銀狼 銀魂版   作:支倉貢

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何事もノリとタイミングとその場の勢いで突っ切れ

あの後、伊東は決闘という形で土方に斬られ、死んだ。真選組の仲間として死んだ彼は、どんな想いで倒れていったのだろう。

志乃は、その現場から一人離れ、爆破された車両に凭れて座り込んでいた。左足を立たせ、腕を乗せて宙を眺める。まだ、血なまぐさい臭いが辺りに広がっていた。

 

彼女が凭れる車両の上に、誰かが腰を下ろしている気配を感じた。

 

「ねぇ志乃ちゃん。何故人はあのように生き急ぐのかな?黙っていたって、所詮人はいつか死ぬってのに」

 

「さァな。知らねーよ。生き急ぐってんなら、私やアンタも変わらないだろーに。なァ杉浦よォ」

 

「ククッ、違いねェな」

 

ドカッと大仰に、杉浦は屋根の上に寝転んだ。満天の青を、雲が流れ行く。

 

「あーあ、今すぐ雷雨にならねーかな。こんな晴々とした天気は嫌いだ」

 

「そーかィ?私は結構好きだよ。綺麗じゃねーか」

 

「綺麗なものを壊してこそ、そこに真の美が生まれるんだよ。わかってないなァみんな」

 

溜息を吐いた杉浦は、そのまま線路へと飛び降りる。

傍らに座る志乃を見下ろしてから、背を向けた。

 

「……私を連れてかねーのか。高杉にどやされっぞ」

 

「そんなことしないよ、あの人は。俺の目的は君を攫うことじゃなくて、君を壊すことなんだから」

 

銀時に振り落とされたヘリコプターの元で足を止め、倒れている万斉に肩を貸す。

 

「そのために、俺とあの人は手を組んでいるだけだ。君が高杉さんの花嫁になろうが興味ないよ」

 

「………………杉浦。てめェは一体、何者だ?」

 

睨み据える志乃の瞳が、鋭く光る。

それを心地よく感じて、杉浦は肩越しに志乃を振り返った。

 

「……ただの愉快犯さ」

 

にこ、と優しげな笑みを見せて、杉浦は砂煙の中に消えていった。

彼を見失ってから、ふと別の男が近付く。

 

「こんな所にいたのか」

 

チラリと土方を見上げてから、目を逸らした。彼も自分と同じように血を流し、または浴びていた。

 

「帰るぞ」

 

「…………ん」

 

車両に寄りかかりながら立ち上がり、それを支えに歩き出す。

マシンガンを撃ち込まれた右足は、未だ深い傷痕を残し、両足で立つことすらままならなかった。

 

「オイ、お前……」

 

「うるさい。帰るんだろ。早く行くぞ」

 

手を貸そうとした土方を振り切り、彼の顔も見ずに歩き続ける。その時、不意に志乃の体が宙に浮いた。

 

「えっ……」

 

足が宙ぶらりんになり、目線が高くなる。横になったような体勢のまま、景色が動いた。視線を上に投げてみると、土方の横顔が見える。

 

「……はァァァ⁉︎」

 

見えた光景を組み立てて、ようやくわかった。

今、自分はお姫様抱っこをされている。しかも土方に。

それに気付き、恥ずかしくてカァーッと頬が熱くなる。

 

「てっ……ててて、てんめっ何しやがんだ‼︎降ろせ‼︎」

 

「暴れるなオイ。怪我人だろーが」

 

確かに土方の言い分も尤もだ。両足で立てない少女に手を貸すのは納得がいく。

しかし志乃は、お姫様抱っこをされることに納得がいかなかった。

 

「知るかそんなん‼︎とにかく降ろせ‼︎」

 

「うるせー。こないだ同じ事言って聞く耳持たなかったのはどこのどいつだ」

 

「なっ……‼︎」

 

「それに前にも言ったろ。ガキなら甘えるくらいの可愛げ持てってな」

 

「……っ」

 

矢継ぎ早に言われ、志乃はぐぅ……と唸る。とにかく目の前の横暴男に反論したかった。

 

