銀狼 銀魂版   作:支倉貢

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お姫様抱っこは男女が逆転するからこそ面白い

茜と紫の美しいグラデーションが、空を染める。その中で、志乃は店に帰っていた。

ガラッと戸を開け、草履を脱ぐ。

 

「ただいま」

 

「ん、おかえり志乃」

 

テレビを眺めていたお瀧が、首だけを回して志乃を見る。お瀧に向かい合ってソファに座り、テレビに視線を戻した彼女を見つめる。

 

「んで、何か出た?蔵場は」

 

「まーな。しっかしアンタの勘怖いわァ。何でもかんでも当たるもんやけ、調べ甲斐があらへんわ」

 

溜息を吐いて、お瀧は懐から写真をいくつか出して、机の上に広げる。その内の一枚を手に取ると、お瀧は報告を始めた。

 

「あの男の店……転海屋言うたけなァ?ま、簡単に言うたら、攘夷浪士を相手にボロ儲けしとる闇商人や。奴は密輸で仕入れた大量の武器を、高値で浪士共に売り捌いとんねん」

 

「ふーん、やっぱそうだったか」

 

蔵場が攘夷浪士と話をしている写真を見て、嘆息する。

蔵場はミツバの結婚相手。つまり、真選組の縁者の夫が、真選組の敵であるというのだ。

 

「じゃあ、あの野郎がミツ姉ェに近付いたのは……」

 

「それも聞いたで。真選組は既に抱き込んでるから、取り引きは何の問題もあらへんと」

 

「…………」

 

蔵場がミツバと結婚したのは、真選組の後ろ盾を得るため。確かにそうすれば、少なくとも彼女の弟であり、真選組内でも高い地位を持つ沖田は握れるだろう。

そのために、あの男はミツバを利用しようとしたのだ。

お瀧は地図を広げ、ある埠頭を指さす。

 

「次の取り引き場所はここや。ここで、今晩行われる。おそらく潰すんなら今日やろな」

 

「…………ありがと、タッキー」

 

ポツリと呟いて、志乃は立ち上がり、再び玄関へ向かう。

 

「行くんか?」

 

草履を履く彼女の背に、お瀧が尋ねた。お瀧を振り返らず、志乃は口を開く。

 

「行くよ。依頼受けたからね」

 

「依頼?」

 

「野郎護ってくれって。私も、アイツに言いたいことたくさんあるしね。護るついでにちょっくら殴ってくる」

 

「護るんか殴るんかどっちかにしーや」

 

肩を竦め、呆れた声が返ってくる。それを聞きながら、扉を開けて外に出た。空は既に闇に包まれ、星々が煌めいていた。

 

「……よし、行くか」

 

それを仰いでから、志乃はスクーターのエンジンをかけ、飛び出した。

 

********

 

地図を頼りに、スクーターを飛ばす。上空から望む夜景は美しかったが、今はそんなことを言ってられない。

ふと、何かが焼けるような匂いが飛んできた。

 

「……戦場の匂い」

 

鼻を掠めた煙たい匂いに止まり、その下を見下ろす。コンテナの並ぶ埠頭で、一人の男が攘夷浪士相手に暴れまわっていた。刀を振り、次から次へと敵を斬っていく。見慣れた黒い制服に、志乃は舌打ちした。

やはり。戦っているのは土方だ。高度を下げて、ゆっくりと敵に気付かれないように下りていく。

 

「あんのバカ……この大勢相手に、一人で闘ろうなんて」

 

志乃がボソッと呟いたその時、土方の右足をライフルの弾丸が貫く。倒れ込んだ土方に、攘夷浪士達が一斉に斬りかかった。

 

「トシ兄ィ!」

 

志乃はスクーターから飛び降り、スタッと小さく音を立てて、土方の隣に着地する。

彼らが志乃に気付いた瞬間、志乃は金属バットを振るい、囲んできた攘夷浪士達を一掃した。

 

「てめェ……!」

 

「何者だ‼︎ここはガキの来る所じゃねーぞ!」

 

土方が目を見開き、彼女を見上げる。攘夷浪士の一人が志乃に向かって吠えたが、彼女は黙って袖の中から、桂愛用のんまい棒を取り出した。

 

「ガキじゃねェ」

 

空いた左手でそれを持ち、んまい棒の袋を歯で噛み切る。そこから口に咥えて、んまい棒を出した。

 

「万事屋だコノヤロー‼︎」

 

勢いよくそれを地面に叩きつけると、ボフッと一気に煙が辺り一帯に充満する。

志乃は煙に紛れて、土方を連れて走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お姫様抱っこで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オイぃぃぃ‼︎待てコラァァ何してんだテメェは‼︎下ろせ‼︎」

 

「うっさい黙れ。怪我してるクセに喚くんじゃねーよ。あと暴れんな」

 

「クソガキぃぃぃぃぃ‼︎てめっ、絶対ェ後で殺してやっからなァァァ‼︎」

 

