ではどうぞ
恋とな何か。愛とは何か。そう聞かれた時なんと答えるだろうか。
重さの違いなんてあるが果たしてどうだろう。「好き」という感情にそもそも優劣などあるのだろうか。
よく、ラジオや掲示板なんかを見ているとこんな質問がある。
『恋と愛の違いを教えてください』
前世も通して恋愛なんて仕方ことがない俺からしたら同じにしか聞こえないが世間の見方は違うらしい。
英語に直せばどちらも『LOVE』だ。しかし一般的には愛の方が強い表現として使われることが多い。
恋の後に愛がある。ならば恋の前はなんなのか? 俺にはやはりわからない。だが、その1つの例として当てはまるのが『大切』という感情なのではないだろうか。
「大切な幼馴染……かな?」
葉山はこの言葉になんらかの感情を込めていた。それは見ていてわかるものであったし、目の前で見ていた少女にだって伝わっただろう。だからこそ少女はこう思った筈だ。『今の彼の心の中にいるのは私じゃない』
葉山の言葉に隠された思いが『好き』という感情である確証はどこにもない。それは言葉通りの家族に向ける親しみのようなものかもしれない。でも、少女はそんな考えになんて至らないだろう。いや、もしかしたら関係ないのかもしれない。
恋は人を狂わせる。大の大人だって苦労し、苦悩し迷うのだ。小学3年生の少女がその苦しみに耐えられる筈はない。
だからこそ少女は楽な方へと走るだろう。その後に来る結末なんて考えない身勝手な行動へと移るだろう。
そしてその矛の向かう先は……雪ノ下雪乃。あの大人びた彼女はまた理不尽な怒りを一身に背負うのだろうか?
彼女は背負うだろう。誰にも助けを求めず弱音を吐かずに背負い続けるのだろう。
世界はいつだって優れた者にこそ優しくはない。
昼休みが終わり5限目が始まる。この時間帯になると眠たくなるのが学生というものであり、小学生なら尚更だろう。現に今も大半が船をこいでいる。
「ほら、みんな起きて。ご飯食べて眠いのはわかるけどこれで最後の授業なんだから頑張ろう?」
先生が呼びかけるが大して意味をなさない。それもそのはずだ注意したという事実を作り後は放置。この先生は甘いのだ。生徒に、そして何よりも自分に。
一度呼びかけて起きないなら何か方法を考えるべきだ。この年頃から必要になってくるのは我慢を覚えることだ。思春期というものは多感な時期であり感情の起伏が激しい。よって必要になるのが自分のコントロールだ。自分自身をコントロールできない人間は社会から爪弾きになるのが道理であり、そうならないために人は我慢を覚えるのである。
それを知っているはずの先生がアクションを起こさないのは楽だから。真面目な生徒は初めからちゃんと起きている、寝ている生徒はみな問題児と呼ばれるもの達。
依然として状況の改善は見られず、先はもう短い。
「おーいしゅうすい!まってよー!!」
HRが終わりすぐに帰宅しようと玄関に向かっていると後ろから声がかかった。
声から察するにあまり会いたくない相手ではあるが応じるしかあるまいて。
「やっと追いついた! もう、歩くのはやいよぉー」
プンプンとか、つきそうな表情してるけど全然可愛くない。
「やめろひっつくな新平」
「えー。ちょっとくらいいいじゃん」
そのちょっとがオカマバー並みの危険纏ってるんですけど。
「ったく。お前そのキャラでクラスにちゃんと馴染めてんのか?」
「え? うん。友達もできたよー」
なにそれ当たり前じゃん。みたいな顔されても知らんし。普段のお前のキャラ見てるとドン引きだからね?
「あ、でもやっぱりなかには一人ぼっちの子もいるよー」
まぁ、そりゃそうだろ。性格だってみんな違うんだ合う合わないは誰にだってある。
「へぇ。まあまだ学校生活は長いんだそのうちできるだろ」
知らんけど。
「うーん。でもねなんか空気? みたいなのが悪い気がするんだ。 雪ノ下雪乃って子なんだけどね、女の子たちから仲間はずれにされてるんだ」
……ん?
