戻った俺がやり直す   作:独辛

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仕事への重圧と責任って…かなり心にきますね。そんな人生に疲れている天チクです。


それではどうぞ。




心ここに在らず

学年が3年に上がった。敬語という明確な上下関係を表す指標がまだない小学校は、からだの大きさが上だからという理由である程度年上を認めている。

人は自分より優れていると思える人には謙虚になれるが劣っていると思う人には高圧的な態度、またはぞんざいな態度をとってしまう生き物だ。 無論のこと俺もその例に漏れない。

葉山隼人は優秀だ。だからこそ周りを選ぶ。周囲にいていいと思える人達だけを置く。そしてそれはグループとなり選ばれた者たちは調子にのり他者を見下すことを覚えはじめる。

選民意識と支配欲。自分の容姿、発言力というものをしっかりと理解してのマインドコントロール。

 

…まるで支配者だな。選ばれた優越感、選ばれなくなった時の恐怖感。前者は葉山と話すことで、後者は他者を貶めることで和らげている。

自分にとって最適な環境が他者にとって最適とは限らない。彼はそれがわかっていないのかもしれない。

 

クラスも変わった。あの工藤慧は別なクラスへといき、綾ちゃんと葉山は同クラスとなった。3-1組だ。

「おはよ!秋水君!」

…気づいたか?

そう!!名前を間違ってない!!!やっと正しく呼んでくれるようになったのさッッ!!

 

それはともかくとしてこの3年生。1つの問題が起こる。

ーーー担任交代。

 

あまりにも問題児の多いこのクラスの担任をするのが嫌になり放棄。最後は泣き出してしまうという出来事だ。

ぶっちゃけおいおい。お前教師だろ? とか言ってやりたかったが当時の俺は純粋で、なんで泣いてんだろーなーぐらいにしか思わなかった。

この女先生、他の先生たちからベテランだの熟練者だのと言われていたがはっきり言ってカスだった。

いやカスとか言いたくはないよ? でもねぇカスだったんだよね。

3年にもなると幼かった子供達もいろいろな言葉を覚え、生意気にもなってくる。その言葉が教育者である先生に向かうのは当然の結果だと言えるし、なによりも小学校の先生なんだ、あらかじめ理解していなければダメだった。

確かにこのクラスは問題児が集中している。あの工藤慧の劣化版みたいな奴が6人ほどいるし、それに加えて今度は超マイペース君だっている。ナキワメーケだっている。

マイペース君はいつも自分のペースで物事を進めようとする。給食時間を過ぎたとしてもゆっくりと食べる。そんな光景はどの小学校でもあったのではないだろうか。だが共同生活の場というものは誰か1人を優先することなどできはしない。給食当番がはやく食器を片付けたいがためにマイペース君を口々に急かし始め、やがてそれは罵倒へと変わり陰口が始まる。

ナキワメーケは簡単だ。気に入らないことがあるとすぐに泣くのだ。まだまだ世の中を知らない子供。自分の思い通りに少しでも近づけようと彼は泣く。

だけど特例を認めてしまうわけにはいかない。1人の特例を認めては集団というものは統率などできない。クラスというものを任させる立場にある先生は大変なクラスを持ったと俺も思った。

 

だがそれは逃げてもいい理由にはならない。途中交代なんてするべきではなかった。自信がないのなら初めからやらなければよかったのだ。『私はこれだけ頑張った、あのクラス相手にこれだけ持った。』 そんなもの、社会で通用するわけがないし、慰めの言葉を投げかけられても惨めになるだけだ。

社会の厳しさと大切さを教えるべき立場であるはずの教師がそれを放棄して責任から逃げ出した。故に俺は評したのだ『カスである』と。

 

教室に担任が入ってくる。

 

「今日からみんなの担任をすることになりました【河原 未菜子】です。みなさんと一緒に頑張っていけたらいいなと思います。よろしくね。」

温和な笑みを浮かべる河原先生。40代半ばの年齢だったと記憶しているその顔はシワが多く目尻が下がっているため気弱で頼りなさそうに見えた。

この人が前世と同じような過ちを繰り返す可能性は極めて高い。今までの時間が多少の違いはあれど、前世をなぞるかのように繰り返していたからである。この失敗も繰り返される可能性は十分にある。

なら、能力を持つ俺が手助けをしたら? それは簡単に解決するだろう、一切の苦労もせず何も得られない代わりに彼女は平坦と教師をしていくのだろう。

それは嫌だ。任せた仕事を途中放棄するような人に力を貸したいと思うか? 答えはNoだ。彼女は選ばなければならない。今までの自分か、これからの自分かを。

彼女が担任を変わるまで半年、それまでに何が起こるのだろう。

 

あの挨拶から一ヶ月も経ち、友達グループもそれぞれ分かれたように感じる。相変わらず先生は子供達に振り回されて居るがまだその顔からは悲壮感やら疲労感は見えない。

相も変わらず葉山は周囲のメンバーと仲良く話しているし、俺は俺で綾ちゃんとよく話したり遊んだりしていた。

一見、順風満帆な学校生活。

だが世の中勝ち組がいれば負け組がいるのは必須。この頃になり明確な意思のもとに行われ始めるのがイジメである。自立意識の成長と共に他人を強く意識しはじめる時期だからこそ、気に入らない奴は気に入らないと排除しようとする。

俺は今、その現場に立ち会っていた。

 

時間は昼休み。図書室から借りた本を返しに一階までいった帰り、たまにはこっちから帰ろうといつもとは違うルートで教室へと帰ろうとした。

本当にただの気まぐれだった。

普段人があまり通らない理科準備室前の階段横に彼女達はいた。

俺は階段を登るのをやめて、別のルートから戻ろうと踵を返す。

その時に…彼女の声を聞いたのだ。

 

「その認識を改めなさい。貴方達のしていることは無意味な行動だと理解できないの? 他者を貶めることしかできない人間が他者から好意を寄せてもらおうだなんて甘い考えね。正直…吐き気がするわ。」

 

「……」

……え? 今のってアレだよね?小学生の言葉だよね? どう見ても長年辛い人生を辿ってきた女性キャリアウーマンがいいそうな言葉なんですけど。ていうかあの子堂々としすぎじゃない? なんで4人に囲まれてそんな平然としてるの、その年でいったいどんな修羅場くぐり抜けてきたんですかぁあ!

