池の水に、ぷかぷかと眼鏡が浮き上がる。それに続いて、北大路が現れた。
「喧嘩だ実戦だ。そんな事を声高に叫び、道場稽古を軽んずる貴様のような輩を、俺は今までたくさん見た。試合では負けたが我が流派は実戦向きだ、真剣勝負なら我が流派は負けません。全てただの言い訳だ」
皿を上着の上に取り付け、眼鏡を拾い上げる。
「そんな戯言は聞き飽きた。そんな戯言は稽古もロクにせん根性なしの言い草。どれだけ才能があろうとどれだけ実戦を踏もうと、努力した者には勝てん。俺はそう思っている。古い考え方だと言う輩もいるがな」
眼鏡を外した北大路の目は、3を逆転させたデフォルメになっていた。
「いや、デフォルメ古っ」
思わず、志乃はツッコんだ。すかさず北大路が口を挟む。
「今俺の眼を見て古いと言ったな、お前が一番古い」
「いや、アンタのが古いって」
この会話に、さらに土方が入ってくる。
「オイどーいう事だその眼は?何でケツがついてんだ?」
「オメーは古い以前にバカだよ!」
志乃が土方にもツッコミを入れる間、北大路は眼鏡をかけた。
「貴様らが喧嘩だ実戦だと闇雲に剣を振り回す間、俺達は必死に稽古を積み努力をしてきたんだ。貴様は俺に勝てん」
「いやいや、口喧嘩はなかなかに達者じゃねーか。今度はこっちでやろうぜ」
「たわけが、思い知るがいい‼︎」
同時に跳躍した二人の剣が、重なる。池の中で対峙した北大路は、擬餌として木刀を横薙ぎに振るった。
しかし、剣が当たる前に土方が肩ごと彼の木刀を池に叩き落とした。
擬餌にいちいち食らいついては勝てないと判断した土方は、一気に猛攻をかける。
「なるほど、攻撃は最大の防御ってヤツか」
土方優勢に転じると、ホッとしたように口元が綻ぶ。
しかし、土方の攻撃は全て北大路に読まれて受け止められてしまい、なかなか一太刀を浴びせられない。水中で足を払い、隙を作り出しても、それすら防がれてしまう。
北大路は稽古で多くの型を身につけるだけでなく、その対応策も身につけていた。そのため、いくら土方が攻撃をしかけても、その全てを受けることが出来るのだ。
そこから次第に北大路の反撃が始まり、それと比例するように土方が劣勢になっていく。
「これが貴様と俺の差。才能に溺れ、努力を怠ったが貴様の敗因。これがお前が、道場剣術と揶揄した者の力よ‼︎」
「トシ兄ィ!」
北大路の一撃が、土方の右頬を捉えた。戦いを見守っていた新八も、汗を滲ませる。
「ヤバイ‼︎あの人ホントにとんでもなく強い……近藤さん、助けに入りましょう‼︎」
新八も志乃と同じように加勢しようとするが、近藤に止められる。
「スマン、手は出さんでやってくれ。お妙さんの身がかかっている戦いで言えた義理じゃないが、アレは人一倍負けず嫌いだ。手ェなんか出したら殺される」
「負けず嫌いって、このままじゃ負けますよ!」
「大丈夫だって。ね?近藤さん」
そう言って近藤を見上げ、ウインクしてみせると、近藤は微笑を浮かべて頷いた。
一番近くで見守る志乃も、この戦いに手を出そうとは思わなかった。
もちろん、手を出したところで土方の怒りを買うだけだというのもあったが、一番の理由は彼を信じていたからだ。
志乃は今まで一度も彼と剣を交えたことはないが、少なくとも彼の強さは認めていた。
彼は、自分には無いものを持っている男だった。もちろん、自分は彼と同じものも持っていた。
同じものは、天賦の剣の才能。
違うものは、努力である。
銀狼は、戦いの中で生きる一族。
常に生きるか死ぬかの世界の中で、生きるためには必然的に強くなければならなかった。
ゆえに、銀狼は艦隊にも匹敵する力が必要だったのだ。
しかし、それは昔の話。
比較的平和になったこの世界では、そんな力は不要。
銀狼がその強さを手に入れるには、血の覚醒が必要だった。
それは、いつ起こるかわからない。戦いの中で、偶発的に。
初代銀狼は常に覚醒状態だったというが、戦いどころか戦争すら経験したことのない
銀狼の覚醒は基本、自らに宿る戦いの血を意識したその瞬間に訪れるという。
既に志乃は、あの煉獄関の時に銀狼の血を意識したため、それ以降の彼女の戦い方は、以前よりも銀狼のそれにさらに近くなっていた。
しかも、そのことに彼女自身、気が付けないまま。
才能だけで戦ってきた彼女にとって、この戦いは彼の努力の力を必然的に見せつけるものとなった。
そして、今更ながら、努力の大切さを痛感する。
ついに、土方と北大路の戦いに、決着がつこうとしていた。
土方は池の中に木刀を隠し、振り抜いていく。その一撃は迎え撃とうとした北大路の木刀と皿を粉砕し、吹っ飛ばした。
「土方さんんん‼︎」
新八が土方に駆け寄り、近藤も彼の背についていく。
ボロボロの土方が煙草に火をつけるのを眺めながら、志乃は木刀を腰に挿した。
「努力……か」
嘆息するように、呟く。
それから志乃は、心の中で