「今お前雪ノ下雪乃って言ったか?」
「え? うん」
「髪が長くてちょっと冷たい感じの?」
「髪が長くてちょっと冷たい感じの」
おお、グットタイミング。
「そういえば女の子はって言ってたけど男子からはどうなんだ?」
「……」
じーっとこっちを見つめてくる新平。
いや俺男に見つめられてもときめかないんで勘弁してください。
「好きなの?」
……
「……は?」
「その子の話だけはなんか聞こうとするから」
なぜそうなる。
「別に違うさ」
「ふーん」
待ってなにその態度ちょっとやめていただけます? まさか本当に俺に気があるとかじゃないよね? お願いそこ答えて。これからのお前との関係を見直さなきゃならないから。
いろいろぐるぐると考えてると新平がさっきの続きを言い出した。
「さっきの答えだけど、男の子からはだいにんきだよ! やっぱり可愛いからかな? 休み時間はたくさん席に集まるんだ」
まぁ、予想通りだわな。
「なんか大変そうだな」
「そうかな? あ、でも今日は違ったんだ」
下駄箱で靴を履き替えながら話を聞く。
どうでもいいけど1番上にあるとマジ取りづらい。
「なんか教室でね女の子とお話ししてたんだ。そしたら一緒に帰っていったから友達できたんだなーって」
「……」
それは…違うだろう。
昼の一件と今回のこと。行動が早すぎる気もしなくはないがありえないというわけでもない。
もし、現にいま事が起こってるのだとしたら…。
ここでなにもしなければしないなりの答えがでて、雪ノ下雪乃は自分で対処をするのだろう。一度しか会ってない俺が彼女のために何かをする方がおかしい。しかもその一度は一方的であり相手はこっちの顔も知らない。
あれ、これって会ったって言わなくね?
「どうしたの?」
だが、どうしても頭によぎるのである。彼女がこれから背負う運命を。容姿がいい。頭がいい。人はこれを褒め、そして羨ましがる。
『天は二物を与えた』 そう言って持ち上げるが実際は同時に『天は試練も与えた』ということになるだろう。
なるほど。どんなものにも対価があるってか? 神様も酷なことをするもんだ。
彼女はそれを望んでなどいない。だが、そんなの関係ないとばかりに世界は彼女に牙をむく。人より優れていることは時として仇になる。頑張っている人が損をするなんて当たり前。この世界は彼女に優しくない。
ーーーだから
1人くらい彼女に優しくしたとしてもなにも問題なんてないはずさ。
「ねえ!どうし」
「悪い」
踵を返し
「用事できた」
駆け出した。
ーーーべ、べつに助けたわけじゃないんだからね!! 世界の意思に反逆したいだけなんだから! か、勘違いしないでよねっ!
くだらないことを考えながら。
*******
「はぁはぁ」
階段を駆け上る。
新平の話からするとすでに少女たちが何らかのアクションを始めている可能性は極めて高い。
なぜ俺が迷わず現場に迎えているか? そんなのは俺のスペックを見直してから言ってくれ。おかげでめちゃくちゃ疲れてんだよ。
場所は理科準備室前。以前と全くの同じ場所とはわかりやすい。
以前と同様の立ち位置で止まり様子を伺う。
「ねぇ、貴女とハヤトくんってなかいいらしいね」
「別に…ただ親同士が知り合いなだけよ」
相手は意外にも1人。
「嘘つかないでよ! あなたもハヤト君が好きなんでしょ? そうなんでしょ!!」
その大きな声にか、それとも問いかけられた内容にか判らないが彼女は顔を顰めた。
「貴女が誰からなにを言われたのか知らないし興味もないけれど、そんな一方的な貴女の暴論に付き合えるほど私は暇ではないわ」
相変わらず小学生が使う言葉には大人すぎる反論は冷ややかで鋭い。
「なっ、ふざけないでよ!!」
雪ノ下雪乃はふざけてなんかいない。彼女には本当に心当たりはないのだろう。だけど恋は盲目であり、それは恋敵に対しても適用される。排除しようと除外しようと排他的な感情が少女の胸に疼いているのだ。
だから認められない。いま自分が必死になって排除しようとしている相手が実は恋敵じゃなかったなんて考えたくないのだ。少なからず少女はこれが悪いことだと理解しているのだろう。だが恋敵であるという彼女にとっての敵対理由が少女を動かしていた。