「だったら……別に、こんなんじゃなくていいだろ。普通におぶってくれりゃそれで……」

 

「いーや、それじゃこないだの恨みは晴らせねェからな」

 

「恨み?恨みって何だコラァ‼︎私がアンタ助けてやったろ⁉︎せめて恩って言えやボケ‼︎」

 

やっぱ蔵場の時の、根に持ってんじゃねーか‼︎

ギッと志乃が土方を睨んだ瞬間、ふと自分の体を支えていた手がなくなった。

 

「へっ?わ、わわっ!」

 

慌てて、土方の首に手をまわし、抱きつく。

落ちると目を瞑ったその時には、再び土方の手が彼女を支えていた。

 

「は?」

 

「ホラ、俺がしっかり持ってねーと危ねーだろ。大人しくしとけ」

 

いつものような、ぶっきらぼうな声。しかし、その雰囲気は明らかに楽しそうだった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

ーーこ・の・野・郎・ォォォ‼︎

 

完全に弄ばれた志乃は、ブルブルと怒りに震える拳を握りしめる。殴りたい衝動に駆られていた。

しかし、落とされては危ないので、仕方なくここは自分が大人になって譲ってやることにした。

 

「んだよ。てめーも大人しく出来るじゃねーか」

 

「うるせェ。歩かなくていいから楽なんだよ」

 

拗ねるようにボソッと呟き、志乃は赤い顔を隠すようにそっぽを向いた。

 

********

 

陽がすっかり落ち、月が輝く夜。川を流れるある屋形船から、三味線の音色が聞こえてくる。

窓の縁に座って、一人の男が三味線を掻き鳴らしていた。

 

「そうかい。伊東は死に、真選組が生き残ったか。存外、まだまだ幕府も丈夫じゃねーか」

 

中の明かりに照らし出された男ーー高杉が、ゆっくり目の前に座り三味線を弾く、もう一人の男を見やった。

 

「いや、伊東が脆かったのか。それとも。万斉、お前が弱かったのか」

 

万斉は三味線を弾く(ばち)の手を止める。

 

「元々今回の仕事は、真選組の目を幕府中央から引き離すのが目的。『春雨』が無事密航し、中央との密約が成ったとなれば戦闘の必要も無し。牽制の意は果たしたでござる」

 

「俺ァ真選組を潰すつもりでいけと言ったはずだ。それに志乃はどうした。中央に行くはずだった杉浦まで使って、何故連れ戻せなかった」

 

高杉の目が、鋭く万斉を見据える。彼のプレッシャーを感じながら、万斉は腰を上げた。

 

「何事にも重要なのは、ノリとタイミングでござる。これを欠けば何事もうまくいかぬ。ノれぬとあれば、即座に引くが拙者のやり方。霧島志乃に関しても同様でござる」

 

部屋を出ようと踵を返す万斉の背に、高杉が尋ねる。

 

「万斉。俺の歌にはノれねーか」

 

「…………白夜叉が、俺の護るものは、今も昔も何一つ変わらん……と。晋助……何かわかるか」

 

「………………」

 

「最後まで聞きたくなってしまったでござるよ。奴らの歌に聞き惚れた、拙者の負けでござる」

 

静かな夜に、パタンと戸を閉める音が響く。

再び高杉が三味線を鳴らし始めた中、先程からずっと壁に凭れて寝ていた男が、目を開けた。彼を振り向かず、高杉が口を開く。

 

「狸寝入りか。にしては随分荒いな、杉浦」

 

杉浦はいつもの笑顔を浮かべず、面白くなさそうにガシガシと頭を掻き毟った。

 

「ムカつくんですよ。霧島志乃が」

 

嘆息して答えた杉浦は、懐から一通の手紙を取り出し、畳に投げ捨てた。手紙は畳の上を滑り、高杉の傍らで止まる。

 

「あの女、貴方に手紙(こんなもの)を書いてましたよ。なめられた気分ですよ。いつ俺の懐に入れたってんだ」

 

「アイツはあれでも銀狼だからな。血の覚醒すらねじ伏せてしまう……あの人(・・・)そっくりだ」

 

「その(ひと)の話は止めてください。余計に腹が立ちます」

 