 

俺が困惑している間にも会話は進む。

「な、なによ!!むつかしい言葉ばっかりいって!そういうえらそうな態度がムカつくのよ!」

『そうよそうよ!!』

リーダー格の少女が怒鳴る。それに合わせて取り巻きも喚く。

それでも彼女は依然として冷静さを失わない。一見した立場は集団のほうが有利だろう。だが、実際の立場は大人びた彼女のほうが上だ。

このイジメ、きっと彼女なら自分でなんとかできるだろう。

そう判断して今度こそ帰ろうと意識をそらした。

ーー瞬間

「ねぇ、もうさ。やっちゃわない?」

「ええ〜。ちょっとかわいそうだよ〜」(ニヤニヤ)

スカートのポケットから取り出したのはハサミ。

「ねぇ、そのきれいなかみ。私達がきってあげよっか」

リーダー格がそう言った瞬間に取り巻き立ちが拘束にはしる。押さえつけられた彼女に抵抗の術はない。いくら精神的に有利になっていても数の暴力には無意味だ。

「………っ」

刃物を持った人が動けない自分に近づいてくる。それはどうしようもなく怖いだろう。それが悪意を持った相手なら尚更だ。

 

まったく…最近の小学生は過激だな…。

 

だが、このまま通り過ぎるのは忍びない。関わらないことは簡単であり見逃すことなんて造作もない。だが彼女の言葉がよぎるのだ。この年であそこまでの倫理観それに加えてあの度胸。なにより…かっこいいではないか。

ならば俺も男だと、ここで逃げたら男じゃないと。そう心が訴えてくる。

ああ、わかってるさ。確かにこれは自己満足だ。

実際彼女はいまだ誰にも助けを求めず、自分の力で抗おうともがいている。俺が行ったとしても事態は先送りにしかならず、結局は繰り返されるだけのその場しのぎ。

だけど、ここでやらなきゃカッコ悪いだろう。そんな自尊心が湧いてくるのだ。

普通なら飛び出して『やめろよ!!』とかいうのだろうが生憎と俺にそんなものを求められても困るし、なによりこの場合それは悪手だ。またいらぬ火種をつくることになりかねない。

だから俺は俺にしかできない方法で手助けしようではないか。

忘れているかもしれないが俺には類稀なる能力がある…それをもってすればこの場をやりきることなんて…簡単なことさ。

 

刃先を向けられる彼女。心なしか震えている手。だが、その瞳だけは屈していない。

その瞳をみて俺は一芸を演じた。

 

「松下先生、理科準備室に用事があるとか、どういったものをお探しですかな? 」

「お手数おかけします宮外先生。実は今日の授業で使う顕微鏡の数が足りなくてですね。ここにないかと思ったのですよ」

 

先生達の声が階下から響く。

 

当然彼女達は焦る。なにせいま自分達がしている行動はどこをどうとっても褒められたものではなないし、それを理解もしているからだ。

だからこそ他人を気にする暇もなく逃げる。先程まであんなに執着していたあの子も放置して我先にと逃げ出す。

残されたのは彼女1人。気丈に振る舞っていてもやはり本能的な恐怖からは逃げられなかったの気力が抜けてへたり込む。

それを確認したのち俺は今度こそ教室へと戻った。

 

それを上から眺める彼女に気づかないまま。

 

 

教室に戻ってきて席に着き、さっきの出来事を思い返す。イジメなんてものをいくら注意したってなくなるわけじゃない。人が生きて同じ環境にいる以上、どうしたって優劣がついてしまう。そこから歪みが出てくるのは当然の摂理と言えるだろうし、なおのこと彼女達は小学生であり、自分の心を抑えることはとても難しいだろう。

ーー声帯模写

文字通り声を模倣する技術だ。それを使ってさっきはやり過ごしたが所詮はその場しのぎでしかないしこれ以上深く突っ込もうとは思えない。

わざわざ面倒事を自分にかかえ込むほど俺はお人好しじゃない。

そう再度自分に言い聞かせてこれ以上考えることをやめた。

 

休み時間も残り僅かになった頃、慌ただしく廊下を走る音とともに勢いよく扉が開かれる。

「あ!ハヤトく〜ん!」

ーー!あれはさっきの…。

葉山に擦り寄る少女は先程までイジメをしていたリーダー格の奴だった。

「ハヤト君って〜雪ノ下雪乃とどういうかんけいなのー?」

「あ〜。なんて言えばいいかな…。家同士の付き合いがある大切な幼馴染…かな?」

ーーー大切な

その言葉が葉山から発せられた時、僅かに眉がピクリと動いた。

「へ〜そうなんだー。」

来た時と同じようにニコニコしながら話す少女。

だが心なしかその意識はここにない誰かに向けられているかのような感覚を覚えた。

 

 

考えることをやめた筈のあの大人びた少女の顔が…頭をよぎった。

 





いかがだったでしょうか。

幼少期の葉山と雪ノ下が口達者すぎる!!とか言わないでください。考えても思い浮かばなかったんです。

作者は原作5巻まで。アニメは全て把握してます。

感想、評価待っております。

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