「銀‼︎」
志乃は足を引き摺りながら、座席と座席の間から窓に向かい、破片に構わず縁に手をかける。
万斉が反撃に、銀時の肩を突き刺した。
「んがァァァァ‼︎」
「銀兄ィッ‼︎」
志乃の悲鳴が、空に響く。互いに一歩も譲らず、得物を体に押し込んでいく。
しかし、刀である万斉の方が勝った。万斉の刃が銀時の肩を貫き、斬り裂く。銀時はそのまま線路の上に落ちていった。
「
万斉がトドメを刺そうと、フロントに足をかける。今度こそ身を乗り出して、志乃は涙混じりに叫んだ。
「お兄ちゃァァァァァァん‼︎」
ーービンッ
ピンと張られた弦の音が、微かに耳に入る。気付いた時には既に遅く、万斉の体はヘリコプターと一緒に、弦で括り付けられていた。そして、その弦が伸びる先には。
「オイ……兄ちゃん。ヘッドホンを取れコノヤロー」
銀時の木刀に弦が巻き付いていた。
銀時は弦でヘリコプターを引っ張り、振り落とそうとする。
万斉の命令でマシンガンが撃ち込まれる中、銀時は木刀を引っ張っていた。
「耳の穴かっぽじってよぉく聞け。俺ァ安い国なんぞのために戦った事は一度たりともねェ。国が滅ぼうが侍が滅ぼうが、どうでもいいんだよ俺ァ昔っから」
次第に銀時の力が勝り、ヘリコプターがズルズルと引っ張られる。
「今も昔も、俺の護るモンは何一つ、変わっちゃいねェェ‼︎」
怒号を上げ、ついに木刀が振り下ろされる。
引っ張られたヘリコプターも墜落し、爆発を巻き起こした。
「銀……‼︎」
志乃がホッと肩を落とした時、下から声が聞こえてくる。掠れた力無い声が。
「何をしている。ボヤボヤするな、副長。指揮を……」
その声に振り返り、志乃は伊東の前に回り込んだ。
近藤、土方、沖田の三人が車両から出ていったのを見届け、残った新八、神楽と共に伊東を見下ろす。
「何で……あんな事を……。裏切りなんてした貴方が何で、僕らを庇ったりなんかしたんですか」
「………………君達は……真選組ではないな。だが、
「ただの腐れ縁です」
「……フッ……そんな形の
人と繋がりたいと願いながら、彼は自ら人との
拒絶されたくない。傷付きたくない。
たった小さなその思いを、自尊心を守るために、彼は本心を見失ってしまった。
真選組というようやく見つけた
「何故……何故いつだって、気付いた時には遅いんだ。何故、共に戦いたいのにーー立ち上がれない。何故、剣を握りたいのに、腕がない。何故、ようやく気付いたのに……僕は、死んでいく」
「やめろ」
不意に風に乗った、凛とした声。その声は、いつもより弱々しく震えていた。
伊東が顔を上げると、涙を流し、ぐちゃぐちゃになった顔の志乃がしゃがんでいた。
「志乃、ちゃん……」
「うるせえ黙れ。死ぬなんて絶対に言うな。アンタが死んだら……誰が私のこの紐、結んでくれんだよ‼︎」
ガッと、伊東の服の襟を掴む。志乃は鼻水を啜ってからまくし立てた。
「あれから何回かやってみたけどよォ、やっぱ上手く出来ねーんだよ!私アンタみたいに器用じゃないから、どーしても上手く出来なくてさァ!だから、アンタにいてもらわなきゃ困るんだよ‼︎あ、あと他にも困る事あるぞ!アンタがやってた猫の餌だ‼︎アンタが死んだら猫だって困るじゃねーか!だから、……だか、ら………………」
止めどなく涙が溢れ、ついに志乃は伊東の胸に顔を埋めた。
「死ぬなんて、言うんじゃねーよ……悲しく、なるだろーが。バカヤロー…………」
「……志乃ちゃん…………」
伊東は震える右手をゆっくり上げ、彼女の小さな頭に置く。
「志乃ちゃん……真選組隊士であり、万事屋でもある君に……頼みたい事が、二つある……」
「え……?」
ゆっくりと志乃が顔を上げる。
涙に濡れた紅い目を、伊東は真っ直ぐ見つめた。
「一つは……これからも、真選組を……よろしく頼むよ。そして……もう、一つは……最後に、僕を……」
ザッ
新八と神楽の背後から、原田がこちらへ歩み寄ってくる。それに気付いて、伊東の口が止まった。
「そいつを、こちらに渡してもらえるか」
「…………お願いです。この人はもう…………」
「万事屋……今回はお前らには世話になった。だが、その頼みだけは聞けない。
「助けてもらったんです。それにこの人……」
振り返った新八の肩を掴む手があった。近藤だ。
近藤は新八を咎め、隊士に伊東を連れていくよう命じる。彼の前にしゃがんでいた志乃も伊東を守ろうと間に入ったが、他の隊士に押さえられ止められてしまう。
「待っ……待って、放して‼︎」
連れられる伊東の背中に手を伸ばすが、届かない。
「待って‼︎まだ……まだあと一つ、聞いてない‼︎」
「嬢ちゃん!」
隊士の腕をすり抜け、穴だらけの座席を蹴り、伊東達の前に回り込む。着地した際に右足に力を入れると、痛みが走った。
それを堪えつつ、志乃は伊東の襟を再び掴んだ。
「あと、あと一つは何⁉︎言って、早く‼︎必ず果たすから‼︎」
「嬢ちゃん……」
必死に引き止めようと志乃は叫ぶ。伊東は彼女を見下ろしていたが、自分を運ぶ隊士らを一瞥し、「少し時間をくれ」と頼む。
ガクガクと震える足で立つと、やはり倒れかける。志乃はすぐさま、伊東を抱きとめた。
「鴨兄ィ、しっかりし……」
言い終わる前に、伊東が片腕を彼女の背にまわし、志乃を抱いた。
「鴨、兄ィ……?」
「もう一つは……これだ」
「えっ?」
「抱きしめてくれないか……あの時、みたいに……」
掠れた声で、志乃の耳元で呟く。その声は小さく、最早囁きだった。
「あの時は……誰かに抱きしめられるのが……初めてで……。少し、驚いてしまったんだ。でも……今度は、大丈夫だから……。最後に……最期に、もう一度……僕を、抱きしめてくれないか……?」
志乃は驚いて伊東を見ていたが、ゆっくり頷き、彼の背中に手を伸ばし、ぎゅっと抱きしめる。
やはり、彼女の腕の中はとても温かい。子供体温なのだろう。優しい温もりに包まれ、伊東は目を閉じその温度を感じていた。
「……嬢ちゃん、そろそろ」
後ろで待っていた隊士が、声をかける。頷いてから、志乃は伊東の体を離した。
「すまない……志乃ちゃん。隊士とはいえ……子供の君に、重いものを背負わせてしまって……」
「重い?この程度、重くもなんともないよ。だから大丈夫」
ぐいっと上着で涙を拭い、優しく微笑んだ。
「鴨兄ィ、みんなを……私を護ってくれて、ありがとう。……大好きだよ」
「……どういたしまして…………」
乾いた声で答えた伊東も笑う。再び隊士らに支えられ車両を出ていく。その背中を、志乃は黙って見つめていた。
彼女の頬を、紅い雫が伝った。