「お、お前のそういうところが…」
けれどそれを否定されて理由を失った少女はどうするのだろう? 最後の彼女にとっての正当性が失われた時どうするのだろう。
答えは簡単だ。いつだって自分の正当性が打ち砕かれた人間は自暴自棄になるものなのだから。
「だいっきらいなんだよ!!!」
ポケットから取り出されたのはハサミと『コンパス』。
彼女がいては自分が報われないという思いが、『選ばれなかった時』の恐怖が少女を突き動かす。
「お前がいなければっ!!」
理不尽な猛威が振るわれる。彼女は先程から黙っているがその瞳には『呆れ』と『怒り』の感情が表れている。
間一髪で避ける彼女はやはり怖いのか足が震えていた。
まだだ、まだこのタイミングじゃない。
「貴女のそれはただの自分よがりよ」
彼女の冷たい声が波を打つ。
「周囲のことを顧みず、自分に都合のいいことばかり考えて損得感情でしか動けない」
凛然と少女の前に立つ。
「私に対していくら怒ってもなにも変わらない。誰も変わらない。努力の方向性を間違え他人を傷つける貴女が他人から好かれることがあるとでも思っているの? 」
彼女は怒っているのだ。なぜ優れている者が排除されなければならないのか。理不尽な理由で悪意を向けられなければならないのか。
「貴女は間違えたのよ。だから貴女のそれはただの独りよがり、自分勝手のただの我が儘。その甘い考え…ひどく不快だわ」
瞬間、周囲の空気が凍る。それは比喩ではなく実際に固まり、徐々に氷の槍が形成される。
冷気は雪ノ下の周りを守るように囲み、槍の矛先は少女の方へ向いている。
「これは…」
雪ノ下は理解できない。なぜいきなりこんなものがでてきたのか。されどまずは目の前のことから片付けるのが優先事項。
目には目を。歯には歯を。悪意には悪意で。彼女は返す。
「いきなさい」
赴くままに指示を出す。彼女はそれが当たり前であると信じて疑わない。
氷槍は少女の数センチ横を通り過ぎた。でもそれで十分。少女の顔は青ざめ体は震え目には涙が浮かんでいる。さながらいまの雪ノ下は本物の雪女に見えるのだろう。
少女は逃げる、恥も外聞も関係なくただそこから逃れようとする。
そんな少女に彼女は言うのだ。
「言い忘れていたのだけれど…私も貴女のこと、大嫌いだわ」
少し微笑みながら言ったその台詞に反応して冷気が拡大する。
「ひっ…」
走り去った少女。後に残ったのは疲れたような、けれど満足そうな顔の大人びた彼女だけだった。
途端に氷は霧散する。先程までの冷気が嘘であるかのようにいまの彼女の周りにはなにもない。
「おかしいわね…でないわ」
首を傾げ何度も試行錯誤しようとしている彼女を見て思う。
これで良かったのだろうかと。
俺がやったのは極めて単純なことだ。恐怖による連鎖の断ち切りだ。
孤独な人間にも種類があるがそのうちの一つがいじめ。そして恐怖も一つに挙げられる。
めちゃくちゃ怖そうで実際喧嘩が強い人間ってのは例え人柄が良くっても話しかけられたりちょっかいかけられることはまずない。同じ孤独でも前者と後者では被害の割合が全然違う。
リーダー格の少女は彼女に恐怖心を抱いただろう、そのことで少女が周囲になにか言ったところで子供の戯言と一蹴されるのがおちだ。
結局彼女の孤独は変わらない。遠巻きに見られることがなくなるわけでも、陰口が減るわけでもないのかもしれない。それでもイジメは減るだろう。
だけど思うのだ。俺の力を使えば彼女の取り巻く環境ごと変えられたのではないかと。そっちの方が良かったのではないかと。
だけど時間は戻せない、過ぎた時間は戻ってこない。
ふと意識を現実に戻す。そこで
ーーーこっちを見つめる彼女と目が合った。
いかがでしたでしょうか。
氷についての説明は次回で。まぁだいたい想像つくだろうけど…。
雪ノ下さんやっぱり口達者過ぎだろ!!とかは無しでお願いします(^ー^)ノ
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