溜息を吐いた杉浦は、灯が吊るされた天井を見上げる。手紙を拾った高杉は、それを開き読み始めた。

 

「……クク。わざわざ俺に手紙書くたァ、可愛い奴だ」

 

「ラブレターっすか?いいですね〜羨ましいですよ〜」

 

ハッハッハッ!と空に笑ってから、杉浦は立ち上がり、窓から夜空を見上げた。

月に手を伸ばし、それを握りしめるように拳を作った。

 

「俺は霧島志乃を壊しますよ。それまでは、貴方と協力する……わかってますよね?」

 

「好きにしろ」

 

「……じゃ、そーさせてもらいまーす」

 

ニッとイタズラな笑みを浮かべ、高杉を振り返った。

 

破壊にこそ、真の美しさがある。

月夜に凛として咲く一輪の月下美人よりも、群れて赤く照らされる彼岸花の方が美しい。

笑顔よりも、絶望の表情の方が趣を感じる。

そう考える彼は、常に前を向き気高く生きる霧島志乃よりも、何かに魅せられたように人を斬り、狂ったように笑う銀狼を欲した。

 

「いつか、必ず……」

 

月を見上げ、笑う杉浦。彼の目は、狂気を宿していた。

 

********

 

温かい日差しが差し込む、昼下がりの縁側。障子の縁に寄りかかって、志乃は今日も膝に乗ってきた三毛の小猫を撫でていた。

怪我をした足は、あの後すぐに治り、もうほぼ完治している。しかし一応念のためと、ニーハイの下には包帯が巻かれている。

 

伊東が死んでからというものの、この小猫以外はここに来なくなった。餌をくれる人がいなくなったのが、猫にもわかるのだろうか。なんて事を考えながら、ぼんやりと庭を眺める。

 

今日は屯所で、松平が飼っていた犬と山崎の葬式が挙げられていた。志乃も参加しろと言われたが、断った。

自分の目は、赤い。葬式に赤は不謹慎だから、そういうものを身につけてはいけないと、昔教わった。

志乃は葬式に参加したことがない。初めての葬式で、赤を持つ自分はどうすればいいのかわからず、取り敢えず今日の葬式は不参加にしたのだ。

 

こんな温かいのんびりした日は、眠くなる。ゆっくりと目を閉じ、すぐに寝息を立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オイ志乃、起きろ」

 

「……んむ?」

 

肩を揺さぶられ、まだ重い目を擦って起きる。膝に乗った小猫も目を覚ましたらしく、彼女の太ももに足をついていた。

 

「……トシ兄ィ…………⁉︎」

 

ようやく開いた視界に、見慣れた黒い隊服を着た土方が、縁側に座り煙草を吸っていた。

 

「何で……謹慎処分、自分から願い出たって……」

 

「ほらよ」

 

ポン、と畳に風呂敷に包まれた箱が置かれる。志乃はそれをジッと見つめてから、包みを開けてみた。

中の箱を開けると、三色団子が箱一杯に並んでいた。志乃は思わず、感嘆の声を上げる。

 

「うわぁぁぁぁ……‼︎」

 

「言っとくがてめェのためじゃねーぞ。コイツぁ俺の団子だ。ここで一人で食うのもなんだから、てめーにも分けてやるよ」

 

「ホントっ⁉︎ありがとうトシ兄ィ‼︎」

 

「どぉっ⁉︎」

 

嬉しさのあまり、志乃は土方に飛びつく。かなりの勢いで抱きついてきた志乃を受け止め切れず、そのまま二人諸共倒れ込んだ。

 

「てめっクソガキ!離しやがれ!」

 

「トシ兄ィありがとう!大好き!」

 

「なっ……‼︎」

 

「あ〜、照れてる!照れてるよね!」

 

「う、うるせー‼︎てめーが抱きついて暑いからだ!」

 

引き剥がそうとする土方を無視して、ぎゅううと腕の力を強くする志乃。その時、ふと思い出したように志乃は立ち上がった。

 

「あ、そうだ。私もトッシーに渡すものがあったんだ」

 

「オイ何だそのあだ名は」

 

