亡き王女と青髪の吸血鬼   作:根本

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冷気を操る程度の能力

月日は百対の過客であり、川の流れもまた旅人である。

 

しかし吸血鬼は趣を異とする。

 

永遠を統べる吸血鬼にとって、歳月は小鳥のさえずりが如き些末なことである。

一方で、豊かな水の流れは大いなる障壁だ。

吸血鬼は流れる水を渡ることができない。

甚だ不思議なことだが、世界が理を保つ上では必要な事なのであろう。

 

川面に揺れる月明かりを眺めながら、青髪の吸血鬼レミリア・スカーレットはつまらない感傷に浸っていた。

夜の川辺にすでに人の姿はなく、どこからかカエルの鳴き声が聞こえるばかりだ。

 

日が落ちて妖異の時間となれば、紅い悪魔フランドール・スカーレットが現れる。

もはや赤子ですら知っていることだ。

紅い悪魔に食い散らかされるのを恐れ、人は皆しっかりと戸締りをしてじっと息を潜める。

 

そんな弱弱しい呼吸とは少しだけ違う息遣いが一つ。

暗い茂みの蛍の光をかき分けて、やがてレミリアの背後に立つ。

冷気を放つ妖異の類だ。

 

「お前がレミリア・スカーレットか?」

 

両手を腰に当て仁王立ちした青髪の氷精チルノはレミリアに問うた。

レミリアは微動だにしない。

完全無視を決め込まれて、チルノは六枚の青い羽ををピクピクと震わせた。

 

「おい、お前がレミリアだろ? 答えろよ。やっちまうぞ?」

 

右手を握って凄んでみせる。

 

レミリアはゆっくりとた立ちあがると、スカートの裾のほこりをポンポンと払ってから、

 

「妖精風情が私の名前を気安く呼ぶな。やっちまうぞ?」

 

悠然と振り返ると静かに、そして力強く答えた。

レミリアの赤目が氷精をしっかりと捉える。

これ以上の稚気は許さない。

ロード種だけが持つ気品と殺気がそう伝えていた。

 

(秒で死ねるな。やっぱり吸血鬼は苦手だなー)

 

チルノの背筋に流れる冷たい汗が一瞬で凍り砕け散る。

それでもどうにか言葉を捻り出す。

 

「お前宛の伝言を預かっている。」

 

「ほう。そんな素敵な謀を嗜むのは誰か?」

 

レミリアは小首を傾げ逡巡する。

別命を与えた咲夜の顔が浮かんだが果たしてどうか。

 

「『私を追うな。この世界を紅に染めるまで私は止まらない』」

 

「フランドールからか!?」

 

予想外の内容にレミリアの瞳孔が一気に閉じて「能力」が無意識に発動した。

カエルの鳴き声が消え、運命が歪んだ。

 

「フランドールの様子は? まさか笑っていたか?」

 

レミリアは柄にもなく早口に言葉を紡いだ。

 

「ああ。とても嬉しそうだったなー」

 

チルノはフランの狂った笑顔を思い出してブルブルッと体を震わす。

真冬の氷よりも冷たい目をしていた。

 

「フランドールはあまのじゃく。私に追って欲しいのよ。その方がおもしろいと思っているから」

 

レミリアはフフフと笑った。

 

「吸血鬼って皆そうなのか?」

 

さすがのチルノも呆れて尋ねた。

 

「さあ?」

 

(やれやれなこった)

 

チルノは大きくため息をつく。

ため息はキラキラと輝き放ちやがて消えた。

 

「フランはどちらへ?」

 

「川を越えて、彼の国へ」

 

チルノは大河の彼方を指差して顎をしゃくった。

 

「あらあら。どうやって?」

 

レミリアは小首を傾げる。

吸血鬼は流れる水を、川を渡ることができないからだ。

 

「アタイが川を凍らせた」

 

「もう一度やりなさい。私も行くわ」

 

「断れば?」

 

「お前にそんな選択肢は存在しない。分かるだろう?」

 

レミリアの目が怪しく光る。

狂った笑顔はまさに悪魔そのもの。

言われるがままにするのは癪だがそれでも了承せざるを得なかった。

 

(これだから吸血鬼は嫌いだ……)

 

チルノは近くで聞き耳を立てていたカエルを一匹両手ですっと捕えて、パッと凍らせて、えいっと川にぶん投げた。

他のカエル達が、ひどい八つ当たりだと一斉に抗議の声をあげる。

レミリアは我関せずと、凍り始めたその川の彼方をじっとみつめていた。


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