久多良木陽子は引き止める
エスデス将軍と久多良木大地の模擬試合が終わり、なんとか久多良木夫妻はイェーガーズ本部に滞在することが本格的に決定した。
形としては住み込みの家政婦や使用人といったところだろうか・・・そのあたりの辻褄合わせは宮殿内部の人事部などとの兼ね合いで決まるだろう。
それも大事ではあるが、更に大事なこともある。
彼ら夫妻は秘密警察ワイルドハントを敵に回してしまっている。
この久多良木夫妻の現状からして、ワイルドハントの取り調べ等を受けないようにエスデスがオネスト大臣に掛け合うことになったのだ。
最初は”わざわざ大臣に頼みに行くなんて”と大地は渋い顔をしていたが、陽子がなんとか説得したおかげで納得した。
オネスト大臣がどう判断するかは分からないが、少なくともエスデスが交渉することで不利な条件はあまり付けられないはずである。
「安心しろ、大臣もそれなりに話はできるぞ?」
「会話ができるだけの老獪な狸爺なだけだ・・・善人だから話ができるわけじゃない、自分への損得で判断するために話をするだけだと思うが」
「・・・ふっ、大臣によくそこまで言えるものだ。大したものだな」
「褒められるほどでない。それぐらいの意見なら、この国にいる人間は多かれ少なかれ似たような意見ではないか?」
大地はそう言いつつも、エスデスに「少なくとも妻だけでも保護をしてくれ」と念を押した。
彼の中では物事の最重要項目の中に妻の名前が記載されているのだろう。
「お前はいいのか?」
「・・・私はまだどうとでもなる。だが、妻が害されるのはどうしても許せない」
「・・・許せない、か」
「あまり法に触れることはしたくないのだがな。だが、家族を害されて見過ごせるわけもないだろう」
「そういうものか?」
「そういうものだ」
大地の言葉にエスデスは「そうか」と短くだけ答えて、そのまま宮殿内へと向かっていった。
「(・・・見過ごせるわけもない、か。理解ができないな。弱ければ死ぬのが世の常だ)」
彼の言葉を否定するエスデスであったが、脳裏には彼女の父親の最期が思い出されていた。
「(・・・・・・・・・下らん感傷だ。強ければいいだけじゃないか。)」
_____________一方そのころ、イェーガーズ本部内、ランの私室にて
イェーガーズ所属の参謀ランは冬用のコートを身にまとい、コートのポケットにナイフや拷問用の花などを仕込んだ。もしもの時のための逃走用の煙幕玉も準備している。
靴には毒針を仕込んだギミックがなされ、ナイフの予備もいくつも体に巻き付けたり、コートの裏側に隠してある。防刃代わりになる装備も服の下に仕込むあたり、かなり慎重になっているようだ。
暗殺者もちょっと引いてしまうほどに用意周到な準備をしてはずのランは、少し息を吐いて窓から外を眺める。
エスデス将軍に、ワイルドハントのリーダーであるシュラのスキャンダル情報を渡した。
Dr.スタイリッシュが作った新種の危険種を帝国に放った証拠をランは掴んでいたのだ。
「(これでワイルドハントは解散か活動停止になるはずです・・・ですが)」
そう、活動停止もしくは解散しても・・・彼の教え子たちを殺した張本人は生きている。
「(子供たちの仇を、やっと見つけたんです・・・ナイトレイドの仕業に見せて殺さねば)」
復讐に染まった感情を燃やしながら、彼は覚悟を決めた。
相手も帝具使いであり、彼も帝具使い・・・
帝具使い同士の戦いは、必ず死人が出ると言われている。
「(もしも死んだとしても、せめて相打ちに持ち込めば・・・ウェイブやクロメさんたちに迷惑はかけれません。一人でやるしかない)」
コンコン
「・・・誰ですか?」
部屋にノックした人物を警戒しながら、ランが声を掛けた。
「久多良木陽子です。ランさんにちょっとお話があって・・・」
「・・・かまいません。扉が開いてるのでどうぞ」
陽子を促しつつ、ランは彼女に向き直った。
「ランさん・・・その、何か思いつめてないかしら?」
「・・・何故そう思いますか?私は特に平気ですよ」
「・・・・・・ワイルドハントの話題の時は少し怒っているというかなんというか・・・何かあるなら、ウェイブ君やクロメちゃんたちにお話ししたほうがいいわ」
「・・・」
陽子の言葉にランは答えない
「それにエスデスさんも帰ってきたんでしょう?”何かあるならお話してみたらどうかしら?”」
その言葉にランは「・・・えぇ、そうですね」と答えた。
陽子は「それじゃあ私は部屋に戻るわね。おやすみなさい」と残して部屋から退出した。
「・・・やれやれ、まるで読まれているようですね」
彼女の言葉に何かの意図を感じながらも、彼は今日の仇討ちを取りやめることにした。
それと同時に、久多良木夫妻はやはり何かを抱えているかもしれない・・・そう考え、彼らを監視しようと決めるのだった。
部屋に戻ろうとしている陽子は小さくつぶやいた。
「・・・・・・あれで、暗殺をやめてくれたらいいのだけれど」