土方を無視して、志乃が部屋の片隅に置いてあったビニール袋を差し出す。

 

「何だコレ」

 

「いいから開けて。トッシー喜ぶから」

 

「だから何だっつってんだろそのあだ名」

 

土方が渋々袋を開けると、中から箱に入ったフィギュアが出てきた。

 

「……あああああ‼︎」

 

突如人格がトッシーに入れ替わり、興奮のままに志乃の肩を掴んで揺さぶる。

 

「霧島氏ィィィ‼︎コレ、コレ昨日販売してた限定美少女フィギュアぁぁぁぁ‼︎しかもちゃんと三つ‼︎何で霧島氏がコレを持ってるでござるか⁉︎」

 

「昨日、私の店に電話してね。他の従業員に頼んどいた。ハイ、コレ請求書」

 

「ありがとうでござるゥゥゥゥ‼︎」

 

「うわっ⁉︎」

 

すごい勢いで、トッシーがゆさゆさと志乃の体を前後に揺らす。

バランスを崩した志乃はふとトッシーの服を掴むが、そのまま二人諸共畳の上にドサッと倒れ込んでしまった。

手をついて起き上がると、その下に志乃が仰向けに倒れている。

 

「痛た……」

 

「チッ、あの野郎……オイ、大丈夫……」

 

「オーイ志乃ちゃん、トシ。終わったか?」

 

近藤が部屋を覗くと、ちょうどそこには、土方が志乃を押し倒したかのような状況が広がっていた。

 

「…………」

 

「………………」

 

「?」

 

その衝撃的な光景を見て、思わず近藤と土方は固まる。志乃はキョトンとして二人の顔をキョロキョロと見ていた。

さらに悪い事に、そこに松平、沖田や山崎をはじめとする真選組隊士らが集まってくる。彼らもその光景を見て、呆然とした。

しばらく沈黙がその場を支配する中、志乃がふと口を開く。

 

「どうしたのみんな?」

 

「どうしたもこうしたもあるかァァ‼︎何やってんだ二人して‼︎」

 

状況を読み取れない志乃の問いに、みんなが揃いに揃って土方に詰め寄る。

 

「嬢ちゃんに何て事してるんですかっ副長ォォ‼︎」

 

「いくら女に縁がないからって子供に手を出すなんて‼︎」

 

「信じられません‼︎最低ですね!」

 

「そこまで飢えてるなんて思いませんでしたよ‼︎これ以上嬢ちゃんを汚さないでください‼︎」

 

「待ててめーら‼︎違う!これは不可抗力で……」

 

反論した土方に、沖田が火に油を注ぐように言う。

 

「いやー、まさか本当にやるとは思いませんでした。やっぱ嬢ちゃんは土方さんの趣味に合ってたんですねィ。確かに前から嬢ちゃんに手錠かけたり、首輪つけたりしてやしたもんね。いや〜それにしても、こんなに手が早いとは思いませんでしたぜ。流石土方さん」

 

「それはテメェがやってたんだろーがァァ‼︎」

 

「トシぃぃぃぃ‼︎志乃ちゃんに何てことをををを‼︎」

 

「だから違ェっつってんだろ‼︎誰がこんな生意気なクソガキに手ェ出すか‼︎」

 

「誰がクソガキじゃボケェェェェ‼︎」

 

久々のクソガキ発言に憤慨した志乃が土方に飛びかかり、蹴りをお見舞いする。それを皮切りに、狭い部屋で大乱闘が開始された。

 

何も知らない小猫は呑気に、「みゃあ」と鳴いていたーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、そういえばザキ兄ィ生きてたの?」

 

「今更⁉︎気付くの遅っっ‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー真選組動乱篇 完ー




ハイ、終わりました。疲れた〜。
一気に書き終えましたよ。シナリオっつーかどんな感じにするかは粗方決まってたんで。
こんなに頑張ったの久々な気がする。テストに向けて勉強頑張ります。

次回からは過去にやり損ねた話を振り返ったり、新登場のオリキャラを交えたオリジナル回を書いていきたいと思います。

これからもよろしくお願いします!

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