子供に、しかも女にお姫様抱っこされたのが、余程恥ずかしいらしい。

叫び散らす土方を無視して、志乃はコンテナの陰に隠れた。そこで土方を降ろし、怪我の具合を診る。

 

「足見せろオイ」

 

「どーってことねーよ、この程度」

 

「ざけんな。見せろっつってんだよ、聞こえねーのか」

 

コンテナに寄りかかり、立ち上がる土方の胸倉を掴んで、こちらに引き寄せる。ギロリと見下ろしてくる土方の視線に負けず劣らずの鋭い視線を向けた。

土方の荒い呼吸と、(さざなみ)の音が耳に入る。しばらく睨み合っていた両者だが、不意に志乃が彼の頬に平手打ちを浴びせた。あくまで、軽く。打たれた頬に手を添えるわけでもなく、土方は志乃を睨んだ。

 

「……痛ェな」

 

「殴ったんだから当たり前だ」

 

志乃は両手で土方の制服を掴み、ぐいっと引き寄せ、顔を近付ける。

 

「ムカつくんだよてめーはよォ。アンタ、前に私に何つった?何でもかんでも一人で背負い込むなって。仲間がいるんだから、それを頼れって言ったろ。なのにてめーが一番頼ってねーじゃねーか‼︎人のこと言えねェクセに、エラそーに説教たれてんじゃねーぞ‼︎」

 

「……うるせェ、放せ。とっとと帰れ。邪魔だ」

 

「黙れ。てめーの考えは読めてんぞ。敵と真選組の縁者が通じていると隊内に知られりゃ、総兄ィの立場が無くなるってことだろ」

 

「!」

 

手を離した志乃は、数歩歩いて金属バットを握りしめる。

 

「てめーのハラは読めるんだよ。私には、アンタそっくりな兄貴分がいるからな」

 

「チッ」

 

舌打ちした土方は、煙草を吐き捨て、ぐりぐりとそれを踏みつける。そして、コンテナに腕をついて歩き始めた。

 

「アンタこそ帰りな。足怪我してる奴が戦場にいたって、殺されるだけだ」

 

「うるせェ、てめーこそ帰れ。ガキの来る所じゃねーよ、ここは」

 

「私だってこんなとこ来たかねーよ。仕方ねーだろ、依頼受けてんだから」

 

「依頼?」

 

土方が問いかけたその時、大勢の攘夷浪士達が彼らの前を囲む。コンテナの上からも、背後からも。完全に囲まれた。

土方は足を引きずって、その中心に立つ。コンテナの上から、蔵場がこちらを見下ろしていた。

 

「残念です。ミツバも悲しむでしょう、古い友人を亡くす事になるとは。貴方達とは仲良くやっていきたかったのですよ。あの真選組の後ろ盾を得られれば、自由に商いが出来るというもの。そのために縁者に近付き、縁談まで設けたというのに。まさかあのような病持ちとは。姉を握れば総悟君は御し易しと踏んでおりましたが、医者の話ではもう長くないとのこと。非常に残念な話だ」

 

「残念だァ?よく言うぜ商人さんよォ。ハナから真選組抱き込むために、ミツ姉ェを利用したクセに」

 

土方に並んで前に進み出た志乃が、蔵場を睨み上げる。その視線には、確かな怒りが込もっていた。

 

「愛していましたよ。商人は利を生むものを愛でるものです。ただし……道具としてですが。あのような欠陥品に人並みの幸せを与えてやったんです、感謝してほしい位ですよ」

 

それはつまり、ミツバに対して何の感情も持っていなかったということ。あくまで、道具として。その程度の感情しか傾けていないということ。

ぐっと、金属バットを握る手に力が込もる。見下ろしてくるこの男が、憎くて仕方ない。

 

「テメェ……‼︎」

 

怒りに任せて一歩出た志乃の肩が、ガッと掴まれる。振り返ると、紫煙を燻らせた土方が、彼女を押し退けて進み出た。

 

「外道とは言わねェよ。俺も、似たようなもんだ。……ひでー事腐る程やってきた。挙句、死にかけてる時にその旦那叩き斬ろうってんだ。ひでー話だ」

 

「同じ穴のムジナという奴ですかな。鬼の副長とはよくいったものです。貴方とは気が合いそうだ」

 

「…………そんな大層なもんじゃねーよ。俺ァただ……惚れた女にゃ、幸せになってほしいだけだ」

 

刀を構えた土方の背中を、志乃は黙って見ていた。見るしか出来なかった。

 

「こんな所で刀振り回してる俺にゃ無理な話だが……どっかで普通の野郎と所帯持って、普通にガキ産んで、普通に生きてってほしいだけだ。ただ、そんだけだ」

 

「なるほど。やはりお侍様の考えることは、私達下郎には図りかねますな」

 

ガチャッ

 

