の四分の一程度しか生きていないガキの言葉。大多数の人間は世の中を知らないが子供が何を言ってるんだと言われるかもしれない言葉。されどその中身は前世で生きた20年と今世で生きた9年が詰まったまちがいなく『本物』の俺の言葉だ。
「先生、さっき頑張ったって言ったけどなにを頑張ったの?」
俺は続ける。
「子供ってさ、よく見てるんだ。他の子と比べて自分の怒られた回数が多いとか少ないとか。あの子はいいのになんで自分だけとか…ね」
「先生さ、選んでるでしょ」
真剣に先生と目を合わせる。
「なにを言ってるの?」
「教える人を。行儀がいい生徒は手のかからないいい子。だからしっかりと教えよう、寝たら注意しよう。でも行儀が悪い生徒はもういいや、どうせ教えても意味ないし。ってね」
「そ、そんなこと」
「ないなんて言わせない。今まで見てきたけど先生は寝てる生徒を放置するよね、わかるよ面倒くさいの。でもね、ここで先生が折れたらみんなの未来はないかもしれないんだ。教育者なら知ってるはずだこの時期は大変だってこと、このクラスがどういう生徒が集まっていたかなんてことも」
「それは…」
「注意したって? たった1回の注意で治るならこの世に大きな間違いなんて起きないよ。大人だって何度も間違うんだ子供がそう簡単に治るわけないだろ。あんたは我が身が可愛かったんだよ。このクラスを任せられた時ベテランだから大丈夫なんてレッテル貼られて、でもそれを破るのが怖くてだから生徒を理由に逃げようとしてるだけだ。俺たちをあんたの保身に使うなよ」
「そんなことっ」
「やりきれないなら初めからすんなよ」
「…っ」
「社会人なんだろ。自分の責任も果たせない奴が!教育者なんて名乗ってんじゃねぇ!」
先生はついに涙を流す。
おいおい、これじゃあどっちが悪いかわからないな。まぁ、言いたいことは言ったし間違ってるとも思わない。
晴れやかだった俺の心に曇りがさす。
「おい!それはないだろ!」
いつだって葉山隼人は正義の味方。
本当はどっちが悪いかなんて関係ない
この場面泣かせたのは俺、泣いてるのは先生。
だから彼は立ち上がる。
葉山と俺の目が
交差した
いかがだったでしょうか。
とりあえず投稿しましたが大きく修正、変更があるかもしれません。
感想、評価よろしくお願いします。
それではまた、次回で。