無機質な音と共に、バズーカが土方に向けられる。蔵場の怒号が響いた瞬間、遠くから別のバズーカが攘夷浪士達に撃ち込まれた。

 

「来た!」

 

山崎から事情を聞いた真選組が、ようやく加勢に来て、攘夷浪士達と斬り合いを始める。

その時、コンテナの上から、土方に銃弾の雨が降ってきた。なんとか逃げる土方の先に、ドラム缶が置いてある。

それを目にした瞬間、志乃の背筋を悪寒が駆け抜けた。

 

ダメだ。死なせてはいけない。目の前の男を、死なせてはいけない。

だって、ミツバと約束したのだ。彼を護ると。

 

そう思うが早いか、志乃の体は動いていた。

土方を追いかける銃弾の一つが、ドラム缶に当たる。刹那、志乃はドラム缶と土方の間に入って、彼に突進する勢いで抱きついた。

 

ドォォォン‼︎

 

爆風に煽られ、吹っ飛ばされる。焼けるような熱さを感じつつ、そのまま土方を押し倒し庇った。

爆破されたドラム缶の破片が無数に飛んできて、志乃の腕を、頬を、足を切る。

ドサッと倒れ込んだ頃には爆風は収まり、煙が漂っていた。

 

「志乃‼︎」

 

まともに爆発を受けた志乃は、押し倒した土方の上から転がり落ち、ぐったりと倒れていた。土方はすぐさま起き上がり、志乃の肩を掴んで揺らす。

 

「オイ、しっかりしろ!起きろ‼︎」

 

破片が切った皮膚から、血が流れ出ている。着物の裾も少し焦げていた。

目を閉じ、死んだように眠る彼女を見て、土方はさらに強く揺さぶった。

 

「志乃ッ‼︎」

 

ピクッとこめかみが動き、顔を顰める。反応を示した志乃は、その次にはぽっかりと目を開けていた。そして、視線を土方へ投げる。

 

「うるさい。耳痛いんだけど」

 

「‼︎」

 

「あっち」

 

血がどくどくと流れる腕を上げて、指をさす。その先には、車に乗り込もうとした蔵場がいた。

 

「私は大丈夫だ。急げ」

 

蔵場を逃がすな、と目で強く訴える。土方は蔵場を見てから、再び志乃に視線を落とし、刀を持って車へ走り出した。

土方を見送ってから、ゆっくりと体を起こす。

 

「さーて、やられたらやり返さねーとな」

 

転がっていた金属バットを拾い、コンテナの上へと跳躍する。コンテナを走り抜けながら、その上に立っている攘夷浪士達に向かって駆け寄った。

彼女の襲来に気付いた浪士が、ライフルを向ける。それに臆することなく、志乃は姿勢を低くして加速した。

引き金を引く前に、浪士の顎をぶん殴る。コンテナから浪士を落とした志乃はライフルを奪って、コンテナに乗る他の浪士達を撃っていった。

 

一人、また一人と正確にライフルかバズーカを撃つ。大方片付いたところで、志乃はライフルを肩に担ぎ、コンテナから飛び降りて、スタッと着地した。

 

「志乃ちゃん!何でこんな所に?」

 

未だ攘夷浪士達と戦闘中の近藤が、ライフルで敵を薙ぎ倒す志乃に尋ねる。袈裟懸けに斬りかかってきた刀を受け止め、押しやり、逆にこちらが斬る。

 

「依頼受けてね。トシ兄ィ護ってくれって」

 

「トシを?」

 

「それだから、わざわざオフの日に働いてやった次第さ。バイト代出るよねコレ」

 

近藤と背中合わせになり、ライフルを捨て金属バットに持ち替え、敵の中に単身飛び込む。

殴り、蹴り、砕き、折り、叩き。次から次へと攘夷浪士達を倒していく。

その時、遠くで爆発音が聞こえてきた。車の向かった先からだ。

その音に振り返ると、車が真っ二つに斬られていた。そこには土方の他にも、沖田と銀時がいた。

 

「総兄ィ……」

 

志乃は金属バットを下ろして、呆然と彼らを見ていた。

 

********

 

その後、病院に戻った真選組と銀時と志乃。しかしミツバは既に、臨終の間際だった。

彼女の側には沖田がつき、志乃は屋上のタンクに寄りかかり、銀時と共に座り込んでいた。タンクの向こう側では、手当てを受けた土方が激辛せんべいを食べてながら街を見下ろしている。

 

「辛ェ。辛ェよ。チキショー、辛すぎて涙出てきやがった」

 

涙を拭う音が、静かな夜の空に聞こえてくる。志乃は瞬く星を見上げたまま、懐から激辛せんべいを取り出し、袋を開けて口に運んだ。

 

「辛ェな」

 

「辛いね」

 

ボソッと銀時が呟けば、それに志乃が応える。俯いた志乃の目には、涙が光っていた。




次回、真選組動乱篇です。

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